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3巻
3-2
しおりを挟む「……っ!? シロナさん!」
反射的に呼びかけると、既にシロナさんは臨戦態勢をとって周囲を警戒していた。
一瞬シロナさんを疑ってしまったが、どうやらこの事態は彼女も想定外のようだ。頬を流れる汗と、余裕のない表情がそれを物語っている。
「あー、くそっ……失敗したにゃ……」
小さく吐き捨てられたその言葉に、私は首を傾げる。
「失敗? この霧が何かご存知なんですか?」
「ご存知もにゃにも、森じゃ常識にゃ。不滅の蛇王って知ってるかにゃ?」
「いえ……」
ウロボロス……名前は前世で聞いたことがあるが、それがこの世界においてどんな存在なのかは知らない。
私が首を横に振ると、シロナさんは呆れたように溜息をついた。
「そんにゃことも知らにゃいで、よくここまで来たもんにゃ。不滅の蛇王ってのは、大昔からこの森に棲んでる、馬鹿でかい蛇のことだにゃ」
「蛇……ですか?」
私は周囲を見回してみるが、蛇の姿などどこにも見当たらない。
薄い霧が出ている以外は、さっきまでと変わらない森と更地が広がっているだけだ。
「……今はまだ見えにゃいけど、すごい速さで近付いてきてる。わたしたちはもうあいつに取り囲まれてるんだにゃ」
「か、囲まれてる?」
まだ姿も見えない一匹の蛇に?
そんな馬鹿な……と言いたくなるが、シロナさんの表情はあまりにも真剣だ。
私はごくりと唾を呑んで、シロナさんと同じ方向に視線を向ける。
「不滅の蛇王は、獲物を見つけたら自分の体でぐるりと囲って、逃げられにゃいように閉じ込めるにゃ。多分、さっきまではあのイモ虫たちを餌にするつもりだったんだろうけど……カンニャが消し飛ばしちゃったから、怒ったんじゃにゃいかにゃ?」
「……えっ? ええ!? じゃあ、私のせいですか!?」
「いや、そういう訳じゃにゃいけど……」
シロナさんはこちらを振り返ることなくそう言うと、やれやれといった様子で軽く頭を振った。
「ま、どの道目を付けられちゃったのは間違いにゃいにゃ。この霧はあいつが吐き出す息。あいつはもうわたしたちを取り囲んで、既にこっちに首を向けてるってことだにゃ」
「じゃあ、今まさにその蛇の頭が私たちを目指して迫ってきてるんですか……」
それは、なんとも恐ろしいことだ。できればさっさと逃げ出してしまいたい。
ただ、一人なら空を飛んで逃げられるかもしれないが、シロナさんを見捨てていく訳にもいかない。かといってシロナさんを連れて飛んでいくのは危険すぎる。
そんな馬鹿げたサイズの蛇なら、少し頭を持ち上げただけでパクリといかれてしまいそうだ。シロナさんを連れたままそれを躱すのは難しいだろう。
……ちょっと迷子になっただけなのに、どうしてこう次から次へとトラブルが舞い込んでくるのか。ひょっとして呪われてるんじゃないだろうか。主にカローナさんとかに。
いや、カローナさんならとり憑かれているといった方がしっくりくるな。
そんなことを考えながらシロナさんに視線を向けると、白い尻尾がボワッと大きく広がっていた。完全に喧嘩モードである。やる気満々だ。
なら、私も覚悟を決めるとしよう。
シロナさんの視線の先へ、私も体を向ける。よく見れば、霧はその方向から漂ってきていた。
五秒か、十秒か。それとも一分以上待っただろうか。
重苦しい沈黙を破って、地鳴りと森が崩壊していく音が響く。
そしてついに、森の中からその巨大すぎる頭が姿を現した。
「う、うわあ……」
蛇の顔って、今までちょっと可愛らしいくらいに思っていた。
だけど、もうそんなこと二度と思えなさそうだ。
恐い。ただただ恐い。その一言に尽きる。
何を考えているのか分からない無感情な目。視線はこちらを向いてはいないけれど、きっとピット器官とやらで私たちのことはしっかり把握しているんだろう。
一つの目玉の直径が十メートル以上という、本当に桁違いの大きさだ。顔が大きすぎて、その先の体が見えないほどである。
「こ、これが不滅の蛇王ですか……だ、大迫力ですねぇ……」
震える声で強がるようにそう言うと、シロナさんが「ふにゃっ!」という笑い声を出した。
「わたしも実際に見るのは初めてにゃ。普段はこいつの通った跡を見るだけでも鳥肌が立つくらいだしにゃ」
