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4 求めたものを、ひきよせて
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「私、婚約の打診を受けたわ」
「は?」
「同じ魔法使いの家系。隣の領主の長男。幼馴染みだけど」
「……めでたいんじゃねーの?」
「!」
カッ、とフラウは赤面した。噛みついてやろうかと思った。馬鹿馬鹿馬鹿。鈍すぎでしょ馬鹿鈍ちん、と、際限なく罵倒が脳内をめぐる。
一つ、深呼吸したフラウはそのまま目を閉じ、滔々と訴えた。いろんな意味で、これ以上彼を直視できなかったのだ。さりとて離れたくもなかった。
「……裏路地に、お金さえ出せばあっと言う間に失せ物の場所を教えてくれるお店があるって聞いて。私、その時にはもう、この日記を見つけてたの。表書きの名前があなただったから。絶対に開けたいと思ってた。鍵は、本当はずぅっと探して欲しかったの。なのに本人なんだもの。どう見ても。……言えずに、つまんないいたずらをいっぱいして、失せ物を拵えては通ったわ。あなたのところ」
「そりゃ、すげぇな……」
「凄いでしょ」
ふふん、と強気に笑って見せる。ついでにすっくと立ち、座る男を見下ろした。
いつもいつも、首が痛くなるほど高い位置にある、むかつく顔。――大好きなひとの顔を。
腰に手を当て、挑むように覗き込んだ。
赤い瞳が瞬間、ぼうっと目の前で揺れる金の髪に。抑えきれない熱情をはらむ青い瞳に釘付けとなる。
「俺は」
「……だめ? 私、七つのときからあなたが好きなの。初めてあなたを見たとき、凄い偶然で他人の空似だって思いたかった。だって、『魔王を滅ぼしたときに不死の呪いを被ったから』って、誰も何も責めちゃいないのに自分から姿を消しちゃう偉人よ? しかも……しかも。血が、繋がってるなら」
「ちょ、待て待て待て待て、おい。フラウ」
「告白もできやしないって――……なに? レグダさん」
「……」
込み上げる涙を懸命に手の甲で拭いながら、フラウは瞳を開けた。
次いで、刮目した。
「これっ……!?」
驚いた拍子に、玉となってこぼれた涙を大きな指が器用に掬いとる。もう片方の手には、金色に輝くちいさな鍵があった。
ペンダントだ。
長い鎖は、心底困りきった顔のレグダの首にかかっている。
「……やる。許す。読んでもいいぞ」
かちっ、と鍵を差し入れたとき、パリン、とどこかで玻璃が砕けるような音がした。
「封印してたから。そいつが解けた音だ。気にすんな。……と、ここだな。ここ。ほれ」
「ええと?」
垂れるサイドの髪を耳にかけ、フラウはレグダの手元を覗き込んだ。レグダは目を細めてそれを見守っている。
“――しくじった。なんで俺、結婚してなかったんだ……。いや、する気も暇も無かったんだが。
しょうがねぇ。家を絶やすわけにもいかねぇし、一番弟子を養子にしてやる。あいつ、くっそ真面目だから絶対に引き受けねぇだろうけど。さすがに俺が消えれば諦めるよな……――”
「……」
「読んだか?」
「読みました」
「よし」
返事をすると、間髪入れずにぱたん! と日記を閉じられた。風圧でフラウの前髪がぶわっと浮く。
額の形に著しいコンプレックスを抱く彼女としては、普段なら食って掛かる場面だが、今となってはどうでもいい。傍らの大魔法使いを、まじまじと見上げる。
「……つまり?」
「つまりだな」
目を明後日の方向に泳がせた男は照れたような、苦いような何とも言えない表情をした。
やがて観念したように、ぐいっと隣に座ったフラウを抱き寄せる。華奢な頤に指を添え、秘密を打ち明けるように囁いた。
「あのときの弟子が、お前さんの、ひいひい祖父さんだ。悪かったな。九年も」
「レグダ、さん」
「……『レグダ』でいい。でも、俺も何年か我慢した。すげぇ苦労した……」
「っ!」
ままま、待ってちょっと待ってすごく近い……!!!! と、叫ぼうにも叫べなかった。
唇が。
……――――――――
触れて、何度も確かめるだけのやさしい口づけを受けて、ぼうっとフラウが尋ねる。
「あの……、レグダ? そういえば、扉開きっぱなしなんですけど」
まだ、恍惚と脱力のさなかにある少女の肩を抱き留めながら、レグダは、ふふっといたずらに笑みこぼした。手のなかの体が、沸騰するほど熱くなるのを感じて。
――もう、手離さない。
当代の魔王は俺かもしれない、と、心のどこかで苦笑しながら。
柔く、赤く染まった頬に唇を寄せた。
「……大丈夫。結界ならとっくに張ってある」
* *
その後、魔法使いの名門ウェノム家から末の令嬢は忽然と姿を消した。「レグダ」と名乗った男の店は勿論もぬけの殻で。
家人はそろって嘆いたが、彼女の部屋には年代物の日記と古びた手帳が揃えられ、机上にきちんと置かれていたという。
手帳には先祖の名が記された一枚の姿絵。
日記には厳重に鍵と、封印の魔法が施され――
当代の、誰も解けはしなかった。
ウェノム家は過去、旧い魔王を滅ぼした英雄を輩出したことで有名だった。
そのため、復活した魔王が復讐として彼の子孫に当たる少女を拐ったのでは……と、まことしやかに語られたり。
のちの世では吟遊詩人に“連れ去られたフラウ”と謳われる、悲劇の物語はここに起因する。
――けれど。
それで魔王は復活したのか? と、問われれば。
今も世界が平和なことを鑑みるに、少女をめとって満足した魔王は異界の自分の城へと去り、二度と人間の領域には姿を現さなかった、などと神官あたりは述べるだろう。
本当は。
みずからの意思で、歳月をかけてゆっくりと境界を乗り越えたフラウ。彼女は、幼い頃からずっと探し求めたひとを手に入れた喜びを胸に。
想いびとの残りの寿命をきっちり半分わけ与えられ、今も気ままな旅暮らし。
幸せに過ごしているのだという……――
今も、どこかでひっそりと開店中かもしれない。
“レグダの失せ物屋”で。
fin.
「は?」
「同じ魔法使いの家系。隣の領主の長男。幼馴染みだけど」
「……めでたいんじゃねーの?」
「!」
カッ、とフラウは赤面した。噛みついてやろうかと思った。馬鹿馬鹿馬鹿。鈍すぎでしょ馬鹿鈍ちん、と、際限なく罵倒が脳内をめぐる。
一つ、深呼吸したフラウはそのまま目を閉じ、滔々と訴えた。いろんな意味で、これ以上彼を直視できなかったのだ。さりとて離れたくもなかった。
「……裏路地に、お金さえ出せばあっと言う間に失せ物の場所を教えてくれるお店があるって聞いて。私、その時にはもう、この日記を見つけてたの。表書きの名前があなただったから。絶対に開けたいと思ってた。鍵は、本当はずぅっと探して欲しかったの。なのに本人なんだもの。どう見ても。……言えずに、つまんないいたずらをいっぱいして、失せ物を拵えては通ったわ。あなたのところ」
「そりゃ、すげぇな……」
「凄いでしょ」
ふふん、と強気に笑って見せる。ついでにすっくと立ち、座る男を見下ろした。
いつもいつも、首が痛くなるほど高い位置にある、むかつく顔。――大好きなひとの顔を。
腰に手を当て、挑むように覗き込んだ。
赤い瞳が瞬間、ぼうっと目の前で揺れる金の髪に。抑えきれない熱情をはらむ青い瞳に釘付けとなる。
「俺は」
「……だめ? 私、七つのときからあなたが好きなの。初めてあなたを見たとき、凄い偶然で他人の空似だって思いたかった。だって、『魔王を滅ぼしたときに不死の呪いを被ったから』って、誰も何も責めちゃいないのに自分から姿を消しちゃう偉人よ? しかも……しかも。血が、繋がってるなら」
「ちょ、待て待て待て待て、おい。フラウ」
「告白もできやしないって――……なに? レグダさん」
「……」
込み上げる涙を懸命に手の甲で拭いながら、フラウは瞳を開けた。
次いで、刮目した。
「これっ……!?」
驚いた拍子に、玉となってこぼれた涙を大きな指が器用に掬いとる。もう片方の手には、金色に輝くちいさな鍵があった。
ペンダントだ。
長い鎖は、心底困りきった顔のレグダの首にかかっている。
「……やる。許す。読んでもいいぞ」
かちっ、と鍵を差し入れたとき、パリン、とどこかで玻璃が砕けるような音がした。
「封印してたから。そいつが解けた音だ。気にすんな。……と、ここだな。ここ。ほれ」
「ええと?」
垂れるサイドの髪を耳にかけ、フラウはレグダの手元を覗き込んだ。レグダは目を細めてそれを見守っている。
“――しくじった。なんで俺、結婚してなかったんだ……。いや、する気も暇も無かったんだが。
しょうがねぇ。家を絶やすわけにもいかねぇし、一番弟子を養子にしてやる。あいつ、くっそ真面目だから絶対に引き受けねぇだろうけど。さすがに俺が消えれば諦めるよな……――”
「……」
「読んだか?」
「読みました」
「よし」
返事をすると、間髪入れずにぱたん! と日記を閉じられた。風圧でフラウの前髪がぶわっと浮く。
額の形に著しいコンプレックスを抱く彼女としては、普段なら食って掛かる場面だが、今となってはどうでもいい。傍らの大魔法使いを、まじまじと見上げる。
「……つまり?」
「つまりだな」
目を明後日の方向に泳がせた男は照れたような、苦いような何とも言えない表情をした。
やがて観念したように、ぐいっと隣に座ったフラウを抱き寄せる。華奢な頤に指を添え、秘密を打ち明けるように囁いた。
「あのときの弟子が、お前さんの、ひいひい祖父さんだ。悪かったな。九年も」
「レグダ、さん」
「……『レグダ』でいい。でも、俺も何年か我慢した。すげぇ苦労した……」
「っ!」
ままま、待ってちょっと待ってすごく近い……!!!! と、叫ぼうにも叫べなかった。
唇が。
……――――――――
触れて、何度も確かめるだけのやさしい口づけを受けて、ぼうっとフラウが尋ねる。
「あの……、レグダ? そういえば、扉開きっぱなしなんですけど」
まだ、恍惚と脱力のさなかにある少女の肩を抱き留めながら、レグダは、ふふっといたずらに笑みこぼした。手のなかの体が、沸騰するほど熱くなるのを感じて。
――もう、手離さない。
当代の魔王は俺かもしれない、と、心のどこかで苦笑しながら。
柔く、赤く染まった頬に唇を寄せた。
「……大丈夫。結界ならとっくに張ってある」
* *
その後、魔法使いの名門ウェノム家から末の令嬢は忽然と姿を消した。「レグダ」と名乗った男の店は勿論もぬけの殻で。
家人はそろって嘆いたが、彼女の部屋には年代物の日記と古びた手帳が揃えられ、机上にきちんと置かれていたという。
手帳には先祖の名が記された一枚の姿絵。
日記には厳重に鍵と、封印の魔法が施され――
当代の、誰も解けはしなかった。
ウェノム家は過去、旧い魔王を滅ぼした英雄を輩出したことで有名だった。
そのため、復活した魔王が復讐として彼の子孫に当たる少女を拐ったのでは……と、まことしやかに語られたり。
のちの世では吟遊詩人に“連れ去られたフラウ”と謳われる、悲劇の物語はここに起因する。
――けれど。
それで魔王は復活したのか? と、問われれば。
今も世界が平和なことを鑑みるに、少女をめとって満足した魔王は異界の自分の城へと去り、二度と人間の領域には姿を現さなかった、などと神官あたりは述べるだろう。
本当は。
みずからの意思で、歳月をかけてゆっくりと境界を乗り越えたフラウ。彼女は、幼い頃からずっと探し求めたひとを手に入れた喜びを胸に。
想いびとの残りの寿命をきっちり半分わけ与えられ、今も気ままな旅暮らし。
幸せに過ごしているのだという……――
今も、どこかでひっそりと開店中かもしれない。
“レグダの失せ物屋”で。
fin.
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