82 / 86
3章
ようやく辿り着いた目的地と、訪れてから発した彼女の第一声。
しおりを挟む如月さんと電車に乗って揺られること数十分後、ようやく目的の駅に到着した僕たちは電車を降りて、そこからバスに乗って移動することになった。
そしてバスに揺られること数分、次第に見えてきたある景色を目にした僕は思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
「わぁ……!」
そこには広大な海が広がっていたのだ。太陽の光を浴びてキラキラと輝く水面はまるで宝石箱のように美しく輝いており、その光景を見た僕の口からは思わず感動の声が漏れ出てしまっていた。
「……」
隣を見てみれば、如月さんもそうした広大な光景に圧倒されているのか、黙ったままだけどじっと目の前の光景を見つめていた。
彼女もきっと、口に出さないだけで僕と同じ気持ちを抱いているだろう。……そうであって欲しいと思っているだけかもしれないが。とにかく、彼女の様子を見れば分かる通り、少なくとも悪い気分ではないということは理解出来た。
そうして僕らが景色を堪能していると、車内に取り付けられたスピーカーから次の降車駅を知らせるアナウンスが流れてきた。その駅名は僕らの降りる予定の駅のものだったので、それを聞いた僕は如月さんに声を掛けた。
「え、えっと、次で降りるから、準備しておいてね」
「……うん」
如月さんが頷いたのを見て安心した僕は、停車ボタンを押す。そして目的の駅に辿り着いたバスはゆっくりと停車をし、僕らは料金を支払ってから下車をした。
バスから降りると、近くの海から漂ってきた潮風が鼻腔を通り抜けていき、それによって一気に意識が覚醒するような感覚を覚えた。やはり普段とは違う場所に来たからか、何だか気持ちが引き締まったような気がする。
そんなことを考えているうちにバスの扉が閉まり、そのまま走り去っていった。それを見送った僕と如月さんはお互いに顔を見合わせると、どちらからともなく歩き始めた。
僕らが向かうのは一面に広がる海……では無く、その近くに建てられている水族館だった。館内には動物……まぁ、ほとんど魚だけど、そういった生物が多数いて、周りには自然が広がっている。そして雰囲気的にも静かな空間であれば、如月さんも少しは楽しめるのではないかと思ったのだ。
以前にも提案をした際には断られたことがあるけれども、その理由については遠いから嫌だというもの。他のショッピングモールや遊園地を提案をした時のように、何かしらの要素が苦手ということも無いから、別に彼女も嫌ってはいないはずだ。
現に水族館へ向かう如月さんの表情は、とても嫌そうな感じはしていない。むしろ、いつもより少しだけ期待をしているような、そんな表情をしているように僕は感じていた。
これなら、大丈夫そうだ。内心でホッと胸を撫で下ろしながら、僕らはバス停から離れて目的の建物を目指して歩き出した。バス停から水族館まではそこまで離れてはいないので、少し歩けばすぐに到着する。
館内への入場ゲートの前に立つと、僕は財布を取り出してから如月さんへ声を掛けた。
「と、とりあえず、僕がチケットを買ってくるから、如月さんはここで待ってて貰ってもいいかな?」
僕がそう言うと、如月さんは首を傾げて不思議そうな表情を浮かべていた。
「……どうして?」
「えっ?」
「二人で行って、それぞれ買った方が、早いと思う」
「そ、それはそうだけど……」
如月さんの指摘を受けた僕は、言葉に詰まってしまった。確かに彼女の言う通りなのだが……ここは少しばかり男を見せたかったからこそ、入場券は彼女の分も含めて自分が出して買いたかったのだ。
財政的にはかなり無理をすることになるけれども、それでも好きな人の前で格好つけたいと思ってしまうのは仕方のないことだろう。だからこそ、ここは譲りたくは無かったんだけど―――
「……私、先に行くから」
「あっ……」
僕が悩んでいるうちに、如月さんはそう言って受付に向かって歩いていってしまった。結局、こうなってしまっては仕方がないので、僕も慌てて後を追うようにして歩き始めた。
そして受付にて僕らはそれぞれの入場券を、スタッフの人から購入する。そして購入した入場券を手渡された後に、僕らはいよいよ水族館の中へと足を踏み入れたのだった。
館内に入ると、中は薄暗い空間となっている為、如月さんとはぐれないようになるべく近付いて歩いていく。……本当の彼氏彼女なら、ここで手を繋ぐべきなのだろうけど、残念ながらそうでない僕は近くを歩くだけに留めておく。
そうやって歩いている内に、最初の展示エリアに到着した。そこは水槽の中に様々な種類の魚が泳いでいる様子を観察できる場所で、まるで海の世界を覗いているような不思議な感覚に陥る場所だ。
水槽の中央辺りには回遊魚の群れが泳ぎ回っていたり、底の方では色鮮やかな小魚たちが展示物の岩や珊瑚の周りを泳いでいるのが見える。僕と如月さんは館内にいる他のお客さんたちと同じように、その水槽の中の様子をジッと眺めていた。
するとその時、ふと横を見ると如月さんが何やらソワソワとしている様子が目に映った。その様子はまるで小さな子供が初めて水族館に訪れた時のような反応に似ており、心なしか表情もいつもより柔らかくなっているような気がした。
もしかして、楽しんでくれているのかな……? そんなことを思いつつも、僕は水槽の中に視線を向けていると、不意に横からこんな声が聞こえてきた。
「美味しそう」
「……へっ?」
あまりにも突拍子もない言葉が聞こえてきたことに驚いて、僕は思わず変な声を上げてしまった。そして声を発したのは紛れもなく如月さんだった。
「その……今、何て言ったの?」
「あのお魚、美味しそう」
如月さんはそう言うと、水槽の中を泳ぐイワシの群れを指差した。
「き、如月さん? その……冗談だよね……?」
恐る恐る僕がそう尋ねると、如月さんは首を横に振ってからこう答えた。
「私は、本気」
「……」
どうやら、先程の発言は冗談でも何でもなかったらしい。僕はその事実を知って絶句してしまった。
確かにもうしばらくすればお昼時だから、お腹が空くのかもしれないけれども、水族館に入ってからの第一声が『美味しそう』だなんて誰が予想出来ただろうか?
もっと、例えば……如月さんが『綺麗……』とか言って、それに対して僕が『如月さんも、綺麗だよ』とか言って返したり、そんな会話を交わしたりとか……うん、無理だ。僕にはそんなこと出来ません。はい。
「あ、あはは……じゃ、じゃあ、お昼は魚料理でも食べようか……?」
だからこそ、僕はそんな返しを如月さんに対してすることしか出来なかった。いや、それ以外に何を言えと言うんだ!? もし仮にさっきの発言に対して、『如月さんって、実は食いしん坊なんだね?』なんて言ったら、絶対に機嫌を悪くするに違いない。
そして僕の問い掛けに対して、彼女はゆっくりと頷いて肯定をしてくれた。今日の昼ごはんが何にするか決定した瞬間である。
0
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
俺は彼女に養われたい
のあはむら
恋愛
働かずに楽して生きる――それが主人公・桐崎霧の昔からの夢。幼い頃から貧しい家庭で育った霧は、「将来はお金持ちの女性と結婚してヒモになる」という不純極まりない目標を胸に抱いていた。だが、その夢を実現するためには、まず金持ちの女性と出会わなければならない。
そこで霧が目をつけたのは、大金持ちしか通えない超名門校「桜華院学園」。家庭の経済状況では到底通えないはずだったが、死に物狂いで勉強を重ね、特待生として入学を勝ち取った。
ところが、いざ入学してみるとそこはセレブだらけの異世界。性格のクセが強く一筋縄ではいかない相手ばかりだ。おまけに霧を敵視する女子も出現し、霧の前途は波乱だらけ!
「ヒモになるのも楽じゃない……!」
果たして桐崎はお金持ち女子と付き合い、夢のヒモライフを手に入れられるのか?
※他のサイトでも掲載しています。
四条雪乃は結ばれたい。〜深窓令嬢な学園で一番の美少女生徒会長様は、不良な彼に恋してる。〜
八木崎(やぎさき)
青春
「どうしようもないくらいに、私は貴方に惹かれているんですよ?」
「こんなにも私は貴方の事を愛しているのですから。貴方もきっと、私の事を愛してくれるのでしょう?」
「だからこそ、私は貴方と結ばれるべきなんです」
「貴方にとっても、そして私にとっても、お互いが傍にいてこそ、意味のある人生になりますもの」
「……なら、私がこうして行動するのは、当然の事なんですよね」
「だって、貴方を愛しているのですから」
四条雪乃は大企業のご令嬢であり、学園の生徒会長を務める才色兼備の美少女である。
華麗なる美貌と、卓越した才能を持ち、学園中の生徒達から尊敬され、また憧れの人物でもある。
一方、彼女と同じクラスの山田次郎は、彼女とは正反対の存在であり、不良生徒として周囲から浮いた存在である。
彼は学園の象徴とも言える四条雪乃の事を苦手としており、自分が不良だという自己認識と彼女の高嶺の花な存在感によって、彼女とは距離を置くようにしていた。
しかし、ある事件を切っ掛けに彼と彼女は関わりを深める様になっていく。
だが、彼女が見せる積極性、価値観の違いに次郎は呆れ、困り、怒り、そして苦悩する事になる。
「ねぇ、次郎さん。私は貴方の事、大好きですわ」
「そうか。四条、俺はお前の事が嫌いだよ」
一方的な感情を向けてくる雪乃に対して、次郎は拒絶をしたくても彼女は絶対に諦め様とはしない。
彼女の深過ぎる愛情に困惑しながら、彼は今日も身の振り方に苦悩するのであった。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』


幼馴染は何故か俺の顔を隠したがる
れおん
恋愛
世間一般に陰キャと呼ばれる主人公、齋藤晴翔こと高校2年生。幼馴染の西城香織とは十数年来の付き合いである。
そんな幼馴染は、昔から俺の顔をやたらと隠したがる。髪の毛は基本伸ばしたままにされ、四六時中一緒に居るせいで、友達もろくに居なかった。
一夫多妻が許されるこの世界で、徐々に晴翔の魅力に気づき始める周囲と、なんとか隠し通そうとする幼馴染の攻防が続いていく。

覚えたての催眠術で幼馴染(悔しいが美少女)の弱味を握ろうとしたら俺のことを好きだとカミングアウトされたのだが、この後どうしたらいい?
みずがめ
恋愛
覚えたての催眠術を幼馴染で試してみた。結果は大成功。催眠術にかかった幼馴染は俺の言うことをなんでも聞くようになった。
普段からわがままな幼馴染の従順な姿に、ある考えが思いつく。
「そうだ、弱味を聞き出そう」
弱点を知れば俺の前で好き勝手なことをされずに済む。催眠術の力で口を割らせようとしたのだが。
「あたしの好きな人は、マーくん……」
幼馴染がカミングアウトしたのは俺の名前だった。
よく見れば美少女となっていた幼馴染からの告白。俺は一体どうすればいいんだ?

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる