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同級生との再会

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 休憩室へ入り、ルディアとシェリルは少し休むことにした。



「ルディア、本当に大丈夫?」



 シェリルがルディアの顔を覗き見る。



「はい、大丈夫です」



 それでもシェリルの顔は曇ったままだ。



「貴女に何かあったら……」



 何て優しい人なんだろう。

 私、本当にこの人に出会えて良かった。

 自分を心配してくれるシェリルにルディアは何度目か分からない感動を覚える。



「ご心配おかけしてすみません。ですが、大丈夫です」



 それよりも、部屋に入ったレイドと変態が気になる。



「あっちはあの子に任せましょう」



 そう言ってシェリルは微笑み、淹れたての紅茶に口を付ける。



 カップを持つ仕草すら優雅で美しく、惚れ惚れしてしまう。

 正面に座ったシェリルからルディアは目が離せない。

 本当に今日のライムグリーンのドレスはよく似合っていると思う。



 そこでふと疑問に思った。



「あまり心配かけないで頂戴」

「すみません、どうやらシェリル様と似た誰かを見間違えてしまったようで」



「見間違えた?」

「視界の端に、シェリル様と似たドレスとプラチナブロンドの長い髪が少しだけ見えたのです。会場ではライムグリーンのドレスのご令嬢を他に見かけませんでしたし、少し離れていたためか、髪もシェリル様と同じ色に見えてしまって。その方の後ろをあのへんた……いえ、伯爵様が追いかけて行ったものですから……」



 悔しい。



 シェリル様と他のご令嬢を間違えるなんて。



「そうだったの……。嬉しいけど、あまり無理はダメよ」



 変態と言いかけたことは聞かぬフリをしてくれるらしい。

 普通であれば侮辱罪で罰則を受けるところだ。



 コンコンと扉を叩く音がする。



「シェリル様、王太子殿下がお呼びです」

「分かったわ」



 王太子の護衛騎士がシェリルに告げる。

 王太子殿下の呼び出しに、シェリルの表情がぱっと華やぐ。



 シェリルの王太子殿下への好意は分かりやすい。



 感情を乱さず、常に笑顔を絶やさないシェリルだが、相手が皇太子殿下であれば頬も綻ぶ。

 王太子殿下もシェリルへの好意は見えるのでもうじき皇太子妃候補としてシェリルの名が挙がるだろう。



 家格もシェリルの容姿や、教養も王太子妃として申し分ない。



 ルディアはちらりと護衛騎士を盗み見る。

 心はシェリルの護衛なので、シェリルの側に立つ男の品定めがクセになっているルディアは護衛騎士にも目を光らせる。



この騎士は王太子にぴったりとくっついている護衛騎士だ。



 既婚者で子供もおり、愛妻家と訊く。シェリルを任せても問題ない。



 ルディアはほっと胸を撫で下ろし、シェリルを見送るため、立ち上がる。



「ルディアはもう少しここで休んでいなさい。まだ紅茶が残っているでしょ。紅茶を飲んで少し落ち着いてからで良いわ。今日の仕事は他の者に任せるように言ってあるから。ゆっくりしなさい」





「お気遣いありがとうございます」





 シェリルは微笑むと踵を返し、扉がしまる。



「後ろ姿も美しいわ」



 今のシェリルの後ろ姿を見て気付いたことがある。

 シェリルはすらりと背が高い。今は高いヒール靴を履いているから尚更高く見える。先ほどのレイドと同じくらいなのだ。



 先ほどルディアを庇ってくれた背中は女性であるシェリルよりはずっと広かった。広い背に、しっかりとした骨格は中性的な美しい顔立ちをしていてもやはり男性だと教えてくれる。



 胸の中に靄のようなものが広がる。



 流石に、お礼の一つも言わなければならない。

 女性を馬鹿にするような男に謝罪をするのは気が進まないが、危ない所を助けてもらった相手に対して礼をするのは当然のこと。



 でも、直接お礼を言う機会ってあるかしら?



