魅惑の社長に誘淫されて陥落させられました

有允ひろみ

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1巻

1-3

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「きゃあっ!」

 奈緒の驚きをよそに、清道がお姫様だっこをしてきた。
 およそ五十キロの重さがある奈緒を軽々と抱き上げた彼は、目を閉じたままそろそろと部屋の奥に向かって歩き出した。

「その代わり、奈緒が俺を誘導してくれ。そうでなきゃ、大事なお姫様の脚をどこかにぶつけかねない」

 清道が至って真面目な顔でそう言い、奈緒はクスクスと笑いながら彼をベッドルームまで案内した。おかげでかなりリラックスできたし、目を閉じている清道の顔をじっくりと堪能できた。
 清道の顔はどの角度から見ても完璧で、思わずため息が零れるほどの美男だ。
 セクシーであるだけでなく茶目っ気もあるし、人を無条件で信頼させてしまう不思議な魅力まで兼ね備えている。
 ようやくベッドに行きつき、奈緒は清道に抱かれたままベッドの上に倒れ込んだ。
 彼は仰向けに寝そべった奈緒を挟むようにしてベッドに手を突き、サイドテーブルから小袋を取り出して軽く振った。
 黒地に赤い薔薇ばら模様の小袋の中には、言うまでもなく避妊具が入っている。
 さすがプロフェッショナルは用意がいい。
 それに、きちんと避妊をするとわからせてくれるところも女性に対する配慮が行き届いている。
 相手はプロなのだから、この際ぜんぶさらけ出してしまったほうがいい――そう考えた奈緒は、愛撫あいぶを再開しようとする清道の腕に手をかけた。

「実は私、もうずいぶんセックスしてないの。だから、上手うまくできないかも。つまりその……私じゃ清道は満足できないかもしれないから、先に謝っておく――」

 話している途中で手を取られ、それを彼の下肢に導かれた。
 指先に何かが触れ、それが清道の男性器だと理解して、奈緒は真っ赤になる。
 とても大きくて、ものすごく硬い。
 それがほしくてたまらなくなり、奈緒は我知らずゴクリと唾を飲み込んだ。

「その反応、初々ういういしくて可愛いな……。もうわかっただろう? 奈緒が心配してるような事は起こらない。セックスは上手下手へたよりも、お互いを欲しいと思う気持ちのほうが大事だ。だから、きっと上手うまくいくよ」

 話しながら近づいてくる唇が、奈緒の目の上にキスをする。

「じゃあ、そろそろ本気を出させてもらうよ。今度こそ、待ったなしで」
「……わかった」

 奈緒は小さく頷くと、あごを上向けて彼のキスを唇に受けた。
 あれこれと言った挙句、何度となくストップをかけて清道の邪魔をしてしまったが、今はもう奈緒のほうが待ちきれなくなっている。
 清道の大きなてのひらが奈緒の身体の上をい、徐々に下に向かっていく。
 それを追うように彼のキスが首筋から乳房に、腰回りからへその下に移動する。
 両脚が清道を挟むようにして左右に大きく開かれ、彼の手に誘導されるまま膝を立てた。
 見られている――
 そう思うだけで心臓が早鐘を打ち、無意識に花房が震えだす。

「奈緒……たまらないよ……。奈緒のここに、キスしたい……。いいか?」

 その声に頭を持ち上げて下を見ると、清道が今にもそこに唇を押し当てようとしているところだった。
 奈緒は息を弾ませながら頷き、清道の舌が秘裂をめ上げるのを見つめる。

「いつの間にこんなに感じてくれてたんだ? もうれてほしくてたまらないみたいだね」

 清道の指が蜜窟の縁をなぞり、舌が花芽の先をチョンとつつく。

「あっ……あ、あぁっ……!」

 奈緒は突然やってきた強い快感に反応して、大きく背中をらせた。
 そこを愛撫あいぶされた経験がないわけではない。
 けれど、それをしたのは指であって、唇や舌じゃなかった。
 脚の間から聞こえてくる水音を聞きながら、奈緒は生まれてはじめて、本当の愛撫あいぶの気持ちよさに恍惚こうこつとなる。
 これが前戯でしかないなら、今まで経験してきたセックスはなんだったのだろう?
 内側から込み上げてくる愉悦ゆえつが、全身の肌を熱く粟立あわだたせる。

「いきなりは辛いだろうから、先に少し指でほぐすよ」

 視線を合わせながら花芽の先をチロチロとめられ、一瞬目の前がぱあっと明るくなった。
 歯がカチカチと鳴り、身体中にさざ波のような快楽が湧き起こる。

「ぁっ……清道っ……」

 シーツをきつく掴む奈緒の身体が、何度となくビクビクと跳ね上がった。

「はっ……は……ぁ……」

 今、確かにイッた。
 奈緒はこれまで、セックスでは一度も達した事がなかった。挿入されても中が気持ちいいと思った覚えはなく、いつも不完全燃焼のまま終わりを迎える。
 いつか見た雑誌でも女性の大半はそんなものだと書いてあったし、それが普通だと思っていた。
 それなのに、花芽をちょっとめられただけで果ててしまうなんて――
 舌と指で呆気なく達してしまった自分に、驚きを通り越して感動すら覚えた。
 前戯だけでも、これまでに経験してきた愛撫あいぶとはまるで違う。これで実際に彼に抱かれようものなら、本当に昇天してしまいそうだ。
 奈緒がオーガズムの余韻にひたっていると、清道の指が蜜窟の中にツプンと入ってきた。
 途端に中がきゅうきゅうと収縮し、ギリギリと彼の指を締め上げるのがわかる。
 今までこれほど深く感じた事はなかったし、身体がこんなふうに反応するのもはじめてだ。
 中を丁寧にね回され、奈緒は掠れた嬌声きょうせいを上げながら身をくねらせる。

「中……熱いっ……指……気持ち……い……ぁんっ! ああああっ!」

 たぶん、また軽くイッてしまった。
 奈緒はあえぎながら身体を起こし、清道に向かって片手を差し伸べる。

「ギュって、して……」

 奈緒がねだると、清道がすぐに応じて背中を抱き寄せてくれた。

「もっと、強く……。息……できなくなるくらい……ん、っ……」

 清道に強く抱きしめられ、唇にキスをされる。たったそれだけなのに、ものすごく嬉しい。
 本当の恋人でもないのに、これほど心が揺さぶられるなんて……
 彼は、お互いを欲しいと思う気持ちが大事だと言った。
 それならば、清道も少しは自分の事を欲しいと思ってくれているのだろうか?
 キスが終わり、彼と睫毛まつげが触れ合う距離で見つめ合う。清道がまた唇を重ねながら、低くささやいてくる。

れて、ってねだってくれ」

 下唇を軽く噛まれ、背筋に甘い戦慄せんりつが走った。
 そんな言葉を口にした事など一度もないし、言いたいと思った記憶もない。以前見た、ちょっとアダルトな海外ドラマの中で聞いた覚えはあるけれど、実際に自分が言う機会がめぐってくるなんて想像した事もなかった。
 けれど、今の自分が言うべきなのは、まさにその言葉だ。

「い……れて……」

 絞り出すように口にした言葉が、奈緒の身体をいっそう熱く火照ほてらせる。いざ口にしてみると、自分がいかにそうされる事を熱望しているかがよくわかった。

「そうか、奈緒はれてほしいんだね。じゃあ、今度は何をどこにれてほしいか、言ってくれるかな?」

 この上なくみだらな要求をされ、奈緒は顔中がピリピリするほど熱くなるのを感じた。
 身体のデリケートな部分の名称など、普段はもちろん、ベッドでも口にした事はない。
 なのに、さほど躊躇ちゅうちょする事なく言ってしまったのは、それだけ早く清道と交わりたいと思ったからに違いなかった。

「いい子だ――」
「ああっ! あっ、あああああ――!」

 久しく放置されたままだった蜜窟の中に、熱い屹立きつりつの先端が入った。思いのほか太いそれが隘路あいろを押し広げ、少しずつ奥へ進んでくる。清道が眉根を寄せて、低くうめいた。
 奈緒はといえば、そうとわかりながらも、自分の事で手いっぱいで身体をわなわなと震わせる事しかできない。

「奈緒……すごく気持ちいい……。もっと奥まで奈緒の中に入りたい。息を、吸って吐いてごらん。もっと楽になるから――」

 知らぬ間に息をするのを忘れていたようで、清道の言うとおりに大きく深呼吸をする。
 空気を求める金魚みたいにあえいでいるうちに、いくらか中の緊張がほぐれたようで、清道のものが緩く前後に動き始めた。
 グチュグチュという水音が聞こえてきて、そこがいかに濡れそぼっているかが丸わかりになる。

「あんっ……あ……やぁ、んっ……」

 恥ずかしさに清道の身体に手足をしがみつかせると、図らずも挿入がより深くなった。
 彼にぶら下がるようになった身体をゆらゆらと揺すぶられて、屹立きつりつの先が一気に奥に届く。

「あ――」

 未だかつて、ここまで深いところを意識する事などなかった。最奥さいおうをゴツゴツと先端で突かれて、そこに子宮の入口があるとはじめて自覚する。
 身体の内側をえぐられるような感覚を味わい、奈緒は無我夢中で清道にすがり付いた。

「清……み……ちっ……、あんっ……! あ、あ、あ……」

 屹立きつりつくびれたところが内壁をこそげ、ねるように中を掻き回してくる。
 指では届かないところまでメリメリと押し広げられて、奈緒は恍惚こうこつとなって叫び声を上げた。
 ただでさえ感じているのに、清道の指が花芽を摘まんで左右に揺らしてくる。
 またしても一瞬で果てて、また別の角度から蜜窟の中に屹立きつりつをねじ込まれた。
 気がつけば、いつの間にか奈緒は背中を抱き上げられて、清道の腰にまたがるような姿勢になっていた。
 下から激しく突き上げられて、奈緒は何度となくよがり声を上げる。こんな体位でのセックスは、はじめてだ。視線を落とすと、二人が繋がっている部分がはっきりと見えた。
 まるで春画を見るような、あからさまないやらしさが奈緒の淫欲をさらに掻き立て、屹立きつりつを呑み込んでいる奥をキュンとすぼませる。
 腰を揺らされながら乳房をてのひらに包み込まれ、もう片方を口いっぱいに頬張られた。

「ひっ……あぁっ!」

 彼の口の中で乳嘴にゅうしが硬く尖り、指でもてあそばれている花芽がれて充血する。
 もう一人で身体を起こしていられなくなり、奈緒は前のめりになって清道の胸にすがり付いた。
 そのまま彼をベッドの上に押し倒すような格好になり、かろうじて胸板の上に手を突き突っ伏しそうになるのを防いだ。
 しかしその直後、下からの強い突き上げを食らって、奈緒はうしろに倒れそうになる。すんでのところで手を掴まれ、彼に支えてもらいながら体勢を整えた。

「腰、自分で振ってみる? 奈緒が好きなように動いていいから」
「えっ……そんな、エッチな事……」
「した事ない? だったら、今すればいい。奈緒は俺と思いきりいやらしくて、破廉恥はれんちで呆れるくらい大胆なセックスがしたいんだろう?」

 そう言って、清道に視線でうながされる。
 指を絡め、膝で彼の腰をきつく挟むようにすると、奈緒は思うままに腰を前後に動かし始めた。

「あ……あ、ん、っ……ああんっ!」

 激しい愉悦ゆえつが脳天を突き抜け、理性が焼き切れるほどの快感が全身を駆けめぐる。動くたびに乳房が揺れ、蜜窟と屹立きつりつが立てる卑猥ひわいな音が耳に絡みつく。
 ギリギリまで張り詰めた彼のものが、奈緒の奥で今にもぜそうになっている。

「奈緒……すごくいい……ずっとこうしていたいくらいだ――」

 そう呟く唇が欲しくてたまらなくなり、奈緒は清道の上に身体を重ね合わせて彼にキスをした。

「んっ……ん、んっ……!」

 舌を絡め合っている間に、背中を強く抱き寄せられて激しく腰を動かされる。
 頭のてっぺんを突き抜けるかと思うほど強く奥を突かれて、身体ごとどこかに飛んでいきそうになった。
 引き続きズンズンと全身に響くほど奥を攻められ、ふっと意識が途切れそうになる。

「ぷわっ……、あ、ああああっ!」

 唇が離れ大きく息を吸った途端、強すぎる快楽が身体の中を突き抜けた。
 清道の指が奈緒の双臀そうでんを強く掴むのと同時に、屹立きつりつが蜜窟の中で硬さを増す。そして、何度となく脈打って吐精した。
 それでもなお硬さを保っている清道のものが、奈緒の中で容量を増していく。
 その感触が奈緒の心と身体に刻み込まれ、得も言われぬ多幸感が全身を席巻せっけんする。はじめて知る本当の快楽は、言葉に尽くせないほど濃密で熱い。
 奈緒は意識しないまま微笑みを浮かべ、キスを求めてくる清光の唇に自ら舌をわせるのだった。



 何かしら、とても幸せな夢を見ていたような気がする。
 ふと目が覚めて辺りを見回すと、広々とした天井てんじょうが目に入った。

(……ここ、どこだっけ?)

 そう思いながら、まだぼんやりとしている頭を少しずつ起こしていく。
 壁の時計は六時十分を示しており、閉じたカーテンの隙間からわずかに陽光が見える。

(そうだ……出張に来てたんだっけ。そっか……ここはホテルだった……)

 ここ何カ月も朝は何かに追い立てられるように目が覚め、弾かれたようにベッドから起き上がるのが常だった。
 けれど、今朝はやけに気分がいい。
 このまま二度寝してしまいそうなほどの心地よさを感じるし、なぜか心身ともに満ち足りている気がして――

(えっ……⁉)

 頭がはっきりと目覚めると同時に、昨夜の記憶が一気によみがえった。
 咄嗟とっさに横を向くと、広くてがっしりとした胸板と眠っている完璧な横顔が見えた。その途端、昨夜の記憶が一気によみがえり、愕然がくぜんとする。
 あわてて起き上がり羽織るものを探すが、周囲に身につけられるものはひとつもない。狼狽うろたえながら胸元を見ると、乳房にいくつものキスマークがついている。

(何これ!)

 酔っていたとはいえ、はじめて会った男性とベッドインしてしまうなんて……
 いくらレンタル彼氏であっても、清道に対してどんな顔をしていいのか、わからない。
 とにかく、一刻も早くここを出なければ――そう思いベッドから下りようとした時、カーテンの隙間から差す日差しで清道が起きそうになる。
 昨夜あれほど熱く抱き合った仲ではあるけれど、今、清道に起きられては困る!
 奈緒は彼を起こさないよう気をつけながら、大急ぎでベッドから抜け出した。そして、カーテンをぴっちりと閉めて、陽光がいっさい入らないようにする。
 そのまま爪先立ちで部屋の入口に向かい、ベッドルームをあとにした。ソファの周りには、昨夜脱ぎ捨てた衣類が散乱している。
 昨夜の痴態が目の前にチラつく中、奈緒はそれらをかき集めた。グズグズしていると、清道が起きてしまう。
 奈緒は焦る気持ちを抑えつつ洋服を身につけて、洗面台に急いだ。鏡を見ると、明らかに動揺した自分の顔が映っている。
 顔を洗い、髪の毛をかすとノーメイクのまま部屋に取って返す。
 急ぐあまり歩く足がもつれそうになるも、どうにか踏ん張って体勢を立て直した。

(落ち着いて、私……!)

 身体中の筋肉が疲労しているのは、昨夜それだけ激しく求め合ったからだ。そう意識した途端、唇にキスの感触がよみがえり、挿入されている時のめくるめく快楽をはっきりと思い出してしまった。
 失恋のせいで弱っていたとはいえ、まさか自分が、一夜限りの関係を持つなんて思ってもみなかった。
 しかも、生まれてはじめて脳味噌が溶けてしまいそうなほどの絶頂を味わったのだ。

(……って、今はゆっくり思い出にひたってる場合じゃないでしょ!)

 首を横に振り、エロティックな記憶を無理矢理頭の隅に追いやる。
 バッグに入れっぱなしにしていたスマートフォンをチェックしようとして、中に入っている分厚い封筒に指先が触れた。
 それには、元カレから慰謝料としてもらった百万円が入っている。
 受け取ったものの、浮気の代償として得たお金など持っているだけでもストレスだった。腹立ちまぎれに自宅の引き出しの中に放置していたのだが、出張先で豪遊して使い切ってしまおうと思い、バッグに入れたのを、うっかり忘れていた。

(どっちみち忙しくて使う暇なんかなかったな)

 今思えば、いつまでも慰謝料なんか取っておく事自体、未練がましいし、せっかく持参したものをこのまま持ち帰るのもしゃくに障る。

(あ、そうだ!)

 ふいに百万円の使い道を思いついた奈緒は、バッグから封筒を取り出して、中のお札を部屋に備え付けてあるホテルの封筒に入れ替えた。
 ペンをとり、表に「清道へ」と書くと、それをダイニングテーブルの上に置いて、急ぎ部屋をあとにする。

(これで、よし。我ながらいい使い道を思いついたな)

 足早にエレベーターホールに向かいながら、奈緒は一度だけ清道がいる部屋を振り返った。
 きっともう一生、彼に会う事はないだろう。
 奈緒は自分に決着を付けさせてくれた清道に感謝しつつ、清々しい気持ちで一人エレベーターに乗り込むのだった。



 出張から帰った二日後、奈緒は仕事終わりに美夏と待ち合わせをしていた。
 場所はいきつけの居酒屋で、ボックス席のラウンドベンチに二人並んで座っている。常に大勢の人でにぎわっているから、多少大声で話しても周りを気にする必要はない。

「ちょっと! 今の話、心底びっくりなんだけど!」

 美夏がマスカラを塗った睫毛まつげを忙しくまたたかせる。

「私だって心底びっくりだよ……。まさかはじめて会った人とベッドインするとか……しかも、相手はレンタル彼氏なんだもの」

 たった今、美夏に出張先での事をすべて話し終えたところだ。
 あの日清道が寝ている間に部屋を去った奈緒は、自分の借りたビジネスホテルから荷物を引き上げるなり、すぐに新幹線で帰京した。
 清道と過ごした時間は、自分にとって忘れられない経験となったし、彼のおかげで元カレを完全に吹っ切る事ができた。
 あれ以来、気持ちはすこぶる晴れやかで、すべてにおいて前向きになっている。
 今は仕事に対する意欲がものすごく湧いているし、いい具合に脳味噌が活性化しているようで、新しいアイデアもいくつか思いついたところだ。

「ほんと、美夏には感謝してる。自分一人じゃ、到底抜け出せなかった暗闇からようやく脱出できたって感じ。いったい何をあんなに悩んでたのかって思うし、今は過去なんて振り返ってる暇なんかないくらいやる気に満ちあふれてるの」

 嬉々としてそう話す奈緒の顔を、美夏が満足そうに見つめている。

「奈緒がそう言ってくれるなら、レンタル彼氏を派遣した甲斐があったってものよ。それにしても、これほど効果があるとは思わなかったな。ねえ、その彼って、そんなにいい男だったの?」

 美夏にたずねられ、奈緒は大きく頷きながら清道の顔を思い浮かべた。

「ものすご~くいい男だった! あんなにゴージャスで紳士的なイケメン、ほかにいないんじゃないって思うくらい。セクシーでスマートだし、優しくてユーモアもあるの。顔だけじゃなくて身体も完璧だったし、私の理想そのものって感じだったなぁ」

 奈緒は清道の容姿を事細かに話し、プロポーションの良さを絶賛した。話しながらつい笑みを浮かべていると、美夏に脇腹を肘でつつかれる。

「ちょっと奈緒ったら、まさか本気になったりしてないでしょうね? 私が言った事、ちゃんと覚えてる? あんたは私と違って一途なタイプだから、ちょっと心配になっちゃう」

 美夏は独身であると同時に自由恋愛主義者で、同じ考えのパートナーが複数いる。
 彼女にとってレンタル彼氏は、ライトな感覚で楽しめる恋愛未満の楽しみのひとつなのだ。

「もちろん、ちゃんと覚えてるわよ。向こうはプロとしてお客様と恋愛ごっこをしてるだけだから、間違っても本気になっちゃダメ――でしょ? 大丈夫、別に本気になったわけじゃないの。ただ、忘れられなくなっちゃっただけで」
「忘れられなくなったのと、本気になったのと何が違うのよ。それって一緒じゃないの?」
「違うってば。あれは、言ってみれば非現実の中の出来事で、日常生活とは別物でしょ。ただ、本当に忘れられないほど素敵な夜だったし、そのおかげで心機一転できた。彼の事は心に残ってるけど、だからってレンタル彼氏相手に本気になったりしないわよ」
「でも、百万円をチップとしてポンと置いてきちゃったんでしょ?」
「それは、元カレの事を吹っ切れたお礼のつもり。もともと何も残らないようにパーッと使うつもりだったし、あれはあれでいい使い方だったと思う」

 清道のおかげで本来の自分を取り戻せたし、新しいスタート地点に立てた。奈緒にしてみれば、彼と過ごした時間は百万円でも安いくらいであり、きっと生涯忘れる事はないだろう。

「なるほどね。でも『GJ倶楽部』って、ある程度のスキンシップはOKだけど、挿入行為はしないはずなんだけどなぁ……。知らない間に、規約が変わったのかな?」

 美夏が首を傾げながらスマートフォンを操作し「GJ倶楽部」のサイトにアクセスする。
 彼女いわく、VIP会員向けのレンタル彼氏については専用ページにしか掲載されておらず、パスワードを入力しなければ閲覧できないらしい。

「写真、見る?」
「ううん、見ない。夢は夢のままにしておく」

 奈緒が首を横に振ると、美夏が頷きながら再度スマートフォンを操作し始める。

「うーん……規約は変わってないし、サイトの注意書きにも『挿入行為はいたしません』って明記されてる」
「そうなの……?」
「まあ、前も言ったとおり、ここに書いてある『個人の裁量』っていうのは限りなく不透明だけどね。けど、私がこれまでにレンタルした彼氏達によれば、後々問題にならないように、挿入行為だけはぜったいにするなって上から厳しく言われてるらしいよ」

 美夏は無二の親友であり、互いに嘘なんかつかないとわかっている。彼女がそう言う以上、あれはレンタル彼氏的にしてはいけない行為だったのだろう。

「もしかして、私があまりにも哀れだから、なぐさめるつもりで特別にしてくれたのかな」

 元カレについてさんざん愚痴ったから、きっとそうだ。根っからのジェントルマンである清道は、おそらく傷心の奈緒を心底気の毒に思い、身体を張っていやしてくれたに違いない。
 清道の優しさには心から感謝しているし、間違っても自分との事が原因で彼に迷惑をかけるわけにはいかなかった。当然、二人の間にあった事を「GJ倶楽部」に言う気はないし、一生の思い出として胸の奥に大切にしまい込んでおくつもりだ。

「もしくは、向こうが奈緒に本気になっちゃったとか?」
「は? そんなわけないでしょ」

 あれほどゴージャスなイケメンだ。お客相手に本気になるはずがない。
 そもそも、清道ほどスマートで魅惑的な男性が、どうしてレンタル彼氏をしているのか首をひねりたくなるくらいだ。

「それはそうと、さっき黒髪で身長が百八十五センチくらいあるって言ってたよね。それって、私が頼んだレンタル彼氏とかなりイメージが違うんだけど……」

 美夏がスマートフォンの画面を眺めたあと、チラリと奈緒を見た。

「本当に見なくていいの? 画像をスクショしたり送ったりできなくなってるから、あとで見たいって言われてもすぐには見せられないよ?」

 目の前でスマートフォンをゆらゆらと揺すられ、見ないと決めた心まで揺らぎだす。

「うう……やっぱり見る! でも、チラッとだけ」
「ふふん、やっぱり気になってるんじゃないの」
「違うってば……。そうじゃなくて、美夏がイメージとかなり違うとか言うから――」
「はいはい、そういう事にしときましょ。ほら、どうぞ。好きなだけじっくり見ていいよ」

 美夏からスマートフォンを手渡され、奈緒は画面を下に向けたまま一呼吸置いた。
 そして、ニヤニヤと笑う親友が見守る中、画面に表示された彼の顔を見た――
 けれど、目に入ってきたのは清道ではない別人の顔だ。

「あれっ? これ、違う人だ。ごめん、画面を動かしちゃったかも」

 そう言って美夏に画像を見せると、彼女はそれを見るなりキョトンとした顔で首を傾げた。

「え? 違わないよ。私が奈緒のためにレンタルしたのって、この『達也たつや』って人だもの」
「へ? 達也って……。私が会ったのは『清道』って名前だし、ぜったいにこの人じゃないわよ」

 スマートフォンの画面に映っているのは、イケメンではあるが清道とは似ても似つかない違う男だ。二人して、ほかのVIP会員用のレンタル彼氏を閲覧するも、彼を見つける事はできなかった。

「ちょっと待って。それって、どういう事?」


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