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番外編

Kissing Under Mistletoe - 2 ☆

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 一切の恐怖心が、オフェーリアになかったかといえば、そんなことはない。
 いくらか痩せてしまったとはいえ、目の前にいるゴードンは男性そのものの力強い大きな体で、オフェーリアを組み敷いている。
 彼の手に……あのおぞましい拷問機械に縛りつけられたことを覚えている。

 でも、その同じ手が、オフェーリアを何度も何度も快楽の彼方まで優しく導いてくれたことを……忘れてはいない。

 こうして体を重ねることで、ふたりはついに完全にお互いを許し、ふたたび夫婦として溶け合うのだと……熱に浮かされながら、オフェーリアはぼんやりと理解していった。
「あまり激しくしてはいけないと、医者は言っていたね」
 ゴードンの穏やかな指摘に、オフェーリアはこくりとうなずいた。
「それから……君に挿れる前に、わたしのものを清潔にしなければならない、とも」
「ええ、確か……」
 医者に診てもらった時、オフェーリアはいろいろと興奮していて、そんな細かい助言までは覚えていなかった。
 ゴードンがそれに注意を払い、忘れないでいてくれたことが嬉しい。
 思わず微笑みを浮かべると、ゴードンも微笑み返してくれた。でも、その笑みにいたずらっぽい輝きが宿っているのを読み取れるくらいには……オフェーリアはもう、ゴードンを知っている。
「なにを考えているの?」
 オフェーリアが聞くと、ゴードンは片手で妻の髪をなでた。

「わたしにいい考えがある。わたしは君の中に入る名誉にあずかるには、清潔である必要がある。君は長旅の後で疲れているだろう」
「ええ、でも……」
「一緒に風呂に入ろうか、オフェーリア。熱くて気持ちのいい湯を用意させるよ」

 目尻にくっきりと皺が浮かぶほど大きな笑みを見せたゴードンは、そう言って使用人を集めるための呼び鈴を鳴らした。



 * * * *



 浴槽は厚い陶器で出来ていて、表面は白くなめらかだった。
 上から覗けば楕円形のその浴槽は、丸みを帯びた縁とまろやかな曲線の猫足が飾りつけられている。
 主寝室に運び込まれた浴槽は、次から次へとやってくる熱いお湯を持った使用人達によって、どんどん満たされていった。
 しかしゴードンは、お湯が浴槽の半分ほどまでになると、「もういい」と言って彼らを全員下がらせた。
「?」
 寝台のふちに座ったオフェーリアは、そんなやり取りに首を傾げた。
 なぜもっとお湯を満たさないのだろう?

 寝台を振り返ったゴードンは、そんなオフェーリアの疑問にすぐ気がついたらしかった。『にやり』とも『にこり』ともつかない彼独特の不敵な笑みを浮かべ、その疑問にすんなりと答える。
「わたしは無駄に大きい男だから……」
 と、意味ありげな視線で、オフェーリアをじっと見つめた。
「君と一緒に入るとなると、湯がこぼれてしまうのでね。あまり増やさないようにした方がいいだろうと思って」
「い……一緒!?」
「そう。よく考えるとはじめてだな。さあ、髪も背中もわたしが洗ってあげるよ。服を脱いで」
「あ……あの……」
 オフェーリアは真っ赤になってあえいだ。
 一瞬、呼吸の仕方を忘れたように口をぱくぱく動かす。ゴードンはそんなオフェーリアにゆっくりと近づいてきて、彼女の前に到達するとひざまずいた。
 部屋の暖炉には火がくべられて、もう外套が必要ないくらい暖かい。だから、オフェーリアはすでにドレス一枚の姿になっていた。髪も下ろしていて、右肩に流すようにまとめてある。

 今まで、ふたりが一緒に湯船につかったことはなかった。
 オフェーリアが入浴するのをゴードンがのぞき見したり、背中を流してくれる女中を脅してその役目を奪ったことなどはあったが、一緒に入るのは。
 それだけは、まだ。
 ──考えるだけで体中が火照った。

 浴槽の横には開閉式の置き机が添えられており、石鹸、櫛、小さく折りたたまれた布などが用意されていた。
 そして、その横に添えられるように置かれた、ヤドリギの束……。
 なぜ?

