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憧れのお姉さま

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シェイスリン王国の王城、ロースモリア。初代国王の名から付けられた城は隣国の王子を迎えた夜会のために豪華絢爛に飾り付けられ、上級貴族を集めたパーティーが催されていた。



 建物の外には静寂と闇が広がるのに対し、王城内は眩しいほど明るく華やいでいて賑わっている。

 貴族達がパーティーを楽しむ中、使用人達は慌ただしく動いている。

 目まぐるしく動き回る使用人達の中に冷静に場を仕切る者の姿があった。



「グラスの数は足りてる⁉」



 メイド長の問いにルディア・モリオンドは答える。



「王族の皆様付近が残り十二、貴族側の東側が残り十、西側が十五、追加で足してきました。南側には酒に強い貴族の方が五人固まって飲んでいるのでグラスの追加と強い酒とつまみになる料理を置いて下さい」



 洗い上がった替えのグラスをクロスで拭きながら、曇りがないことを確認して、ワゴンに並べる。



「料理はどう⁉」

「中央テーブルの鳥肉料理とサラダが少なくなっています。ドレッシングはレモンドレッシングが人気で減りが早いです。果物もカットオレンジが残り八切れ、ケーキ類はクルミ、オレンジ、アップルパイが少なくなってきています。料理長に頼んであります」



 取り皿やシルバーも汚れや傷の目立つものはないか入念に確認して問題のないものだけをワゴンに乗せる。

そう言っている間に追加分が運ばれてくる。

用意したグラスと食器を会場へ運ぶように指示を出し、宿泊者リストに目を通す。



「王族の方々の様子は⁉」

「国王陛下は貴族の方々との挨拶を終えて王妃様と王女様と順にダンスを楽しみ、今ほど席を外されました。それに伴って年配の方々は退城する方も出て来ています。案内役を五人と騎士を入口へやったので馬車待ちの混雑は心配ないでしょう」

「宿泊者用の客室の準備は大丈夫かしら?」

「当初のリストよりも多くなりましたが、問題ありません」



 キランとルディアの大きな丸眼鏡が光る。



 ルディアが言うとメイド長にがしっと肩を掴まれる。



「ほっんとうにありがとう!」

「いえ、今日は仕方ないですね」



 今日の夜会にはこの場を本来仕切る『あの人』が客人として参加している。

 ルディアは会場の遠く、王族に用意された席の側で一際美しい女性に視線を向ける。



 プラチナブロンドの髪を高く結い上げ、ライムグリーンのドレスに身を包んだ姿はまるで白い薔薇のように美しい。



 誰もが振り返らずにはいられない美貌、気品溢れる佇まい、勉学においても優秀で非の打ち所のない美女だ。



 彼女の名はシェリル・フォンスティカ。



 フォンスティカ侯爵家のご令嬢で王太子付きの侍女である。



 本来であれば侍女などする必要はないが、王族の侍女や使用人は身分のある貴族が選ばれることも多い。それには様々な都合や思惑があるのだが、シェリルの場合は父の侯爵が皇太子妃を家門から出すべく、シェリルを送り込んだらしい。



 王族付きの侍女達は上級使用人として白い制服を纏い、王族から贈られたブローチを着けて業務を行う。



 今回のように規模が大きいパーティーでは侍女や使用人が一丸となり、仕事を行う。特に隣国から王族や使節団のもてなしは次期国王である王太子が中心だ。



 王太子の側近や侍女達の指示の下、動くことになる。

 シェリルは美しいだけでなく、仕事もできるため、普通であればシェリルの指示に従って動く。

 しかし、侯爵家のシェリルは準備には参加したものの、今日は客として参加しているので不在だ。



「シェリルがいないから心配だったけど、貴女がいるなら何とかなるわね」

「私がシェリル様の代わりだなんて恐れ多いことです」



 美しく、白薔薇のような華やかさのあるシェリルと比べて黒く波打つ長い髪を三つ編みにし、イマドキではない丸くて大きな眼鏡をかけているルディアはかなり地味である。

 美貌のシェリルはどのような場であっても顔出しできる。

 乱闘騒ぎが起きてもシェリルが仲裁に入れば丸く収まる、何てこともある。大事な交渉の場であってもシェリルが給仕をすれば万事上手くいくと言われるほどだ。



 しかし、それに関しては物申したい。



 あれほどの美貌、知性、そして女性的な魅力に溢れすぎているシェリルを一皮剥けば獣同然の男達の前に出すなど、どうかしている。



 今日だって品良くまとまったドレスからも収まりきらない色香が溢れ出ている。きゅっと絞ったくびれに強調された胸元、艶めく肌に男達は釘付けで、だらしなく鼻の下を伸ばしているのが嫌でも分かる。



 それに気づいているのか、いないのか、彼女はどこか危なっかしい。

 ルディアが目を光らせていると一人の男がシェリルに近付いて行く。



「あ、あの男!」



 さっきからずっといやらしい目でシェリルを見ていた男だ。



「あれはルベック伯爵だね。もういい歳だし、シェリルと同じぐらいの娘がいるはずだけど」



 メイド長の言葉に寒気が止まらなくなる。



 気持ち悪い。



 出張った腹と脂ぎって薄くなった頭部は不衛生の極み。

 そして娘と同じ年頃の女性に欲情する図々しさ。



 汚らわしい。



 このままではシェリルが危ない。

 どうにかしたい。

 けれどもただのメイドが貴族の前に飛び出すわけにもいかない。



「くそっ!」



 ルディアは一枚の皿を掴んで照準を定める。



「こら! 何をするつもりなの⁉」

「メイド長、お願いです。止めないで下さい」



 シェリルに近付く男を睨み付けて皿を掴むルディアをメイド長が必死に止めようとする。



「ルディア、落ち着いて! ほらっ! 見て!」



 すると会場の女性達の視線が一か所に集中する。



「レイド様よ!」

「今日は一段と麗しいわ」

「本当にいつお見かけしても素敵だこと」

「先日の剣技大会で優勝なさったのでしょう?」

「国王陛下も王太子殿下も手放しでお褒めになっておりましたわ」

「次期侯爵様はやはり他の殿方と違うわね」



 会場の女性達が一気に色めき立つ。



 口々に言う称賛の言葉と獲物を狙うような目つきがその人物がいかに未婚女性にとって優良物件であるかを教えてくれる。



 眩いほどの金髪、長身で長い手足、色白で煌めくエメラルドの瞳と中性的な顔立ちはシェリルとよく似ている。



 そしてこれだけの容姿と身分がありながら未だに婚約者を決めておらず、成人貴族の中では珍しく女性との噂を聞かない男だ。

 実は男色なのではという噂もあるが、一部の女性達の間ではどうせ手が届かぬ高嶺の花ならそれでもいいと囁かれているほどだ。



「ご機嫌よう、レイド様」

「これはお久しぶりです、ご令嬢」



 果敢にもレイドに声を掛ける女性がいた。



「おや?」

「どうかなさって?」



 レイドは首を傾ける女性の耳元でこそっと何かを囁いた。

 女性は顔を真っ赤にして足元をふらつかせる。



「どうぞ、気を付けて下さい」



 麗しい微笑みを向けられた女性は頷くことしかできない。



 何をいやらしい事を吹き込んだのか知らないが、周囲に愛想と色香を振り撒き、次々と女性の腰を砕いていく。



 そしてそのまま、シェリルと男の間に割って入るように立ち、シェリルと並んだ。

 ヒールを履いたシェリルと並ぶ姿はまるでそっくりな男女の対の人形のようである。



 彼はシェリルの肩を抱き、男から上手に距離を取り、壁際に移動して飲み物を飲みながら談笑を始める。



「流石に、姉弟水入らずの会話に親しくもない者は簡単に近づけないわよ。それに、ほら、見て。王太子殿下も加わったわ」



 美しい人形のような二人の男女に近付くのは王太子であるウィルモート・ラ・シェイスリン様だ。

 フォンスティカ侯爵の美麗の双子とこちらもまた見目麗しい王太子殿下が並べば、一際そこだけが眩しくなり、注目が集まる。



 親し気な三人の雰囲気に周りの人間は羨望の眼差しを向けている

 こうなれば余計にあの汚らわしい男は近づけない。



 その光景を見てルディアはようやく胸を撫で下ろす。



 しかしまだまだ油断はできない。

 周りのハイエナ達が今か今かと三人に声を掛けるタイミングを見計らっている。年嵩の男達は自分の娘、息子を紹介して接点を持たせようと目論んでいるし、若い少女達はシェリルに話し掛けて王子とレイドに近付きたいと思っている。ストレートにシェリルを口説きたい男達もダンスに誘う機会を伺っている。



 そしてルディアが最も危険視している男がいる。



 華々しい令嬢達に包囲されている隣国ソールフレントの王子、ルーブスである。



 あの男もシェリルを色眼鏡で見ていて非常に気分が悪くなった。



 今は名家のご令嬢達と順番にダンスを楽しんでいるがタイミングを見てシェリルにもダンスを申し込むはずだ。



 大国シェイスリンの属国であっても隣国の王子からの誘いは断れない。

 この会場以外で二人っきりには絶対にさせてはならない男だ。

 このまま令嬢達とダンスを踊りまくって披露してくたばればいい。



 油断は禁物なのだ。



「私が男だったら護衛にでも名乗りを上げるのに」



 獲物を狙う目つきでシェリルを見る男達を近づけず、指一本触れさせたくない。彼女が相応しい男性と結婚するまで彼女を側で守りたい。



 男であればそれが叶うのに。



 自分が女であることが少しだけ悔しかった。



「またそんなこと言って」

「メイド長、仕方ないですよ、ルディアにとってシェリル様は憧れのお姉さまなんですから」



 呆れるメイド長に使用人仲間のニアが言う。



 ルディアと同じ緑色のスカートに白いエプロンが可愛らしく似合っている。



「それでもルディアは本来はあっち側でしょうに」

「元あっち側ですよ。我が家は既に没落しましたから」



 そう言うとメイド長はバツの悪そうな顔をする。



「良いんですよ、この仕事は好きですし。ここで働けなくなっても一人なら何とかなりますし」

「あんたって本当に逞しいよね。でも、ここにいれば貴族に見初められたりするかもよ?」

「そうよ、ルディアだってまだ若いんだし、スタイルも良いんだから」



「そうそう。それに学業だって凄く優秀だったんでしょ? スポーツも出来て、本当に何でもできるのに」

「刺繍や楽器も上手だしね。誰か良い人いないのかい?」



 ニアとメイド長の言葉にルディアは首を振る。



「結婚なんて絶対嫌です」



 断固拒否する。私を見初める男はまずいないが。



「またもう、そんなこと言って」

「ルディアの男嫌いさえ、どうにかなれば貰い手なんていくらでもいるのに」

「調理場の様子見てきまーす」



 溜息をつくメイド長とニアの前を通り過ぎ、背を向ける。



「ちょっと、絡まれないように気を付けなさいよ!」

「分かってます」



 メイド長の親切な警告にルディアは肩越しに返事をかえした。

 





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