64 / 86
2章
誰かに何を言われようとも、僕の答えは決まっている
しおりを挟むそれから僕と如月さんは何とか僕らの帰りを待っていた弥生さん、そしていつの間にか戻っていた卯月と合流を果たすと、自由時間後に集合場所と指定されていた場所へ赴き、その場にいた釜谷先生へ事情を説明して如月さんの怪我の治療をしたのだった。
とは言っても、如月さんの怪我は擦り傷だけだったので、適切に消毒を行ってガーゼを貼っておくだけで済んだのだが。けど、僕らはそれ以降は特に移動も行動もすることも無く、他のクラスのみんなの帰りを待ちながら時間を過ごした。
そして時間はあっという間に過ぎていき、僕らは今、帰りのバスの中にいる。ほとんどの生徒が疲れているのか、行きのような盛り上がりは鳴りを潜めていて、静かに寝息を響かせていた。
そうした中で、僕はみんなのように寝入ることも無く、窓の外の景色を眺めつつ、今日一日の出来事を思い返していた。特に思い起こされるのは、もちろん如月さん関連の出来事ばかりだった。
昼の調理実習やその後の自由行動での散策、そして怪我をした彼女をおんぶしながら歩いた道中のこと。普段の学校生活では見られない彼女の一面を垣間見れたような気がして、とても楽しかった。
そんなことを思いつつ、僕は如月さんが座っている座席の方へ視線を向けた。彼女もどうやら寝てはいなくて、外の景色を黙ってジッと眺めていたようだった。そんな彼女の横では背もたれに寄り掛かってぐっすりと眠っている弥生さんの姿も見えた。
そうした如月さんの横顔を見ていると、何故だか妙に胸が高鳴ってしまう。如月さんを見ているだけで、あの時のことをどうしても思い出してしまう。彼女を背負った時に触れた肌の感触、彼女の吐息や温もり、鼓動の音までもが鮮明に蘇ってくるようで、顔が熱くなっていくのを感じた。
……ああ、駄目だ。また、ドキドキしてきた。本当にどうしようもないな、僕は。そう思いながらも、視線を逸らすことが出来ないまま、ただじっと彼女の顔を見つめていた。
すると、不意に誰かが僕の頭を軽く小突いてきた。突然のことに驚いて顔を向けると、僕の隣に座る卯月が呆れたような顔で僕のことを見ていた。
「見過ぎだ、馬鹿。そんなことしてたら、気付かれるぞ」
小声でそう言われて、僕は慌てて視線を外した。幸いにも、如月さんは気付いた様子はなく、変わらず外を眺めていたようだ。それを見て、僕はホッと胸を撫で下ろす。
「ご、ごめん……」
「……何で謝ってんだよ」
呆れたように溜息を吐く卯月に、僕は思わず苦笑いを浮かべてしまった。確かに言われてみればその通りだと思ったからだ。
「あはは……そうだね。うん、気を付けるよ」
僕はそう言うと、もう一度だけ如月さんの方を見た。相変わらず、彼女はずっと窓の外を眺めているみたいだった。それだけ確認をすると、僕は視線を戻して前を向いた。
そうして、しばらくの間、僕も卯月も無言の時間が続いた。しかし、唐突に卯月が口を開く。
「……なあ、立花」
「ん? どうしたの?」
「……ありがとよ」
「えっ?」
突然お礼を言われて、僕は戸惑いの声を上げてしまう。一体何に対するお礼なのだろうか。思い当たる節が全く無くて困惑していると、卯月が続けて口を開いた。
「さっきのことだよ。あいつ……如月の面倒をみてくれただろ?」
「え、あ、えっと……その、あれは僕が勝手にやったことだし、別に礼を言われるようなことじゃ……」
「だとしても、あいつを連れ戻してきてくれたことには変わりねえだろ」
「そ、それはそうだけどさ……」
「だったら、礼ぐらい素直に受け取れっての」
そう言って、卯月が僕の肩を軽く叩いてくる。僕はそれに対して、苦笑を浮かべながらも頷いた。
「う、うん……分かったよ。どういたしまして」
「おう、それでいいんだ」
満足気に頷いている卯月を見て、僕は内心で苦笑するしかなかった。正直、こういうやり取りはあまり得意ではないというか、慣れていないのでどうにも気恥ずかしさを感じずにはいられなかったのだ。
「……立花。あともう一つだけ、お前に言っておくことがある」
そんなことを僕が考えていると、卯月がまた口を開いた。
「うん、何かな……?」
その言葉に僕は首を傾げて聞き返す。すると、卯月は少し間を空けてから答えた。
「……お前は絶対に、あいつから目を離すんじゃねえぞ」
