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幕間 過去と想い
しおりを挟む私、優菜にはお兄ちゃんが居ます。
それも、テレビや雑誌で見る他の男性とは比べるまでもなく格好いい兄ちゃんです。
もちろん血が繋がっているから、なんて補正は無いと思います。
何故なら、たとえ家族で無い人が見ても、お兄ちゃんを格好いいと思う。――そうお母さんが言ってたからです。
そして、そのお兄ちゃんが居る生活は私にとっては当たり前のことで何も特別ではない、と幼い頃の私は思っていました。しかし、いくら幼かった私でも成長するにつれて気付いてしまったのです。
この事実がどれ程幸運であったかを。
初めて違和感を覚えたのは、幼稚園の先生の呟きでした。
当時私は、お兄ちゃんが居ることは当たり前だと思っていたので、その事を友達や先生に自慢したりはしていませんでした。――今思えば、言わなくて正解だったと心から思います。
ある日、皆でかくれんぼをしていた時に、私は幼稚園の所謂職員室のような場所に隠れていました。
すると、園児が外で遊んでいるため暇が出来た先生達は、数名の先生を残して休憩時間をとるために部屋に入ってきました。そしてそこでは、園児であった私には理解できない難しい話から、私たち園児の態度や寝顔などの話をしていました。それを聞いた私は、先生をやる人はやっぱり子供が好きなんだな、と呑気に思っていました。
しかし、話が盛り上がって来たとき、先生の一人がこう言いました。
――やっぱり男の子は入園してこないよね、と。
初めにその言葉を聞いた私は、「あれ?そういえば同じクラスに男の子っていないなぁ。」と思いました。
そして、お兄ちゃんは幼稚園に通っていない事に今更ながら気付きました。
お兄ちゃんがずっと家に居ることが当たり前すぎて疑問にすら思わなかったのです。
その後、男の子がいないことに疑問を抱いた私は、皆で親の迎えの待っている間に先生に聞きました。
すると先生は、「それはね、詳しくはわかっていないんだけど、何故か男の子が生まれにくいの。――――それにほら、男性自体少ないのよ。」
先生は、向かえに来た私たちの保護者を見て言った。
――そこには、男性――つまり父親や兄や弟――は一人も居なかった。
「もしかして、お母さんに何も教わってないの?」
私の常識外れの質問に、先生は心配そうな顔をしていました。
「でも園児に言ってもわからないからね……」
「――それにしてもよく気付いたわね。先生が園児の頃は疑問にすら思わなかったわ。……もしかして優菜ちゃんは天才なのかしら?」
お兄ちゃんが居るからこそ抱いた疑問を、先生は天才と勘違いしてくれていました。
そしてその話の後、先生の言葉を確かめるために、私は友達に家族について話を聞いてみると、答えはやはり先生の言うとおりで、みんな父親も兄弟も居ないことがわかりました。
――恐らく父親自体は居るけどあったことは無いのでしょう、と今なら思いますが。
そして私は、自分だけお兄ちゃんが居ることがわかって有頂天になってしまい、先生や友達にお兄ちゃんが居ることを話してしまいました。――それも具体的に。
……まだ園児だったのですからしょうが無いと思いますが。
するとみんなは、「いいなー!」や「すごい!」という感じで、目を輝かせて私を羨ましがってくれましたが、先生は「名前は何て言うの?」や「写真はある?見せて?」や「今度ここに連れてきて?」などと、目をギラギラさせ興奮しながら私に言ってきました。
私は、普段とは違う先生の様子を怖がりながらも、お兄ちゃんについて先生に聞かれるままに話してしまいました。
そして先生とみんなにお兄ちゃんのことを自慢していたとき、お母さんが迎えに来たのが見えました。
「お母さんー!!」
興奮していた私はお母さんに向かって飛びつきました。
「――優菜。危ないわよ?」
母さんにそう言われても気にせず私は興奮していました。
「どうしたのよ?こんなにはしゃいで。何か良いことあったの?」
「うん!!お兄ちゃんのこと話したらみんな「いいなー!」って言ってくれてたの!」
母さんに聞かれた私は、嬉しそうにそう言いました。
「――優菜。お母さんと約束したよね?優ちゃんのことは言っちゃだめだって。――何で守らなかったの?」
その直後、お母さんの機嫌が悪くなるのを感じました。
そして同時に、お母さんとした約束――お兄ちゃんのことは誰にも話さない――を思い出しました。
「あ……ご、ごめんなさい。お母さん。……お兄ちゃんお話をするのが楽しくて……」
約束を破った私はそう正直に謝りました。
「――優菜。貴方は楽しくて優ちゃんのことを話したって言ったけど、そのせいで優ちゃんが危ない目に遭うのよ?それでもいいの?」
「え……?な、なんで……私は別に……」
お母さんの言葉の意味がわからず、私は混乱していました。
すると、私の迎えが来たことに気付いた先生が近づいてきた。
「優菜ちゃんのお母さん!こんばんわ!……ところで聞きたいことがあるのですが」
「お世話様です。……それで話とはなんでしょうか?」
「はい、優菜ちゃんのお兄ちゃんのことです。2歳上のお兄ちゃんが居ると優菜ちゃんから聞きました。」
先生はそう言ってお母さんを見つめます。
「……それがどうかしましたか?」
一方母さんは真顔で見つめ返します。
「実は優菜ちゃんが、お兄ちゃんをここに遊びに連れて来てくれると約束してくれたので、日程を伺おうと思いまして。」
「え……?そ、そんな約束してないよ!」
私は先生のその言葉にビックリしてそう叫びました。
「優菜ちゃん?先生との約束を破っちゃうの?――――それにみんな喜んでいるわ。優菜ちゃんのお兄ちゃんと遊べるって。」
そう言われみんなを見ると、先生の言うとおりみんなが期待した目を向けていました。
そして子は親にそのことを嬉しそうに話していました。
「お……お母さん……。ご、ごめんなさい……。で、でも!本当にそんな約束してない!信じて!」
周りの状況に耐えきれなくなった私はそう母さんに言いました。
いつも優しかった先生に嘘をつかれた私は、もうどうすれば良いかわからなくなっていたのです。
そしてしばらく無言の空間が広がっていました。
「――――先生。今日は用事があるので。ありがとうございました。 ――優菜。帰るわよ。」
「えっ?ちょっと倉部さ――」
お母さんは先生にそう言うと、私の手を引いて歩き始めました。
そして、車の中に入ってから母さんは私を見ました。
「――優菜。わかったでしょう?優ちゃんのことを秘密にする理由。」
「――う、うん……。ごめんなさい……」
そう私は涙を流しながら謝りました。
「――いいのよ。――でも今回で最後だからね。わかったわね?」
「う、うん……」
「ほら、元気出しなさい!これからは私たちで優ちゃんを守りましょう!期待してるわよ!」
「う、うん!絶対にお兄ちゃんを守る!!」
――私はそう決意しました。
――その後私たちは、ここから遠くの場所に引っ越しました。――今住んでいる場所に。
これによってお兄ちゃんのことを知る人は私たち以外に居なくなったのです。
そして私は、二度と繰り返さないように自分の行いを反省し、改めました。
しかし、この出来事は未だに夢に見てしまうほど私の心に深く刻まれています。
――そしてそれから数年間、お兄ちゃんを守るという行為がいつしかお兄ちゃんの傍に居るための言い訳になっていました。そしてそのまま私は、気が付くと思春期真っ盛りの中学生にでした。そして思春期と言うことは恋愛です。中学生になってから男性を見たのは、極たまに登校してくる男子生徒とお兄ちゃんだけ。
そしてお兄ちゃんは、他の男子と比べるまでも無く圧倒的に格好いい。そして優しい。
――思春期女子がそんなことをされれば好きになるのはしょうが無い、はずです。
いや、もしかすれば初めから好きだったのかも知れません。
――つまり何が言いたいかと言うと、私はお兄ちゃんが好き。ということです。
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