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3 探しびと
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「これか」
言われた通りに扉は少し開けておく。
背後からかけられた、いかにもな仕事モードの声に、フラウは慌てて振り向いた。「うん」
金の装丁が施された、鍵付きの重たい日記。レグダの手にはぴったりだが、フラウは両手で持たねばならない。大きいし、相当重いのだ。
たたっ……、と駆け寄り、無言の男の顔を覗き込む。
「どう? 何かわかる?」
「その前に質問。開けてどうする。父ちゃんは何て?」
レグダは目線の高さに掲げた日記を裏に返し、表に返しては眺めていた。片手で軽々としたものだった。
意外にも至極まっとうな問いに、フラウは気勢を削がれてしまう。
「父は……実は、これにそんなに興味を持ってないの。私の宝物だと思ってるわ」
「開かないのに?」
「開かなくても」
こく、と頷く。
はー……と嘆息したレグダは眉間に落ちた前髪をかきあげ、重々しく告げた。
「鍵の場所は、――わかる。だが用向きを聞かねぇと。故人の意志に悖るだろ」
「もと……る?」
「ひいひい、ひい祖父さんが果たして、これをどんなつもりで残したかってことだよ。わざわざ魔法の鍵付けてさ」
「あぁ」
なるほど、と、フラウは難しい顔で腕を組んだ。言おうか言うまいか――とても悩む。
見つめる赤いまなざしと、懊悩する青い瞳。飽和する空気の密度を打ち消すように、ほとほとと扉が叩かれた。開いているのに。
「お茶をお持ちしました」と通路から遠慮がちに声をかけられ、ふっと緊張の糸が解けたフラウは返事のあと、にっこりと微笑んだ。
「お茶にしましょ、レグダさん。順番に話すから」
* *
花の香りのハーブティーに、アーモンドを混ぜたクッキー。配膳を済ませたメイドは、やっぱり扉を閉めないで退室した。老執事の言いつけだろう。徹底している。
「どうぞ? 温かいうちに」
「ん。いただこうか」
来客用のソファーに座ったレグダは、普段の乱暴な口ぶりからは想像もつかない優雅さで器を手に取った。
遠慮なくクッキーをかじっている姿は、言えば怒られるだろうが妙に可愛い。
大魔法使いだった先祖の古い日記は、手がかりを示された今もなおテーブルの上で沈黙中。長年待ち焦がれたフラウにとっては明らかなお預け状態だったが、彼の言うことももっともだった。
(なんで、読みたいか。知りたいかなんて)
――言いたくない。でも、告げねば前に進めない。
自身も茶器を手に取り、唇を湿らせたあと、フラウは観念したように訥々と話しはじめた。
「ひいひい、ひいお祖父様のね、絵姿を見たことがあるの」
「!!!!」
横を向き、ブーーーッ、と、はげしくレグダは茶を吹いた。
フラウは慌てて卓上にあった布巾を掴み、テーブルを回って咳き込むレグダの膝近くにしゃがみ込む。こぼれた茶の染みが取れないか、ぽんぽんと叩いたり拭ったりした。
「えっ。ちょ、それ……どこで。いつ?」
あからさまな狼狽を見せる男に、フラウは優しいほどのまなざしを見せた。
「七つだったかしら。私、そのときは地下室を探険するのが趣味だったの」
「いい趣味だな」
「放っといて。で、二百五十年前くらいにこの家に仕えたらしい執事の手記を見つけたの。これ」
「…………ほう」
フラウは布巾をテーブルに戻し、ウェストポーチから一冊の古びた手帳を取り出した。
何の変轍もない、茶色の皮の装丁。保存状態は非常に良かったので、劣化も少ない。慣れた仕草でぱらら……とめくり、ぴたっと止まる。
挟まっていたのは赤っぽい黒髪。赤い瞳の青年の、壮麗な法衣をまとう上半身の絵姿だった。
「……」
「裏に、“第八代ウェノム家当主レイムグルダ”って」
「あー」
「ね、これって似てると思わない? 思うよね??」
「あ~~、聞ーこーえーなーいー」
「んもう! ちゃんと見なさいよね、過去の自分を! ポンコツ探偵!」
「うるっせぇ! 探偵じゃねぇって何度も言ってんだろうが…………っとと、でかいぞ声。落とせ。聞こえる」
ひそひそと、低めた声が直接耳朶を打つほどの距離。声の大きさよりも由々しい問題として、二人とも興奮のあまり近づきすぎていた。
フラウはレグダの膝に両手をかけ、身を乗り出して真下から迫るように見上げている。
かたや、レグダも瞳を険しくし、接吻できそうなほど顔を寄せていた。
ちらっと思案げな光を走らせた赤眼が扉の向こうを視認し、「しっ」と人差し指を立てて少女の肩を押しやる。
ムッと、フラウは盛大に眉をひそめた。言外に相手にされていないように感じた。そこで、最後に。