「わたしが君を脱がせてもいいかな」
「で、でも、わたし……っ」
「それとも君がわたしを脱がせるか……それとも……お互いに脱ぐところを見せ合うか。どれも捨てがたいね」
「……だっ、だめです……そんな……っ! そこの衝立ついたてを使ってください……!」

 浴槽と一緒に運び込まれていた木製の衝立を指差し、オフェーリアは毅然と立ち上がった。しかし、あまり迫力はなかったのかもしれない。
 ゴードンは引き続き微笑んだままだったから。
「君がそう言うなら、姫。すべて君の言うとおりにしよう」
 …………。

 かくして、夫婦の間に衝立が設けられ、ふたりは巧妙に削られた木の板をへだてながら、各々服を脱ぐことになった。
 オフェーリアはできるだけのろのろとドレスを脱ぎはじめたが、一旦ドレスを脱いでしまったら、着ているものはシェミーズだけだ。
(馬鹿みたい……裸なんて、もう数え切れないほど見られてるのに……それに、これから一緒に入るみたいなのに……わざわざ)
 
 ただ、これはふたりが仲直りしてから最初のふれあいだ。
 しかも今日まで、ふたりの間で『服を脱ぐ』といえば、それはゴードンが強引にオフェーリアを脱がせることと同義で、わざわざ許可を求められたことなどなかったのだ。
 だから……戸惑う。
 この新生ゴードンは優しく、寛容で……大人の色気に満ちている。まだどうぎょしていいのかわからない。

 オフェーリアは衝立の向こうで動く夫に気を取られないように努力したが、どう頑張っても、無視するのは難しかった。長身の彼の頭は衝立から飛び抜けている。
 ぱさり、とゴードンの上着が衝立のてっぺんに掛けられた。
 それから、白いシャツが上着の上に重ねられる。
 それから……ズボンが……。
「ゴードン……」
「わたしはもう用意ができたよ。悪いが、先に入らせてもらっていいかな」
「ど……どうぞ」

 裸足の足がひたひたと浴槽に向かい、そのまま大きな体がお湯につかる水音が響いた。ゴードンは言葉にならない安堵のため息を吐き、温かいお湯が疲れた神経をほぐすのを楽しんでいるようだった。

「オフェーリア? 来ないのかい?」
 ぴちゃんとお湯が飛ぶ音と一緒に、ゴードンの誘いの声がする。それは魅惑的だった。ゴードン……そして、温かいお湯で満たされた浴槽。
 オフェーリアは決心を固め、シェミーズを脱ぎ捨てた。
 そして、緊張する足を引きずるようにゆっくりと、できるだけ静かに、浴槽へ向かった。
 衝立の後ろから、両腕で胸を隠した裸体のオフェーリアが姿を表すと、ゴードンは深く息を吸った。
 お湯に浸かっている時でさえ、ゴードン・ランチェスターの肢体のたくましさ……大きさ……力強さはオフェーリアの呼吸を奪う。彼は悠々と湯船につかっていたが、オフェーリアに向ける視線はかつてないほど鋭かった。
 そして、水の層を通じてさえ隠せない、下腹部にそそり立つ大きいもの……。
「おいで」
 ゴードンは言った。

 『おいで』──どこへ?
 決まっている。浴槽からはみ出しそうな夫が待っている湯船の中へ。オフェーリアはごくりと喉を鳴らした。どう見ても、彼女の入れる場所は限られている。
 床板の冷気が足の裏を冷やした。
 早く湯気の立つお湯の中に入りたかった。おずおずと緊張しながら、オフェーリアは浴槽のすぐ横で立ち止まった。
「あの……わたし、やっぱり……」
 と、オフェーリアが躊躇を見せた時だった。
 水飛沫を撒き散らしながら勢いよく立ち上がったゴードンは、オフェーリアの肢体をすくい上げるときつく抱き寄せ、立ち上がった時と同じくらい勢いよくお湯の中に戻った。
「ゴ……ゴードンっ! こんな、危ないこと……!」
 ふたりは向き合い、浴槽の中で裸体を重ねていた。
 ゴードンが下になって、オフェーリアがそれに乗っている格好で。オフェーリアはゴードンに腰を掴まれている。思わず腰を動かそうとすると、お尻の後ろに固い棒が当たって動けなかった。
 固い……。
 棒……。
「…………っ」
「君が体を冷やしてしまうと思うだけで堪えられない。せっかく温かいお湯があるんだ。冷える前に、よくつかってくれ」
「それは……そうかも、ですけど……」

 お尻に当たっているものが気になって、自分がなにを受け答えしているのか判然としなかった。きっとオフェーリアの顔は真っ赤になっている。
 でも、その理由はお湯の熱気ではない。
「楽しまなくては損ではないかな? きっと、あと数ヶ月もすれば君のお腹は大きくなって、一緒に入るのは難しくなってしまうだろうからね」

 じょじょに体が温まってきて、お湯に触れている部分の肌が柔なくなり、筋肉が緊張を緩めだす。体制は恥ずかしいが……心地よいのは否定できなかった。
 オフェーリアが警戒を解くと、ゴードンは微笑んだ。

