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(幕間)黒狼騎士団の面々 3

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「あの、副団長はいます……よね?」

 ノックに続いて、そっと扉が開く。
 入ってきたのは黒狼騎士団でも若手のクロンだった。
 恐る恐る入って、団長室の執務机に座っているのが頬に長い傷跡のある大柄の騎士であることを確かめ、パァッと顔を輝かせた。

「よかった! そうだよな、夕方に来るから失敗していたんだよ! いや、副団長がそこにいると、俺すごく落ち着きます!」

「……俺に何か用か?」

「あ、はい。東の商業地区の自治会長から手紙が来ています。いつもの懇親会だと思うんですが」

「ああ、そのようだな」

 手早く開封して、ギーズはため息をついた。
 黒狼騎士団に来る手紙は、治安関係の嘆願書だけではない。
 今現在は平穏だけど、そのうち何かあるかもしれないから今後もよろしく、といった招待状も少なくない。
 商業地区の治安維持は、王都の発展のためにも重要だ。

 だが、懇親会となるとギーズの範囲ではない。
 幸いなことに、現在の騎士団長は食事会だろうが懇親会だろうが、はたまた気分転換と称した歓楽街巡りのお誘いであろうが、何だろうと楽しんでくれる逸材だ。
 あまりに大物すぎて、相手が萎縮してほどほどの歓待になってくれるのも好都合。
 問題は、騎士団長を捕まえて出席させることができるかどうかだろう。

 そんなことを考えていると、唐突に扉が開いた。
 入ってきたのは、まさにギーズが脳裏に描いていた人物だった。
 軽やかに入ってきたと思ったら、なぜか足を止めて何かをじっと見ている。執務机の前でクロンが息を呑んで身を縮めたが、それについてはまた後でいい。
 青紫色の目はギーズを見ている。ただじっと見ているばかりで、何もいわない。ギーズは眉をひそめた。

「何かご用ですか。アロイス団長」

「君も少し認識がおかしいなぁ。この部屋は私の部屋だと思うんだが」

「確かにここは団長室ですが、俺が仕事を代行する場所と認識しています」

 ギーズは素っ気ない。
 でもアロイスは、国王の従兄弟である自分に対して、無礼とも取れる言動を全く気にしていない。いつも通りに楽しそうに受け入れ、クロンにも笑顔を向け、それからふと首を傾げた。

「ギーズ。君の様子がいつも通りに見えるのだが」

「それの何がおかしい?」

「いや、何というか、こう……庶民風にいうと『荒れている』というのかな。そういうのがないのはおかしいと思う。そもそも、君は今日は来ないかもしれないと思っていたんだけど。そう思ったよね、クロン君?」

「お、俺は何のことを言っているのかわかりませんっ! というか俺もう行きますね!」

「待ちたまえ。私ももう行くから、途中まで一緒に行こうか。君はこれから哨戒任務だろう?」

 笑顔でじわじわと距離を詰めるアロイス団長に対し、クロンは青ざめながら執務机に張り付いている。
 二人の様子を見ていたギーズは、ため息をついた。

「クロン。お前はもう行け。団長には少し用がある」

「は、はいっ!」

 クロンはやっと笑顔に戻って走り去っていった。
 不満そうなアロイス団長の前には、バサリと書類を並べた。

「団長。何がやりたかったのかよくわからんが、ちょうどいいから、ここにサインをしてください」

 並べた書類の中には、もちろん商業地区からの懇親会の招待状も混ざっている。
 アロイス団長は美しい顔にうんざりした表情を浮かべ、でも素直にサインをしていく。招待状だけは興味深そうに熟読しているから、参加する気はあるようだ。

「ふむ。これは面白そうだな。私が忘れないようにロベルト君に渡しておいてくれ。さて、私の仕事は終わったのだよね。ちょっと出てくるよ」

 そういうと、返事も待たずにふらりと部屋を出た。
 しかし廊下で副官とすれ違ったのか、外が急に騒がしくなった。

「あ、おい、クソ団長。どこに行くんですか!」

「ほんの散歩だよ。あとのことはよろしく」

「おい、待てっ! あんた宛の貴族からの招待状がたまっているんだ! 目くらい通していけよ!」

「全部君に任せるよ。あ、商業地区の懇親会は出席するから返事を頼んだよ」

「懇親会? ああ、またそういう時期か……あ、おい、逃げるな! くそっ! こうなったら貴族関連の会は全部出席にしておいてやる! 後で吠え面をかきやがれっ!」

 ロベルト副官の罵声が響いていたが、黒狼騎士団の詰所は今日も概ね平和であるようだ。



 夕方が近くなった頃。
 ギーズは黒狼騎士団の訓練所にいた。
 団員たちが模造剣を実戦さながらに振りまわしているのを見ている。
 つい先程まで、ギーズも模擬剣で激しい打ち合いをしていた。
 その結果が、訓練所の壁際でぐったり寝そべっている男たちだ

「くそっ。今日も一本も取れなかった」

「副団長はバケモノだろ。あれだけやって、まだ涼しい顔をしていやがる……」

 そんなことをこそこそと言い合っているが、本気で恨んでいるわけではない。その証拠に、また懲りずに再挑戦しようと模擬剣を握っているものもいた。

「やあ、みんな励んでいるかな?」

 呑気が声がして、騎士たちは耳を疑いながら慌てて振り返る。
 そこに予想通りの人物がいて、ぐったりとしていた男たちはもちろん、激しく打ち合っていた騎士たちも慌てて姿勢を正して敬礼をした。
 でも、アロイス団長は訓練を継続するようにと手で促した。
 すぐに再び騒々しい訓練の音が響き始めるが、その中をゆったりと歩いて、目的の男の前で止まった。

「ギーズ。君はまだ帰らなくていいのかな?」

「今日は少し遅くまでいるつもりです。たまにはあいつらの訓練に付き合わないと、すぐにサボるから」

「ふーん。真面目だねぇ。でも……暗くなる前に帰った方がいいと思うよ?」

 アロイスは微笑む。
 でも、いつもの呑気な微笑みとは何かが違うような気がして、ギーズは眉をひそめた。

「……何がいいたいのか、はっきり言ってください。俺には貴族風の言い回しはわからん」

「うーん、別に貴族風とかではないよ。そのままの意味で捉えてほしい。……セレンドル君をあまり一人で放置しない方がいいと思うよ?」

 そう言った途端に、ギーズは水色の三白眼で団長を睨みつけた。
 もしこの場にクロン青年がいたら震え上がっていただろう。離れた場所にいる騎士たちまで一瞬動きを止めるほどの殺気だった。

「どういうことだ」

「君、セレンドル君に何も聞いていないようだね」

「……なぜ、あいつの名前を出している」

「あの子を匿っているんだろう? ああ、そのことを咎めるつもりはない。むしろヴァーレン伯爵を出し抜く方が面白いから、しっかり守ってあげてほしいね。でもね、あの子は恐ろしく人目を引く。本人は無自覚みたいだけど、あの子は一人で置いておくのは危険だよ」

 アロイス団長は笑みを消し、真顔でギーズを見つめた。
 まだ殺気を放っているギーズだが、上官の珍しい表情に用心深く無言を守っている。
 周囲に目をやり、アロイス団長は声をひそめてギーズに囁いた。

「あの子は昨日、スロイデン伯爵に拉致されかけたんだよ。私が邪魔をしたから未遂だったけどね。その前は某侯爵夫人に甘く誘われていた。だから、あの子はできるだけ一人にしない方が……あ、ギーズ?」

 アロイス団長の言葉の途中で、ギーズは模擬剣を投げ捨てるように片付け、そのままものすごい勢いで走って出ていった。
 残された騎士たちは、ポカンと副団長が走り去った出入り口を見ていた。

「さて、明日ギーズは来るかなぁ」

 アロイス団長は真剣な顔で、でも呑気な言葉をつぶやいた。

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