桜並木の、その下で

汐の音

文字の大きさ
上 下
18 / 47
承前

~十月~女王裁判と兎の判決

しおりを挟む
「説明してもらってもいいですか?」

 ぽん、ぽん、と、赤いハートの付いたステッキの先端を左手に当てて、女の子は呟いた。

「説明……ですか」

 なぜか敬語のたかむらが、ちらっと隣を伺う。
 三年B組のカフェ席の一隅。
 女王の裁判よろしく、大人二名と高校生執事が一名、雁首合わせて座らせられていた。
 左から篁、みなとりつの順になる。
 目の前には赤と黒を基調にしたゴシックドレスをまとった、ちょっときつめの顔立ちが可愛い女の子。
 ――この子が、篁の話に出てきた弟さんの同級生だとすぐにわかった。
 問題は。

「えっと……今? ここで? オレが言うの?」

 解せない、と言いたげな表情で篁が首を傾げる。女王陛下は重々しく「そうです」と頷いた。

 襟足に手を当てた篁は、しばらく唸っていたが、やがて観念したように両手もろてを挙げた。

「わかった。わかりました。結論から言うよ。オレ、

「!!!」
「えっ」
「~~!? みな、とさん……え!? 嘘。いつの間に??」

 カタンッ! とステッキが床に落ち、女王の顔色が蒼白になった。
 湊は真顔で訊き返し、律は頬に『信じられない』と書いて、先ほど捕獲し、ここまで手を繋いで連行した女性の横顔を穴が空くほど見つめている。


 “三 角 関 係”

 おおぉ……と、傍聴席と化していた周囲の席からどよめきが生まれた。柏木かしわぎ扮する可憐なアリスは、へぇ、と感心したような声をもらす。腕を組み、兎の耳を取ってしまった相棒の執事の傍らで、うんうんと鷹揚に頷きつつ立っていた。

「わかる。ミナトさんだもんな……」
「ちょ、黙ってて柏木。ややこしくなる」

「……」

 いっぽう、涙目の女王は辛うじて泣かずに、一年間丸々費やした片想いの相手を凝視していた。

「えぇっと……。たしか篁君のお兄さん、先月離婚したって聞いたんですけど」

「うん。合ってる」

「こちらの女性ひとは、その……奥さんじゃなくて。新しい“彼女さん”ってことですか」

(ちがう! 篁さん、そこはNOノー!! はっきりと!)

 やきもきと困り果てた視線を察してか、篁は妙に優しいまなざしとなり、彼女――この場合は右隣の湊――に、ゆったりと微笑みかけた。

「彼女さん、ね」

 ぎくり、とする。
 まさか?

 湊の慌ただしい瞬きを、篁は実に楽しそうに見つめた。

「残念ながら片想い。でも本気だから。ね? 

「は」
「…………」

 おおぉぉ~! と、先のどよめきとは明らかに異なる温度の歓声が湧いた。

 まずい。どう見ても面白がられている。しかも可哀想に、失恋した女王役の子も含めた立派な茶番劇に仕上がっていた。あとは――



「あの。律君?」

「……はい、湊さん」

 おそるおそる視線を流したが、真正面から受け止められた。
 こういった空気の機微には聡い子だ。篁のげんはすべて嘘だとバレているかもしれない。
 とりあえず、今だけでも『例の問題』には触れずにいて欲しくて、勝手だが願わずにいられなかった。

「(そんなわけで……ということじゃ、だめ?)」

「(何を言い出すかと思ったら)」

 淡々と会話している篁と、弟のウェイター役の男子。それにハートの女王コスプレの子の抑えた声がぽんぽん飛び交うなか、二人はこそこそと耳打ち合う。

 目を据わらせた律は、おもむろに口を尖らせると、フッと目の前の耳朶みみたぶめがけて息を吹きかけた。

「っ!?」

 思わず右耳を押さえて体を跳ねさせ、律から距離をとると、反動で篁にぶつかった。

「おっと」

「うわっ……! す、すみません篁さん。事故が発生して」

「ふーーーーぅん? いいよ、事故でも。おいで、大歓迎」

 さりげなく肩を抱いてくるあたり、本当に手慣れている。湊は「いや、本当にそういうのはいいので」と、あっさり体勢を直した。
 律儀に手を引き剥がし、再度律と向き合う。今度は正面からの視線に堪えた。

「だめですか」

「よくわかんないけど、……篁の兄さん? 片想いだって言ってましたよね。なら、関係ないです」

 律は、綺麗な顔にそら恐ろしい眼光を湛えて、今日初めて会う大人の男を見遣った。

「ん? オレ?」

 敵意は伝わっているだろうに、にっこりと、人懐こささえ漂う風情で篁が問う。
 律はただ、瞳を細めて口の両端をわずかに上げた。笑顔にはほど遠い表情かおだった。

「いや。だなって。気にしないで、女王としっかり話つけてください。察するに、そのために紫乃うちに来たんでしょ?」

(鋭い)

 思わず舌を巻く。キレのいい律の物言いに、大人二人は揃って目をみはった。くして。

 後日、“左門さもんが外部の女性来場者を追っかけ回して派手に壁ドンしてた”だの、“いや、ものすごくソフトな壁トンだった”だのと数々の伝説を残し、断トツでミスター紫乃にも選ばれてしまった、全体的に濃すぎる学園祭が幕を閉じた。


 ――――同時に、かれが正々堂々と湊に猛攻をかける切っ掛けとなる、もろもろの変化の幕開けとして。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ケントローフの戦い

巳鷹田 葛峯
現代文学
始まりはあの日であった。 ハブロン曹長率いる国軍と、クロマニエ氏の戦いの記録。

処理中です...