猫の獣人でも鳥肌が立つのか……と、頭の中で現実逃避気味に余計なことを考えていると、シロナさんが前を見たまま言葉を続けた。
「多分どっちも死ぬけど……合図をしたら全力でバラバラに逃げるにゃ。運がよければ、もしかしたらどっちかは生き残れるかもしれにゃいにゃ」
シロナさんの声はとても真剣で、なんとなくこちらのことを気にしてくれているような感じもする。
……うん、何とかして助けよう。この先どうなるのかは分からないけど、少なくとも今はまだ、シロナさんと敵対している訳じゃない。
戦わなくて済むならそれが一番だし、何よりこの人には死んで欲しくない。
「一直線に逃げたら、その内こいつの体とぶつかるにゃ。よじ登るか地面を掘るかして、にゃんとか向こう側に抜け出せれば、助かる可能性はあるにゃ。人間にできるか分からにゃいけど……」
やはり、こちらを心配してくれている気がする。これが演技だとは、私にはとても思えない。
だから、私ははっきりとシロナさんに返事をした。
「はい、分かりました。私は大丈夫です。シロナさんも、無事でいてくださいね」
「……そういえば、お前はめちゃくちゃ強いんだったにゃ」
「はい、そうですよ」
そう言って笑うと、シロナさんはふにゃ~と鳴き声を上げる。
不滅の蛇王から目を離すことはできないので、シロナさんの表情は分からない。だけど、なんとなく彼女は、にんまりと笑っているような気がした。
視線を向けていた不滅の蛇王の口が、大きく開いた。いや、「開いた」というより「裂けた」という方が近いかもしれない。
ほとんど百八十度、真っ二つに近い形で裂けた口の中には、上顎から二本、毒々しい紫色をした巨大な牙が生えていた。
絶対毒があるよなあと、一目で分かる。
蛇のイメージによくある先が分かれた舌は口の中にしまわれており、下顎には大きな穴のようなものがぽっかりと空いていた。
「カンニャ」
「はい」
シロナさんに名前を呼ばれ、私も身構える。
シロナさんが合図を出すのは、きっと襲い掛かってくる瞬間。それを躱しさえすれば、咄嗟に敵は対応できなくなるという、そんな絶妙なタイミングのはずだ。
感覚の中で時間がスローになっていく。自分の呼吸音がやたらうるさく聞こえた。
不滅の蛇王が、僅かに頭を後ろに反らす。
来る。
「――今にゃ!」
そう叫ぶと同時に、シロナさんは右後方に向かって駆け出した。
ほとんど同じタイミングで、不滅の蛇王が口を開いたままこちらに突っ込んでくる。
そして一瞬遅れて、私の放った氷の大剣が不滅の蛇王の右目に深々と突き刺さった。
「にゃっ!?」
シロナさんが驚いて声を上げたが、立ち止まる気配はない。それでいい、と思う。
むしろ早く遠くまで逃げて欲しい。近くにいると、巻き込んでしまうかもしれないから。
『まったく……カンナは本当に甘いわね』
「あ、カローナさん」
今までどこに隠れていたのか、カローナさんがひょこっと顔を出す。
「どうしてたんですか? 随分静かでしたけど」
『カンナに気を遣ってたんじゃない。獣人だし、一応敵かもしれないから、話しかけないようにしてたのに』
「えっ!? カローナさんって、そんな気遣いできる人でしたっけ!?」
意外すぎる言葉に驚いて、つい声を上げてしまう。攻撃のために集めていた大量の魔力が、少しだけどこかへいってしまった。
『……もしかしてだけど、カンナって私のこと、すごーく馬鹿にしてたりするのかしら』
「そ、そんなことないですよ! ちょっとだけです、ちょっとだけ!」
『……そう、ちょっとはしてるのね』
「あっ」
しまった。つい口が滑ってしまった。
拗ねられたりしたら面倒だなあ。
「と、とりあえずまずはあのヘビを倒しちゃいましょう。人助けですよ、人助け。わあー、すごいなー! 女神っぽいなー!」
『……もう知らないわ。カンナなんか』
「ちょ、カローナさん! すみませんでしたってばぁ!」
ああもう、この緊急事態に私はいったい何をやっているのか。
魔法で作った防壁の向こう側では、何十トンもの重量がある蛇の頭がどったんばったんとのたうち回っているというのに。
拗ねてしまったカローナさんのことはひとまず置いておいて、目の前の怪物退治に集中するとしよう。
3 大蛇との死闘
私は気を取り直し、改めて不滅の蛇王に向き直る。
「よし……特大火炎球! やあっ!」
魔法名を叫ぶと、これまでただの魔力の塊だったものが特大サイズの火の玉に変化し、苦しんでいる不滅の蛇王のもとへ飛んでいった。
