38 / 50
(35)おやすみ!
しおりを挟むこつん、と鼻の先がギーズの鼻に触れた。
ああ、そうか。
唇にキスをするときは、真っ直ぐに顔を近付けると鼻が当たってしまうんだな。
とすると、こんな感じで少し顔を傾ければ……
「…………な、何をしているんだっ!」
ぐい、と体を押された。
ギーズが押したのだと気付いた時には、僕はバランスを崩して後ろに倒れそうになった。
でもぐらりと大きく傾いた次の瞬間、ギーズががっしりと背中に腕を回して支えてくれていた。
「あ。ギーズ、ありがとう」
「いや、そもそも倒れそうになったのは、俺が加減をせずに押してしまったから……いや、そういう問題ではなかった。お前は何を考えているんだ!」
途中から怒ったようになった声は、いつもより大きい。
でも僕を支えてくれた太い腕は、真っ直ぐに立たせてくれてから、慎重に離れていった。
何だか、ひどく動揺した顔をしている。
でも同時に、僕がまたバランスを崩さないかと心配そうに見ている。
ギーズは優しいな。
思わずにっこりと笑うと、ギーズは一瞬動きを止めて僕を見つめ、でもすぐに目を逸らした。
それから何度も咳払いをしてるけれど、まだ違和感があるのだろうか。
「……俺の気のせいかもしれないが、お前、今、俺に……その……」
「ああ、うん。キスをしようとしたんだけど、唇へのキスは難しいんだね。鼻が当たってしまったよ」
「セレン!」
また、ギーズがものすごい勢いで僕を見た。
そんなに驚くような事だったかな。そう言えば僕はギーズにキスをした事はあっただろうか。幼い頃はした事がある気がする。
でもすでに背が高かったギーズの顔にキスが届いただろうか。
そう考えると、いつもギュッと抱きついていただけのような気もするし……。
「ねえ、ギーズ。僕は君にキスをした事、あったかな?」
「は、はぁっ?」
「まあ、リザにはした事があるから、ギーズにも何度かしているかもしれないかな。さっきのことなら、ギーズの顔が何だか寂しそうに見えたから、少しでも慰めてあげたいなと思って……」
「な、慰めるっ?! いきなり何を……っ!」
「僕が落ち込んでいたとき、リザは抱きしめてキスをしてくれただろう? だからギーズにもキスをしてあげたいなと思ったんだ」
そう説明した途端、半分腰を浮かしていたギーズがぴたりと止まり、目と口を大きく開けて僕を見上げた。
何だか呆然としている。
何度も何度も瞬きをして、それからどさりと座り込みんで口を動かした。
「……お袋……?」
「うん。リザみたいにすっぽり包み込むのが一番いいんだけど、ギーズは僕より大きいし、腕が回りそうにないだろう? だからせめてキスだけでもしてあげたくなったんだ」
「…………そんな意味だったのか? は、はは……そうか、そうだったのか……そうだよな、セレンだからな……はは……俺はバカか……」
ギーズは虚ろに笑い、椅子の背にぐったりと体を預けてしまった。
食卓用の椅子は、それでも軋む事はなかった。
見かけはわりと瀟洒なのに、とても丈夫だ。いい腕のいい職人が作ったのだろう。
しばらくぼんやりと天井を眺め、それからギーズは引き攣り気味の笑顔で僕を見上げた。
「俺を気遣ってくれたのは嬉しいが、驚くからいきなりはやめてくれ。俺の理性が飛んだらどうなると思って…………いや、待て。なぜ唇を狙ったんだ?」
ふと気付いたのか、ギーズの顔がまた強張った。
なぜと言われてもねぇ……。
改めて聞かれると、ちょっと照れくさいな。
僕はほんのりと頬を赤らめて、ギーズから目を逸らした。
「だって、頰にキスなんて子供みたいじゃないか。それに……うん、ちょっと好奇心が勝ってしまって。ごめん」
「好奇心……」
ギーズは低くつぶやいて、またぐったりと椅子にもたれかかった。
目を閉じた顔は、何だか疲れ切った表情になっている。
そう言えば、ギーズは僕のことを心配して、本来の予定を変更して早く帰ってきてくれたんだったな。
「ギーズ」
「なんだ?」
僕が声をかけると、ギーズは目を開けてくれた。
「昨日のこと、黙っていてごめん。君を巻き込みたくなかったんだ」
「ああ、わかっている。お前が無事でよかった。もうそれだけでいい。そう納得している」
すぐ横に立っている僕に、ギーズは笑ってくれた。
本当は納得していないはずなのに、僕の前では笑ってくれる。
ギーズは白眼が多い三白眼で、そのせいで目の鋭さが増して見えると怖がる人は多い。でも、僕に笑いかけてくれるギーズの顔は本当に優しくて、僕も思わず笑い返してしまう。
ギーズは僕を見つめ、そっと僕の頬に手を当てた。
「騒いで悪かったな。……今日は初めての料理で疲れただろう。もう休んでくれ」
「うん。そうだね」
そうだった。僕も確かに疲れていた。
でも、包丁を使う事は楽しかった。
次はもう少し手早く作業を終えることを目標にしよう。
「ギーズ」
「ん?」
「瞼に何かついている。目を閉じてくれるかな」
そう言うと、ギーズは何の疑問も持たずに目を閉じてくれた。
鋭い水色の目が見えなくなると、ギーズの顔立ちの良さが引き立つ。そのことに気付いたら、きっとギーズはきれいで可愛い女性たちにモテてしまうだろう。
目の近くにもある傷跡が痛々しいけれど、それも女性の心をくすぐるかもしれない。
