訳ありメイドは女嫌いの侯爵令息と男嫌いを克服します!?~特訓の相手は憧れのお姉さま♡かと思いきや、女装した私の苦手なあいつでした!?~

千賀春里

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女装の理由

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 王城のとある一室で、ルディアーナは見てはいけないものを見てしまった気分になっていた。



 プラチナブロンドの長い髪に、色白の肌、エメラルドグリーンの瞳、すらりとした長身で後ろ姿も美しい。



 美しいけど……!





 ルディアーナは心の中で強く抗議の声を上げた。



「信じられない」

「一時的に見えてしまった幻とでも思ってて」



 ぽつりとこぼした呟きを拾われる。



 僕だって不本意だ、とレイドも愚痴をこぼす。



「だって、こんな……反則だわ」



 そこにはいつも通り美しいシェリルの姿がある。

 しかし、その声は男性のもので、既に聞き慣れたレイドのものだ。



 襟の詰まった白い制服を纏い、椅子に座って不貞腐れている。



「確かに格式高い侯爵令息に女装癖があるなんて知れたら、侯爵家は地に落ちるわ」

「女装癖って言わないで。好きでやってるわけじゃないんだよ」



 そういう割には立ち居振る舞いも、ふとした瞬間に見せる仕草も、女性らしさと色気を感じさせる。



 手馴れている、というかこなれ過ぎて全然不自然に見えないのだ。

 今も不機嫌そうな表情をしているが、高貴な女性が機嫌を損ねているようにしか見えない。扇でも持たせて口元を隠せば見事な貴婦人である。



「こんなことが人にバレたら僕も侯爵家も終わりだよ」



 大袈裟にレイドは言う。



 確かに。



 ルディアーナの出生の秘密とこの国の侯爵家の未来であれば天秤にかけても充分釣り合う気がする。

 ルディアーナは図書館でのレイドの言葉に改めて納得した。



「落ちないように貴女に協力してもらうのよ」



 その声に振り向けばそこにシェリルの姿がある。



「ふふ、レイド。貴方は相変わらずよく似合っているわ」

「うるさいよ」



 シェリルの称賛の言葉に、同じ顔のレイドはそっぽを向く。



 隠し扉から現れたシェリルは侍女の制服ではなく、普段使いようのドレスである。その後ろから王太子も現れ、ルディアーナは姿勢を正し、頭を下げる。



「良いんだ、ルディア。顔を上げて。あぁ、レイド。君は本当に美しいね。よく似合っているよ」

「分かり切ったことでしょ」



 ウィルモートにも不機嫌な態度を隠さずにレイドは言う。

 流石は幼馴染。砕けた口調で話す三人を見れば、随分と親しく、心を許している関係だと分かる。



 王太子は今まで見たこともないぐらいニコニコとした表情でシェリルをエスコートしていた。



「それにしても、レイド。よくルディアを説得できたわね」



 絶対に無理だと思っていわ、とシェリルは言う。



 説得? あれが?



 ルディアーナは噛み付かれた左手の指を右手で揃えて隠す。

 レイドに歯を立てられた部分が酷く熱っぽいのだ。



 最終的には納得して協力することにしたが、誓えだの、裏切るなと言って迫るのは脅迫と違わないのではないか?



 すぐそこまで出かかった言葉を飲み込む。



「ルディアが協力してくれるなら安心だわ。本当にありがとう」



 シェリルはルディアの手をぎゅっと握り締めて言う。



「と、とんでもございません! 私でよろしければ是非、協力させて下さい!」

「まぁ、頼もしいわ」



 ふふ、とシェリルが微笑む様子を王太子であるウィルモートが穏やかな表情で見つめている。



 王太子がどれだけシェリルを思っているかを感じ、ルディアーナは嬉しくなる。やはり、シェリルに相応しいのは王太子ぐらいレベルの高い男でなければ釣り合いが取れない。



 隣りに並ぶにふさわしい容姿、釣り合うかそれ以上の家格、人柄、勿論、頭がおかしいものは論外だ。



 王太子ウィルモートであればルディアーナの厳しい審査もクリアである。

 ルディアーナがレイドから頼まれたのはシェリルを皇太子妃とするために協力する事だった。



 やはり、王太子はシェリルと皇太子妃にと望んでいる。



 まぁ、当然だ。シェリルにはきっと歴史と格式高い、王妃のティアラが良く似合うだろう。そして、シェリルもウィルモートを愛している。互いに相思相愛なのはすぐに分かった。しかし、ウィルモートがいつまでもシェリルを王太子妃として発表しないことにルディアーナはもやもやしていたのだ。



 だが、これには理由があるらしい。



 シェリルが王太子妃になるという噂は密やかに囁かれていたことだが、噂が真実味を帯びる度に、シェリルに嫌がらせをする者が出て来たのだ。些細なものから命を奪うようなもの、そして昨晩のように彼女の純潔を奪おうとする下劣な輩まで現れた。



