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3章
不出来な僕を見兼ねての、彼女なりの優しさ。
しおりを挟む「んー! 疲れた~!」
あれからそれなりに時間が経過し、目の前にいる弥生さんは大きく伸びをしていた。その様子をぼんやりと眺めながら、僕もペンを置いて同じように身体を解すことにする。
ずっと同じ体勢だったので身体が固まってしまったようで、少し動かすだけでもポキポキという音が鳴るほどだった。時計を見ると既に一八時を越えていて、窓の外からは夕日が差し込んできていた。
図書室に残る生徒も後は僕らを残すのみとなっていた。視線を少し逸らしてみれば、そこにはまだ集中力を切らさずに問題集に向かっている如月さんの姿があった。僕も弥生さんも既に集中力が切れている中で、如月さんだけは未だに頑張っているようだ。
そうした彼女の姿を見ながら、僕は思うことがあった。それは……如月さんが意外と面倒見がいいということだった。人付き合いが嫌いな彼女だからこそ、分からない箇所を逐一聞きでもすれば、機嫌を悪くするとでも思っていた。
けど、実際はそんなことも無く、僕や弥生さんが分からないと如月さんに頼れば、しっかりと教えてくれていた。それどころか、こちらが理解しやすいように、噛み砕いて説明してくれたりもしたのだ。
正直、意外だった。あんなにも他人を嫌っている彼女が、こんなにも親身になって教えてくれるとは思っていなかったからである。僕が困っている時には優しく丁寧に教えてくれたし、分からない箇所があれば、『どうして?』とか『何で?』とかは口にするけど、分かるまで根気よく付き合ってくれたのだ。
今日はそうした彼女の意外性を垣間見られた一日であったと言えるだろう。そんな風に僕が思って見ていると、如月さんはペンを動かす手を止め、僕の方へ視線を向けてきた。そして徐ろに口を開く。
「何か分からない所でもあるの?」
その問いに、僕はビクッと身体を震わせてしまった。どうやら僕が手を止めてボーッとしているのが気になったらしい。そんな彼女に対して、僕は慌てて首を横に振ることにした。
「い、いや、そういう訳じゃなくて……」
「じゃあ、どうしたの?」
「えっと……時間的にも、そろそろお開きにしようかと思ってたんだ」
「……そう」
如月さんは僕の言葉を受けて、手元にある腕時計へと視線を落とす。そんな彼女から僕は視線を外して、今度は弥生さんへ向けることにした。
「弥生さんも、それで良いですか?」
「ん~、そうだね~」
僕が尋ねると、弥生さんは欠伸をしながら答える。
「これ以上はなんか集中出来そうにないしー、それにさっきから先生がこっちをチラチラと見てるしね」
「えっ?」
そう言われて入口付近にある貸し出しカウンターへ僕は視線を向けると、図書室を管理している先生が僕らのことを見ていた。
おそらくは、早くここを閉めたいのだろう。そうした感情が先生の視線からは感じ取れた。なので、これ以上は長居をする訳にはいかないだろう。
「……なら、終わりでいい」
そして如月さんはそう言うと、勉強道具を鞄の中へと片付けていく。そんな彼女の様子を見て、僕も急いで帰り支度を始めることに。
そうして帰る準備を終えた僕らは、そのまま図書室を出て行く。その際に先生へ軽く会釈をするのを忘れずにだ。先生は渋い顔をしていたけれども、一応はその会釈に応えてはくれた。
それから僕らは人気の無い廊下を並んで歩いていく。向かう先は昇降口。それまでの間で弥生さんが明るい口調で如月さんへ話し掛けていた。
「いやー、それにしても助かっちゃったなー。心奏ちゃんのお陰で分からないところも理解出来たし!」
「……別に大したことはしてない」
「そんなことないって! ホントありがとね!」
「……」
「でもでも、これであーしも成績上位に食い込めるかも!?」
「それは無理ね」
「えーっ!? そこは嘘でも『そうね』って言うとこでしょー!!」
「言わない」
如月さんの即答に、弥生さんは頬を膨らませながら不満を口にする。そんなやり取りをしているうちに、いつの間にか下駄箱の前に到着していたようだ。
僕らは下駄箱の前で上履きを抜いで、靴へと履き替える。そして校舎の外へ出て校門へと向かって歩き始めた。その道中で、ふと思い出したように弥生さんが口を開いた。
「そういえば、立花くんはどんなだったー?」
「えっ? ど、どんなだった……とは?」
「心奏ちゃんに教えて貰って、理解出来たかどうかなーってことだよ」
「あぁ……そういうことですか」
僕はそこで一旦言葉を区切ると、どう答えたものかと考えることにする。しかし、いくら考えても答えは出そうになかった。だから、正直に話すことに決めた。
「えっと、ですね……実はあんまりでして……」
「えぇーっ!? うっそぉー!?」
僕が素直に白状すると、弥生さんは驚きのあまり大声を上げてしまう。
「だって、だってー! 心奏ちゃんの説明って、分かりやすかったっしょー!?」
「え、ええ……とても分かりやすくて、凄く助かったんですけど……」
「けど?」
「何というか、その……色々とあって、覚えられなかったと言いますか……」
僕は視線を逸らして苦笑を零すしかなかった。その場では覚えられたけど、如月さんへ教わる度にその前に教わった内容を忘れてしまうのだった。
その理由は如月さんが教えてくれる度に接近してきたからに他ならない。その度に僕は心を揺さぶられ、さらに頭の中が真っ白になってしまったからだ。
そして僕が覚えられなかった理由について語ると、如月さんは僕のことを不思議そうな顔をして見ていた。
「……覚えられなかった?」
「ご、ごめんなさい……」
僕は申し訳なさそうな表情を浮かべながら謝罪の言葉を述べる。
「私の教え方、悪かった?」
しかし、如月さんはそんなことを言ってくるものだから、僕は慌てて首を横に振って否定した。
「ち、違うよ! 僕が覚えが悪いだけで、如月さんの教え方はとても分かりやすかったよ!」
「本当に?」
「ほ、本当ですとも……!」
「そう」
如月さんは素っ気なく応えると、それ以上は何も言ってこなかった。そんな彼女の態度を見た僕はホッと胸を撫で下ろすことになる。
「じゃあ、また勉強会……する?」
「……えっ?」
と、ホッとしていた僕へ唐突に告げられたその言葉に、僕は思わず聞き返してしまった。しかし、如月さんは特に気にした様子もなく話を続ける。
「覚えられなかったなら、また教えてあげる」
淡々と告げる彼女の口調はいつも通り抑揚のないものだったが、そこにはどこか優しさのようなものを感じた気がした。
「そ、その……いいの?」
「うん」
「……あ、ありがとう、如月さん」
僕はお礼を言うと、彼女は静かに無表情のまま頷いて応えた。それを見て、僕は少しだけ安堵してしまう。
まさか、如月さんから誘ってくれるなんて思わなかったな。正直言って、意外だった。彼女から率先して誘ってくれるだなんて、これが初めてのことなんじゃなかろうか。そう思うと、何だか嬉しくなってくる。
そして僕らは校門を抜けると、それぞれの帰路につくことにした。その際、如月さんと一緒に帰れるかと思ったけども、残念ながら彼女は別の方向に歩いていってしまった。
もしかすると、何か寄り道をする用事でもあるのか、または一人暮らしなので夕食の買い出しにでも行ったのだろうか。まぁ、何にせよ彼女とは一緒には帰れそうにはなかった。
という訳で、僕は一人で帰ることになったのだけど……途中で如月さんとの勉強会の約束のことを思い返してか、その足取りはいつもより軽いものになっていた気がする。
そして気が付けば、僕はあまりの浮かれ具合にスキップをしながら帰っていた。傍から見れば、さぞかし不気味に映ったことだろう。だが、今の僕には周りが見えていなかった。それほどまでに気分が高揚していたのだった。
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