 ルディアは下級使用人で本来であればこのようなパーティーであっても貴族で溢れかえる会場内をうろつくことはない。今回はシェリル直々に代打を頼まれただけの臨時に過ぎない。



 普通であれば近づくことは無理だ。



 シェリル様に相談してみようかな。



 もしかしたら、お礼を言う機会を作ってくれるかも知れない。

 ルディアはシェリルに相談することを決め、飲み頃になった紅茶に口を付ける。



 コンコンっと再び扉がノックされた。



 他に何か言い残すことがあったのだろうか。

 ルディアは素早く立ち上がり、扉を開けた。



 実は心配性なシェリルのことだ。



 まだ何か言い足りないことがあったのだろう。

 しかし、王太子殿下を待たせてはいけない。



「まだ何かありま……」

「言いたいことは山ほどあるね」



 ルディアは扉の外に立つ思いがけない人物の姿に驚き、言葉を失う。



 メラルドの宝石のような瞳が冷ややかにルディアを見下ろしている。

 レイド・フォンスティカが目の前に仁王立ちでそこにいた。



 整った顔は相変わらずだが、そこにいつもの女性が蕩けそうになる愛想の良さはない。不機嫌そうに顔を顰め、またそれを隠さない。



 反射的にルディアは扉を締めようと力を込めた。



「おっと」



 ルディアが扉を閉めるよりも早く、レイドが扉の縁に手を掛けて強引に部屋へ乗り込んで来た。

 レイドは素早く扉を閉めて、ルディアが逃げられないように扉の前に立ち塞がる。



「「…………」」



 お互い、無言のまま沈黙が流れる。



「…………先ほどは助けて頂きありがとうございました」

「助けてもらった相手に対する態度じゃないけどね」



 冷たい声がルディアに降り注ぐ。



 ルディアは姿勢を正し、綺麗な仕草で頭を下げた。



「助けて頂きありがとうございました」



 これでいいでしょ。



 確かに、反射的に扉を閉めたのは良くなかったが、男が急に現れたのだから驚いても無理はない。



「別に謝罪し直して欲しいわけでもないけどね」



 呆れたように言うレイドにルディアは苛立つ。



 じゃあ、どうすればいいのよ!

 本当に、この男はいつもそう。



 ルディア以外には愛想良く親切なのに、ルディアに対してはいつも不機嫌そうで、口を開けば嫌味ばかりだ。



 学生時代からルディアを目の仇のように思っているのだ。



 頭を下げたまま、ルディアは怒りをぐっと堪える。



「まぁ、顔を上げなよ」



 ルディアが顔を上げるまでの間に、レイドは先ほどシェリルが座っていた場所に腰を降ろした。



「少し話そうよ」



 話す事などない。お礼は言ったし。



「侯爵令息様と話す事など……」



 ございません、と言いたかったが続くレイドの言葉に掻き消された。



「これ、すぐ飲める?」



 こいつ、本当に嫌!



「既に冷めてますし、渋すぎますので淹れ直して参ります」



 まだ中身の入ったティーポットを持ち上げるレイドにルディアは言う。



「そう? じゃあ、お願い。早くしてよ」



 心の中で舌打ちをしてルディアは二人分のカップとティーポットを下げて、一度退室する。



 人通りの多い廊下を進んで、厨房へと辿り着いた。



「ルディア、何だか大変だったんだって?」

「大丈夫? これ、片付ければ良い?」

「もう上がって良いよ。ルディアが戻ったら休ませてあげてってシェリル様にも言われてるし」

「パーティー仕切ってくれたし、ありがとう。やりやすかったわ」



 白い制服を着た上級使用人の女性達が気を遣い、ルディアからティーセットを取り上げる。

 彼女達も下級貴族のご令嬢だ。



 王宮で王族の侍女をした経験は婚姻が持ち上がった時に優遇されることが多い。王族や王族と近しい貴族の目に止まる機会も多くなるので未婚の令嬢からすれば城での奉公は良縁を結ぶ一つの手段だ。



 彼女達もパーティー会場で男達を目で物色していたはずだ。



「ありがとうございます、少し……気分が悪くて……」



 実際は後片付けができるぐらいは元気だが、ルディアは気分の悪いふりをする。



「まぁ、大変!」

「大丈夫? 自分で部屋に戻れる?」



 優しいみんなを騙すことに罪悪感を覚えながらもルディアは歓喜した。貴族のご令嬢というと我儘で自分勝手で下位の者を見下すイメージだが、この城で侍女をするご令嬢達はシェリルを始め、あまり捻くれた性格の者がいない。



 だから働きやすいと感じている。



「ありがとうございます」

「任せておいて。ちゃんと休むのよ」

「あの、ついでにお願いが……」



 ルディアの言葉にみんなが首を傾げる。



「紅茶を淹れ直してレイド・フォンスティカ様にお出しして下さい」



 彼女達が王太子の次に条件が良い男への接待に食いつかないはずがなかった。





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