こんなことになるのなら。

市丸

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転生してました

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 どうしよう、小説の世界に生まれ変わっちゃった!

 ──なーんて漫画や小説にありがちな設定に「異世界イケメンパラダイスじゃん」と言いながらニヤついた顔で頁を捲っていた頃が懐かしい。
 いや、懐かしがってる場合じゃ全然ないんだけど。全然ないんだけど、脳が現実逃避した。

 暖かな春の陽光の中、優しく微笑む二人の義兄を前にしたわたしは生まれたての小鹿ばりに震えていた。
 震えのせいで手の中のティーカップから琥珀色のお茶が今にも飛び出しそう。血の気が引いているだろう顔から表情を消し、乱れた心を落ち着かせようとお茶を口に含む。

 頭が突然おかしくなった可能性も無きにしも非ずだが、わたしは自分が企画発案した漫画のエロゲー版の世界に生まれ変わってしまったらしい。
 あばばばばばっ。

 転生前、わたしは小さな島国に生きる小庶民だった。今となってその世界さえも神が作った玩具箱の一つだったのではないかと思うけれど、とにかくわたしはその世界にいた。

 あれはいつだったか。そうだ、大学と呼ばれていた所に通っていた頃だ。
 わたしは友人一同と趣味で漫画を書いていた。
 主人公はとある国の貴族令息で、美貌と権力を武器に仲間達と美しく気高い貴族令嬢達を陥落していくエロ重視の話だった。エロメインのエロ重視な漫画なので戦争や内政とかそういう小難しい類のものは一切ない。美男子が美女にふしだらなことをする、どちらかと言えば男性が好むいかがわしいだけの話だ。
 イケメンのエロ最高、確かそんなことを叫んでいた。
 ああ、なんか色々思い出して来た。

 主人公は背の高い細マッチョのイケメン侯爵子息がいい。金髪碧眼の美青年の腹違いの弟が似た顔立ちをしながらも黒目黒髪というのもありだ。しかし二人の親友は変態王子に限ると王子を露出青姦好きにしたのはどうかと思う。
 一国の王子をなんて扱いだ。「いいね青姦!」じゃねぇわ。提案者誰だよ、わたしだよ。
 青姦変態王子の親友ならドSよねと隣国の王子をドS設定にもしましたな、彼の標的になる令嬢に一人にドMを加えようとか言いました。気位の高いナイスバディの美女を三角木馬に縛り付けたいだなんて誰の性癖。
 なんで誰も反対の声を上げなかった。
 真夜中に素面でエロ漫画の設定なんて出来るかよと男に飢えた女五人で酒盛りしたのも悪かったのかもしれない。

「騎士団長はイケオジにしてください。背が高くて胸板厚くて全身傷だらけで。あ、こめかみに古傷があるのがいいです。もちろん巨根絶倫で。主人公の義理の童顔巨乳妹の処女膜破ってやりましょう、人前で犯してやりましょう」ってうっとりした後輩に同意もした。

「待って。そうなると冷静沈着な従者は外せないわ。涼し気な目元……そう、そう一重よ! いつも口元に笑みを浮かべていて表情が読めないの! 逃げようとする令嬢をどこまでも追いかけて追い詰めて……監禁して肉便器になるまで徹底的に落とすの。彼の先生であり協力者は老年の執事がいい。細身で白髪なナイスミドルが教育係だなんて萌える」

 なんで中世ヨーロッパ風なのに肉便器って単語が出て来るの。それをフィクションなんだからなんでもありでと賛成したのは誰だ、わたしだ。またわたしだ。わたしばっかだな。

「自分達で作っておいてなんだけど、この漫画の令嬢達にはなりたくないわー。やり殺されそうで死んでもやだ」

 ゲラゲラと笑いながら量産される登場人物は男女共に二十人近くいた。全十話で完結した漫画はネットでちょっとした話題になり、小さな会社の目に留まりゲーム化することになった。
 美麗な絵に似合わない男性目線のエロゲーは女性にもウケ、エロゲー界でそこそこのヒットを飛ばし、漫画も重版がかかった。
 評判に勢いづいたわたし達はその後続編を制作した──作っている時は楽しかった。

 フィクションだからね。ノンフィクションじゃないからね。だから楽しかった。正直ゲーム化の話が来た時は全員で小躍りした。しかし物語は物語だからいいのであって、現実だったらお断りだ。相手が金持ちのイケメンだとしても時と場所を選ばず隙あらば犯すような男は絶対にお断りだと思う。
 物語とはいえ純真無垢な婦女子を犯しまくった罰だとでも言うのでしょうか。
 今、わたしはその死んでも嫌だった令嬢の一人になっている。

 エミリエンヌ・ラーフェイ。絶倫主人公の義理の妹に。
 あ、ヤベ。騎士団のマッチョイケオジに犯される童顔巨乳ってわたしのことじゃん。

 ああ、思い出しても悔やまれる。あの頃の自分達を一列に並べて右から順にぶん殴ってやりたい。

「エミリエンヌ?」
「ひゃい!」

 腰が砕けそうな良い声で名前を呼ばれ反射的に肩を弾ませる。訝し気な顔をする義兄の金髪が陽光を弾いて神々しいほど美しい。整った眉に涼しい目元、スッと通った鼻筋に薄い唇。艶めく金髪はゆるいカーブを描いていて、あんたは生きる彫刻なのかと。
 我が義兄が超絶麗しくて嫌になる。
 とてもじゃないが絶倫にも婦女子を肉便器に堕とすようにも見えなーい。見慣れたはずだったイケメンなのに目玉が潰れそう。

「ぼんやりしてどうしました?」
「あ……えっとえーっと…暖かいせいか少し眠たくて、ボーッて……えへ、ごめんなさい」
「具合が悪いのではないの?」

 訊かれてティーカップをテーブルに戻す。

「いいえ、そんなことはございませんっ」

 慌てて否定するが視線は向けられたままだ。引き攣った頬に力を込めて笑みを作り、耳の横から垂れたピンクの髪を指先でくるくると捩じる。

 演じろ、ちょっと我が儘な甘ったれ妹を演じるんだ!
 女は生まれながらの女優なのよ!

「お義兄様達は眠たくありませんの?」

 訊くと長兄ローレンスと次兄エルネストは同じタイミングで眉根を寄せた。美形の不機嫌顔は攻撃力が半端じゃない。まるで内臓をわし掴みにされたみたい。
 人を目線だけで殺せそう。目からビーム……なんちゃって。お腹がぎゅうっとする。うげぇ、心的ストレスで吐きそう……。

「エミリエンヌ」
「はい……?」
「どうしたの?」
「どうしたんだ?」

 ええっ! こわっ、なに怖い。え、なになになんなの。どうしたのってお義兄様達こそどうしたの、今の会話のどこに地雷が?

 内心で激しく動揺しつつも表情には出さず極力愛らしく見えるように小首を傾げると、ローレンスは短く溜息を吐いた。

「私達だけの時はその呼び方はやめなさいと言ったよね?」

 呼び方とはなんぞや……あ! 呼び方か!

「ご、ごめんなさい。おにいちゃま」

 己の言葉にぞわりと鳥肌が立つ。う……ううう、おにいちゃまって……ねぇ、わたしもうすぐ十四なのですよ。お義兄様でいいじゃないの。

 実の両親を五歳で失い母の兄である侯爵に引き取られたわたしをすぐに受け入れてくれた二人の義兄の願いならば続けるけどさ、おにいちゃま呼びは結構恥ずかしいんだよ。

 わたしの年齢を忘れている可能性のある鬼畜イケメンは従妹であるわたしにいつも優しかった。
 激甘だった。生まれた時から交流があったせいか、彼等は妹になったわたしにいつまでも手のかかる妹であることを望んでいた。彼等は常にわたしを幼児のように扱い、わたしは彼等の期待に無意識のうちに応えようとした。客観的に見てわたしの言動は実年齢からしてもだいぶ幼かったと思う。

 彼等が兄として好きだったこともあるが、あざと可愛く幼さを振りまくことで二人のターゲットから外れると頭のどこかでわかっていたのかもしれない。

 設定にロリ属性を加えなかったことを褒めたい。
 グッジョブだぞ、わたし!

「おにいちゃま、わたくしお部屋に戻ってもいーい? お昼寝したい」

 指先で髪を遊びながら上目遣いに訊く。ローレンスお義兄様は兵器レベルの顔をわずかに傾けた。目を細めて優しく微笑むとか、マジやめて。調教済みであろうメイド達が発情しちゃってるよ。

「エミリエンヌは私達とお茶をするよりお昼寝したいの?」
「うん」

 いかにも眠そうといった具合に目元を手の甲で擦る。淡いパステルカラーの美しい屋敷を背景に完璧に整えられた中庭でお茶をするよりも、自室にこもっていたい。

「わかったよ、部屋まで送る」

 私達のやりとりを見ていたエルネストお義兄様が立ち上がり手を差し出す。普通にしていれば基本二人は過剰に甘やかす悪癖のある優しい兄だ。ロリィな義妹でいる限りは安全と言える。

「駄目よ、エルネストお義兄様。ローレンスお義兄様を独りぼっちにしたら可哀想。お部屋にくらい戻れるわ」
「へえ、本当に?」
「もちろんよ!」
「エミリエンヌは随分としっかりして来たな」

 真っ黒の目でわたしを見つめていたエルネストお義兄様がにっこりと微笑む。
 ぐはっ、死ぬ! イケメンの笑顔ヤバす!
 あ、でも待って。この自立に向かっています的な態度はどうなの、危険じゃないの? いかん、性的な興味を持たれるのは避けたい。そう、わたしは十四歳じゃない、中身は幼児だ!

「……リリー」

 後ろに控えていた専属メイドのリリーにもじもじと声をかける。

「はい、お嬢様」
「一緒にお部屋に戻ってくれる?」
「もちろんでございますとも」

 幼い頃から仕えてくれているリリーは花も恥じらう十八歳。淡い栗色の髪と目の大人びた女性だ。

 これから数ヶ月先、貧乏子爵家の令嬢として生まれた彼女の運命は大きく変わることになる。わたしに怪我を負わせた罰として上級貴族の乱交パーティーに玩具として差し出され、二十歳になった頃にはお義兄様達のチンチンを求めて尻を振る肉便器ちゃんになってしまうとここにいる誰が思うだろう。

 姉のような優しさでわたしを慈しんでくれるリリーをそんな設定にしたのは誰だ、わたしだ。

「やっぱりまだ一人じゃダメか」

 言って笑う二人の頬にキスをして退席する。

 差し迫ったのはリリーの危機。これをどう回避するかと考えながら長い廊下を歩いていると、廊下の端にキラキラと輝く黄金のエフェクトを見た。
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