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1巻

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 ちょうどその時、夏乃子のバッグの中からスマートフォンの着信音が聞こえてくる。断って画面を確認すると、田舎いなかにいる実母からだ。
 画面に「母親」と表示されているのを見た様子の黒田が、受電するよううながしてくる。

「俺がいると話しにくいようなら、外に出てるけど――」

 彼が運転席のドアを開けようとしたが、夏乃子は首を横に振って黒田を引き留めた。

「外は寒いです。それに、すぐに終わると思いますから」

 夏乃子は二カ月に一度、母親に一定の金額を送金している。普段めったに連絡をよこさないが、母親は律儀にも銀行に入金があった時だけ夏乃子に電話をかけてくるのだ。送金は昨日だったし、おそらくまたその件だろう。
 夏乃子は受電ボタンをタップして、電話に出た。
 すると、こちらが何か言う前に母親の怒鳴り声が聞こえてくる。

『もしもし? あんたって子は、どうしてそう融通が利かないの!』

 いきなりそう言ってくる声が、あまりにも大きすぎる。
 夏乃子は思わず顔をしかめて、画面から耳を離した。

『仕送りのお金、増やしてって言ったわよね? なんで増えてないの? 雅一さんは死んじゃったし、あんた、どうせもう結婚しないんでしょ? だったら貯金しても無駄じゃないの』

 つい先日、電話で取材した相手の声が、かなり小さかった。そのため、通話の音量を上げていたのを思い出す。母親の声はもともと大きいし、車内でならスピーカーにしなくても十分聞こえる。
 このままだと、黒田にぜんぶ聞かれてしまう――
 そう思った夏乃子は、彼に背を向けて音量を下げようとした。しかし、あせっているせいか、思うように操作ができない。仕方なく母親に声を小さくするよう頼んだが、どうやらそれが気に障ったらしい。

『小さい声で言ったら聞こえないでしょ! まったく、あんたがいつまでもグズグズせずに雅一さんと結婚してたら、のこった財産はあんたのものだっただろうに。ほんっと、要領が悪いんだから! なんのために六年間も付き合ってたの? それじゃ尽くし損ってもんだわ――』

 聞くにえない雑言が次々に出てきて、夏乃子はとっさに終了ボタンをタップして通話を終わらせた。
 たった十数秒で、母親との関係性ばかりか、六年付き合った恋人が死んだ事まで黒田に知られてしまった。
 いったいどんな顔をして正面を向けばいいかわからず、夏乃子は下を向いたまま身じろぎをした。

「ごめん、すぐに車を出るべきだったね」
「いえ、黒田さんは悪くないです。でも、知られたくない事を知られたのは、ちょっと……いえ、かなり恥ずかしいですね」

 それに母親に対する落胆の気持ちがあいまって、図らずもふっと笑い声が漏れた。
 黒田に指摘されても本当だとは思えなかったが、今のように無意識に笑ったりしていたのかもしれない。しかし、今のは自分達親子に対する冷笑であって、レストランでのものとは明らかに違う。
 夏乃子は唇を固く結んで、スマートフォンの電源を落とそうとした。しかし、その直前に再度着信音が鳴り始める。
 画面には、またしても「母親」と表示されている。出れば、さっきよりも大声で怒鳴られるのはわかり切っていた。
 夏乃子がスマートフォンを手にしたまま固まっていると、黒田が横から手を伸ばしてきて、それを奪い去る。そして、受電するなり母親がしゃべり出す前に、ひときわ大きな声で「はい」と発話した。そして、画面のボタンをタップしてスピーカーモードにする。

『え……だ、誰?』
「はじめまして。僕は黒田蓮人と言います。夏乃子さんとは、恋人としてお付き合いさせていただいております」

 何を言い出すのかと思えば、恋人だなんて大嘘をつかれた。
 夏乃子が隣であたふたしているのを尻目に、黒田は母親に聞かれるまま交際期間や出会ったきっかけなどを話している。彼が言うには、二人は半年前に夏乃子の仕事を通じて知り合い、すぐに意気投合して交際が始まったらしい。
 ハキハキとした口調は、いかにも好青年といった感じだ。
 会話は弾み、母親が黒田に職業をたずねた。彼が自分の本当の職業をそのまま明かすと、母親は急に声のトーンを上げて猫なで声を出し始める。

『まあまあ、弁護士さんなんですね。夏乃子ったら、いい人にめぐり合って……。あの、もう一度事務所の名前をお聞きしてもいいかしら?』

 おそらく、母親は電話を切ったあと「スターフロント弁護士事務所」について調べるはずだ。
 地方に住んでいるから直接迷惑をかけるような真似はしないはずだが、それでも接点を作ってしまった事は心配の種でしかない。
 通話が終わり、スマートフォンが夏乃子の手に返ってきた。うるさい母親を黙らせてくれたのは感謝するが、後々何かしら黒田に迷惑をかけるような事が起こらないとも限らない。
 夏乃子がそれを指摘するも、彼は涼しい顔で笑っている。

「万が一何かあっても対処できるだろうし、その点は心配ない。逆に、君から俺に何か相談したい事があれば、いつでも言ってきてくれたらいい」

 黒田の話す内容と口ぶりから、母親がいわゆる毒親である事はバレてしまったのだろう。
 六年付き合った恋人に先立たれ、母親に搾取さくしゅされている公私ともにフリーのライター。それが自分だ。
 雅一を失ってからというもの、仕事以外では感覚が鈍くなり、喜怒哀楽の表現もとぼしくなった。
 彼が死んだ責任の一端は自分にある――そんな考えにとらわれて、うっかり母親に雅一との喧嘩と指輪の件をしゃべってしまったのがいけなかった。
 以来彼女は、事あるごとにその件を持ち出して夏乃子を責め、さっきのような暴言を吐くようになったのだ。
 そんな事を考えているうちに、心底自分が情けなくなってくる。
 いつしか夏乃子は唇を強く噛みしめ、込み上げてくる涙を必死になってこらえていた。

「辛いなら吐き出してしまえ。今だけでも」

 黒田にそう言われた途端、抑えていた涙がせきを切って溢れ出す。握りしめたスマートフォンの画面に、ボトボトと涙が落ちる。
 頬に貼りついた髪の毛を、黒田がそっと取り除いてくれた。彼は夏乃子にティッシュペーパーを箱ごと手渡し、優しく低い声で「俺は君の味方だ」と言った。
 夏乃子はティッシュペーパーで涙を拭い、はなをかんだ。それから、思いつくままに、ぽつぽつと話し始める。

「うちの母は、昔からああなんです。今も実家で同居している兄だけを可愛がって……。でも、もう慣れているから平気です。ただ、死んだ恋人の事を言われるのだけは、いつまで経っても慣れません」
「うん」

 黒田は時折、短く相槌あいづちを打ちながら、夏乃子の話に耳を傾けている。彼が自分を聞き上手だと言ったのは本当だったようだ。
 気づいた時には夏乃子は黒田に母親との確執だけではなく、亡くなった恋人に関する事も話していた。

「そうか……。亡くなった恋人とは、結婚の約束もしていたのか?」
「はい。向こうのご両親に会って挨拶あいさつも済ませていたし、それからは、たまに電話で連絡を取り合ったりもしていました」

 黒田にたずねられるまま、雅一の事を語った。さすがに事故に遭った経緯や、彼の死に対していまだ後悔と自責の念にとらわれている事は言えなかったが、八重以外にこんな話をしたのは黒田がはじめてだ。
 話を聞いてもらったところでなんの解決にもならないが、常に感じていた胸のつかえが幾分楽になったように思う。
 彼は黙って最後まで話を聞き、夏乃子が語り終えるなり肩を抱き寄せてくる。

「よく話してくれたね。ずっと辛かっただろうし、今もすごく辛いな」

 黒田のてのひらが、夏乃子の濡れた頬をそっと拭った。
 その感触が優しすぎて、夏乃子は思わず彼のてのひらに頬ずりをしたくなってしまう。

「私、雅一の事が大好きでした……」

 黒田の優しさとぬくもりがてのひらを通して身体に染み入り、夏乃子はいつしか彼の胸にもたれて声を出して泣いていた。
 ティッシュペーパーの箱があと少しでからになる前に、ようやく泣きやんではなをすする。
 ふと黒田の胸元を見ると、真っ白なシャツにメイクの染みがついていた。

「すみません……。こんな調子では、いつまでたってもお詫びなんかできそうにないですね」

 夏乃子がそう言うと、黒田は染みがついたシャツを指先で撫でて、笑みを浮かべた。

「君になら、いくら染みをつけられても構わないよ。むしろ大歓迎だ」

 黒田の指が夏乃子のあごをすくい、上を向かせた。大泣きした顔は、メイクも崩れてぐしゃぐしゃになっているはずだ。
 ただでさえ、醜態しゅうたいさらしたあとなのに――
 急にいろいろな事が猛烈に恥ずかしくなり、同時に雅一に対する罪悪感が込み上げてくる。
 彼という人がいながら、いったい何をしているのだろう?
 一刻も早く、黒田から離れなければ――
 そう思った夏乃子は、車から降りようとした。

「私、もう帰らないと……」
「待った。そんな顔で街中まちなかを歩くつもりか?」

 黒田に腕を掴まれ、そういえばそうだったとドアノブに掛けた手を下ろした。
 こんな状態で歩いていたら、ぜったいに人目を引いてしまうだろう。

「あの、申し訳ありませんが、ここから一番近いタクシー乗り場まで送ってくれませんか?」
「そうするくらいなら、俺が自宅まで送り届けるよ」
「でも――」
「急に帰りたがるなんて、どうかしたのか? 理由を教えてくれ」

 掴まれた肩を引かれ、再びあごをすくわれる。
 見つめてくる目の力は強いが、とても温かい。その目に見据えられて、夏乃子は自分の心を囲む外壁が、グラグラと揺れて崩れそうになっているのを感じた。

「い……嫌なんです! こうして黒田さんといるだけで、自分が知らないところへ流されてしまいそうで――。私、まだ雅一を忘れてないし、忘れるつもりなんかありません。なのに、あなたといると、自分が間違った方向に行ってしまいそうで怖いんです。だから――」
「それの、どこがいけないんだ?」

 黒田が拍子抜けするほど、あっけらかんとした笑顔でそうたずねてきた。けれど、目は笑っておらず、こちらの身がすくんでしまうほど強い眼光を放っている。

「俺も君もフリーだし、なんの問題もないだろう? むしろ、俺は君に流されてほしいと思ってるくらいだ。まさか、一生雅一さんの事を引きずったまま生きていくつもりか? そんなの君の選ぶべき人生じゃない」

 きっぱりとそう断言されてしまい、夏乃子はとっさに首を横に振った。

「いいえ、私はそうしなきゃいけないんです」
「いいや、それは違う。もういい加減、過去にとらわれるのをやめるんだ。いっその事、ぜんぶ俺のせいにして流されてしまえ」

 背中をグッと引き寄せられ、二人の距離が近くなる。
 今の黒田の目は、捕獲者のそれだ。
 どうあがいても、最終的には捕まってしまう。
 ふと、そんな考えが頭をよぎり、心の中であらがおうとするが、実際には一ミリも彼から離れられていない。

「君は自分の人生を歩むべきだ。こうして出会ったのには、きっと意味がある。だから、俺が君を方向転換させてやる。さっき『こんな調子では、いつまでたってもお詫びなんかできそうにない』と言ったね。だったら、お詫びとして、明日の朝まで俺の言いなりになるんだ」
「言いなりって……?」
「文字どおりの意味だよ」

 つまり、明日の朝まで、彼に何をされても文句は言わないという事だ。
 その間に何があるかわからない。
 けれど、彼の言いなりになって流された末に、何かが変わるのだとしたら。

「どうする? 俺の言いなりになるか?」

 黒田はそう言って、親指で夏乃子の唇の下を撫でた。
 声はあくまでも優しい。
 しかし、これほど圧倒的な力を感じた経験はないし、まるで猛虎の爪の下に組み敷かれた獲物になった気分だ。
 自分は無力で、あとはただ、彼の意のままになるだけ――
 もう、逃げられない。
 夏乃子がゆっくり頷くと同時に、唇を重ねられた。温かな舌が口の中に入ってきて、より深いキスを打診するように上唇の裏をそっとめられる。
 これほど優しくて思いやりに溢れたキスなんか、された事がなかった。
 夏乃子は、たちまち黒田とのキスに夢中になり、彼に求められるまま舌を絡め合わせた。


 それから、どんな過程を経てそうなったのか、正直あまり覚えていない。
 気がついた時には、夏乃子は公園からさほど遠くない位置にある黒田の自宅に誘い込まれ、広々としたベッドの上で彼と裸で抱き合っていた。
 二人は玄関に入るなり、まるで移動中の時間がなかったかのように唇を求め合い、競うように着ているものを脱ぎ捨てた。
 裸になった身体を軽々と横抱きにされ、廊下の突き当りのベッドルームまで運ばれて、マットレスの上に二人して倒れ込む。
 裸になった黒田の身体はたくましく、どこを触っても筋肉が硬く引き締まっている。
 彼はすっかり無防備になった夏乃子の下腹に手を伸ばし、太ももの内側にてのひらを差し込んできた。
 閉じた花房を指先で撫で上げられ、身体がびくりと跳ねる。久しぶりに熱を持ったそこが、ジンジンと火照ほてり出した。
 指が秘裂の中をゆるゆるとね回し、蜜窟の入り口を何度となく行ったり来たりする。たったそれだけなのに、息が上がり呼吸が乱れた。
 まるで、あちこちに火がいたみたいに身体が熱い――
 夏乃子は身をくねらせて彼の愛撫あいぶを甘受し、抱き寄せてくる腕に指先を絡みつかせた。

「嫌と言うなら、今のうちだぞ?」

 たずねている間も、黒田は夏乃子の首筋に舌をわせ、時折強く吸いついてきた。

「あ、ぁんっ!」

 図らずも出てしまった声が、我ながらすごくいやらしく聞こえる。肩で息をしている夏乃子を見た黒田が、目を細くしてにんまりと笑う。

「私は今、あなたの言いなりになってるんでしょう? どうして聞くんですか?」
「そうだけど、無理矢理女性を抱くのは本意じゃないからね」

 強引なくせに、ギリギリになって選択の余地を残すなんて、ずるい。
 その優しさが胸にみて、夏乃子は自分から彼の背中に腕を回した。

「嫌なんて言わない……。どうせなら、とことんあなたの言いなりになりたい」

 言い終えると同時に、黒田のキスが唇に戻ってくる。
 キスが終わると、彼はどこからか避妊具の小袋を取り出し、夏乃子の目の前で縁を噛み切った。
 そして、夏乃子の両脚を引き寄せて、膝を立てさせたまま左右に大きく押し広げる。

「確かに聞いたぞ。もう取り消しはできないから、そのつもりで」

 少しだけ威圧的。けれど、それを感じさせないほど口調が優しかった。
 これほど誰かの腕の中へ自分を投げ出してしまいたいと感じた事なんか、なかったように思う。
 夏乃子は黒田の肌に爪を立て、わずかに腰を浮かせた。
 見つめ合った顔が近づき、唇の先が軽く触れ合うと同時に、熱く硬いものが身体の中に入ってきた。

「あっ……あ……、ああああっ……!」

 挿入はゆっくりで、とても静かだ。けれど、これまで感じた事がないほど熱く凄まじい圧迫感が夏乃子を襲い、中がヒクヒクと震えた。

「大丈夫か?」

 目を見つめながらそう言われ、かすれた声で「はい」と言った。
 黒田は軽く頷くと、夏乃子の腰を腕に抱え込み、ゆらゆらと上下に揺すり始める。早くもグチュグチュという水音が立ち、自分のそこがいかに濡れているかがわかった。
 ものすごく気持ちいい――
 挿入して、一分も経たないうちにこれほど感じるなんてありえない――そう思うが、込み上げてくる快感に身体ごとどこかに持っていかれそうだ。

「ああんっ! あんっ……! ゃあぁ……」

 徐々に揺れが大きくなり、それにつれて挿入も深くなる。切っ先が下腹の内側をえぐるようにこすり上げ、少しずつ角度を変えながら中をまんべんなくね回してきた。
 それだけでも気が遠くなりそうになっているのに、黒田が胸の谷間をぺろりとめ上げてくる。
 彼は大きく口を開けると、夏乃子の右胸にかぶりついた。舌で乳暈にゅううんめ回されたあと、強く吸い付かれて全身の肌が粟立あわだった。
 そうしている間も、腰の揺れはどんどん激しくなっていく。
 しがみつく指先を黒田の背中に食い込ませるが、だんだんと力が入らなくなっていった。
 離したくない――
 そう思うものの、ふいに脳天を突き抜けるような愉悦ゆえつを感じて、指が彼の背中から滑り落ちた。
 すると、黒田のてのひらがすぐに夏乃子の手を握って、上から押し付けるようにして指を組み合わせてくる。
 まるでシーツの上に、はりつけになったみたいだ。
 手を固定されながら、何度となく腰を打ち付けられて、一瞬気が遠くなった。中はもう黒田のものでギリギリまで押し広げられ、彼が動くたびに内奥ないおうが快楽に打ち震えている。

「気持ちいいんだろう? 顔を見ればわかるよ」

 唇へのキスで意識を呼び戻され、無意識に腰を浮かせて爪先を立てた。それにこたえるように切っ先を奥までねじ込まれて、子宮の入り口をトントンと刺激される。

「ん……んっ……、んっ……!」

 彼は夏乃子の目を見つめながら、緩急をつけて腰を振り続ける。唇を塞がれているから、声を出す事ができない。
 そんなもどかしさに劣情を掻き立てられ、夏乃子は黒田の腰に両脚を巻き付かせた。それでもなおやまない腰の抽送ちゅうそう翻弄ほんろうされ、全身を熱く火照ほてらせながら彼の舌に吸い付く。
 これほど丁寧なセックスは、はじめてだ――
 夏乃子は、めくるめく快楽にどっぷりとひたり、黒田を見る目をしっとりとうるませる。

「可愛いな……。もっと俺のいいなりになるんだ」

 命じられるなり首を縦に振り、絡めた指に力を込めた。しかし、彼は重ねた手を離し、挿入したままの状態で夏乃子の身体をぐるりと反転させる。

「ひあぁ……っ!」

 経験した事のない強い刺激に、全身が熱く戦慄わななく。前のめりになった拍子に、蜜窟から黒田のものが抜けてしまい、途端に奥が切なくなる。しかし、すぐにうつ伏せになった腰をうしろから引き上げられ、上体を伏したまま腰を高く突き上げるような格好にされた。
 こんな姿勢をとらされた事などない。しかも背後には黒田がいる。これだと、恥ずかしいところをぜんぶ彼に見られてしまう――いや、もう見られているに違いない。
 瞬時に全身が羞恥しゅうちにまみれ、身体全体がヒリヒリするほど熱くなる。
 けれど、今の自分は黒田の言いなりだし、快楽にひたりきっている身体はこの状態を嬉々ききとして受け入れてしまっていた。
 唇を噛んで羞恥しゅうちに耐えていると、黒田のてのひら双臀そうでんをゆるりと撫で回された。
 きっと、うしろかられられる。
 そう思っていたのに、蜜窟に入ってきたのは屹立きつりつではなく彼の舌だった。

「あっ……ダ……ダメッ……」

 久々のセックスに夢心地になっていた脳が覚醒し、どうにか前に逃げようともがく。けれど、太ももを抱きかかえられており、身動きが取れない。

「ダメなもんか。君は、とことん俺の言いなりになりたいんだろう? だったら、どんな事でも受け入れないとな」

 さらに腰を高く上げさせられて、花芽を舌先でねぶるように愛撫あいぶされる。そこはもうパンパンにれ上がり、触れられただけで声を出さずにはいられない。

「やぁあんっ……。あ、あっ……」

 たまらなく恥ずかしいのに、もうやめてほしいとは思わなかった。
 それどころか、もっと黒田に好き放題にされたいと願ってしまっている。
 夏乃子は上体を伏したまま身もだえて、こらえきれずに腰を揺らめかせた。彼の長い指が、つぷりと蜜窟の中に入ってくる。
 小さく円を描くように中をねられ、恥骨の裏側にグッと指を押し込まれた。途端に頭の中が真っ白になり、膝がガクガクと震え出す。
 今度こそ逃げ出そうとシーツを指で掴んだ時、屹立きつりつが蜜窟の中に入ってきた。よほど待ち望んでいたのか、身体がよろこびに震えて背中がグッとり返る。
 うしろから身体を抱きすくめられ、左肩に軽く噛みつかれた。
 黒田の熱い吐息が、夏乃子の肌を火傷やけどさせる。
 もっと、してほしい――
 夏乃子はシーツに頬を押し付けたままあえぎ、震える唇で彼に懇願した。

「もっと、噛んで……。あとがつくくらい……強く――」
「いいよ」

 黒田の歯が肩に食い込み、そこがジィンと熱くなる。
 きっと、吸血鬼に魅入られた女は、こんな気持ちになるに違いない。噛みつかれ、ほふられる事に底知れぬよろこびを感じ、身を投げ出して快楽にひたり墜ちていく。
 熱すぎる交わりのせいで、身も心も溶けてしまいそうだ。
 再び身体が反転し、向かい合わせになると同時に奥深く穿うがたれる。いつの間にか暴かれていた快楽のみなもとを何度となく突かれ、身体が宙に浮いたようになった。
 とっさに黒田の身体に腕を回し、腰に脚を絡みつかせて全身で彼にすがりつく。屹立きつりつの先が子宮の入り口を押し上げ、さらに奥に進みたがるように、そこを繰り返し突き上げてくる。

「あ、あ……っ……!」

 ズンズンと重く打ちつけるような腰の抽送ちゅうそうとともに、キスが何度となく唇に降りそそぐ。
 この上なくみだらで、泣きそうなくらい気持ちがいい。
 夏乃子は黒田の腰を両脚できつく締め付け、中を暴かれる悦楽に恍惚こうこつとなった。彼のものが夏乃子の中で、一層硬く強張こわばり、最奥さいおうを責めさいなんでくる。愉悦ゆえつが頂点に達し、頭の中でいくつもの光のつぶてが弾け飛んだ。
 子宮から一番近いところで、屹立きつりつが吐精するのを感じる。
 こんなに乱れたのは、生まれてはじめてだ。
 身も心もトロトロに溶け、黒田の腕の中でぐったりとして力尽きる。
 心臓が早鐘はやがねを打っているし、全力疾走したあとのように呼吸が荒い。
 息が苦しいし、全身が甘い気怠けだるさに包まれて指先さえ動かす事ができずにいる。
 上に覆いかぶさったままでいる黒田が、夏乃子の顔中に、いくつものキスを落とし始めた。
 彼の唇は、どうしてこうも優しいのだろう?
 セックスが、こんなにも心揺さぶられるものだとは、知らなかった。
 黒田からキスの雨を降らされながら、夏乃子はいつしか子供のように声を出して号泣していたのだった。


     ◇ ◇ ◇


「スターフロント弁護士事務所」には十人の弁護士が所属しており、ありとあらゆる法的な相談を受け付けている。
 裁判所に合わせて土日祝日は休みだが、クライアントの都合に合わせて休日を返上して業務に当たる事もしばしばだ。
 取り扱う分野は、個人であれば「相続」「離婚」「交通事故」「刑事事件」など。法人に関しては現在、顧問契約を結んでいる企業の依頼のみを扱っており、黒田を含む法務に精通した弁護士が対応に当たっている。
 中でも「築島つきしま商事」は国内有数の総合商社のひとつであり、これまでに様々な商事訴訟や紛争案件を受任してきた。従業員数は五千人弱。担当弁護士は黒田であり、今も架空請求に関する社員の関与および被害金額の調査を請け負っている。
 依頼されたのは、今から一カ月前。

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