如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)

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2章

綺麗事で塗り固めないと、言えない言葉がそこにはある

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 それから僕は如月さんを背負う為に、彼女の傍に立つと、ゆっくりと背を向けた。

「それじゃあ……はい」

 そして僕はそう言ってからしゃがみこんで、如月さんへ背中に乗るように促す。

「ん……」

 すると、彼女は恐る恐るといった様子で、僕の背中に体重を預けてきた。

「うっ……!?」

 その瞬間、ふわっと良い香りが漂ってきて、僕はドキリと心臓が跳ね上がるような感覚を覚えた。それと同時に、僕と如月さんが触れ合っている部分から、彼女の温もりを感じてしまい、さらにドキドキしてしまう。

 前は手を触れただけでもあんなに動揺したというのに、今回は背中から伝わってくる柔らかい感触やら何やらのせいで頭が真っ白になってしまいそうだ。あっ、如月さんって意外と―――

「……? どうしたの?」

 しかし、そんな状況に陥っている僕を余所に、如月さんは不思議そうな声で尋ねてくる。どうやら彼女にはこの状況に対する危機感が全く無いらしい。

 とはいえ、ここで僕が挙動不審になったら余計に変な空気になってしまうだろうし、ここは何とか平静を装ってやり過ごすしかないだろう。でないと、彼女に嫌われてしまうかもしれないから。

「い、いや、何でもないよ!」

「……本当に?」

「ほ、本当だよ! さ、さあ、行こうか!」

 僕は自分に言い聞かせるようにそう言うと、立ち上がった。すると、僕の背中に如月さんの全体重が一気にのし掛かった。その際に若干ではあるけれども、重さに耐えきれなかったのか、足がふらついてしまった。

 しかし、倒れるのだけは避けたかったので、何とか踏ん張って僕は耐えてみせた。そのことに僕は思わず安堵の息を漏らした。

「……ねぇ、大丈夫?」

 背後からそんな心配をする如月さんの声が耳に届く。僕はそれに答えようと、首だけ動かして後ろを振り返った。

「大丈夫だよ、これくらい平気だから!」

「……重くない?」

「全然! 全然だから! むしろ、軽過ぎて心配になるぐらいだよ!!」

 僕は首をぶんぶんと横に振りながら、必死に弁解する。すると、如月さんは「そっか……」と呟くように言った後、それ以上は何も言ってこなかった。

 ……本当のことを言えば、それなりに重かったりする。それはもちろん、華奢な身体をしている如月さんだから軽い方ではあっても、人一人分の体重を背負うとなると、それなりの負荷がかかるのは当然のことだった。

 だけど、そんなことを口に出せる筈もなく、僕は黙って歩き始めた。絶対に彼女を落としてしまわないようにと、腕に力を込めて、一歩一歩しっかりと足を踏みしめながら進んでいく。

 そうして歩いていく中で僕はなるべく無心でいることを心掛けていた。何故かって? そんなの、背負っている如月さんを意識すればするほど、緊張して落ち着かなくなるからだ。

 本当にもう、どうにかなってしまいそうだった。首元に掛かる彼女の息遣いだとか、背中から伝わる彼女の心臓の鼓動とか、そういった諸々が否応なしに伝わってきて、どうしても意識をしてしまいそうになるのだ。

 落ち着け、落ち着くんだ、僕。こういう時、どうすればいいのか。……そうだ、素数だ。こういう場合は素数を数えて落ち着くんだ。誰かが言っていたけど、素数は1と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字……きっと僕に勇気を与えてくれるはずだ。

 ……よし、じゃあ早速数えるとしようじゃないか。1、2、3……あれ? 1って素数だったっけ? いや、違うだろ、馬鹿なのか僕は。ああ、駄目だ、余計に混乱してきた。というか、冷静に考えれば、素数を数えて落ち着こうだなんて、冷静じゃないのが丸分かりじゃないか。

 そうやって心の中で自問自答を繰り返していると、背後にいる如月さんが不意に口を開いた。

「……ねえ」

「ん? どうしたの? あっ、もしかして、乗り心地が悪かった……とか?」

「ううん、そうじゃない」

「そ、そっか……それで、何かあった?」

「どうして、私を背負ってくれる気になったの?」

 如月さんからの質問に、僕は思わず黙り込んでしまった。別にやましいことがあるわけじゃないんだけど、いざ聞かれると返答に困ってしまう。だって、そんなの、理由は一つしか無いんだから。……けど、その理由については口には出来なかった。

「それは……その、ほら、怪我をしている女の子を放ってなんておけないでしょ?」

 だからこそ、僕は苦笑しながらそう言った。ありきたりな回答だと自分でも思うけれど、他に上手い言葉が思いつかなかったのだから仕方がない。

「……でも、私は助けられるような人間じゃない」

 如月さんは小さな声で、そんなことを呟いた。それを聞いて、僕は胸が締め付けられるような痛みを感じていた。

 きっと、彼女は過去に何かがあったのだろう。それがどんなものかは分からないし、聞くつもりもない。

「さっきだって、私……蓮くんたちに酷いことをしたのに、なんで……」

 そして、今もなお彼女は苦しんでいるに違いない。自分を責め続けているのかもしれない。そんな彼女に対して、僕が言えることはただ一つだけだった。

「そんなこと無いよ」

「……え?」

 僕の言葉を聞いた瞬間、如月さんは驚いたような声を漏らした。きっと、予想もしていなかった答えだったのだろう。まあ、それも当然といえば当然だとは思うけれど。それでも、僕は思ったままに言葉を口にすることにした。

「僕は如月さんを助けたいから助けたんだ。そこに理由なんて必要ないよ」

「……そう」

 如月さんは一言だけ呟いてから、それっきり何も言わなくなってしまった。やっぱり、今の答えは不味かっただろうか。でも、正直な気持ちを伝えたつもりだったから、後悔は無かった。

 ……なんて、そんな格好いいこと言えたら良かったけど、生憎、今の言葉には後悔しかなかった。如月さんを助けたいという気持ちは本当だ。そこに嘘は無い。だけど、理由なんて必要ないというのは嘘だった。

 本当はちゃんと理由がある。僕が如月さんを好きだから。彼女が好きだからこそ、助けたんだ。それ以外に理由なんて無かった。けど、こんな本心は彼女に向けて口になんか出来ない。

 だって、僕は如月さんの彼氏役なのだから。本当の彼氏じゃないのだから。いずれ彼女が好きになる、彼女の隣に立つ相応しい人物が口にしていい言葉を、僕なんかが吐いていい訳が無い。

 そして、もし……僕が本心を如月さんに向かって打ち明けでもすれば、彼女はきっと僕から離れていくだろう。それは彼女が望むものとは違うのだから、契約不履行だとして切り捨てられるのは目に見えていた。だから、僕はこの想いを伝えることは出来ないし、するつもりもなかった。

 別に、今の関係に不満がある訳ではないのだから。どんな立場だろうと、僕が彼女の味方であることには変わりはないのだ。それだけで十分過ぎるぐらいだ。それ以上を望むのは贅沢というものだろう。

 ……だけど、僕は考えてしまう。時を戻せたら……なんて。そうしたら、僕は彼氏役なんかにならずに、自分の彼女が好きだという気持ちを伝えられるのに、と。そうすれば、もっと上手く立ち回れるはずなのに、と。そんな馬鹿なことを考えてしまっている自分が嫌になる。

 そんなことを考えながら歩いているうちに、僕らはやがて雑木林を抜けて、園内の整備された場所に出た。ここまでくれば、後はもう少しで元いた場所に戻れる。そう思って僕は少しだけ歩くペースを上げたのだった。
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