訳ありメイドは女嫌いの侯爵令息と男嫌いを克服します!?~特訓の相手は憧れのお姉さま♡かと思いきや、女装した私の苦手なあいつでした!?~

千賀春里

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僕以外の男とは

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「あぁ、レイド。特訓の成果を確かめようと思ったんだが」



「は?」



 レイドの表情が険しくなる。

 鋭い視線をレイドから向けられたウィルモートは苦笑して言った。



「随分と難航していることが分かった」

「姉上が大変な時に何をしてるんですか。さっさと姉の所に行って下さい」



「もちろん。ルディア、怖がらせて悪かったね。後で良い物を贈るから礼と謝罪を兼ねて受け取ってくれ」



 そう言ってウィルモートは扉を閉めて姿を消した。



「で、二人で何してたの?」



 地に響くような低い声でレイドが言う。

 今まで感じたことがないくらい言葉が冷たくて、何故か身体が震えた。



「特訓がどこまで進んでいるのか聞かれて……」



 ルディアーナは二人っきりになった経緯から説明することとなった。



「本当にお節介な人だね」

「手の甲にキスはされることが多いから実践してみようと思って……」

「君から強請ったの?」



 冷たい声音がルディアーナの胸に落ちて来る。



「そういう訳じゃないけど」

「けど?」



 ルディアーナに近付き、冷ややかな瞳が見下ろしている。



 怒ってるの?



 瞳の奥から怒気を感じ、雰囲気に滲み出ていた。



「実践も必要だと思ったのよ」

「僕以外の男で?」



 ずいっと顔を近づけてくるレイドにルディアーナは少し怖くなった。

 彼のエメラルドグリーンの瞳が怒りを伝えてくる。



「僕以外の男とどこまでするつもりだったの?」

「手の甲にキス以外は考えてなかったわよ」



 レイドには触れることが出来るのだから、他の人でも平気だと思ったのだ。



「でも、無理っ! 見てよ! これ!」

「…………うわ」



 腕を捲り上げるとそこにはものの見事に鳥肌が立っていた。



「こんなに立派な鳥肌は見たことがないね。これじゃあ、逆に彼の方が気の毒に感じるよ」

「申し訳ないとは思ってるけど……無理……手の甲が腐り落ちそう……」

「ぶっ」



 ルディアーナのとんでもない一言にレイドは思わず吹き出してしまう。



「笑い事じゃないわよっ! 相手は王太子殿下なのよ。次に会った時に殺されないか心配だわ」



 ルディアーナは腕を擦りながら、鳥肌を落ち着かせようとするがなかなか収まらない。

 鳥肌は収まらないがレイドの謎の怒りは収まったようでそれには少し安心する。



「君はまだ他の男相手にキスは無理ってことだよ」

「痛感したわよ」



 今のルディアーナでは手の甲にキスですら耐えられない。



「どっちの手」



 キスをされた手のことを指しているのだと分かり、ルディアーナは素直に答える。



「……右だけど」



 レイドはルディアーナの手を取り、手の甲を凝視する。



「赤くなってるけど」

「擦れば不快感がなくなるかなと思って」



 スカートでゴシゴシと擦り赤みが出てしまった。



「なくなった?」

「あんまり変わらない」



 ウィルモートには申し訳ないが唇の気持ち悪い感触がいつまで経っても消えないのだ。



「石鹸でよく洗うことにするわ」

「ばい菌じゃないんだから」



 レイドはおかしそうに笑う。

 その表情が何だか少年のようで、珍しい彼の一面に思わずどきりとしてしまう。



「上書きしていい?」

「上書き?」



 ルディアーナが聞き返した時にはもう遅く、赤くなった手の甲にレイドの唇が押し当てられていた。



「んっ……!」



 一度は離れた唇が再び手の甲へと降ってくる。

 離れては押し付けられ、今度は擽るように軽く触れてくる。

 手の甲体をレイドの唇に侵されているような気分になり、ルディアーナの頬が紅潮していく。



「不快感はまだ残ってる?」



 手の甲から唇を離しレイドは言う。



「……もう平気」



 今度は触れられた部分と顔が熱くなる。

 唇の感触が手の甲に残り、いつまでもレイドの唇がそこにあるように感じてしまう。



「じゃあ、もっと近づいて。鳥肌が止まらないんでしょ」



 そう言って引き寄せられるとそのまま、レイドの胸に頬を寄せることになり、ルディアーナは身体を強張らせる。



 優しく抱き締められ、頭を撫でられ、背中を子供をあやすように叩かれる。



 ほのかに香るラベンダーの香水がレイドの匂いを混ざり、ルディアーナを包み込む。優しい香りと彼の温もりに最初は戸惑ったものの、次第にそれが心地良くなっていく。



 自分の抱える負の感情が彼に触れることで溶けていく気がして、とても安心出来た。



 もう少し、こうしていたい。



 ルディアーナはレイドの背中にそっと触れる。



「っ……」



 一瞬だけびくっとレイドの身体が跳ねた。



「ご、ごめん」



 彼も女嫌いだ。ルディアーナがされて嫌なことはきっと彼も嫌なのだろう。

 そう思い、ルディアーナは腕を離す。



「そのまま背中に腕を回して」

「嫌じゃない?」



 さっきの拒絶されたような反応を見た後なので触れることに抵抗があったルディアーナは訊ねる。



「大丈夫」



 ルディアーナ少し躊躇いながら背中に腕を回すと、ルディアーナを抱き締めるレイドの腕の力が強まり、心臓が跳ねた。



 隙間なく身体密着し、何だか落ち着かない。

 落ち着かないがずっとこうしていたい気持ちにもなるのだ。



「勝手に僕以外の男との特訓はしないでよ」

「でも、他の人との実践も必要なんじゃ……」

「今回は王太子だったから間違いは起こらなかったけど、他の男はそうとは限らないんだよ」



 勝手なことしたら許さない、脅迫的な言葉が耳元で囁かれる。



「自分の従兄弟相手にこの様じゃ、他の男になんて到底無理だよ」



 王太子の王妃はルディアーナの父の妹だ。

 レイドの言う通り、ウィルモートでこの有様では他の男性での実践は難しいだろう。



「何でなのかしら……貴方となら大丈夫なのに……」



 ルディアーナはポツリと呟く。

 するとルディアーナを抱き締める腕に力が籠る。



「ルディアーナ、ルディアーナ」



 名前を呼ぶ甘い声に身体が震えた。



 こんな風に抱き締められても、キスされても、気持ち悪くもないし、鳥肌も立たないのに。



 最初は男性嫌いの克服なんて必要ないと思っていた。

 けれども今では女性嫌いで仕方なくルディアーナの特訓に付き合ってくれているレイドのためにも早く克服しなければと思う。



彼にも申し訳ない。



すりっと首筋にレイドの鼻先が擦れるのを感じて、ルディアーナはくすぐったさで身を捩る。

まるで動物のような仕草が少しだけ愛おしく思える。



もう少しこのままで良いかも。



 鳥肌が収まってもしばらく、二人はお互いの温もりを近くで感じ合っていた。



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