如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)

文字の大きさ
上 下
54 / 86
2章

シリアスみたいな雰囲気を出しておきながら、僕らのやっていることはギャグそのものである

しおりを挟む


「私はただ、美味しいものを作りたいだけ」

「だから、それが駄目だって言ってるんだろ!」

「なんで?」

「お前、マジで言ってんのか!?」

 卯月が信じられないといった様子で叫んだ。しかし、如月さんは何も答えない。

「ねぇ、蓮くん」

「え、あ、はい」

 突然、如月さんに名前を呼ばれて、僕は慌てて返事をした。そして彼女の方を見ると、如月さんはじっと僕のことを見つめていた。

 その瞳からは僕に向けて、何かを訴え掛けるような意思を感じたような気がした。

「蓮くんは……私の何?」

「えっ」

「蓮くんは私の彼氏、だよね」

「え、えっと……うん。そう、だね」

「なら、裏切らない、よね?」

 如月さんは真剣な表情で僕の顔を覗き込んでくる。その目は真っ直ぐに僕を捉えていた。

「そ、その……」

「裏切らないで」

 如月さんは懇願するような声でそう言った。そんな彼女を見ていると、何だか胸が締め付けられるような感覚がした。

「裏切らないで」

 再度、念を押すようにそう言われる。それだけで、僕の心は揺らいでしまう。如月さんが何を望んでいるのか、何となく分かってしまったからだ。

「おい、立花」

「え?」

「お前、騙されるなよ。こんなの絶対に罠だからな! 正攻法が通じないから、泣き落としに掛かってるだけだぞ!」

「う、うん。分かってるよ」

 卯月が忠告してくるが、そんなことは僕だって分かっている。これが僕の良心に訴え掛ける罠だというのは、目に見えている。

 彼女の助けになってあげたいのは山々だけど、ここで折れてしまっては、僕らは激辛カレーを泣く泣く食べることになってしまう。

 だからこそ、今回ばかりは彼女の要求を呑むことは出来なかった。残念だけど、その気持ちに応えることは出来ないのだ。

 そうして僕が渋っていると、如月さんは少しだけ落胆したような感じの表情をして、僕から視線を外した。そしてこんなことを告げてきたのだった。

「……信じていたのに」

 ぽつりと呟かれたその言葉は、僕の心を激しく貫いた。思わずショックで崩れ落ちそうになるくらい、衝撃的な言葉だった。

「蓮くんは、私のこと、好きじゃなかったんだ」

「え、いや、その……そういうことじゃなくて……!」

「嫌いになったんだ」

「ち、違う! そうじゃなくて、僕はただ、みんなの為を思って……」

「もういい」

 如月さんはそう言うと、僕から顔を背けてしまった。もうこれ以上話すことはないと言わんばかりに、拒絶されてしまったようだった。

「え、あ、その……ご、ごめん……」

 僕は咄嗟に謝ったが、彼女からの返事はなかった。完全に無視をされている。どうしよう、どうしたらいいんだろう……。

「お、おい、お前、その手は卑怯だろうが……」

 如月さんをまだ羽交い締めにしている卯月が何かを言っているけど、今の僕にはその意味を理解する余裕は無かった。

 頭の中が真っ白になってしまっていて、何も考えられなかったのだ。

「如月さん……」

 僕は無意識のうちに、彼女の名前を呼んでしまっていた。だが、それでも彼女が反応することはなかった。

 もうどうすればいいのか分からなくなってしまった僕は、その場で立ち尽くしてしまうしかなかった。

「立花、いいか。落ち着け。これは何としてでも激辛カレーを作りたい、こいつの卑劣な術《すべ》だからな。決して絆されるんじゃないぞ」

 こんな時、僕はどうするのが正解なんだろうか。如月さんから失った信頼を取り戻す為にはどうするべきなのか。分からない、全く分からなかった。

「おい、お前聞いているのか!? しっかりしろ!」

 卯月が何か言ってるような気がするけれど、よく聞き取れない。今はそれどころじゃないんだ。僕は今、人生最大の危機に直面しているのだから。

 僕が如月さんの彼氏役……いや、彼氏として彼女の期待に応える為に出来ることは何だろうか? 考えろ、考えるんだ……。

 僕は必死になって思考を巡らす。どうすればこの状況を打破することが出来るのだろうか? どうすれば彼女を納得させることが出来るのだろうか?