僕はそっと手を伸ばした。
ギーズが目を開けないように瞼に指を当てる。
戦闘なんかでは、目は一番に狙われるらしい。なのにギーズは僕にこんなにも簡単に触らせてくれるんだ。
この信頼感が、とてもくすぐったくて心地良い。
僕は素早く顔を寄せた。
今度は用心深く顔を傾けて……唇にキスをした。
「………………なっ?!」
「おやすみ!」
ガタンを大きく椅子を動かして後退ったギーズに、にっこりと笑いかける。
残念ながらギーズの返事はなかったけれど、僕は楽しい気分で二階の部屋へと戻っていった。
ギーズの唇は、やっぱりとても柔らかかった。
55
お気に入りに追加
360
あなたにおすすめの小説
【完結】役立たずの僕は王子に婚約破棄され…にゃ。でも猫好きの王子が溺愛してくれたのにゃ
鏑木 うりこ
BL
僕は王宮で能無しの役立たずと全員から疎まれていた。そしてとうとう大失敗をやらかす。
「カイ!お前とは婚約破棄だ!二度と顔を出すんじゃない!」
ビクビクと小さくなる僕に手を差し伸べてくれたのは隣の隣の国の王子様だった。
「では、私がいただいても?」
僕はどうしたら良いんだろう?え?僕は一体?!
役立たずの僕がとても可愛がられています!
BLですが、R指定がありません!
色々緩いです。
1万字程度の短編です。若干のざまぁ要素がありますが、令嬢ものではございせん。
本編は完結済みです。
小話も完結致しました。
土日のお供になれば嬉しいです(*'▽'*)
小話の方もこれで完結となります。お読みいただき誠にありがとうございました!
アンダルシュ様Twitter企画 お月見《うちの子》推し会で小話を書いています。
お題・お月見⇒https://www.alphapolis.co.jp/novel/804656690/606544354
悪役令息に誘拐されるなんて聞いてない!
晴森 詩悠
BL
ハヴィことハヴィエスは若くして第二騎士団の副団長をしていた。
今日はこの国王太子と幼馴染である親友の婚約式。
従兄弟のオルトと共に警備をしていたが、どうやら婚約式での会場の様子がおかしい。
不穏な空気を感じつつ会場に入ると、そこにはアンセルが無理やり床に押し付けられていたーー。
物語は完結済みで、毎日10時更新で最後まで読めます。(全29話+閉話)
(1話が大体3000字↑あります。なるべく2000文字で抑えたい所ではありますが、あんこたっぷりのあんぱんみたいな感じなので、短い章が好きな人には先に謝っておきます、ゴメンネ。)
ここでは初投稿になりますので、気になったり苦手な部分がありましたら速やかにソッ閉じの方向で!(土下座
性的描写はありませんが、嗜好描写があります。その時は▷がついてそうな感じです。
好き勝手描きたいので、作品の内容の苦情や批判は受け付けておりませんので、ご了承下されば幸いです。
【完結】おっさん軍人、もふもふ子狐になり少年を育てる。元部下は曲者揃いで今日も大変です
鏑木 うりこ
BL
冤罪で処刑された「慈悲将軍」イアンは小さな白い子狐の中で目を覚ましてしまった。子狐の飼い主は両親に先立たれた少年ラセル。
「ラセルを立派な大人に育てるきゅん!」
自分の言葉の語尾にきゅんとかついちゃう痛みに身悶えしながら中身おっさんの子狐による少年育成が始まった。
「お金、ないきゅん……」
いきなり頓挫する所だったが、将軍時代の激しく濃い部下達が現れたのだ。
濃すぎる部下達、冤罪の謎、ラセルの正体。いくつもの不思議を放置して、子狐イアンと少年ラセルは成長していく。
「木の棒は神が創りたもうた最高の遊び道具だきゅん!」
「ホントだねぇ、イアン。ほーら、とって来て〜」
「きゅーん! 」
今日ももふもふ、元気です。
R18ではありません、もう一度言います、R18ではありません。R15も念の為だけについています。
ただ、可愛い狐と少年がパタパタしているだけでです。
完結致しました。
中弛み、スランプなどを挟みつつ_:(´ཀ`」 ∠):大変申し訳ないですがエンディングまで辿り着かせていただきました。
ありがとうございます!
ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?
聖女の兄で、すみません!
たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。
三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。
そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。
BL。ラブコメ異世界ファンタジー。
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
好きな人の婚約者を探しています
迷路を跳ぶ狐
BL
一族から捨てられた、常にネガティブな俺は、狼の王子に拾われた時から、王子に恋をしていた。絶対に叶うはずないし、手を出すつもりもない。完全に諦めていたのに……。口下手乱暴王子×超マイナス思考吸血鬼
*全12話+後日談1話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる