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(14)落ちましたよ?

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「えっと、あの……荷物、落ちましたよ?」

 そう言ったのに、若い騎士は僕を見つめたまま動かない。
 僕が拾うべきかと迷っている間に、もう一人の男性が拾っていた。

「おい、しっかりしろ」

「……はっ、しまった。すみません。いや、でも、あの……あなたが副団長のお客様ですか?」

「客、というか……」

 まあ、客扱いはしてくれているんだけど。
 そう思っていると、若い騎士はハッとした。

「あ、失礼しました。急な客がいるから、俺の服を貸してくれってギーズ副団長から頼まれまして。俺の予備の服ですが、きれいに洗っていますから、よかったらこれを着て……もらおうと思ってたんですが。これ……いや、これはまずいかもしれない」

 若い騎士は僕を見て困っていた。
 しまった。僕はそれほどおかしな格好ではないと思っていたんだけど、そうでもなかったのだろうか。
 図書院に入り浸っている僕の感覚を信じるべきではなかった。
 と反省しているのに、若い騎士は深刻そうな顔で年上の男性を振り返った。

「……ロベルト殿、これ、まずくないですか」

「まあ、まずいかもしれないな」

「ですよね! やっぱりこれ、今渡すべきじゃない気がしますよね! 着替えてしまうのはよくないですよね!」

「そうだな。この彼シャツ姿をあいつが見ないままになってしまったら、後で知られた時にクソ面倒なことになりそうでまずいな」

 ……彼シャツ?
 ああ、ギーズの服を借りていることか。
 でもなぜそれがまずいのだろうか。
 首を捻っていると、私服の男性が咳払いをして姿勢を正した。

「失礼。少し動揺して挨拶が遅れてしまった。我々は黒狼騎士団に属しているものだ。私は騎士団長付きの副官をしているロベルト。こっちの粗忽な若いのはクロンで、ギーズ副団長に生活用品類をここに持っていくように頼まれていたのだが、その、客人はまだ眠っているだろうからと鍵を渡されていたもので、勝手に入ってしまったのだ」

 なるほど。
 それで鍵を持っていたのか。
 よっぽど信頼されているんだろうなと思ったのに、クロンという若い騎士はじっと僕を見て困った顔をしていた。
 僕と近い年齢のようだから、クロンと呼ばせてもらおうかな。

「えっと、お二人とも、いつまでも玄関にいるわけにはいかないし、中へどうぞ」

「あ、そうですね! 荷物を置かせていただきます! 大丈夫です。居間までならリザさんがお見えの時に入ったことがありますから!」

 我に返ったクロンは、テキパキと動いて居間のテーブルに持って来た荷物を並べていく。テーブルに着替えが何着分かと、洗面用具がずらっと並んでいった。

「着替えと、櫛も持って来ました。いや、団長の私物を勝手に取っていくから、どうしようかと思ったんですけどね。うん、あなたの髪なら団長用くらいの上質なものじゃないとダメですよね。いやー、きれいな金髪ですね! まるで貴族のような……」

 明るい声で説明していたクロンが、ぴたりと動きを止めた。
 恐る恐ると言った感じで僕に目を向け、ごくりと唾を飲んでいる。
 今度はいったい何だろうと思ったら、突然、びしりと姿勢を正してしまった。

「もしかして、貴族の方でしたか!」

「えっと、貴族……だったけど、今は違うと思います」

 昨日、貴族の籍を失ったから貴族ではない。
 となると僕は庶民なのだろうか。
 それとも元貴族というべきなのだろうか。
 どちらにしても金も住まいもないんだけどね。
 すると、もう一人の男性……ロベルトさんが頷いた。

「そういえば、ギーズの母親は貴族の乳母をやっていたな。その金髪と美貌……なるほど、ではあなたが貴族の間で噂になっていた……いや、失礼」

「噂とは?」

 嫌な予感がしたけど、僕はあえて聞いてみた。
 クロンがモゾモゾとまた身じろぎした。ロベルトさんは僕をじっと見て、それからため息をついた。

「悪くは思わないでくださいよ。聞いたままを言いますから。……兄の婚約者を手込めにしようとして追い出された、というものです。あなたがヴァーレン家の方ならば、ですが」

「ええ、それはたぶん僕のことですね。セレンドル・ヴァーレンと名乗っていましたから」

 もう笑うしかない。
 僕が家から締め出されたのは昨日なのに、もう騎士団の隅々まで噂が広がっているなんて。
 たまたま、なんて甘いことは思わない。この噂の広がり方は意図的だと思う。
 貴族の社会は、そういうものだ。
 まあ、もう僕はその社会から追い出されてしまったけど。

「あ、そうか。それで今、ここにいるんですね。いやーびっくりしましたよ! あの副団長から急な客用に服を貸してくれって言われただけでも驚いたのに、こんなきれいな人だなんて! あなたなら俺が指名されるわけですよ! 他の団員には絶対に任せられないですよね。あ、でも今日は着替えはしないでくださいね。その格好、お似合いですから! 多分副団長は夕方くらいには帰って来ますんで。そうだ、昼食はどうしますか。なるほど、これがあるのか。でも二食同じなんて楽しくないですよね。よし、上手い店知ってますので買って来ますね!」

 テーブルの袋を覗き込んだクロンは、一人で納得して一気にそう言って、あっという間に走り出てしまった。
 元気な人だな。
 十代ならともかく、僕より年上っぽいのに。さすが騎士だ。

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