 そうして考えうる限りを尽くした結果、一つの結論に至った。そうだ、これならきっと、如月さんの信頼を取り戻せるはずだ……! 僕は意を決して、口を開いた。

「き、如月さん」

「……」

 如月さんは相変わらず不機嫌そうな表情のまま、何も答えてはくれない。けど、視線は僕の方へ向けてくれた。僕はそんな彼女の目を見つめながら、はっきりとこう言った。

「僕は、君の味方だよ」

「は?」

 僕がそう口にすると、卯月が何を言っているんだとでも言いたげな顔でこちらを見てきた。しかし、そんなものには構わず、僕は続けてこう口にした。

「僕は、如月さんの為に、何でもするよ」

「……」

 如月さんは相変わらず無言だったが、一瞬だけぴくりと眉を動かしたような気がした。しかし、その表情はすぐに元の無表情に戻ってしまう。

「ちょ、おま、正気か!?」

「うん、本気だよ」

「いやいやいや、おかしいだろ! なんでそうなるんだよ!」

「だって、これしか方法がないから……」

「だからって、いくらなんでもそれはねえよ!」

 卯月が慌てた様子で叫んでいるが、僕は無視して言葉を続けることにした。

「だから、安心していいよ。何があっても、僕は如月さんのことを見捨てたりしないから」

「……」

 如月さんは無言のまま、僕のことをじっと見つめていた。その瞳からは何を考えているのか読み取ることが出来ない。しかし、先程までのような敵意のようなものはもう感じられなくなっていた。

 どうやら少しは効果があったようだ。このまま押し切ってしまえば、もしかしたら上手くいくかもしれない。そう思った僕は更に言葉を続けていくことにする。

「どんなことがあっても、絶対に見捨てたりしないよ。約束するよ」

「……本当に?」

 ようやく口を開いてくれた如月さんが小さな声でそう尋ねてくる。その声はとても小さくて、今にも消え入りそうなくらいだった。

「うん、本当だよ」

 僕がそう答えると、彼女は少し間を置いてから再び話し始めた。

「なら、証拠を見せて」

「えっ?」

「証明してみせて。私の為に何でもするなら、ちゃんと証明してみせて」

「……うん、分かったよ」

「おい、馬鹿、止めろ」

 卯月が制止してくる声が聞こえてくるが、僕はそれに構うことなく、ゆっくりと調理中の鍋に近付いていく。既に鍋の中には具材とカレーのルーが投入されていて、後は煮込むだけという状態だった。

 僕が鍋の前に立つと、手にしているガラムマサラの瓶と唐辛子粉末の容器の蓋をそれぞれ開ける。そして、それらを鍋に向かって傾け始める。

「おい、待てって! お前、早まるんじゃねえ!」

 卯月が慌てて止めようと声を張り上げるけど、もう遅い。僕は瓶と容器を完全に傾け、その中身を鍋の中へ注ぎ込んでしまった。するとその瞬間、鼻につんざくレベルの刺激臭が途端に鍋から漂い出し、美味しそうに出来ていたカレーは真っ赤に染め上がっていく。

 僕はその臭いとカレーの色を見て、思わず顔をしかめてしまう。そしてその瞬間で僕は正気を取り戻した。あれ、何で僕、こんな事してるんだっけ……?

「げほっ、げっほ……っ!」

 あまりの異臭に咳き込んでしまい、目に涙が滲んでくるほどだった。正直、近くにいたくなかったので、僕は鍋から急いで離れた。

「な、何てものを生み出してしまったんだ、僕は……」

「当たり前だ、この馬鹿!」

 自分のやったことを冷静に振り返ってみて、とんでもないことをしてしまったことに気付き、頭を抱えていると、横から怒鳴り声が聞こえてきたのでそちらを見る。

 そこには怒りの形相をした卯月が立っていた。彼は僕の肩を掴むと、激しく揺さぶってくる。頭がガクガク揺れてちょっと気持ち悪い……。

「お前、自分が何やったのか分かってんのか!? ああん!?」

「ご、ごめん……如月さんの信頼を取り戻すには、こうするしかなくて……」

「謝って済む問題じゃねえんだよ! どうすんだよこれ! こんな激辛カレー、誰が食べるんだよ!」

「その……頑張って、食べよう」

「無理に決まってんだろ!」

「だ、だよね……」

 僕は力なく項垂れた。やっぱり駄目だったか……。まあ、当たり前と言えば当たり前なんだけど……。

 そんな項垂れている僕の元へ、卯月から解放された如月さんが近付いてきた。そして、僕にこんなことを言ってくる。

「蓮くん」

「如月さん……」

「ありがとう」

 如月さんは首を傾げながらそう言ってくれた。僕はその言葉を聞いて嬉しくなり、心が温かくなるのを感じた。良かった、喜んでもらえたみたいだ。そう思うと、自然と笑みがこぼれてきてしまった。

「どういたしまして」

 僕は笑顔で彼女に返事をする。それを見た如月さんも、無表情ではあったけれども、どこかほんの少しだけ微笑んでくれたような気がした。それだけでも僕は嬉しかった。そうして僕らは互いに見つめ合い、幸せな気分に浸っていた。

