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眠り姫に口付けを
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「嘘でしょ」
レイドは穏やかな表情で寝息を立てるルディアーナを見下ろす。
波打つ黒髪がシーツの上で広がり、一房だけベッドの端から床に向かって流れ落ちている。
信じられないんだけど。
髪や背中を撫で、頬や額に口付けを落とし、徐々に彼女の警戒と身体の強張りと解いた。彼女の身体から力が抜け、口付けにも抵抗がなくなり、ようやく次に進めると思ったところで彼女は眠りについてしまった。
しかも、その寝顔は酷くあどけなく、とてもじゃないが起こす気にはなれない。
本当に信じられない。
ここまでして寝る? 普通。
他の女であれば頼まなくても勝手に服を脱ぐところだが、ルディアーナ相手ではそんな簡単にはいかない。
しかし、まぁ、今日は過去の確執を解消することが出来たことだし、触れても鳥肌が立たなくなっただけで良しとしよう。
レイドは大きな溜め息をつく。
学生時代の図書室での一件以来、ルディアーナは事あるごとにレイドを悩ませてきた。
あの日のことを謝りたくても、なかなか二人っきりになることができなかった。卒業パーティーでダンスに誘おうと思っても他の女に包囲されて抜け出すことが出来ず、ようやく、彼女を見つけたと思ったら悪漢に襲われていた。
助けたことで距離が縮まると思ったのに、あろうことか、ルディアーナは混乱の中で助けたのはシェリルだと勘違いしてレイドのことなど何とも思っていなかったのだ。
腹立たしいことこの上ない。
「助けたのは僕なのに姉上を好いてるなんて」
最悪だ。
爵位を返上する話も侯爵家の援助を断った話も全て知っていたため、このままでは本当に会うことが出来なくなる。
そこで思いついたのが就職先の斡旋である。
元貴族で礼儀作法も完璧、アカデミーでの成績はレイドに次ぐ成績だ。何も問題ない。当初はウィルモートの侍女に、と思っていたが貴族との接点が多くなるし、自分が会えない間に他の男の接待をしていると考えると非常に不愉快だった。
仕事は厳しいけど、彼女なら下級使用人でも上手くやっていける。
そう思い、城でのメイドの仕事を斡旋したのは他でもないレイドである。しかし、下級使用人となったルディアーナと上流階級のレイドでは顔を合わせる機会がほぼ皆無でようやく昨晩の宴で再会が叶ったのだ。
それにしても馬鹿だと思う。
レイドが触れるだけで肌は泡立ち、すぐに恐怖で瞳は潤み、身体は硬直して小刻みに震え出す。
それなのにシェリルのために果敢に立ち向かい、自分が身代わりになろうとするのだ。
本当に焦る。
ルベック伯爵をわざとおびき寄せたのに、あろうことかルディアーナが間に入ったことにより、目論見が狂ってしまった。
あの時、ドアの隙間から廊下を除けばルベックがルディアーナを下卑た笑みを浮かべて見ていた。
彼女の腕を掴み、引き摺るように歩き出した時には女装姿のまま飛び出そうかと思ったほどだ。
バタバタと着替えて部屋の窓際に控えていた部下に人を呼ぶように言いつけて部屋を飛び出した。
ルディアーナがあの男にキスをされそうになっている場面を目にした瞬間、頭にかっと血が昇った。
あのまま殴り倒しても良かったが震えながらか細い声を上げるルディアーナの安全が優先だ。
彼女を助けて、ルベックを締め上げて馬車に押し込んで会いに行くと、嫌な物を見る目で自分を見るものだから流石に傷付く。
だが、過去に彼女を傷付けた手前、ここは我慢すべきところだ。
温かい紅茶を飲みながら、落ち着いて少し話がしたかっただけだ。
それなのに、彼女は他の侍女に給仕を任せて逃亡。
礼は言ったからな、それじゃあ。失礼。
レイドの中のルディアーナはそう言い残して消えた。
本当に腹が立つ子だよ。
レイドは改めてベッドに横たわり、規則正しい寝息を立てるルディアーナを見下ろす。
顔にかかった髪を払えば、白く滑らかな頬に指先が触れる。
長い睫毛に縁取られたサファイアブルーの瞳は意志の強さを感じさせ、彼女の性格を雄弁に語っている。凛々しい眉に、整った鼻梁、艶のあるぽってりとした唇には色気が宿り、レイドの欲望を掻き立てる。
学生時代からこのダサい眼鏡と地味な髪型に疑問を持っていたが納得である。彼女は徹底的に男の欲望の対象から外れようとしているのだろう。
竹を割ったようなはっきりとした性格も真っ直ぐで頑固で意志の強いところも、侯爵令息の前で男社会と男貴族への不満を上げ連ねるところも、自分への自信も、一国の王女としての威厳と風格を感じさせる。
よくもまぁ、このダサ眼鏡と地味な三つ編みで隠してきたものだ。
でも今の所、彼女の秘めた美しさに気付いているのはレイドだけ。
その優越感は堪らない。
このまま眼鏡とおさげは継続してもらいたいところだ。
「んっ」
寝ているルディアーナの口元から息が零れる。
薄らと開いた唇がレイドを誘う。
「本当に、憎らしいね」
きっと、僕がどんな思いで君を見ていたかなんて知らないんでしょ。
再会した時、眦に涙を浮かべる君を見て僕がどれだけ焦ったのかなんて君は興味もないよね。
「本当に憎らしい」
男嫌いの克服なんて本当は別にどうでもいい。
君に触れるのを僕にだけ許してくれればそれでいい。
それが難しいのだけれど。
レイドは寝息を立てるルディアーナにそっと顔を近づける。
そのプラムのような赤い唇に噛み付きたい衝動をぐっと抑える。
小さい顔を優しく、包み込むように撫でる。
「ルディアーナ」
艶のある声音が小さく響き、赤い唇から零れる呼吸をそのまま飲み込んだ。
レイドは穏やかな表情で寝息を立てるルディアーナを見下ろす。
波打つ黒髪がシーツの上で広がり、一房だけベッドの端から床に向かって流れ落ちている。
信じられないんだけど。
髪や背中を撫で、頬や額に口付けを落とし、徐々に彼女の警戒と身体の強張りと解いた。彼女の身体から力が抜け、口付けにも抵抗がなくなり、ようやく次に進めると思ったところで彼女は眠りについてしまった。
しかも、その寝顔は酷くあどけなく、とてもじゃないが起こす気にはなれない。
本当に信じられない。
ここまでして寝る? 普通。
他の女であれば頼まなくても勝手に服を脱ぐところだが、ルディアーナ相手ではそんな簡単にはいかない。
しかし、まぁ、今日は過去の確執を解消することが出来たことだし、触れても鳥肌が立たなくなっただけで良しとしよう。
レイドは大きな溜め息をつく。
学生時代の図書室での一件以来、ルディアーナは事あるごとにレイドを悩ませてきた。
あの日のことを謝りたくても、なかなか二人っきりになることができなかった。卒業パーティーでダンスに誘おうと思っても他の女に包囲されて抜け出すことが出来ず、ようやく、彼女を見つけたと思ったら悪漢に襲われていた。
助けたことで距離が縮まると思ったのに、あろうことか、ルディアーナは混乱の中で助けたのはシェリルだと勘違いしてレイドのことなど何とも思っていなかったのだ。
腹立たしいことこの上ない。
「助けたのは僕なのに姉上を好いてるなんて」
最悪だ。
爵位を返上する話も侯爵家の援助を断った話も全て知っていたため、このままでは本当に会うことが出来なくなる。
そこで思いついたのが就職先の斡旋である。
元貴族で礼儀作法も完璧、アカデミーでの成績はレイドに次ぐ成績だ。何も問題ない。当初はウィルモートの侍女に、と思っていたが貴族との接点が多くなるし、自分が会えない間に他の男の接待をしていると考えると非常に不愉快だった。
仕事は厳しいけど、彼女なら下級使用人でも上手くやっていける。
そう思い、城でのメイドの仕事を斡旋したのは他でもないレイドである。しかし、下級使用人となったルディアーナと上流階級のレイドでは顔を合わせる機会がほぼ皆無でようやく昨晩の宴で再会が叶ったのだ。
それにしても馬鹿だと思う。
レイドが触れるだけで肌は泡立ち、すぐに恐怖で瞳は潤み、身体は硬直して小刻みに震え出す。
それなのにシェリルのために果敢に立ち向かい、自分が身代わりになろうとするのだ。
本当に焦る。
ルベック伯爵をわざとおびき寄せたのに、あろうことかルディアーナが間に入ったことにより、目論見が狂ってしまった。
あの時、ドアの隙間から廊下を除けばルベックがルディアーナを下卑た笑みを浮かべて見ていた。
彼女の腕を掴み、引き摺るように歩き出した時には女装姿のまま飛び出そうかと思ったほどだ。
バタバタと着替えて部屋の窓際に控えていた部下に人を呼ぶように言いつけて部屋を飛び出した。
ルディアーナがあの男にキスをされそうになっている場面を目にした瞬間、頭にかっと血が昇った。
あのまま殴り倒しても良かったが震えながらか細い声を上げるルディアーナの安全が優先だ。
彼女を助けて、ルベックを締め上げて馬車に押し込んで会いに行くと、嫌な物を見る目で自分を見るものだから流石に傷付く。
だが、過去に彼女を傷付けた手前、ここは我慢すべきところだ。
温かい紅茶を飲みながら、落ち着いて少し話がしたかっただけだ。
それなのに、彼女は他の侍女に給仕を任せて逃亡。
礼は言ったからな、それじゃあ。失礼。
レイドの中のルディアーナはそう言い残して消えた。
本当に腹が立つ子だよ。
レイドは改めてベッドに横たわり、規則正しい寝息を立てるルディアーナを見下ろす。
顔にかかった髪を払えば、白く滑らかな頬に指先が触れる。
長い睫毛に縁取られたサファイアブルーの瞳は意志の強さを感じさせ、彼女の性格を雄弁に語っている。凛々しい眉に、整った鼻梁、艶のあるぽってりとした唇には色気が宿り、レイドの欲望を掻き立てる。
学生時代からこのダサい眼鏡と地味な髪型に疑問を持っていたが納得である。彼女は徹底的に男の欲望の対象から外れようとしているのだろう。
竹を割ったようなはっきりとした性格も真っ直ぐで頑固で意志の強いところも、侯爵令息の前で男社会と男貴族への不満を上げ連ねるところも、自分への自信も、一国の王女としての威厳と風格を感じさせる。
よくもまぁ、このダサ眼鏡と地味な三つ編みで隠してきたものだ。
でも今の所、彼女の秘めた美しさに気付いているのはレイドだけ。
その優越感は堪らない。
このまま眼鏡とおさげは継続してもらいたいところだ。
「んっ」
寝ているルディアーナの口元から息が零れる。
薄らと開いた唇がレイドを誘う。
「本当に、憎らしいね」
きっと、僕がどんな思いで君を見ていたかなんて知らないんでしょ。
再会した時、眦に涙を浮かべる君を見て僕がどれだけ焦ったのかなんて君は興味もないよね。
「本当に憎らしい」
男嫌いの克服なんて本当は別にどうでもいい。
君に触れるのを僕にだけ許してくれればそれでいい。
それが難しいのだけれど。
レイドは寝息を立てるルディアーナにそっと顔を近づける。
そのプラムのような赤い唇に噛み付きたい衝動をぐっと抑える。
小さい顔を優しく、包み込むように撫でる。
「ルディアーナ」
艶のある声音が小さく響き、赤い唇から零れる呼吸をそのまま飲み込んだ。
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