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4章 枷と自由
51 学術都市での心得と、その応用
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「さて、と」
ゴトン、と作業台の上に数個の貴金属と原石が転がる。次いでぼん、と置かれた布袋。中身はサラサラとした銀砂だ。
セディオは淡々と南東を向く窓辺から、右手側の寝台とは逆方向の壁を埋める棚の前に立ち、スゥッと腰の位置ほどの引き出しをひいた。きちんと揃えられていた半紙を適当に取り、再び戻る。
「――黒曜石に」
はらり、と行儀よく椅子に掛ける金茶の髪の少年の前に一枚。
「クリスタル・クォーツと日光石か」
わくわくと隣の椅子に腰掛ける、翠の髪の少女の前にも一枚。
残りは二人のちょうど間のスペースに置く。カタン、と椅子を引くと、セディオ自身も一枚取り、木の机を三台連ねた窓辺の作業台に向かった。各自、そっとペンを取り……思案する。
室内に、たちまち静かな時間が訪れた。
地下の力の司への挨拶を終えた翌日。まだ朝食を終えたばかりの午前八時。
――――早速、三名は学術都市の住民である身分証の元となる、プレート造りを命じられた。誰をか云わん。家主の魔術師どのからだ。
* * *
スイは、朝食の後片付けをしつつ三名に昼のお弁当を用意すると、軽やかに笑んで告げた。
『じゃ、私は黒真珠と買い物に行ってくるよ』
『んぁ? あぁ、気を付けてな。帰りは? どうすんの。食事とかは……地下の貯蔵庫にある分と菜園の野菜使ってもいいんなら、俺らだけで夜は何とでもできるけど』
手伝いがてら、使用済みの皿や調理器具を洗っていたセディオは、清水を張ったたらいから視線を外さずに問う。
カチャ……カチャン、と大きな手でおだやかに食器を扱う音。手慣れている。
『それは心強いね。良かった。……うーん……買い物自体は、昼過ぎで終わると思うんだけど。ひょっとしたら帰りは明日になるかも。
ほら、帰りの転移先は固定されてないと言ったろう? 門の子の機嫌次第でまた、“輝水晶の谷”に飛ばされかねない。すると、帰宅は自然と明日になる』
はた、とセディオの右隣で皿を拭いていたキリクの手が止まった。首を傾け、斜め後ろの師を仰ぎ見る。
『……谷から、ここまでは転移できないんですか?』
もっともな質問だね―――と、師である美女は微笑んだ。黒目がちな、潤んだように見える瞳が窓から射し入る光に煌めき、一瞬、明るい紫の色となる。
『出来ないことはない。でも、やりたくはない』
『?? ……どういうこと? 師匠なら、お願いすればあの子達、絶対言うこと聞いてくれるでしょ』
水気を切った皿やカテラリーを所定の位地に戻しつつ、くるりと振り向いたエメルダが問いかけた。
スイは、これに困ったように笑む。
『だからだよ』
『?』
『……門の子らは、あまり数が多くない。世代交代も、そもそもない。“始まりの時”からずっとそのままの数で存在を続ける、とても珍しい精霊なんだ。彼らをあまり酷使したくない。
急ぎでもなければ自分の足で、が、ここの暗黙のルールだよ。ただし下層都市はその限りではない』
『……』
『……』
『……なんでだ?』
代表するように、低く声を発した青年に。
ひょい、と肩をすくめた魔術師はあっけらかんと答えた。
『力の司達の行動は、読めない……。何かがあってからでは遅いからね。身の危険を覚えたら即時撤退が、学術都市のルールでもある。範囲や距離が少なければ、門の子達への負担も少ないし』
『あぁ……』
なるほどね、と三名は心から納得した。
ゴトン、と作業台の上に数個の貴金属と原石が転がる。次いでぼん、と置かれた布袋。中身はサラサラとした銀砂だ。
セディオは淡々と南東を向く窓辺から、右手側の寝台とは逆方向の壁を埋める棚の前に立ち、スゥッと腰の位置ほどの引き出しをひいた。きちんと揃えられていた半紙を適当に取り、再び戻る。
「――黒曜石に」
はらり、と行儀よく椅子に掛ける金茶の髪の少年の前に一枚。
「クリスタル・クォーツと日光石か」
わくわくと隣の椅子に腰掛ける、翠の髪の少女の前にも一枚。
残りは二人のちょうど間のスペースに置く。カタン、と椅子を引くと、セディオ自身も一枚取り、木の机を三台連ねた窓辺の作業台に向かった。各自、そっとペンを取り……思案する。
室内に、たちまち静かな時間が訪れた。
地下の力の司への挨拶を終えた翌日。まだ朝食を終えたばかりの午前八時。
――――早速、三名は学術都市の住民である身分証の元となる、プレート造りを命じられた。誰をか云わん。家主の魔術師どのからだ。
* * *
スイは、朝食の後片付けをしつつ三名に昼のお弁当を用意すると、軽やかに笑んで告げた。
『じゃ、私は黒真珠と買い物に行ってくるよ』
『んぁ? あぁ、気を付けてな。帰りは? どうすんの。食事とかは……地下の貯蔵庫にある分と菜園の野菜使ってもいいんなら、俺らだけで夜は何とでもできるけど』
手伝いがてら、使用済みの皿や調理器具を洗っていたセディオは、清水を張ったたらいから視線を外さずに問う。
カチャ……カチャン、と大きな手でおだやかに食器を扱う音。手慣れている。
『それは心強いね。良かった。……うーん……買い物自体は、昼過ぎで終わると思うんだけど。ひょっとしたら帰りは明日になるかも。
ほら、帰りの転移先は固定されてないと言ったろう? 門の子の機嫌次第でまた、“輝水晶の谷”に飛ばされかねない。すると、帰宅は自然と明日になる』
はた、とセディオの右隣で皿を拭いていたキリクの手が止まった。首を傾け、斜め後ろの師を仰ぎ見る。
『……谷から、ここまでは転移できないんですか?』
もっともな質問だね―――と、師である美女は微笑んだ。黒目がちな、潤んだように見える瞳が窓から射し入る光に煌めき、一瞬、明るい紫の色となる。
『出来ないことはない。でも、やりたくはない』
『?? ……どういうこと? 師匠なら、お願いすればあの子達、絶対言うこと聞いてくれるでしょ』
水気を切った皿やカテラリーを所定の位地に戻しつつ、くるりと振り向いたエメルダが問いかけた。
スイは、これに困ったように笑む。
『だからだよ』
『?』
『……門の子らは、あまり数が多くない。世代交代も、そもそもない。“始まりの時”からずっとそのままの数で存在を続ける、とても珍しい精霊なんだ。彼らをあまり酷使したくない。
急ぎでもなければ自分の足で、が、ここの暗黙のルールだよ。ただし下層都市はその限りではない』
『……』
『……』
『……なんでだ?』
代表するように、低く声を発した青年に。
ひょい、と肩をすくめた魔術師はあっけらかんと答えた。
『力の司達の行動は、読めない……。何かがあってからでは遅いからね。身の危険を覚えたら即時撤退が、学術都市のルールでもある。範囲や距離が少なければ、門の子達への負担も少ないし』
『あぁ……』
なるほどね、と三名は心から納得した。
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