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3章
意外にも博識な彼女と、彼女が発した言葉の謎。
しおりを挟む―――その後も、僕と如月さんの水族館デートはとてもじゃないけど、普通の立ち回りとは思えないものだった。
サメエリアを抜けた後、僕らが向かったのは……
「こっち」
「えっ、こっちって……」
如月さんが指差す先、それはまさかの深海魚ゾーンであった。この場所には水槽以外にも、深海魚の模型やらパネルやらが置かれているのだが、どれもこれもグロテスクで、お世辞にも女の子が喜びそうなものではない。むしろ、大人でも苦手な人は目を背けたくなるようなものだ。
しかし、如月さんはそんな不気味な展示物の数々を前にしても臆することなく、スタスタと歩いていく。そして、展示されている生物たちの前に到着すると、それらをじっくりと眺め始めた。僕も恐る恐るといった感じではあるが、彼女と同じように展示されている生物たちを順番に見ていくことにする。
「えっと……これは、何ガニだっけ……? タラバガニ?」
「タカアシガニ」
「なるほど……」
水槽の中にいるカニを眺めながら、如月さんが呟いた言葉を聞いて、僕は相槌を打つ。……タカアシガニって、美味しいんだろうか。カニカマしか食べたことが無いから、カニの味なんて分からないけど。
「これは……何? 宇宙から来た生き物……?」
「メンダコ」
「あっ、これがメンダコか……」
とてもタコとは思えない軟体生物を前に、思わず呟く僕。名前だけは聞いたことはあったけど、実際に目にするのは初めてだった。なんというか、ちょっと愛嬌があってこれに関しては僕も可愛いと思った。
「これは確か……テレビで見たことがある。あるんだけど……何て名前だったっけ……?」
「リュウグウノツカイ」
「あぁ、そうだ、それそれ」
巨大なタチウオみたいな、魚のゲームがあるとすればラスボスとかパッケージイラストを飾りそうな生物の模型を見ながら、僕はようやく思い出した名前を呟いていた。しかし、如月さんは僕の呟きを耳聡く拾うと、こちらに顔を向けてくる。
「知っているの?」
「え、あ、うん……一応ね」
「そう」
如月さんはそれだけ言うと、模型にまた目を戻してしまった。……いや、何だかさっきから素っ気ない会話ばっかりだなぁ。もう少しくらい、何か話してくれてもいいと思うんだけどなぁ……。
僕がそんなことを考えていると、如月さんはまた移動をし始めてしまう。僕は慌ててその後を追うようにして付いていく。
それからしばらく歩いて行くと、今度はクラゲのエリアへと辿り着いた。ここは先程の暗い深海魚ゾーンとは違って明るく、照明の光によって照らされているので安心感があった。
それに何より、たくさんの綺麗な色のライトアップされたクラゲたちがふわふわと浮かんでいる姿は、幻想的な雰囲気を漂わせていて、とても美しかった。
ここまで普通の展示→ダイオウグソクムシ→サメ→深海魚というクソローテだったので、まともな展示が来たことに僕は感動を覚えたほどだ。いや、良かった。僕にはまだ安心出来る場所があったんだ。こんな嬉しいことはないよ。
そんな光景に嬉し涙を流していると、ふと隣から視線を感じてそちらを見ると、如月さんがこちらを見てきていた。彼女は相変わらず無表情ではあったが、照明によって照らし出された彼女の顔が美しく見えて、つい見惚れてしまっていた。すると、如月さんはゆっくりと口を開く。
「綺麗ね」
「えっ?」
「すごく綺麗」
「……うん、そうだね」
如月さんのその言葉に対して、僕は素直に頷く。確かに綺麗だ。とても幻想的で、まるで夢の世界にいるような気分になれる。そして僕らはしばらくの間、クラゲの水槽を眺めていたのだが、不意に如月さんが僕に話し掛けてきた。
「ねぇ、知ってる?」
「えっ?」
突然、緑色の豆みたいな犬みたいな何かのような台詞で話し掛けられて驚く僕に対し、彼女は淡々とした口調で言葉を続ける。
「クラゲって、イソギンチャクと同じ仲間なんだって」
「え、そうなんだ」
「同じ刺胞動物の仲間。だから、両方とも毒を持ってる」
「あっ、毒持ちなんだ……」
こんな綺麗な光景を目にしている最中に、毒があるよと言われた僕は、少し複雑な気分になった。……なんか、一気に現実に戻されたような気がするし。
「ちなみにクラゲにはもう一つ、別の特徴もある」
「えっ、そうなの?」
「クラゲには脳がない」
「えっ!?」
如月さんの言葉に僕は驚きの声を上げる。だって、生きているのだから、てっきりどこかしらに脳みそに該当する部分があると思っていたからだ。けど、そんなものが存在しないとは思いもしなかった。
「……知らなかった?」
「うん……初めて知ったよ」
「クラゲは神経が刺激されることによって反射的に動いているの。だから、脳の伝達が無くても動ける」
「へぇ……」
つまり、クラゲは何も考えていないってことなのかな? いや、それは流石に失礼過ぎる考えかな? でも、何も考えずにぷかぷかと浮かんでいられるっていうのは羨ましい気もするけど……。
「……ところで、どうしてクラゲの話を?」
「何となく、したかっただけ」
如月さんの返答を聞いて、僕は苦笑を浮かべた。まぁ、なんとなく話をしたかっただけなのなら仕方ないだろう。僕だって、たまにそういう気分になる時もあるし。
「……―――しい」
「えっ?」
如月さんが何かを呟いたような気がしたので、僕は反射的に彼女へ視線を向ける。しかし、そこにはいつも通りの無表情をした彼女が立っているだけで、特に変わった様子は無かった。もしかして、今のは幻聴だったのだろうか……?
そんな風に考えているうちに、如月さんは移動を始めてしまう。なので、僕も黙って彼女の後ろについて歩いていった。
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