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しおりを挟む1 異世界転生は女神と共に
目が覚めると、私――鈴木柑奈は真っ暗な部屋で座らされていた。
いや、部屋というよりは空間と言うべきだろうか。そこには家具も壁も天井も、とにかく生活に必要な部屋らしい要素が、私の座っている椅子以外に一つも見当たらないのだから。
そしてそんな私の目の前で、見た瞬間に鳥肌が立つほどの、まさに絵に描いたような銀髪の美女が、あーでもないこーでもないと真剣な目つきで何か作業をしていた。その細くしなやかな指を私に向けて。
「……は!? ちょっ、なにこれ!?」
「ああ、ちょっと! まだ動かないで頂戴、もうすぐ終わるから!」
いきなりの意味不明な状況に思わず立ち上がろうとすると、目の前の女性に肩を押さえられてしまった。彼女が少し動いただけで、何かの花のような甘い香りが鼻孔に漂ってくる。
ひとまず座り直してから、私は自分の現状について、改めて振り返ってみた。
私は、普通の大学を出て、普通に会社員として就職した、ごくありふれた普通の人間だ。
取柄といえば、とにかくひたむきで真面目なことくらいだろうか。高校生の頃からいくつものアルバイトを掛け持ちして家計を助け、自分の学費も自分で捻出するくらいには、人よりも努力家だったと思う。
家族仲は良いとは言えなかったし、少し不幸な日々が続くこともあったりしたけれど、それでも真面目に頑張ることが、幸せに生きる何よりの近道だと信じていた。
昨日だって、ある仕事を任されていた新人が急に来なくなってしまって、私がその分の仕事を押し付けられることになったけれど、クタクタになりながらもきちんと仕事をこなしたのだ。それから、家に帰って、そして……あれ? 私、家に帰ったっけ?
つい昨日のことが思い出せずに首を捻っていると、目の前の美女が満足そうに頷いて声を出した。
「うん、よし。これで完璧ね。とっても綺麗だわ」
その鈴の音のような声を聞いて、私は我に返る。
「お、終わりました……? あの、私家に帰りたいんですけど。明日も仕事ですし……」
「は? ……あっははははっ! あなた、この状況でよくそんなことが言えるわね! やっぱり面白いわ! あはははははっ!」
なぜか大笑いされてしまったことに、微かに不満を覚える。
こっちとしては、自分がなぜこんな場所にいるのかも分からないのだ。ここがどこなのかも知らないし、目の前の人物が誰なのかも分からない。
突然連れて来られた非日常よりも、私が今まで生きてきた日常の方を優先して考えるのは当たり前のことではないだろうか。
「私、帰りますね」
そう言って立ち上がる。女性は興味深そうに私を見つめていた。
その不躾な視線を振り切って、私は歩き出す。が、すぐに立ち止まって振り返った。
「……出口はどこですか?」
「ないわよ」
女性が意地悪そうにニヤリと笑って、端的に告げた。そんな顔ですら妖艶で魅力的に見えてしまうのだから、美女というものはやはりズルい。
「ないって……そんなわけないでしょう。なら私はどこから入ってきたんですか」
「私が連れてきたのよ」
「……じゃあ、あなたはどこから入ってきたんですか」
「ずっとここに居たわ」
女性は表情を崩さず、淡々と告げる。
流石に話にならないと、私は眉を吊り上げて女性に言い放った。
「いい加減にしてください。そんなおふざけに付き合ってられるほど、私は暇じゃないんです。あなたが何を考えてるのか分かりませんが……」
「ふざけてなんかないわ。それに、あなたも暇なはずよ。なんて言ったって、もう死んじゃったんだから」
「……は?」
「死んだのよ、あなたは」
悪い冗談にもほどがあるだろう。怒鳴りつけてやろうかとも思ったが、なぜかその宣言に対して、私はほんの少しも言い返すことができなかった。
「納得できなければ、ちょっとだけ思い出させてあげるわ」
女性が立ち上がり、私の目の前まで歩いてくると、優しく頬に触れてくる。
その瞬間、おそらくは自分のものなのであろう断片的な記憶が、次々と頭の中に流れ込んできた。
――会社からの帰り道。最寄り駅に着いて電車を降りる。人気のない夜道を一人歩いていると、道の陰から誰かが飛び出してきた。これは、会社の新人だろうか。マスクをしていてよく分からないが、おそらくそうだろう。
マイペースで、うっかりミスの多い子だった。危なっかしくて目が離せず、よく世話を焼いていた。好意を持たれていた自覚はあったものの、プライベートで突然待ち伏せされるような関係ではなかったはずだ。震える声で、私は彼の好意を拒絶した。
物静かだった彼の目は、狂気に染まっていた。私は恐怖で身が竦み、その場に力なく座り込んでしまう。
彼が、私を殴りつける。記憶と共に、微かな痛みが蘇った。私は吹き飛び、地面に転がる。彼は血走った目で何度も何度も私を殴り続ける。私は頭を抱えて蹲ることしかできない。全身に痛みが走る。彼は目を弓なりに細めると、懐からナイフを取り出して――
「やめてっ!」
私は大声で叫んで、頬に添えられた手を振り払う。その瞬間、記憶の流入は止まった。
呼吸が荒く、額に汗が浮かんでいる。目からは涙が滴り落ちてきた。
「あなたは殺されたのよ。可哀想だけれどね」
彼女はそう言って、憐れむような目で私を見つめていた。
黙って俯く私の頭に、彼女の柔らかい手が乗せられた。
しばらくして、私は深く息を吐き出した。心を落ち着かせて、椅子に座り直す。そうして、改めて目の前の女性に、この状況の説明を求めた。
女性はカローナという名前の女神だと名乗り、そして私はこれから別の世界に転生させられるのだと説明してくれた。
「普通だったら記憶を消して、新しい世界で新しい命を与えるのだけれどね。私、あなたにお願いがあるのよ」
向かい合って座るカローナさんが、顔の前でポンッと手を合わせる。可愛いな、くそ……
「お願い? なんですか?」
「私、生まれてから一度もこの場所を出たことがないの。毎日毎日下界を見守り続けて、正直、辟易しているのよ。もう、一人で黙々と仕事するだけの退屈な日々はうんざりだわ」
「はあ……」
確かにその境遇には同情する。が、重要なのは、それが『お願い』とどう関係があるのかだ。
「だからね。私、あなたと一緒に下界を旅してみたいの」
カローナさんが目を輝かせながらそう言ってくる。
「はい? いやいや、なんで一緒に? 外に出られるなら、勝手に出ればいいじゃないですか」
「仕事はし続けないといけないもの。だから、私の分身をあなたに渡すから、一緒に連れて行ってあげて欲しいの。その代わり、記憶なんかは消さないでおいてあげるから」
少し考えてみる。確かに記憶がなくならないのは魅力的だ。余りにも突然の死だったし、正直まだまだ未練はある。前世の私ができなかったことを新しい世界でやってみたいし、何より幸せに生きて、幸せに死ぬという私の人生目標を果たせていない。
だが、不安もある。上手い話には裏があるのが世の常なのだ。
「その世界って、私でも普通に生きていけるんですか?」
「え? 危険はないのかってこと? まあ、そこら辺は大丈夫よ。ちゃんと考慮してるわ」
「そうですか……あの、そもそもどうして私なんですか? もっと他に、記憶を持って転生したいって人はたくさんいますよね?」
疑いの目でカローナさんを見る。彼女は小さな唇に指をあてて、うーんと悩む素振りを見せた。
「タイミングがよかったっていうのもそうだけど……やっぱり、あなたが私と正反対だから、面白そうだと思ったのが大きな理由かしらね」
「正反対……私がですか?」
こんな美女に正反対とか言われると、流石に傷つくのだが。そこまで酷くないでしょ、私……