 湯気のせいで赤茶色の髪がぺたりと額や首に張りついていて、いつもより少し年若く見える夫に、オフェーリアはぽうっと見とれる。
「そうかもしれませんね……」
「そうだろう? 背中を洗ってあげると約束したね。まぁ、こうして君の乳房が目の前にあるのは素晴らしく、抗いがたい誘惑なのだが……後ろを向いてごらん」
「後ろ……」
 なかば無意識にそう繰り返したオフェーリアは、彼の腕に導かれるまま、くるりと向きを変えた。

 すると、今まで姿の見えなかったゴードンの大切な逸物の先端が、太もものつけ根からのぞいているのが見える。久しぶりに見るそれは……目を見張るほどの大きさと、戸惑ってしまうほどの硬度を有していた。
 つい、腰を浮かそうとすると、ゴードンはそれを遮るようにオフェーリアの首元に後ろから口づけをした。
「んっ、ゴードン……」
 お湯に火照った肌を吸われ、次々に赤い斑点を刻まれる。
 まるで聖誕祭のもみの木の装飾のように、オフェーリアの肌はあちこちを赤く飾られていった。
「あ……」
「ここにヤドリギがある。ヤドリギの下の男女は、口づけをしなければならないのだろう?」
 ばさりと音を立てたと思うと、ゴードンはヤドリギの束を手にしていた。

 それを片手でオフェーリアの胸の上に乗せて、背後から首筋への口づけを続ける。呼吸に胸を上下させると、丸い葉っぱが乳首をかすり、オフェーリアはびくりと震えた。
「ふ……っ、ゴードン……これ、じゃ……」
「ヤドリギは寄生する植物なのだろうな……こうして、君の体によくからみつく……」
「あんっ!」

 ゴードンは新しいいたずらを披露しはじめた。
 ヤドリギの束を揺らしてオフェーリアの乳首を翻弄する。ヤドリギは棘を持たず、枝も柔らかくしなるから、痛みは一切ない。でも丸い実がたくさんついていて、それが乳房の頂上の敏感なつぼみを刺激した。
 それでなくてもお湯にひたった体は、感度が上がっているのに……。
「ヤドリギは幸福の象徴だと言ったな」
 ぷち、と小さな音がして、気がつくとゴードンの手にはヤドリギの実だけがふたつ握られていた。枝は浴槽のふちに掛けられる。
「君に幸せをあげよう……こんなにも感じやすい、わたしの天使」
「え……あ、ひぁ……んっ、こんな……!」

 ゴードンはふたつの小さな実を器用に使って、オフェーリアの胸の上でつんととがった 蕾を押したり、挟んだりしてもてあそびはじめた。指から受けるのとは違う、硬質な刺激がオフェーリアを玩弄がんろうする。

「ン……ぁ! だめ……これ……へんに……なっちゃ……んっ!」

 片方の乳首をヤドリギの実に遊ばれ、もう片方の胸をゴードンの手にきつく揉みしだかれてだして、オフェーリアは切なく身をくねらせた。
 お湯が跳ね、嬌声がもれる。
 ゴードンはオフェーリアの首筋にいつまでも唇をはわせ、丹念に背後から愛撫を続けた。オフェーリアの体は次第に軸を失い、背骨が溶けていくような感覚に落ちていった。
 ええ、落ちる。
 どこかへ……どこか、眩しくて、禁じられた場所へ。
「おねが……い……」
 喉を反らし、空気を求めてあえぐようにオフェーリアはささやいた。「落ち……ちゃう…………。受け、止めて……」

 その暗号のような懇願を、ゴードンは瞬時に理解してくれたようだった。
 オフェーリアの胸を翻弄していたヤドリギの実はぷかりと湯船に浮いて、ゴードンの片手が滑るような動きで下へ移動していく。
 下へ。
 オフェーリアの花弁へ。
 ふたつの柔らかい襞に隠された小さな粒を、指の腹でそっとなでつける。オフェーリアがびくりと鋭く反応すると、ゴードンはその粒をこするように何度も同じ動作を繰り返した。
 陰核部はふくれはじめ、どんどん敏感さを増していく。
 限界はすぐに近づいてきた。
「ふ……っ、ふぁ……だ、だめ……もうっ、もう、いっちゃ……!」
「いくんだ、オフェーリア。わたしの天使。わたしの赦し。わたしの……すべて」
「ん、ァ、ひ……っ、あぁ!」
 オフェーリアは全身を硬直させ、小刻みに痙攣しながら絶頂に達した。
 お湯から出てしまいそうになる体を、ゴードンはしっかりと抱きとめた。そして、官能の余韻にぐったりとした妻の体に、ぴたりと身を寄せた。

「いい子だ……オフェーリア。乱れた君は綺麗だ……」

 ゴードンはけぶった声でオフェーリアの耳元にささやいた。

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