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本編

四年後 // 奇跡のゆくえ、もしくは、私たちが築いてゆく未来

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 目覚めは、夢を叶えるものではなく、夢を叶えるために努力をする権利を、授かったにすぎなかった。
 長い植物状態で衰弱した私の身体は、エリーに触れるのはおろか、声を出し、口から食事を取ることが出来るようになるまでだけでも、一月を要したのだ。
 本当の苦しみは、ここから始まったといえる。
 リハビリは壮絶だった。私は文字通り、血と汗を流し続けたのだった。

 『私はエリーに触れ、彼女に愛を告白し、全ては過去のものとなるだろう』。

 私がこの夢を叶えたのは、実に半年後の話だ。
 過酷なリハビリの間も、変わらずに私を励まし、助け続けてくれたエリーは、私の告白を涙とともに受け入れてくれた。
 義理の兄妹であった私たちは法律手続きにいくらかの時間を要したが、私の目覚めから一年後のよく晴れた春の日、こじんまりとした教会で二人だけの結婚式を挙げた。

 私には全てがあった──私には資産があり、名声があり、美貌があり、若さがあった。
 そのどれもが、今の私にはない。
 四年を棒に振った私は、もう大して若くなかったし、四年前のテニスプレイヤーを覚えている者は稀だ。過去四年は私の財産を四分の一以下に切り崩しており、フェラーリは売りに出されていた。

「でも、美貌はまだあると思うわ。あの頃よりずっと柔らかい顔付きになって、私は今のウィルのほうが好きよ」
 とエリーは言っているが、どうだろう……。





 この記録を締めくくるにあたり、現在の私たちのことを記さねばならないと思う。
 時は、私が目を覚ましてからさらに四年後になる。
 四年前の目覚め。
 三年前の結婚。
 二年前には事業を始めた。
 そして一年前──私たちの間に娘が生まれた。植物状態から目覚めた当初、私の生殖能力はほぼゼロだったのだから、これも一つの奇跡といえるだろう。
 私たちは郊外に家を構え、エリーは自宅で娘の世話をするかたわら、執筆や編集に携わっている。私は家から車で十五分ほどの街に職場を持ち、良きアメリカ人の夫として、毎晩夕食前に帰宅している。

 日が暮れかかるころ、私は白の垢抜けないフォード車に乗って、家路につく。
 家の前に車が停まると、待ってましたといわんばかりの勢いで玄関が開き、娘を抱いたエリーが顔を見せる。私も同じく、待ちきれないといった歩調で前庭を横切るのだ。
 エリーは、私を迎えるために手を広げる。
 私は彼らの前に辿り着くと、まずエリーの唇に、そして次に娘の額に、口付けをする。そして今日一日離れていた間に起こった出来事を──それは毎日変わりばえしないのが常だったが──お互いに報告し合う。
 そうして日は暮れ、私たちは夕食を取り、いくらかの団欒をしたあと、眠りに付く。

 私は完璧な夫ではなく、ましてや完璧な人間とはほど遠かったが、エリーはそんな私をも愛し、私もそんなエリーを愛していた。

 夜、眠りに付いた娘を見届け、ベッドルームでエリーと愛を重ねたのち、私はサイドの明かりを消す。
 エリーは私におやすみなさいと言って軽く唇に口付け、私もそれを返す。
 妻の肩を抱きながら、私は窓からのぞく月を見つめる。

 私は知っている。
 ある者たちは、こんな瞬間を一生待ち続ける。
 またある者たちは、こんな瞬間を永遠に探し続ける。

 私はあの冬を永遠に覚えているだろう──あの四年間を。あの苦しみを。しかし今の毎日を、巡る四季を、あの四年間が育んだ新しい心でもって、生きている。

 青い晴天のもとでも、灰色の雨雲のもとでも。
 春も冬も、夏も秋も。

 全ての季節を、この命でもって。

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