「あなたって、毎日真面目に生きるのが一番の美徳だと思っているでしょう? 私はそんなの絶対嫌なの。うんざりなの。自由気ままに、やりたいことをして、やりたくないことはしないで生きていきたいのよ」
「だったら、そういう人にお願いしたらいいんじゃ……」
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それを聞いて、私は首を横に振った。
「悪いんですけど、私が欲しいのは普通の、ごくありふれた幸せなんです。そんなものを期待されても、困ります」
丁重にお断りすると、カローナさんは可笑しそうに笑った。
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「え……それでいいんですか? そんなの、見ててもつまらないと思いますけど……」
「大丈夫よ、きっと面白くなるから……あなた、災難の神様に愛されているみたいだもの」
カローナさんは自信満々にそう告げてくる。後半小さく呟いた言葉はよく聞こえなかったが、それでも私に期待をかけてくれているのだろうことは分かった。
「さあ、どうする? そろそろ決めて欲しいのだけれど」
カローナさんは余裕の表情で聞いてくる。私がどちらを選ぶのかなど、初めから分かっているというような顔だ。
悩みながらも、結局私は、自分の未練を果たすことに決めた。
「分かりました……私は転生して、普通に働いて、普通に幸せになってみせます。カローナさん、お願いします」
「ふふっ、そう言ってくれると思ったわ。じゃあ、目を閉じなさい」
言われた通り、素直に目を閉じる。何も見えなくなると、瞼越しに強い光が輝いているのが分かった。
「目が覚めたら、私の分身を呼んでみなさい。楽しませてあげて頂戴ね」
遠くの方でそんな言葉が聞こえる。だんだんと視界が暗くなっていき、唐突な浮遊感に襲われた瞬間、私は意識を手放した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
目を開くと、そこには一面の青空が広がっていた。
しばらくそのまま、その壮大なパノラマを堪能する。視界を遮るものがないと、空とはここまで広く見えるものなのか。
呼吸をすると草と土の香りがして、心身がリフレッシュされた。こんなに風が気持ちいいと感じたのは、今までの人生で初めてだろう。
ゆっくりと体を起こす。
辺りを見回すと、どうやら私は広大な草原で眠っていたようだ。
と言っても近くに川が流れているし、橋だって架かっている。人が全くいないような辺鄙な場所に降り立った、といったことはないだろう。川下に向かって歩いていけば町くらいはあるはずだ。
「カローナさん、いますか?」
意識を失う前に言われた通り、名前を呼んでみる。
すると胸から、ピンポン玉より少し小さいくらいの光の玉が、ふわふわと飛んできた。胸といっても服の中とか谷間とかいう意味ではなく、言葉通り体内からだ。流石に少しぎょっとする。
『おはよう。ようこそ、異世界へ。これからよろしくね』
光の玉が、その存在を主張するように目の前でゆらゆら揺れると、頭の中に声が響いた。
「え……カ、カローナさん……ですか? あー……なんというか……意外、というか、その……ユニークなお姿ですね?」
『そんな絞り出すようにしてまで感想を言わなくていいわよ』
カローナさんが呆れたように言う。
「い、いえ、そんな。妖精みたいで、とっても可愛いと思いますよ」
『そう、ありがとう。それよりあなたもとっても可愛いわ。さすが、私が丹精込めて作り上げただけのことはあるわね』
「あはは、そんな……ん?」
何やら満足そうに不思議なことを言ってくる。あまりにも自然に言うのでそのまま流しそうになったが、今、作り上げた、と言っただろうか。
「あ、あの、カローナさん。作り上げたってどういう……」
身を乗り出して聞こうとすると、視界の端に銀色の綺麗な髪が映った。
……銀……色……?
背中に流れる長い髪を掴んで、体の前に持ってくる。絹糸のように艶やかな、美しい銀色の髪の毛が、私の視界を覆った。
ハッとして、体のあちこちを確認する。体中から筋肉がなくなり、子どものような華奢な体躯になっている。腕や指はほっそりと伸び、きめ細かな真っ白の肌が、自分の体ではないことを証明していた。
というか、いつの間にかまるでお姫さまのようなドレスを着せられている。私はこんな服に着替えた記憶などないし、そもそも持ってすらいない。
ガバッと立ち上がって、傍に流れていた川に身を乗り出す。
整った眉に、長い睫。均整の取れた目鼻立ちに、アメジストのように紫色に輝く瞳。ぷっくりと膨らむ桜色の唇。歳は十四、十五歳くらいだろうか。
目の前の美少女が誰なのか分からず、試しににこりと笑ってみると、水面に映る美少女も、思わず見とれてしまいそうな笑みを浮かべた。間違いなく、そこに映っているのは私だった。
「な、な、な、なんじゃこりゃああああああああっ!!」
美少女に似つかわしくない叫び声を上げて、自分の顔をペタペタと触る。
そんな私の後ろで、カローナさんが『テーマは私の娘よ!』と、自慢するかのように誇らしげな声で言ってきた。
「ちょっとカローナさん! 何ですかこれは!」
大慌てで、ふわふわ浮かんでいる光の玉に詰め寄る。カローナさんは玉のくせして、喜びを表現しているのかぴょんぴょんと飛び回った。
『何って、だから私が作ったのよ! 私の娘よ! はあああ、可愛いわああああ……』
「誰が娘ですか、誰が! 転生って、そのまま私の姿で新しい世界に行けるんじゃなかったんですか!?」
飛び回るカローナさんを捕まえて、眼前に持ってくる。
精一杯睨みつけてみても、カローナさんには可愛くしか映っていないようで、嬉しそうに語った。
『そうすることもできたけど、せっかく私の代わりに世界を旅してもらうのよ? どうせなら、私の理想の姿で楽しんできてもらいたいじゃない! 大丈夫、お母さんちゃんと見守るわ!』
「だから、誰がお母さんですか! ああもう、身長までこんなに低くなって……」
ドレスの裾を摘まんで、ひらりと回ってみる。自分の体ではないようで、なんだか動かしにくい。それに体がとても重く感じた。
「あの、なんか動きにくいんですけど。これもカローナさんのせいですか?」
『私のせいといえば私のせいだし、違うといえば違うわね』
「……どういうことですか?」
中途半端な答えを返すカローナさんにジト目を向ける。その視線に、カローナさんは興奮するように赤面した……赤く発光しただけだが。
『ほら、あなたがしっかり生きていけるように、ちゃんと考慮してるって言ったでしょ?』
「は……? ああ、言ってましたね……それが何か?」
私が首を傾げると、カローナさんが一瞬ビクンと脈打った。
『ぶふっ……だから、私の能力をそっくりそのままあなたにコピーしておいてあげたのよ。もちろん神としての力は無理だったけど、魔力とかカリスマ性とかは、普通の人とは比べ物にならないものになってるはずよ』
カローナさんはまるで頬擦りするように、私の指へすりすりと体を寄せてくる。
私はそんな光の玉を、力を込めてグッと握りしめた。
「……質問の答えになってませんけど。なんで私の体、こんなに鈍っちゃってるんですか?」
私はもともと、運動は得意な方だ。日々真面目に、健康な生活を送ることを心掛けていたため、毎朝のジョギングと筋肉トレーニングは欠かさなかったし、学生時代から身体能力を活かしたアルバイトなどもこなしていた。自分の体にはそれなりに自信を持っていたのだ。
しかしそんな私の自信を一瞬で奪い去る言葉が、カローナさんから発せられた。
『だから、私の能力をコピーしたからよ。魔力なんかは上がった反面、身体能力はほとんどゼロになっちゃったみたいね』
しばらく、何を言われたのかが分からなかった。
「……はあ!? どういうことですか!? 身体能力がゼロ!?」
『そうよ。私、動くの苦手だし、嫌いだもの』
「いやいや、そんなんで私、異世界でどうやって生きていけばいいんですか!? ていうか、何で神のくせして肉体はそんな弱っちいんですか!?」
『仕方ないじゃない! 私がどれだけ引きこもりだったと思っているのよ!』
「知るかああああああああっ!」
逆切れしてきたカローナさんに向かって、私は怒りに任せ、大声で叫んだ。
「じゃあ何ですか。私が日々努力して磨き上げてきた健康体は、何万年も引きこもってる運動不足の女神の体になっちゃったってことですか」
『とっても可愛いわ、カンナ』
「…………」
無言で光の玉を締め上げた。握力まで限りなく弱くなってしまったことが恨めしい。
『と、とにかく、多少の不利は魔法でなんとかできるはずだから! とりあえずどこかの町へ向かいましょう、ね?』
カローナさんは焦ったようにそう言ってくる。
確かに着の身着のままの私が異世界に一人で放り出されたところで、無事に生活できるとは思えない。なら、魔法とやらの利便性によっては、むしろありがたいことなのかもしれない。慣れ親しんだ体を失ったことは悲しいが……
「はあ……それもそうですね、いつまでもこんな所で言い争ってても仕方ないですし。移動しましょうか」
そう言って、川下に体を向けて歩き出す。
『あ、移動するなら魔法で空を飛べるわよ』
「歩きます! 運動不足を解消して体力をつけないと、まともな生活なんて送れそうにありませんから!」
『そ、そんなに酷いかしら……』
酷いなんてもんじゃないとは思うが、わざわざ口には出さないでおく。
前途多難になりそうな異世界生活を思い浮かべると、なんだかとても憂鬱な気分になった。
2 はじめての人助け
緩やかに流れる川に沿って歩き始めたものの、十分もしないうちに息が切れてきた。
想像以上の貧弱さに、カローナさんを恨めしく睨みつける。しかし当のカローナさんは、こちらの不満などなんのその、自由気ままにふわふわと私の頭の上で漂っていた。
「ちょっと、カローナさん……既に私、限界っぽいんですけど……どんだけ体力ないんですか、この体……」
息が乱れるせいで、言葉を途切れさせながらそう言うと、カローナさんはまったく悪びれもしない様子で言った。
『だから、意地を張らないで魔法を使えばいいじゃない。これじゃなんのために私の力を分けてあげたのか分からないわ』
「そうやってすぐ魔法に頼ってたから、こんな情けない体になっちゃったんでしょう……せめて自分でできることくらいは自分でやらないと、私、一生このままですよ……」
『ふーん……やっぱり、あなたって変わってるわね』
何とでも言え、と思った。最初から神様なんてものと価値観が合うとは思っていない。私は普通でいい。普通の人間として、幸せになりたいのだ。
しかしそうやって強がってみたものの、この体の運動不足は想像以上に深刻だった。
さらに五分ほど歩いたところで、ついに足が動かなくなってしまい、仕方なく川の縁にあった大きな石に腰掛けた。
「はあっ……はあっ……もう、無理です……少し休みましょう……」
『魔法を使えばすぐに回復するわよ?』
「餓死しそうにでもならない限り、魔法は使いませんから!」
そう強く言うと、カローナさんはふわふわ漂ってきて、私の頭の上に落ち着いた。
『ふーん……まあ、あなたがそれでいいなら別にいいけど。でもその様子だと、しばらくは動けないんじゃない?』
私はガクガクと震える自分の足を見て、嘘だろ、と思う。運動不足の人間の体力のなさというものを侮っていた。
「まだ十五分やそこら歩いただけですよね。なんでこんなに疲れてるんですか……」
『カンナはよく頑張ったと思うわ』
「やかましいですよ」
自分の体力のなさに思わず項垂れる。今からこんな調子では、元のようにとは言わないまでも、せめて人並みに戻すまでにいったいどれだけかかるのか。
「はあ……これからどうしようかなあ……」
初めは町まで行って、適当に仕事を探して、家を借りて、お金を貯めて、できることなら素敵な恋人を作ってと、漠然とした計画を立てていた。
しかしこの体力のなさで、雇ってくれるお店が果たしてあるのだろうか。
『世界一周なんてどうかしら。私、色々なところを見てみたいわ』
「黙っててください。一キロ歩いたら倒れる体でそんなことできるわけないでしょう」
人の気も知らないで、楽しそうな旅を勝手に夢想しているカローナさんにデコピンをする。いや、どこがデコかは分からないが。
そもそも、私はそんな大きなことや、特別なことなどしたいとは思っていないのだ。もっと普通の、一般的な、ありふれたことを思いっきりしたいのだ。
「デスクワークでもやれたらいいんだけど……それも、この体じゃ辛そうだなあ……」
遠い目をして呟くと、向けたその視線の先に、何台かの馬車が停まっているのが見えた。人が集まって、一つの馬車を囲んで話し合っている。何か問題が起こったようだ。
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