「えっ……?」
予想外の言葉に、僕は一瞬固まってしまう。一体どういう意味なのか、理解が追い付かなかったからだ。しかし、すぐに我に返ると、僕は聞き返した。
「その……それって、どういう……」
「言葉の通りの意味だよ。後悔したくなかったら、絶対に目を離すなって話だ」
戸惑う僕に、卯月はすぐにそう返してきた。その言葉からは強い意志のようなものを感じることが出来た。まるで、何があっても目を背けるなと言われているような感じがした。
だからだろうか、自然と背筋が伸びていくような感覚を覚えた。それと同時に、卯月の言葉に対して頷くことしか出来なかった。
そんな僕の様子を横目で見ていた卯月だったが、やがてフッと小さく笑ったかと思うと、そのまま目を閉じてしまった。まるで話は終わりだと言っているように思えた。
けど、僕はそんな彼に聞いておきたかったことがあった。今までずっと気になっていたことを、目を閉じてしまった彼に問い掛けたのだ。
「ねえ、卯月」
僕が声を掛けると、彼はゆっくりと目を開けた。そして、眠そうな目でこちらを向くと、小さく首を傾げるようにして僕の方を見遣った。
「何だ?」
短くそう聞いてくる卯月に、僕は少し躊躇しながらも質問を口にした。
「あのさ……卯月は、如月さんとはどういう関係なの?」
それを聞いた瞬間、卯月の表情が僅かに変わったような気がした。気のせいかもしれないが、何となくそんな気がした。卯月はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……ただの腐れ縁だよ。昔からの知り合いってだけだ」
卯月はぶっきらぼうにそう言うと、それっきり黙り込んでしまった。これ以上は何も言うつもりはないということだろうか。
僕はそれ以上聞くことが出来なかったので、諦めて口を噤んで窓の外を見ることにした。そこから見える景色は、少しずつオレンジ色が混ざりつつあって、夜の訪れが近いことを告げているようだった。
そうした光景を眺めつつ、僕は考える。卯月の言った言葉を何度も思い返しては反芻していた。
目を離さずに、如月さんのことをしっかり見ていろ、か……。それが何を意味しているのか、僕には分からない。ただ、彼女が抱える事情というものには、きっと深い闇があるのだろうということは、如月さんと卯月の会話を聞いていたからこそ理解出来た。
それを知り得ない限り、僕は彼女に寄り添うことは出来ないのかもしれない。そう思うと、胸の奥が締め付けられるような感覚がした。
……だが、同時に思うこともある。如月さんがどんな事情を抱えていたとしても、僕は彼女の味方であり続けるだろう。卯月からそう言われなくたって、最初からそのつもりだったのだから。
例え、この先にどんなことが起きようとも、僕は彼女を見放したりなんてしない。それだけは、はっきりと言えることだった。そう思いながら、僕はまた如月さんの方を見る。彼女は相変わらず、外の景色をぼんやりと眺めていた。そんな彼女の姿を見ていると、不思議と心が落ち着いていくのを感じた。
それからしばらく経った後、僕らを乗せたバスは学校に辿り着く。そして校門の前で軽くホームルームを済ませた後、僕らは解散することになった。
如月さんは解散となるなり、さっさといなくなってしまったので、最後に声を掛けることは出来なかった。けど、いいんだ。例えここで話せなくたって、また明日になれば話す機会はあるだろうから。
そうして僕は明日のことを思いながら、自分の家に向かって歩き始めたのだった。
11
お気に入りに追加
83
あなたにおすすめの小説
俺は彼女に養われたい
のあはむら
恋愛
働かずに楽して生きる――それが主人公・桐崎霧の昔からの夢。幼い頃から貧しい家庭で育った霧は、「将来はお金持ちの女性と結婚してヒモになる」という不純極まりない目標を胸に抱いていた。だが、その夢を実現するためには、まず金持ちの女性と出会わなければならない。
そこで霧が目をつけたのは、大金持ちしか通えない超名門校「桜華院学園」。家庭の経済状況では到底通えないはずだったが、死に物狂いで勉強を重ね、特待生として入学を勝ち取った。
ところが、いざ入学してみるとそこはセレブだらけの異世界。性格のクセが強く一筋縄ではいかない相手ばかりだ。おまけに霧を敵視する女子も出現し、霧の前途は波乱だらけ!