――徹底的に、言いたくはなかった。
先日我が身に降りかかったばかりの出来事について、打ち明ける決心がついた。
言われた通りに扉は少し開けておく。
背後からかけられた、いかにもな仕事モードの声に、フラウは慌てて振り向いた。「うん」
金の装丁が施された、鍵付きの重たい日記。レグダの手にはぴったりだが、フラウは両手で持たねばならない。大きいし、相当重いのだ。
たたっ……、と駆け寄り、無言の男の顔を覗き込む。
「どう? 何かわかる?」
「その前に質問。開けてどうする。父ちゃんは何て?」
レグダは目線の高さに掲げた日記を裏に返し、表に返しては眺めていた。片手で軽々としたものだった。
意外にも至極まっとうな問いに、フラウは気勢を削がれてしまう。
「父は……実は、これにそんなに興味を持ってないの。私の宝物だと思ってるわ」
「開かないのに?」
「開かなくても」
こく、と頷く。
はー……と嘆息したレグダは眉間に落ちた前髪をかきあげ、重々しく告げた。
「鍵の場所は、――わかる。だが用向きを聞かねぇと。故人の意志に悖るだろ」
「もと……る?」
「ひいひい、ひい祖父さんが果たして、これをどんなつもりで残したかってことだよ。わざわざ魔法の鍵付けてさ」
「あぁ」
なるほど、と、フラウは難しい顔で腕を組んだ。言おうか言うまいか――とても悩む。
見つめる赤いまなざしと、懊悩する青い瞳。飽和する空気の密度を打ち消すように、ほとほとと扉が叩かれた。開いているのに。
「お茶をお持ちしました」と通路から遠慮がちに声をかけられ、ふっと緊張の糸が解けたフラウは返事のあと、にっこりと微笑んだ。
「お茶にしましょ、レグダさん。順番に話すから」
* *
花の香りのハーブティーに、アーモンドを混ぜたクッキー。配膳を済ませたメイドは、やっぱり扉を閉めないで退室した。老執事の言いつけだろう。徹底している。
「どうぞ? 温かいうちに」
「ん。いただこうか」
来客用のソファーに座ったレグダは、普段の乱暴な口ぶりからは想像もつかない優雅さで器を手に取った。
遠慮なくクッキーをかじっている姿は、言えば怒られるだろうが妙に可愛い。
大魔法使いだった先祖の古い日記は、手がかりを示された今もなおテーブルの上で沈黙中。長年待ち焦がれたフラウにとっては明らかなお預け状態だったが、彼の言うことももっともだった。
(なんで、読みたいか。知りたいかなんて)
――言いたくない。でも、告げねば前に進めない。
自身も茶器を手に取り、唇を湿らせたあと、フラウは観念したように訥々と話しはじめた。
「ひいひい、ひいお祖父様のね、絵姿を見たことがあるの」
「!!!!」
横を向き、ブーーーッ、と、はげしくレグダは茶を吹いた。
フラウは慌てて卓上にあった布巾を掴み、テーブルを回って咳き込むレグダの膝近くにしゃがみ込む。こぼれた茶の染みが取れないか、ぽんぽんと叩いたり拭ったりした。
「えっ。ちょ、それ……どこで。いつ?」
あからさまな狼狽を見せる男に、フラウは優しいほどのまなざしを見せた。
「七つだったかしら。私、そのときは地下室を探険するのが趣味だったの」
「いい趣味だな」
「放っといて。で、二百五十年前くらいにこの家に仕えたらしい執事の手記を見つけたの。これ」
「…………ほう」
フラウは布巾をテーブルに戻し、ウェストポーチから一冊の古びた手帳を取り出した。
何の変轍もない、茶色の皮の装丁。保存状態は非常に良かったので、劣化も少ない。慣れた仕草でぱらら……とめくり、ぴたっと止まる。
挟まっていたのは赤っぽい黒髪。赤い瞳の青年の、壮麗な法衣をまとう上半身の絵姿だった。
「……」
「裏に、“第八代ウェノム家当主レイムグルダ”って」
「あー」
「ね、これって似てると思わない? 思うよね??」
「あ~~、聞ーこーえーなーいー」
「んもう! ちゃんと見なさいよね、過去の自分を! ポンコツ探偵!」
「うるっせぇ! 探偵じゃねぇって何度も言ってんだろうが…………っとと、でかいぞ声。落とせ。聞こえる」
ひそひそと、低めた声が直接耳朶を打つほどの距離。声の大きさよりも由々しい問題として、二人とも興奮のあまり近づきすぎていた。
フラウはレグダの膝に両手をかけ、身を乗り出して真下から迫るように見上げている。
かたや、レグダも瞳を険しくし、接吻できそうなほど顔を寄せていた。
ちらっと思案げな光を走らせた赤眼が扉の向こうを視認し、「しっ」と人差し指を立てて少女の肩を押しやる。
ムッと、フラウは盛大に眉をひそめた。言外に相手にされていないように感じた。そこで、最後に。
――徹底的に、言いたくはなかった。
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