 主犯格の者を突き止めるまでは王太子妃の件は公には出来ない。

 シェリルに安全と安心を与えて、嫁いで欲しいというのが王太子であるウィルモートの願いだ。



 まぁ、悪くないわね。



確実に相手を叩いて、障害を取り除いておけば、シェリルが王太子妃となった後も危険は少なくなる。

 シェリルを第一に考えるウィルモートをルディアーナは心の中で高く評価した。



 バレれば何様のつもりだと、首を落とされかねないので勿論、口には出さない。



 そして、何故ルディアーナが必要か。



「レイドも侍女の業務は慣れたものだから心配ないわね」



 彼は随分と前から度々シェリルになり替わり、侍女として王城内の情報を集めていた。主に侍女や使用人達の情報である。彼らの中に必ず黒幕と繋がっている者がいる。



「話した通り、ルディアは明後日から僕の侍女として働いてもらう。そして女装したレイドに協力し、フォローをしてもらう」



 シェリルは普段から踵の高い靴を履いているが、レイドは踵の低い靴を履き、くるぶし丈の長いスカートで足元を隠し、慎重は誤魔化せる。



 声は風邪で喉を傷めたということにして、極力喋らないことでのり超える。

 いくらシェリルと瓜二つの美貌を持つといっても脱がせてしまえば男だとバレる。





 ルディアーナがすべきことはレイドが男だとバレないように協力すること、シェリルに嫌がらせをする者を突き止めて証拠を掴むことだ。



 ルディアーナが協力者として選ばれた理由はシェリルからの信頼があることとシェリルに妄信的だからという理由だった。



 信用されている幸せ! 最高だわ!



 ルディアーナはじんと胸が熱くなる。



 シェリルの頼みであればレイドに協力することもやぶさかではない。

 必ずや役に立ち、シェリルに幸せな結婚と輝かしい花嫁姿を見せてもらいたい。婚礼の花嫁はその顔を憂いで曇らせてはならない。



 使命感に燃え、ルディアーナはぐっと拳に力を入れた。



「それに、良かったわ。ルディアの男性不信も克服する機会にもなるし」



 のんびりとした穏やかな声でシェリルは言う。



 はい?



 意味が分からず、ルディアーナはパチパチと大きく瞬きをした。

 胸の前で握り締めた決意の拳も緩まる。



 何の話だろうか?



 疑問符を浮かべるルディアーナにシェリルは続ける。



「王太子の侍女であれば貴族に近距離で接待をすることもあるわ。ルディアは有能だけど、男性が苦手な点だけは何とかしなければと思っていたのよ。でも、レイドなら克服の練習に調度良いでしょ?」



 いや、全然良くないんですけど。

 別に克服練習とか、必要ないんですけど。



 流石に、貴族相手で人の目がある中、付き飛ばしたりするほどではない。きちんと分別はある。

 ルディアーナは一生、男性不信でいいのだ。



 せっかくのシェリルの心遣いだが、こればかりは本当に不要である。



「ルディア、ちゃんと男性不信を克服するのよ。すぐに、とは言わないわ。少し時間をかけてでも、貴女がせめてレイドに慣れてくれないと困るのよ」



 ルディアーナの手を再び握り締めシェリルは言う。



 シェリルの切実な想いが伝わり、ルディアーナはますます訳が分からない。しかし、彼女の目は本気だった。



しかも焦燥感というか、逼迫した何かをシェリルの瞳から感じるのは気のせいだろうか。



「ぜ、善処します」



 視線を逸らしてルディアーナは呟く。



「ふふ、善処じゃだめよ。か、な、ら、ず、レイドを克服なさい」



「いえ……あの、私は……」



 痛い、痛い、痛い!

 痛いです、お姉さま!



握られた手ぎちぎちと骨が軋むほどの力が籠る。



「返事が聞こえないわよ?」



 ふふふと、穏やかな笑顔とは対象的にえげつない握力でルディアーナの手を握り締めてくる。



「が、頑張りますっ!」



 何とか声を絞り出すと、ルディアーナはようやく苦痛から解放される。



「ふふ、それでこそ貴女よね」



 シェリルはルディアーナの頭をよしよしと撫でる。



 あの目は本気ね。



 レディアーナはシェリルの以外に怖い一面を見た気がする。

 そのやり取りを見てレイドは一瞬だけ口元に笑みを作るがルディアーナは気付かない。



「だけど無理はしないでくれ。異性への警戒や不信感は女性ならば当然持っているものだと思う。君はそれが他の女性より強いんだろう。ようは心の問題だ。少しずつ、レイドと距離を縮めて慣れていけばいいよ。顔はシェリルと同じだし、普通の男臭い男よりはやりやすいだろう」



 そう言うのはウィルモートだ。



 いや、あのね、シェリル様はシェリル様だから良いんだよ。お前は同じ顔だからとレイドを同じ様に愛でるのか?



 と、喉元まで出かかっていたがぐっと堪えて、言葉を飲み込む。



「お、お気遣い感謝いたします……」

「ゆっくりで良いからね」



 もしかしてこの中で一番優しいのは彼かも知れない。

 ルディアーナは未だに納得のいかない気持ちを抱えながら、レイドと共に部屋を出た。



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