「お前ら、そんな良い感じな雰囲気出していても、何も事態は好転していないからな」

 そして卯月が冷めた目で僕らを見ながら、そんなことを言ってきた。ああ、そうだ。事態は何も変わってなんかいなかった。正直、ここからどうすればいいのか。

 というよりも、弥生さんに任せてと言った手前、どうすることも出来なかった……じゃなくて、犯罪の片棒を担ぐような真似をしてしまったので、彼女に合わせる顔が無かった。

 僕はまるでマグマのように煮え立つ激辛カレーを見ながら、後々のことを思って憂鬱になるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺は彼女に養われたい

のあはむら
恋愛
働かずに楽して生きる――それが主人公・桐崎霧の昔からの夢。幼い頃から貧しい家庭で育った霧は、「将来はお金持ちの女性と結婚してヒモになる」という不純極まりない目標を胸に抱いていた。だが、その夢を実現するためには、まず金持ちの女性と出会わなければならない。 そこで霧が目をつけたのは、大金持ちしか通えない超名門校「桜華院学園」。家庭の経済状況では到底通えないはずだったが、死に物狂いで勉強を重ね、特待生として入学を勝ち取った。 ところが、いざ入学してみるとそこはセレブだらけの異世界。性格のクセが強く一筋縄ではいかない相手ばかりだ。おまけに霧を敵視する女子も出現し、霧の前途は波乱だらけ! 「ヒモになるのも楽じゃない……!」 果たして桐崎はお金持ち女子と付き合い、夢のヒモライフを手に入れられるのか? ※他のサイトでも掲載しています。

四条雪乃は結ばれたい。〜深窓令嬢な学園で一番の美少女生徒会長様は、不良な彼に恋してる。〜

八木崎(やぎさき)
青春
「どうしようもないくらいに、私は貴方に惹かれているんですよ?」 「こんなにも私は貴方の事を愛しているのですから。貴方もきっと、私の事を愛してくれるのでしょう?」 「だからこそ、私は貴方と結ばれるべきなんです」 「貴方にとっても、そして私にとっても、お互いが傍にいてこそ、意味のある人生になりますもの」 「……なら、私がこうして行動するのは、当然の事なんですよね」 「だって、貴方を愛しているのですから」  四条雪乃は大企業のご令嬢であり、学園の生徒会長を務める才色兼備の美少女である。  華麗なる美貌と、卓越した才能を持ち、学園中の生徒達から尊敬され、また憧れの人物でもある。  一方、彼女と同じクラスの山田次郎は、彼女とは正反対の存在であり、不良生徒として周囲から浮いた存在である。  彼は学園の象徴とも言える四条雪乃の事を苦手としており、自分が不良だという自己認識と彼女の高嶺の花な存在感によって、彼女とは距離を置くようにしていた。  しかし、ある事件を切っ掛けに彼と彼女は関わりを深める様になっていく。  だが、彼女が見せる積極性、価値観の違いに次郎は呆れ、困り、怒り、そして苦悩する事になる。 「ねぇ、次郎さん。私は貴方の事、大好きですわ」 「そうか。四条、俺はお前の事が嫌いだよ」  一方的な感情を向けてくる雪乃に対して、次郎は拒絶をしたくても彼女は絶対に諦め様とはしない。  彼女の深過ぎる愛情に困惑しながら、彼は今日も身の振り方に苦悩するのであった。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

私の推し(兄)が私のパンツを盗んでました!?

ミクリ21
恋愛
お兄ちゃん! それ私のパンツだから!?

幼馴染は何故か俺の顔を隠したがる

れおん
恋愛
世間一般に陰キャと呼ばれる主人公、齋藤晴翔こと高校2年生。幼馴染の西城香織とは十数年来の付き合いである。 そんな幼馴染は、昔から俺の顔をやたらと隠したがる。髪の毛は基本伸ばしたままにされ、四六時中一緒に居るせいで、友達もろくに居なかった。 一夫多妻が許されるこの世界で、徐々に晴翔の魅力に気づき始める周囲と、なんとか隠し通そうとする幼馴染の攻防が続いていく。

覚えたての催眠術で幼馴染(悔しいが美少女)の弱味を握ろうとしたら俺のことを好きだとカミングアウトされたのだが、この後どうしたらいい?

みずがめ
恋愛
覚えたての催眠術を幼馴染で試してみた。結果は大成功。催眠術にかかった幼馴染は俺の言うことをなんでも聞くようになった。 普段からわがままな幼馴染の従順な姿に、ある考えが思いつく。 「そうだ、弱味を聞き出そう」 弱点を知れば俺の前で好き勝手なことをされずに済む。催眠術の力で口を割らせようとしたのだが。 「あたしの好きな人は、マーくん……」 幼馴染がカミングアウトしたのは俺の名前だった。 よく見れば美少女となっていた幼馴染からの告白。俺は一体どうすればいいんだ?

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

処理中です...