雨と制服とジャージ

室生沙良

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雪と制服とジャージ

2.雪の朝

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「ひっっ、氷上先生っ」
「こんな朝早く、誰かと思えば濱崎か」

先生は黒い傘を畳み、あくびを一つしながら、スリッパに履き替えようと下駄箱に手を伸ばした。
当然ながら、ぎゅうぎゅうに押し込んだ紙袋に眉を寄せる。

「ん。何だこれ」
「あああ、あのその」
「何だよ」

目の前で、先生が包みを出す。恥ずかしいし、突き返されたらどうしよう……。

「チョ……チョコです。バレンタインなので、先生にはお世話になってるし……」
「世話はしてねえけど。何。これ、くれんの」
「はい……それ、あげます……」

先生の質問をそのままいちいち答えると、ぶふっと笑われた。

そして、先生は少しだけ背中を丸めて、「ありがとな」と優しく微笑む。

きゅうと胸が鳴った。


「手紙も入ってるのか」
「あっ、それはおひとりの時に読んでいただけたら! って、ぎゃーっ、私の前で開けないで下さいっ」

私の訴えなど全然聞いてくれていない先生。
すぐに手紙を開封して目を通している。
目元に睫毛の影ができて、色気にどきりとした。

夜中に書いたことだから、今見られるととても恥ずかしいし、もうっ……!

「じゃあ、……あのっ、失礼します」
「おい。待て。今返事やるよ」
「えっ?!」

先生は、手紙とチョコを持ち、教官室のドアを開けた。
黒い傘は年季の入った傘立てに放り込まれる。

ついていっていいのか迷いながら、先生の後を追い、水色の傘を同じ傘立てに突っ込む。


昨日の晩、私が書いた手紙の内容は。
大好きだという思いと、「雨の日の言葉、忘れてませんか」という質問。

私の思いは変わっていない。
むしろ、どんどん膨らんで抑えられないのに、あの日の出来事が、氷上先生の一時の気の迷いだったらと思うと立ち直れない。


先生は席に置いてあるメモを引きちぎり、ペンを持ってすらすら何かを書き出す。
そして、ほら、と二つ折りにした紙を私の胸元に突き付けた。

「こわいです、読むの」

結果が出るのが怖くて受け取れない。後退りすると先生が一歩近づいてきた。

「何言ってんだよ」
「だって……」
「じゃあ、俺が読んでやろうか」
「いやあーっ」
「おい、変な声出すなよ。俺がお前を襲ってるみたいだろ?」
と、先生がメモを広げて目の前に差し出した。

「待ってる」と書かれたメモを。




言葉をなくして立ち竦んでいる私を見て、先生はそのメモをまた、すぐに折りたたみ、ぐしゃりと握りつぶす。

「全然、忘れてねえよ。」

くしゃくしゃにしたメモを見ながら、先生が呟いた。
あれは、その場しのぎの約束じゃなかったんだ。

「……卒業したら、すぐ行きます……っ」
「あーもう、泣くな。俺が泣かせてるみたいだろ」

先生の影が近づいて。
一歩下がると先生の机があって逃げられない。
もっとも、逃げる気はないけれど……。

唇が近づく。

先生の吐息も伝わって、私の震える唇が大人の唇に塞がれる。
もっとこうしていたいと願った瞬間、すぐに離れて、ぽんと頭を撫でられた。

「まあ、そういう事だから……チョコありがとな」

先生はやっぱり普通だ。
こんなキスまでしているのに、顔色が変わらないなんて。

私は今きっとゆでダコのようになってるはず。



「……先生って、こういうの慣れてますよね……」
「つまんねえこと言ってたら、さっきの撤回するぞ」
「すみませんっ」
「……あ、雪」

先生が、小窓の向こうに見える景色を見ながら呟く。

「雪……?」
「さっきの雨が雪に変わったんだな。真っ白だ」

吹雪とまではいかないけれど、強い雨が雪になったような風景。
比較的降雪の珍しいこの地域が、一瞬で雪景色に変わっている。

「今から帰れるのかなぁ……」

ぽそりと呟いた言葉に先生は耳をそばだてた。

「帰るって……あ、三年は今自由登校か」
「はい……チョコ渡しに来ただけなので」

先生は窓から離れ、石油ストーブをつけた。その上にはやかんが乗っている。

私は小窓の前で、先生の様子と、窓の外の雪を見ていた。
やかんのお湯が沸くまでの間も、雪はしんしんと降り積もる。
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