最近は魔法を使う時、それぞれに魔法名を作って使ったりしている。言語化することで、イメージと魔法を強く結びつけるためだ。
いちいち頭の中で魔法を思い浮かべて組み立ててから使っていたのでは、戦闘の際に時間のロスになる。そのため、口に出すだけで魔法が発動できるようになるまで練習中だ。
もちろん、問題もある。魔法を使うたびに名前を口に出していては、人間などが相手だと、どんな魔法を使うのかがバレてしまうのだ。
だから最終的な目標は、口に出す必要すらない、瞬時のイメージと魔法の発動だ。
……それくらいできて初めて、アスティーさんと互角に戦えるんだと思うから。
などと考えているうちに高速で飛んでいった特大の火の球は、不滅の蛇王の顔に直撃した。
だけどきっと、あまり効果はないだろう。
そもそも体が大きすぎて、有効な攻撃方法がかなり限られてしまう。さて、どうしようか。
「ヘビは変温動物だから、冷やせば動きが鈍くなるかな? それで冬眠でもしてくれたらいいんだけど……はあ」
もちろん、そんな都合のいいことはあり得ないと分かっている。
私は基本的に運が悪いのだ。大抵のことは、私にとって都合の悪い方にしか転ばない。
「ん……よし。試してみよう」
この世界に来てから身に付けた知識と技術、そして前世の記憶を総動員して、ヘビに有効な撃退方法を探す。
その結果立てた作戦は、かなり杜撰なものだ。これで上手くいってくれればいいのだが。
「まずは……竜巻!」
私の声を合図に、目の前の空間に小さな空気の渦ができあがる。
その渦は私から不滅の蛇王に向かって成長するように伸びていき、すぐに巨大なものになった。
巨大な竜巻が横倒れになったようなそれは、不滅の蛇王の顔を呑み込んでさらに大きくなっていく。
不滅の蛇王の顔に僅かに残っていた炎は、あっという間にかき消されてしまった。
「よし、次は……目くらましか。やあっ!」
特に魔法名をつけていなかったので、適当に叫んでみた。
不滅の蛇王に向かって伸びる竜巻の中に、雲のような白いものが混ざり始める。
雲のようなというか、まさしく雲なのだが。空気中の水分を、細かい粒子や氷片に変えているので。
「さて……これで大丈夫かな」
不滅の蛇王の視界から逃れたことを確認して、私は急いで上空へと飛び上がる。
ヘビという生き物は、聴覚がほとんどなく、視覚も前方部分の狭い範囲しか見えていないらしい。
情報収集は、皮膚で振動を感じ取るか、ピット器官で周囲の熱を感知するか、嗅覚に頼るしかない。
先ほどから竜巻により、広範囲に振動を与え続けている。特大の火炎球のおかげで、周囲の温度は私の体温よりも若干高くなっていた。匂いに関しては、自分の周囲を魔力の壁で包み込んでしまえばいい。
これで完全に、不滅の蛇王は私の姿を見失ったという訳だ。
「えーっと、次は……囮か。できるかな」
魔力の壁の外側に、空気の塊のようなものを作り上げる。
イメージしているのは、硫化水素。強い腐卵臭を出す、無色の無機化合物である。よく硫黄の臭いなどと言われる、あの臭いの元だ。
魔法とは、魔力を原材料、自らの体を媒体として、まったく別の物質や現象に変換する作用であると思っている。イメージした物が実際にできるというのは、つまりそういうことなんじゃないかと。
それなら、魔法の使い方の可能性は無限に広がるんじゃないだろうか。この世界で火や水、風などの魔法を使う人が多いのは、身近な自然物だからイメージがしやすいだけ。イメージが現実になるのなら、その他のものも自由に魔法として扱えるはずである。
私は、硫化水素という物質のことを知っている。化学式も、作り方も、その特性に至るまで、昔真面目に勉強したことは今でもちゃんと覚えている。
だからきっと、その存在を魔法で作ることだってできる。
「よし、完成。あとはこれをあのヘビに……」
完成した空気の塊を、目で見えるように魔力で覆う。
バレーボールくらいの大きさの魔力の弾ができあがり、私の前に浮かんだ。
『……何をするの?』
これまで拗ねていたカローナさんが、まだちょっと不貞腐れた声で尋ねてくる。
「これをあのヘビに食べさせるんですよ。ヘビは嗅覚が発達している分、刺激臭を嫌います。ヘビの臭いを感じる器官は大抵口の中にありますから」
『それ、臭いの?』
「だと思いますよ。直接嗅いだことはないので分からないですけど」
そもそも、そんなことをしたら即死してしまう。硫化水素が〇・二パーセント程度の濃度がある空気を一息吸うだけで、人は死んでしまうのだ。目の前に浮かんでいる魔力の弾は、非常に危険な代物だと言える。
「じゃあ、いきましょうか」
私はルピリアナイフを抜いて構え、特製の魔力弾と共にゆっくりと下降していく。
不滅の蛇王の頭の上、死角になる位置に陣取って、慎重に魔力弾を操作する。
「勝手に食いついてくれると楽だったんですけど……残念」
魔力弾を口の前に持っていっても、不滅の蛇王はまったくの無反応だった。こうなったら、無理矢理にでも口を開かせるか。
小さく息を吸って、囁くような声で魔法名を唱える。
「岩石砲……やっ」
空中に現れた巨大な岩は、超高速で不滅の蛇王の頭部めがけて飛んでいった。ゴツゴツしていて、鉄のように固く、家ほどもある巨大な岩石だ。
重量と速度によりとんでもない破壊力となった大岩は、見事不滅の蛇王の頭に直撃し、轟音を上げて崩れ落ちていく。
その衝撃によって一瞬開いた口に、すかさず特製の魔力弾を放り込んだ。魔力弾は少しの間口の中を進んで、それから舌に当たり、シャボン玉のように割れる。
なんとなくの感覚でそれが分かった瞬間、不滅の蛇王は大きく口を開き、体を回転させながら苦しみ始めた。
ゴオオオ、という思ったよりも低い悲鳴を上げながら、全身を捻り、波打たせている。
『……カンナって、たまにものすごく酷いことを平気でするわよね。可哀想とは思わないの?』
「い、いや、ここまで効き目があるなんて思わなかったんですよ!」
硫化水素の知識は前世で、ヘビの生態についてはこの世界でハンターになってから学んだことだ。知識の融合とは、想像以上に恐ろしいものである。
「それに、抵抗しないと私やシロナさんが殺されてたじゃないですか……早く楽にしてあげましょう」
このまま暴れられると、逃げている最中のシロナさんが危険だ。
私はルピリアナイフを構えて、動き回る不滅の蛇王に慎重に近付いた。
不滅の蛇王の死角から、ルピリアナイフの切っ先を向ける。触れればなんでも切り裂くこのナイフなら、巨大な不滅の蛇王の首でも容易に切り落とせるだろう。
「……ごめんなさい」
そう言って、苦しむヘビの首を落とそうとした瞬間――
「……えっ?」
――不滅の蛇王は、私の目の前から忽然と姿を消してしまったのだった。
「……え、ちょ……ど、どういうことですか!?」
反射的に上空へと浮かび上がってぐるりと旋回するが、やはりその姿はどこにも見当たらない。
文字通り影も形もなく、まるで最初から存在していなかったかのように、不滅の蛇王はどこかへ消えてしまった。
「カ、カローナさん……見てました!?」
『……ええ。でも、何が起こったのかはよく分からなかったわ』
女神であるカローナさんでも分からないことが、目の前で起こった。
それは――それはよくあることだ。カローナさんだし、別に不思議ではない。
しかし、いったいどういうことなのだろうか。
確かに私は、つい先ほどまで戦っていたはずなのだが……
「……不滅の蛇王が壊した森はそのままですね。ってことは、やっぱりさっきまでここにいたのはたしか……ううん、よく分からない……カローナさん、どう思います? ……カローナさん?」
返事がないので、もう一度名前を呼んでみる。すると、さっきまでよりもずっと沈んだ声が返ってきた。
『……カンナのばか』
「えっ、ええ? どうしてまた不機嫌になってるんですか?」
『自分の胸に聞くといいわ』
カローナさんは涙声でそう言うと、自分の家――私の体の中へと帰っていった。多分、しばらく引きこもるだろう。
「ええー……? 私、これからどうすればいいんですか……」
『知らないっ』
すっかり拗ねてしまったカローナさんは、それから何度謝っても返事をしてくれなかった。
迷子から始まり、イモ虫の群れに襲われ、敵か味方か分からない白猫の獣人に出会ったかと思ったら、ヘビの怪物と戦う羽目になる。こうして並べてみると、なかなかに波乱万丈だ。
「……シロナさん、無事に逃げられたかな」
私を助けようとしてくれた、白猫の獣人のことを思い出す。
彼女は、結局何者だったのだろう。
ニコニコ笑いながら、赤い瞳を輝かせ、尻尾を山なりに丸めていた彼女。
そういえば、猫の尻尾の動作には、それぞれちゃんと意味があったっけ。二人で向かい合って話している時、彼女はずっと尻尾を山なりに丸めていた。
たしか意味は……警戒?
「……はあ。やっぱり敵になるのかな……」
誰もいなくなった森の休憩所を上空から見つめながら、ぽつりと呟く。
最初に来た時はいかにも平和で暖かそうな場所だったはずなのに、激しい戦いのせいですっかり荒れ果てていた。周囲の木々はへし折れ、瓦礫が散乱し、芝生は焼けてしまっている。
「……戦いたくないな」
戦いを決意したルルの前では、絶対に言えない弱音。
この誰もいない空の世界で、私がこぼした言葉を聞いていたのは、拗ねてしまったカローナさんだけだった。
空を飛びながらしばらく感傷に浸り、それから地上へと下りて、荒らしてしまった森の中を片付ける。
まずは、硫化水素が残っているかもしれないので、風魔法を使って入念に空気を入れ替える。
瓦礫は土へと還し、焼けてしまった芝生を再生させる。
倒木はどうしようもないので、そのままにしておいた。ずっと未来で、自然の一部となることだろう。
一通りの作業が終わって、今度こそゆっくり休もうと、収納魔法で椅子を出して座り込む。
そのまましばらく、空を見上げながらボーッとしていた。
「……ん?」
どれくらいの時間こうしていただろうか。
ふと、森の中から人の気配が感じられた。
「ま、また? 今日はいったいなんなの……」
森の奥へと視線を向けながら、椅子の背もたれから背中を起こす。立ち上がるまでの元気は、今のところなかった。
今日はちっともゆっくり休むことができない。厄日というやつだろうか。
「どうかまたトラブルじゃありませんように……」
心の底からそう願っていると、森の奥から近付いてくる人影のスピードが急に速くなった。
「やっぱり! 声がしたっス! 匂いもするっス! 間違いないっスよ!」
……あれ? この声はまさか。
「……リッカ?」
「カンナさん! 見つけたっスーっ!」
茂みの中から勢いよく飛び出してきたのは、狼の獣人であるリッカだった。
髪や服のあちこちに葉っぱや枝をくっつけ、顔は土で汚れてしまっている。
そんなリッカが満面の笑みを浮かべて、全力で駆け寄ってきた。
「え? ……ちょ、ちょっとリッカ! ストップ!」
「カンナさぁぁぁん!!」
「まっ……ごほおっ!!」
リッカはこちらの制止を華麗にスルーして、私のお腹めがけて飛びついてきた。
ロケット砲のような威力を持ったリッカの激突に、私は呼吸ができなくなるほどの衝撃を受ける。
「カンナさん! カンナさん! 探したっスよ!」
悶え苦しむ私を押し倒して、リッカはお腹にしがみ付いたまま、すりすりと頬ずりを始めた。すごい勢いで匂いも嗅がれていて、ちょっとどころではなく恥ずかしい。
喋ることもできずにリッカにされるがままでいると、今度はまた別の声が聞こえてきた。
「ああもう、カンナ! やっと見つけたよ! どうして勝手にどこかに行っちゃうのさ!」
「まあまあ、見つかったんだしいいじゃありませんか。お姉様、お怪我はありませんか?」
茂みの奥からガサガサと音を鳴らして現れたのは、エルフの少女ルルと、人間で元王女のミリアだった。ルルが頬を膨らませながら早歩きで近付いてきて、ミリアが上品な笑みと足取りでその後に付いてくる。
これで、私たちの一行は全員揃った訳だ。とりあえずは一安心である。
「ほらリッカ、カンナが苦しそうだよ。どいてあげて」
「……はっ! す、すいませんっス! つい我を忘れて……」
リッカが素早く私から離れ、申し訳なさそうに頭を下げる。
段々と呼吸ができるようになってきた私は、差し出されたルルの手を取って体を起こした。
「ありがとう、ルル。えっと……みんなごめんね。迷惑かけちゃって……」
下げられたリッカの頭を撫でながらそう言うと、ミリアが自然な動作でしれっと腕を絡めてくる。
「仕方ありませんよ。旅にトラブルはつきものですし……それに、お姉様のせいではないでしょう?」
「あー……あはは……どうかな……?」
ミリアの言葉に、苦笑いと曖昧なセリフを返す。
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