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1章
注文にて急かされる僕、そして意味の分からないメニュー表記
しおりを挟む「じゃあ、ここで座って待っててねー。今、メニューを持ってくるからさー」
そう言われ、僕と如月さんは案内された店の奥にあるテーブル席に腰掛ける。
ここは円卓状のテーブル席ではなく、ごくごく普通の四角い形状のテーブル席だったので、あの回転する円卓はなかった。
まあ、僕と如月さんの二人だけなんだから、回転させる必要もないんだけどね。だけど、少しだけ残念な気持ちになってしまう。
「はーい、お待たせー。じゃあ、まずお水と、それとメニュー表ねー。決まったらあーしに教えてちょーだい」
そう言うと弥生さんは手を振って厨房の中へと消えていった。
僕は弥生さんが持ってきてくれた水を一口飲み、少し落ち着いてから如月さんの方を見る。
すると、如月さんはジッと僕を見ていた。その視線はどこか鋭く、まるで何かを疑っているような感じがした。
「えっと……どうかしたの?」
「別に」
如月さんはそれだけを言うと、そっぽを向いてしまった。一体どうしたというのだろうか?
やっぱり、さっきの弥生さんとのやり取りが長くなったから、怒っているのかな?
確かに、如月さんを放っておいて、弥生さんと話し込んでしまっていたからな……。
でも、弥生さんも悪ふざけが過ぎるというか、ノリが良すぎる気がするんだよなあ。
僕みたいのが相手でも、あんな気さくに話し掛けてくるし、気を遣ってもくれるし、本当に良い人だと思う。
そんな風に僕が思っていると、如月さんは黙々とメニュー表を開いていた。
そして、しばらくそれを眺めていると、やがて顔を上げて僕にこう言ってきた。
「決めた」
「あ、もう? 早いんだね」
「うん。私、中華はこれしか食べないから」
そう言って指差したのは、麻婆豆腐定食だった。内容は白飯と麻婆豆腐、それとサラダとドリンクがセットになっているものだ。
ちなみに、値段の方は八百五十円だった。まあ、そこそこの価格帯だとは思う。しかし、それでも学生には優しい金額だ。
「蓮くんはどうするの?」
「えっと、そうだね……」
僕はメニューを如月さんから受け取って眺めてみるが、かなりの品数があるので、どれにしようか迷ってしまう。
ただ、正直なところ、あまり考えている時間は無いと言っていい。如月さんがお腹を空かせて機嫌が悪くなりつつあるからだ。
なので、なるべく早く決めて注文しなければならないのだが……ううむ……悩むなぁ……。
「……ねえ、まだ決まらないの?」
「えっ!? あ、いや……その……」
僕が悩んでいると、如月さんに急かされてしまった。まずいぞ、このままだとこれ以上に機嫌を損ねてしまうかもしれない。そうなればさっきまでの良い雰囲気が台無しになってしまう。
せっかくの如月さんとの昼食なのに、そんな想いをするのは嫌だと思った僕は急いで決めることにした。そして、僕は決断した。
「じゃあ、その……僕も同じものにしよう、かな……」
結局、悩むことや決めることを放棄して、如月さんと同じものを頼むことにする。まぁ、別に麻婆豆腐は僕も嫌いじゃないので、悪くない選択ではあった。
それと、あと……如月さんと同じものを食べるということに意味があるのだと思ったのだ。せっかくこうして一緒に食事するのだし、どうせなら好きな食べ物とかを共有したいよね。
「そう」
僕がそう言うと、如月さんは素っ気なく返事をする。そして厨房の方に視線を向けた。多分、呼んでくれということなのだろう。僕は頷いて彼女の意図を理解すると、厨房に向けて声を発した。
「す、すみませーん」
「はいはーい、今行きまーす!」
そして厨房から快活そうな声を発しつつ、伝票を片手に弥生さんが現れる。そして彼女は僕達の前にやってくると、笑顔で語り掛けてくれた。
「お待たせー! 注文は決まったん?」
「えっと、それじゃあ……この麻婆豆腐定食二つお願いします」
「麻婆豆腐定食が二つねー。おけおけ、かしこまり! 飲み物は何にするー?」
「僕はウーロン茶を……如月さんは、どうする?」
「私も、ウーロン茶で」
僕はメニュー表を見ながら、如月さんに訊ねる。すると彼女は短く答えて頷いた。どうやら彼女も僕と同じものでいいらしい。
「ウーロン茶が二つ……っと」
そして弥生さんは僕たちの注文を書き留めていく。これで後は注文をした料理を待つだけ―――と、思ったのだけれども、それから弥生さんは顔を上げると、にっこりと微笑んだ。
「麻婆豆腐の辛さはどうするん?」
「え? 辛さ?」
「そ。うちの麻婆豆腐はさ、辛さをお客さんの好みで選べるよー」
「あっ、そうなんですね」
「そそ! 辛いのが好きなら超激辛コースもあるしー、普通だったらそれなりって感じかなー? あとはー、甘口もあるよー!」
どうやらこのお店では麻婆豆腐の辛さに段階があるようだ。そしてどうやらそれは自分で選ぶことができるみたいだ。
うーん、どうしようかな? いや、そもそもの話として、僕はあんまり辛いものは得意じゃないからな……出来れば、辛くないものにしたいけど……。
そんなことを考えていると、隣にいた如月さんが小さく呟いた。
「激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム」
「え?」
急に発した彼女の言葉に、思わず僕は聞き返してしまった。え? 何なの、その呪文? 激おこ……何? 今、辛さの話だよね? 何でそんな単語が出てくるの?