「ヒモになるのも楽じゃない……!」
果たして桐崎はお金持ち女子と付き合い、夢のヒモライフを手に入れられるのか?
※他のサイトでも掲載しています。
四条雪乃は結ばれたい。〜深窓令嬢な学園で一番の美少女生徒会長様は、不良な彼に恋してる。〜
八木崎(やぎさき)
青春
「どうしようもないくらいに、私は貴方に惹かれているんですよ?」
「こんなにも私は貴方の事を愛しているのですから。貴方もきっと、私の事を愛してくれるのでしょう?」
「だからこそ、私は貴方と結ばれるべきなんです」
「貴方にとっても、そして私にとっても、お互いが傍にいてこそ、意味のある人生になりますもの」
「……なら、私がこうして行動するのは、当然の事なんですよね」
「だって、貴方を愛しているのですから」
四条雪乃は大企業のご令嬢であり、学園の生徒会長を務める才色兼備の美少女である。
華麗なる美貌と、卓越した才能を持ち、学園中の生徒達から尊敬され、また憧れの人物でもある。
一方、彼女と同じクラスの山田次郎は、彼女とは正反対の存在であり、不良生徒として周囲から浮いた存在である。
彼は学園の象徴とも言える四条雪乃の事を苦手としており、自分が不良だという自己認識と彼女の高嶺の花な存在感によって、彼女とは距離を置くようにしていた。
しかし、ある事件を切っ掛けに彼と彼女は関わりを深める様になっていく。
だが、彼女が見せる積極性、価値観の違いに次郎は呆れ、困り、怒り、そして苦悩する事になる。
「ねぇ、次郎さん。私は貴方の事、大好きですわ」
「そうか。四条、俺はお前の事が嫌いだよ」
一方的な感情を向けてくる雪乃に対して、次郎は拒絶をしたくても彼女は絶対に諦め様とはしない。
彼女の深過ぎる愛情に困惑しながら、彼は今日も身の振り方に苦悩するのであった。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。
桜庭かなめ
恋愛
高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。
とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。
ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。
お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!
※続編が完結しました!(2025.3.26)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』


覚えたての催眠術で幼馴染(悔しいが美少女)の弱味を握ろうとしたら俺のことを好きだとカミングアウトされたのだが、この後どうしたらいい?
みずがめ
恋愛
覚えたての催眠術を幼馴染で試してみた。結果は大成功。催眠術にかかった幼馴染は俺の言うことをなんでも聞くようになった。
普段からわがままな幼馴染の従順な姿に、ある考えが思いつく。
「そうだ、弱味を聞き出そう」
弱点を知れば俺の前で好き勝手なことをされずに済む。催眠術の力で口を割らせようとしたのだが。
「あたしの好きな人は、マーくん……」
幼馴染がカミングアウトしたのは俺の名前だった。
よく見れば美少女となっていた幼馴染からの告白。俺は一体どうすればいいんだ?

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる