僕らと異世界

山田めろう

文字の大きさ
上 下
2 / 41
第一章 招かれた者達

召喚

しおりを挟む
 それは、あまりにも唐突な出来事だった。
 体感でなら一瞬と錯覚してもおかしくないほどに。
 意識が遠のくようなこともなく、何か大きな衝撃を受けたような覚えもない。
 言ってしまえば、身に降りかかったその現象を知覚した記憶さえないほど、ふとした瞬間に僕――いや、僕らはそこにいた。
 「そこ」が何処なのかは、正直なところさっぱり分からない。
 幸い意識を失っていたというわけでもないらしく、気づけば着の身着のままその場に直立していた僕は、緩慢な動きで周囲を見渡した。
 そこには見慣れた顔ぶれのクラスメイト達がいて、僕と同じように困惑の色を見せている。
 壁にかけられた松明だけが光源なのか、室内は薄暗く、どこか湿っぽさも感じる。そのせいか、空気は重苦しく肩にのしかかるようであり、その一室の雰囲気は異様であった。

「こ、ここ・・・・・・どこだよ?」

 クラスメイトの一人が、不安げな口調で呟いた。
 そう大きな声ではなかったと思うが、妙な静けさで包まれるその場においては、誰しもの耳に入るほど響いて聞こえる。

「尤もな疑問である」

 思いがけない返答だった。
 僕を含め、状況を飲み込めていない者達は、一斉に声のした方へと視線を向ける。
 やはり気が動転していたのだろう。
 視線の先には、暗がりからこちらへ歩み寄ってくる一人の男性がいた。そして、それとは別に僕らを中心として――あるいは、一室の外周に沿って――ずらり、と兜と鎧を着込んだ者達が立ち並んでいた。
 ついさっきまで気づかなかったが、まるで僕らを待ち構えていたような気さえしてくる。

「ようこそ、異人の諸君。私はクロム王という。このネグロフ王国を治める立場にある者だ」

 そう、低い声で名乗った男性――クロム王の服装は、まるで物語の中から出てきたように荘厳だった。
 視界の悪い一室でも、王冠と意匠の凝らされた厚手のマントは、僕らに対し十分すぎるほどの威厳を放っている。
 当然、クロム王の名乗りに対し返答はない。
 いや、正確には返答できなかった、だろう。
 顔を見合わせる者、不安が口をついて出る者、ただ黙っている者。
 いずれにせよ、僕らにはまだクロム王と会話が成立するほどの冷静さはなかった。

「・・・・・・初めに、諸君らへ謝罪をせねばならぬ」

 意外だったのは、未だ困惑する僕らを咎めることはなく、王という立場にある男性が、深刻な面持ちでそう切り出したことだった。

「諸君らは今、別の世界にいる。自らが置かれた状況を飲み込めぬとしても、それは無理からぬこと。本来ならば、まず降りかかることのない不運であろうからな」

 ――べ、別の・・・・・・世界?
 いきなりの説明に、僕はすぐさま混乱した。
 別に奇声をあげて走り出したりなんてしないが、思考が半ば停止したまま、気づけば自分の頬をつねるほどには我を失っていたのだろう。
 当然・・・・・・と言っていいのか悩ましいが、つねったところからはしっかりと痛みが返ってくる。
 その間も、クロム王の話は止まることなく続けられた。

「そして、この状況――諸君らを召喚したのは、紛れもなく我々である。つまり、我々がこの状況を引き起こした発端なのだ・・・・・・すまない」
「しょうかん?」

 聞き慣れない言葉に声をあげたのは、女子の一人だった。

「うむ。おそらくは、聞き慣れぬ言葉であろうと思う。我々にとっても、あまりにも古い神秘である。・・・・・・そうだな、諸君らに分かりやすく言うには・・・・・・『異世界へ飛ばされた』という表現は如何か?」

 そこでようやく、クラスの大半が言葉の意味を理解し始めただろうか。
 ざわめきが沸くと、今までは空想の中でしか起こり得なかった出来事に、クラスメイト達は混乱を強めていく。
 やれアニメの世界だ、やれゲームの世界だ、やれ小説の世界だ、と。
 僕自身、その発想には自然なものを感じた。
 これだけ娯楽の文化が浸透しているのだから、作り話とこの状況がリンクするのはそう突飛な考えではないはずだ。
 けども、そうでありながら冷静でいられないのは、それがどうやら自分の身に起こっているからだろう。

「静まれよ!」

 クロム王ではない誰かの声が、パニック寸前だった僕らを抑止した。

「落ち着け、と無理を強いていることは分かっている。だが、どうか私の話を聞いて欲しい。・・・・・・今、諸君らが我々によって呼び出されたこの世界では、人類は滅びの危機に瀕している」
「・・・・・・おいおい、冗談だろ」

 クラスメイトの声に、クロム王は深く頷きながら話を続けた。

「似たような反応があったと、話は聞いている。どうやら、諸君らが元いた世界では、この類いの状況というのはおとぎ話によく用いられるそうだな。・・・・・・我々も、これが想像であるならばこのような罪を犯さずともすんだのだが」

 ――まことに残念であるが、これは現実である。
 クロム王は視線を落として、振り絞るような声でそう言った。

「人間と魔族の争い。既に四百年以上続いてきたこの戦が、全ての原因である。長い年月をかけ、人類はゆっくりと劣勢へ追い込まれてきた。今ではこの世界における希望は失われ、ゆえに我らは禁術へと縋るほかなかった。そう、異界の者である諸君らであれば、この絶望を覆せるとして」

 それは、まるで本当に・・・・・・作り話そのままだった。
 人間と魔族が戦っていて。
 人間は今にも負けてしまいそうで。
 だから、僕らがこの世界に呼び出された。
 失われた希望の代わりとして。

「はは・・・・・・なにそれ、僕・・・・・・夢でも見てるのかな」

 僕の口からようやく出てきた最初の言葉は、そんな現実逃避だった。
 幸か不幸か、僕の呟きは届かなかったらしく、クロム王はため息を一つこぼし、けれどもしっかりとした語調で進めていく。

「私は王として、諸君らへ説明する義務がある。そして同じく王として、諸君らを庇護する責務もある。いきなり全てを話したところで、理解も同意も得られぬことは重々承知している。・・・・・・よって、これから諸君らを迎え入れることに時間を割こうと思う。先ほどの通り、私と私が治めるネグロフは決して諸君らを見捨てはしない。この世界のこと、そして諸君らがどう生きてゆくべきか。それを伝え、理解と同意を得ることが、私の最初の試練であると心得ている。・・・・・・異人の諸君、どうか私を信じて欲しい」

 瞬間、周囲にどよめきが走った。
 それは、さっきまで微動だにしなかった兜と鎧姿の人々が、慌てふためくように身の振り方に困っている様子だ。

「へ、陛下! そ、そのような・・・・・・」
「止めるでない。ここで一握りの信用さえ掴めぬならば、我が王としての資質もたかが知れよう」

 周囲の制止を振り払う時には、クロム王は既に王冠をその頭上から取り、頭を下げているところだった。
 それがいかに重大な出来事であるかは、僕らを取り巻く人々の動揺を見れば一目瞭然であった。
 クロム王は跪いてこそいないものの、そもそも王位にある者が容易に頭を下げるということ自体、この世界では大変なことなのだろう。
 とはいえ、そんな状況など慣れているわけもない僕らは、しばし呆然としたまま立ち尽くしていた。
 すると、今度はどよめきが収まり、何やら決心をしたように周囲の人々が膝をつき、頭を垂れ始める。

「な、なんだ・・・・・・これ」
「おい、誰かなんか言った方がいいんじゃね?」

 やがてはそんな声が聞こえはじめ、クラスとしてもどう返すべきか、という流れが出てくる。
 その間も、クロム王を含め周囲の人々はじっと体勢を維持しているのが、なんとも居心地が悪い。
 となれば、別の形で困惑に見舞われた僕らは、自然といつもの流れで一人の生徒へ裁量を任せることになる。
 サジを投げる、と言い換えてもいいけれど。

「・・・・・・え? ぼ、僕かい?」

 当人もある程度予想はしていたかもしれないが、状況が状況なだけに、そう声をあげるしかなかったのかもしれない。
 容姿端麗、成績優秀、文武両道と完璧が人の形をして生まれてきたであろうその生徒は、僕らのクラスはおろか校内外で知られた存在だ。

「頼むって、委員長!」

 参ったなぁ、と頭をかくその人こそ、学級委員長を務める川崎聖司だ。
 確かに、困った時の助け船としては、これ以上の人間はこの場にいないだろう。
 嫌な静寂の中、しばし考え込むと、輪の中にいた彼はゆっくりとした歩調で前に出た。

「王様、どうか頭をあげてください」

 そこでようやく、クロム王は直立の姿勢に戻る。
 これだけでも不思議と肩の荷が少し軽くなった気がするのだから、本物の王様というのは否応なく凄みを感じさせるのだろうか。

「まずは、僕らが置かれた状況についての説明を頂きまして、ありがとうございます。とはいえ、おそらくは僕も含め、クラスの大半以上は未だ理解が追いつかない状態と思います。・・・・・・僕らとしても、時間をかけて説明頂けるなら嬉しいですし、先ほど庇護と仰っていましたが・・・・・・」
「二言はない。言葉の通り、諸君らの衣食住は私の権限を以て約束する。自由に多少の制限はつくが、何よりも身の安全は必ずや保証しよう」
「はぁ・・・・・・よかった。なら、安心しました。僕としては、貴方を信じる考えでいます。王様が仰った通り、僕らは身の振り方さえ分からない状況です。疑うというよりは、その・・・・・・先行きの見えない不安が、皆から積極性を奪っているのでは、と思います」

 だから、こちらからも是非お願いします、と川崎君は締めくくった。
 正直、よくこんな淀みなくかしこまった言葉が出てくるもんだなぁ、と感心してしまう。
 僕なんて皆の前で発表するだけでも、しどろもどろになるっていうのに。

「私としても、こちらの意図が伝わっていたようで安心した。我らの都合でこのような目に遭っているにも関わらず、我らを信じよという言い分・・・・・・恥じ入るばかりである。君の英断を裏切らぬよう、尽力することを誓おう」

 すると、クロム王は川崎君へ片手を差し出した。
 一瞬の間が空くが、彼はその意味をすぐに理解したのだろう。
 次の瞬間には、しっかりと握手を交わす王様と川崎君の姿があった。

「では、いつまでもこのようなもてなしもない場所に、諸君らを閉じ込めているわけにもいくまい」

 その言葉が合図だったのか、頭を垂れていた周囲が一斉に立ち上がり、一転して慌ただしくなる。
 その只中、再び王冠をかぶり直したクロム王は、真っ直ぐに僕らを見据えながら力強く、こう言った。

「改めて――歓迎しよう、異人の諸君」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

元聖女だった少女は我が道を往く

春の小径
ファンタジー
突然入ってきた王子や取り巻きたちに聖室を荒らされた。 彼らは先代聖女様の棺を蹴り倒し、聖石まで蹴り倒した。 「聖女は必要がない」と言われた新たな聖女になるはずだったわたし。 その言葉は取り返しのつかない事態を招く。 でも、もうわたしには関係ない。 だって神に見捨てられたこの世界に聖女は二度と現れない。 わたしが聖女となることもない。 ─── それは誓約だったから ☆これは聖女物ではありません ☆他社でも公開はじめました

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

処理中です...