僕は如月さんの言った言葉の意味を理解できず、混乱してしまう。もしかして、聞き間違いだったりする―――訳がない。あんな単語、絶対に聞き間違えたりしない。
しかし、困惑する僕をよそに彼女はもう一度その言葉を口にしてきた。
「私、激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームがいい」
「……へ?」
……うん、やっぱり意味が分からないよ……一体、何のことを言っているのだろう……? 僕がそう頭を悩ませていると、注文を取っている弥生さんがけらけらと笑いながら口を開いた。
「おっ、如月さんやるねー。めっちゃ攻めるじゃん! それ、うちの一番辛いやつだけど、大丈夫ー?」
「それでいい」
「そっかー。なら、おっけーだね!」
え? 何で会話が成立しているの? 今の話の流れでどうしてそうなるんだ? 僕にはさっぱり理解出来なかった。
「で、立花くんは辛さ、どうするん? やっぱり彼氏なんだからさー、如月さんと同じやつにする?」
「あ、いえ……その……」
僕が戸惑っている間にも話は進んでいく。どうしよう……このままじゃ、本当に激おこ……何とかかんとかとやらを頼むことになってしまうぞ……!?
弥生さんは確か、それが一番辛いといっていたから、それは避けないと僕の舌と明日のお尻に甚大なる被害を出してしまうことになる。
なので、僕は焦りながらも弥生さんに問い掛けた。どこで辛さの指標を見ることが出来るのかを。
「え、えっと……辛さの基準って、どこを見ればいいんですか……?」
「んー? ああ、それならね、メニュー表の端っこに書いてあるから、そこを見ればいいよー」
そう言われてメニュー表を見てみると、確かに端の方に辛さの表記があった。ただ、そこに書かれている表現がとんでもなくおかしなことになってはいたが。
「……えっと、これが辛さを表す表記なんですか?」
「うん、そうだよー」
「そうですか……」
僕は溜め息を吐いてしまいそうな気持ちを堪えながらメニュー表を見つめる。そこにはこう書かれていた。
『☆弥生軒の辛さ基準☆ おこ:甘口。辛いのが苦手な方におススメ♪ まじおこ:普通の辛さ。それなりに辛いのが大丈夫な方におススメです♪ 激おこぷんぷん丸:辛口。辛いのイケるって人はこれが一番! ムカ着火ファイヤー:超激辛。火を噴くくらい辛い。マジヤバ! カム着火インフェルノォォォォオオウ:超々激辛。地獄のような苦しみを味わう。これを食べたら、二度と忘れられない思い出になることでしょう♡ 激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム:最凶最悪の辛さ。言い表せないほどに辛いです。なので、この味は自分の舌で確かめてみよう!』
何というか、酷い表記だと思う。これを書いた人はきっと、おふざけで書いたに違いない。しかも、最後のは一体何なんだ。
でも、これで分かったことがある。どうやらこのお店ではやっぱり、激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームが一番辛いらしい。つまり、これを頼めば間違いなく僕は舌を火傷することになるだろう。
僕は如月さんの方をちらりと見ると、彼女が僕に視線を向けてきたので目が合う。彼女は相変わらず無表情だったが、その瞳には期待の色が浮かんでいるような気がした。どうやら如月さんは本気でこれにするつもりらしい。
だが、だからと言って僕はそれを頼む訳にはいかないのだ。何故なら僕は辛いのが得意では無いから。残念だけれども、これに付き合う勇気は持ち合わせていなかった。
「じゃあ、この……まじおこでお願いします」
「はーい! かしこまり! それじゃ、ちょいと待っててねー!」
注文を受け取った弥生さんは厨房の方へと戻っていく。そんな彼女の後ろ姿を見ながら、僕は一人どっと重い息を漏らしていた。
まさか注文をするだけでこんなに疲れるとは思わなかった。いや、それだけじゃない。僕は今日一日でどれだけの体力を使ったのだろうか。少なくとも、ちょっとは身体を鍛えた方がいいかもしれないと思うくらいには疲れてしまっていた。
そんな僕とは対照的に、向かいに座る如月さんはどこか期待を膨らませた様子でいた。まるでこれから楽しいことが待っているかのように、彼女はそわそわとしているように見える。
……とりあえず、注文をしてしまったからには、もうすることはない。後は料理が来るのを待つだけだ。だから、今は待つしかないんだけれど……正直言って会話が無いので気まずい。早く料理が来て欲しいと思いつつ、僕は待ち時間を過ごすのだった。
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