1 / 30
プロローグ
しおりを挟むカティアは不幸な少女だった。
早くに母親を失い、後妻とその娘からはことあるごとにいびられ、暴力を振るわれ、まともな教育を受けることもできず、ただ生きていくのに精いっぱい。
父親は仕事人間でカティアを顧みることはなく、16歳になったカティアはとっくに幸せになることを諦めていた。
いや、あきらめざるを得なかった。
そんなカティアにもたらされた一筋の希望。
それは、とある日の朝食の席でのことだった。
滅多に家に帰らない父親が珍しく朝食の席につき、それ故普段は一緒に食事をすることが許されないカティアも久しぶりにまともな食事をすることができた。
この人がいる日は暴力を振るわれることが少ない――それがカティアが父親に抱く全てだ。
「お前の結婚が決まった。相手は公爵家。くれぐれも問題は起こすなよ」
コーヒーを飲みながら、カティアに冷たい一瞥を投げかけてたった一言告げる父親。
そこに親子の情はなく、あるのは打算のみ。
父親の決定は絶対で、だからこそ、義母も義姉も異を唱えることはない――例え、内心どんなに怒り狂っていたとしても。
カティアにとって、これはたった一度のチャンスだ。
この家を抜け出し、幸せになれるかもしれない最初で最後のチャンス。
「わかりました」
そう答えたカティアは、生まれて初めて父親に対して感謝した。
公爵家へと嫁ぐまでの1週間は地獄だった。
義母と義姉はカティアが自分たちより地位が高くなることが許せず、その上相手はイケメンで令嬢たちに人気のレオナルド・グラシエールだ。
服に隠れて見えない部分を知るように蹴られ、食事もまともに摂れず、カティアはただひたすら耐えるのみだった。
カティアが地獄の7日間を耐えることができたのは、この家を出ることができるという希望と、幸せになれるかもしれない期待があったから。
それだけを胸に、カティアは嫁入り当日を迎えたのだった。
当日、公爵家からの迎えに現れたのはグラシエール家の執事だった。
「初めまして、カティア様。私はグラシエール家執事、セバスでございます。お迎えに上がりました」
立派な馬車と共に現れた彼は恭しくもどこか冷たくカティアに接し、義姉のおさがりのけばけばしいドレスを身につけ、見送りもなくオドオドと所在なさげに立つカティアに対して内心溜息を吐いていた。
――これが次期公爵夫人とは……嘆かわしい
もともと低かったカティアに対する評価が下がった瞬間だった。
3時間余りの道のりを、馬車の中でただひたすら傷の痛みをこらえていたカティア。
――やはり噂は正しかったか……。この方は使用人と一緒の馬車に乗ることすら嫌悪するのだな。
同乗したセバスは、出発してから頻繁に顔をしかめるカティアに対してますます誤解を深めた。
彼女はただ馬車の振動で傷が痛むのをこらえていただけで、一言も口を利かなかったのは自分なんかが話かけても相手が困るだろうと思っていただけなのだが……。
屋敷に閉じ込められ、社交界に出ることのないカティアは知らなかったが、世間にはカティアの悪評が広まっていた。
もちろん、義母と義姉の仕業だ。
カティアがいかに高慢で我儘な性格で、後妻とその連れ子である自分たちを虐げている様子を嬉々として語っていた彼女たち。
ゴシップが大好きな貴族女性たちがその話に飛びつき、噂を広めるのは早かった。
多くの人々は、一度も社交界に出たことの内カティアよりも二人の話を信じ、そしてそれはレオナルドやグラシエール家に仕える使用人たちも例外ではなかった。
カティアの嫁ぐ公爵家が、カティアに抱く印象は最悪だった。
17
お気に入りに追加
614
あなたにおすすめの小説
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。


【完結】1王妃は、幸せになれる?
華蓮
恋愛
サウジランド王国のルーセント王太子とクレスタ王太子妃が政略結婚だった。
側妃は、学生の頃の付き合いのマリーン。
ルーセントとマリーンは、仲が良い。ひとりぼっちのクレスタ。
そこへ、隣国の皇太子が、視察にきた。
王太子妃の進み道は、王妃?それとも、、、、?

某国王家の結婚事情
小夏 礼
恋愛
ある国の王家三代の結婚にまつわるお話。
侯爵令嬢のエヴァリーナは幼い頃に王太子の婚約者に決まった。
王太子との仲は悪くなく、何も問題ないと思っていた。
しかし、ある日王太子から信じられない言葉を聞くことになる……。

【完結】恋を失くした伯爵令息に、赤い糸を結んで
白雨 音
恋愛
伯爵令嬢のシュゼットは、舞踏会で初恋の人リアムと再会する。
ずっと会いたかった人…心躍らせるも、抱える秘密により、名乗り出る事は出来無かった。
程なくして、彼に美しい婚約者がいる事を知り、諦めようとするが…
思わぬ事に、彼の婚約者の座が転がり込んで来た。
喜ぶシュゼットとは反対に、彼の心は元婚約者にあった___
※視点:シュゼットのみ一人称(表記の無いものはシュゼット視点です)
異世界、架空の国(※魔法要素はありません)《完結しました》

【完結】あなたを忘れたい
やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。
そんな時、不幸が訪れる。
■□■
【毎日更新】毎日8時と18時更新です。
【完結保証】最終話まで書き終えています。
最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

拝啓、大切なあなたへ
茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。
差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。
そこには、衝撃的な事実が書かれていて───
手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。
これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。
※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる