43 / 47
第1章 婚約破棄に至るまで
42.そこに在る恐怖
しおりを挟む
リシュベルへと伸ばされたスカーの手は、目に見えない衝撃により弾き飛ばされてしまった。
一瞬、スカーは驚きに目を見開くと、今度は忌々しげにリシュベルの手元へと鋭い視線をやった。
その表情は、彼がもつ天使のような愛らしさとは遠くかけ離れており、苛立ちや怒り、そして憎しみがごちゃ混ぜになったような、そんな表情だった。
「⋯⋯っ」
彼は苛立ちを隠そうともせず、一つ舌打ちをするとリシュベルの手元を睨みつけ、地面を蹴り上げるとともに大きな声を張り上げた。
「こ、のっ、ただの守護石ごときがっ!」
その怒声に肩を震わせたリシュベルは、スカーの鋭い視線が向けられている自身の手元へと目をやった。
その先では淡い光が放たれていた。
「⋯⋯お前、高位精霊であるこの僕に敵意を向けたというのかい? そんなことをすればどうなるか。まさか、分からないわけじゃないよね?」
今や、天使の面影さえ消え失せ、淡いアクアマリンを思わせる瞳が濃い青へと変化した瞬間——。
「身の程を知れっ!!」
ありったけの怒りを込めた声で叫ぶと同時に、スカーはリシュベルの目の前で何かを捻り潰すようにグッと拳を握りしめた。
——その刹那。
「きゃっ⋯⋯!」
常に彼女を守護していた石がピシリと音を立て、次の瞬間には、パンッ!という破裂音とともに無残にも砕け散ってしまった。
粉々になり、幾つもの小さな欠片へと化してしまった瑠璃石は、乾いた地面へと転がり落ちると彼方此方へと散らばってしまった。
その小さな欠片の一粒が、履き古したリシュベルの靴先へと転がってきた。
「⋯⋯⋯⋯」
スカーの怒声で身体を震わせていたリシュベルは、何が起こったのか訳が分からず、呆然と己の足元に転がってきた小さな石の破片を見つめた。
「⋯⋯⋯⋯な、んで」
「はっ、何故かって? たかが石に宿る下級精霊の分際で、僕の邪魔をしたからだよ」
当然の報いだと鼻で笑うスカーは、今はもう元の色を取り戻した瞳をリシュベルへと向けた。
「さあ、リシュベル。今度こそ邪魔は入らないよ。だから、ね。一緒においで」
まるで何事もなかったかのように平然と微笑んだスカーは、今度こそなんの障害もなくリシュベルの細い腕を力任せに掴んだ。
「⋯⋯っ! いやっ、やめて。お願い、離してっ」
弱々しく、それでもなお抵抗を続けるリシュベルへと苛立ちを募らせていったスカーは、掴んでいる彼女の腕にさらに力を込めた。
「⋯⋯痛っ」
「僕さぁ、聞き分けのない子は嫌いなんだよね」
「⋯⋯っ」
「ねえ、一体何がそんなに不満なのさっ。ベルンハルトのことは嘘じゃないよ。それに、アレクの傍にいれば贅沢な暮らしだってできるし、怖いことなんて何にもないって言っているじゃないかっ」
苛立ちが増すごとに腕へと込められた力は強くなってゆく。
「⋯⋯い、たい。おねが、やめてっ」
ふうっとため息を吐いたスカーは、突然、腕を掴んでいないほうの手でリシュベルの両目を覆った。
「仕方ないなあ。これ以上暴れられても面倒だから、君には少し眠っていてもらおう」
「⋯⋯!」
リシュベルは、スカーという存在が恐ろしくなった。
天使のように愛らしい顔をしながら、無邪気な笑顔の影に隠れる残酷な悪意が恐ろしかった。
無垢な少年のように無邪気に笑っていたかと思えば、次の瞬間には凍てつくほど冷たい色を放つ青の瞳も。
一瞬でころころと変化する彼の表情も。
そして、彼から放たれる形容し難い雰囲気さえも——。
リシュベルは、スカーの全てが恐ろしかった。
「⋯⋯⋯⋯や、め⋯て」
薄れゆく意識の中で、とてつもない不安と恐怖がリシュベルの中を支配していった。
一瞬、スカーは驚きに目を見開くと、今度は忌々しげにリシュベルの手元へと鋭い視線をやった。
その表情は、彼がもつ天使のような愛らしさとは遠くかけ離れており、苛立ちや怒り、そして憎しみがごちゃ混ぜになったような、そんな表情だった。
「⋯⋯っ」
彼は苛立ちを隠そうともせず、一つ舌打ちをするとリシュベルの手元を睨みつけ、地面を蹴り上げるとともに大きな声を張り上げた。
「こ、のっ、ただの守護石ごときがっ!」
その怒声に肩を震わせたリシュベルは、スカーの鋭い視線が向けられている自身の手元へと目をやった。
その先では淡い光が放たれていた。
「⋯⋯お前、高位精霊であるこの僕に敵意を向けたというのかい? そんなことをすればどうなるか。まさか、分からないわけじゃないよね?」
今や、天使の面影さえ消え失せ、淡いアクアマリンを思わせる瞳が濃い青へと変化した瞬間——。
「身の程を知れっ!!」
ありったけの怒りを込めた声で叫ぶと同時に、スカーはリシュベルの目の前で何かを捻り潰すようにグッと拳を握りしめた。
——その刹那。
「きゃっ⋯⋯!」
常に彼女を守護していた石がピシリと音を立て、次の瞬間には、パンッ!という破裂音とともに無残にも砕け散ってしまった。
粉々になり、幾つもの小さな欠片へと化してしまった瑠璃石は、乾いた地面へと転がり落ちると彼方此方へと散らばってしまった。
その小さな欠片の一粒が、履き古したリシュベルの靴先へと転がってきた。
「⋯⋯⋯⋯」
スカーの怒声で身体を震わせていたリシュベルは、何が起こったのか訳が分からず、呆然と己の足元に転がってきた小さな石の破片を見つめた。
「⋯⋯⋯⋯な、んで」
「はっ、何故かって? たかが石に宿る下級精霊の分際で、僕の邪魔をしたからだよ」
当然の報いだと鼻で笑うスカーは、今はもう元の色を取り戻した瞳をリシュベルへと向けた。
「さあ、リシュベル。今度こそ邪魔は入らないよ。だから、ね。一緒においで」
まるで何事もなかったかのように平然と微笑んだスカーは、今度こそなんの障害もなくリシュベルの細い腕を力任せに掴んだ。
「⋯⋯っ! いやっ、やめて。お願い、離してっ」
弱々しく、それでもなお抵抗を続けるリシュベルへと苛立ちを募らせていったスカーは、掴んでいる彼女の腕にさらに力を込めた。
「⋯⋯痛っ」
「僕さぁ、聞き分けのない子は嫌いなんだよね」
「⋯⋯っ」
「ねえ、一体何がそんなに不満なのさっ。ベルンハルトのことは嘘じゃないよ。それに、アレクの傍にいれば贅沢な暮らしだってできるし、怖いことなんて何にもないって言っているじゃないかっ」
苛立ちが増すごとに腕へと込められた力は強くなってゆく。
「⋯⋯い、たい。おねが、やめてっ」
ふうっとため息を吐いたスカーは、突然、腕を掴んでいないほうの手でリシュベルの両目を覆った。
「仕方ないなあ。これ以上暴れられても面倒だから、君には少し眠っていてもらおう」
「⋯⋯!」
リシュベルは、スカーという存在が恐ろしくなった。
天使のように愛らしい顔をしながら、無邪気な笑顔の影に隠れる残酷な悪意が恐ろしかった。
無垢な少年のように無邪気に笑っていたかと思えば、次の瞬間には凍てつくほど冷たい色を放つ青の瞳も。
一瞬でころころと変化する彼の表情も。
そして、彼から放たれる形容し難い雰囲気さえも——。
リシュベルは、スカーの全てが恐ろしかった。
「⋯⋯⋯⋯や、め⋯て」
薄れゆく意識の中で、とてつもない不安と恐怖がリシュベルの中を支配していった。
0
お気に入りに追加
1,040
あなたにおすすめの小説
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。


【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる