雨と制服とジャージ

室生沙良

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雨と制服とジャージ

1.雨の日と黒い傘

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「うわあ……すごい雨」

夕方から雨だと知っていたのに、数学の居残りテストで遅くなってしまった。

しかし、大学の推薦入試も近いのに、居残りさせられてるなんて、私ってダメだなあ。

サアアと雨が降りしきり、どんよりと農灰色の雲が覆っている日没の空を見上げて、私、濱崎深月(はまさき・みつき)は昇降口でため息をついた。

駅まで走って帰る?
それとも、誰かの傘を拝借?
うーん、それもなあ……。

下校時刻は過ぎている。さっきまでクラブ活動している子たちもいたはずなのに、この雨のせいかもういない。

よし。仕方ない。このまま帰るしか!

キャメル色の鞄を頭に乗せて、勢いよく校舎を出る。
ちょうど門のあたりで、誰かとすれ違った瞬間。

「きゃああっ」

水溜りに足が取られて、スカートがびしゃりと濡れ、突風で鞄を落としてしまった。







さ……最悪。

すると、黒い傘が頭上に翳された。

「濱崎?何してるんだ?」

身長190センチ近くの大男。
体育の氷上先生は、いつもの気難しい顔で私を覗き込む。
その迫力で生徒には恐れられているが、私は入学してからずっと淡い恋心を抱いていた。

「……ひっ、氷上先生、なんでここに」
「研修があったんだよ。こんな雨の中帰る気か。傘ぐらい貸してやるのに」
「あ、す、すいません」

はっと服を見ると、白いシャツも、バケツの水を被ったかのような状態で……下着が映っていた。

ひゃああ……!
先生も、心なしか視線をそらしたように見える。

「……タオル貸してやる。ついてこい」

氷上先生は、珍しくスーツを着ていた。いつもはジャージなのに、いつもと違う。

それに……あれだけ生徒がいても、私の名前を知ってくれてるんだな。
帰宅部で目立たない私のことを。

黒い傘で、氷上先生と相合傘。
居残りになってよかった……なんて思っちゃう。







屋根のある廊下までたどり着く。その後は先生の後ろを離れて歩いて、体育教官室に立ち寄った。

誰もいない教官室は電気が消えていた。
先生がスイッチをつけると、雑然としたデスクや、資料の棚が目に飛び込む。
濡れた鞄を胸の前で抱きしめていたら、先生が白いバスタオルを手渡してきた。

「あ、ありがとうございます」
「何でこんな時間までいたんだ?」

先生も髪が濡れてて、色っぽい。

「数学の居残りで……」
「そりゃ仕方ねえな」

先生はそう笑うと、ばさりとジャケットを脱いだ。
むせ返るような大人の色香が漂って、いつもの先生じゃないみたい。

「止まねえなぁ」

先生は小さな窓から曇天を見上げる。私も、その小さな窓を一緒に覗いた。

私の濡れた髪から、先生のシャツの肩へとぽたりと雫が落ちて、先生が振り返る。

「ちゃんと拭いてるのかお前」

先生はバスタオルを取り上げ、大きく広げると頭から被せてきた。

「わっ」
「我慢しろ。拭いてやる」

わしわしと髪を拭かれた。タオルの隙間から見える先生は、真っ直ぐに私を見下ろしていて、指の当たり具合はとても心地よくて。

下着が透けてるのも、見えてるのかな……。
先生に見られてると思うと、恥ずかしいけど、体が熱くなる。

「……氷上先生」
「何だ?」

誰もいない雨の日の体育教官室で、先生と二人で……。

「シャツが濡れて寒いです……」

先生の鋭い目線が、私の胸元をかすめる。
漆黒の瞳が、白いシャツに浮き出る桜色のレースを。


「……俺のジャケット着て待ってろ」

先生は私の顔にばさりとジャケットを放り投げ、教官室から出て行ってしまった。

ジャケットから、ほのかに先生の匂いがする。
すうっと深呼吸して、ぎゅっと抱きしめた。
いい匂い……。






ドンドンドン!

大きな音がして振り向くと、怪訝そうに私をにらみながら先生がドアをノックしている。

「わ、す、すみませんっ」
「これを着ろ。着替えたら呼べ。外にいるから」

手渡されたのは先生のTシャツとジャージ……。
バタンとドアが閉まり、シルバーのドアのガラスの部分は先生の背中で隠された。

着替えなきゃ……。
濡れたシャツを脱ぎ捨て、ブラジャーも外すと、ぽろんと白くたわわな胸が弾む。
昔から胸だけは大きくて……望んでもいないのにEカップあるのがコンプレックスだ。


胸を押さえながらちらっとドアを見るが、先生の背中と雨しか見えない。

青いTシャツと黒いジャージを着たら、さっきのジャケットとは比べ物にならないほどの先生の香りがして、まるで先生に抱きしめられてるような気がした。

「着替えました……」

ドアを開けて、大きな先生を見上げると「ああ」とそっけない返事をされた。
怒ってるのかな……。

顔色を窺うように、下から盗み見をすると、先生は顎に手を当てて何か思案しているようだった。

少しして顎から手が離れ、小さく溜息をつきながら私へ向き直った。


「そんな格好で帰れないだろう。車で送ってやるけど……誰にも言うなよ」

「! はい!」


嬉しい。嬉しい。
先生の車に乗れるなんて。
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