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1章
何でもいいとか、どこでもいいとか言う割に、条件の指定があったりするのは良くあることである
しおりを挟む◆数日後―――
新年度となり、初めて迎えることになる連休―――つまり、ゴールデンウィークの初日。
この日は雲一つ無い快晴で、まさに絶好の行楽日和だと言えるだろう。
外に出掛けるのも良し、川へ遊びに行くのも良し、何ならモブ子さんたちが言っていたように、近場のショッピングモールへ行くのも悪くはない。
そんな中、僕は―――
「はぁ……はぁ……はぁ……」
盛大に息切れをしながら、近くにあった木の影に座り込む僕。背中を木に預け、がっつりと身体を預けている状態だった。
全身が汗まみれになっており、着ている服が肌に張り付いて気持ち悪い。今すぐにでもシャワーを浴びたい気分だ。
しかし、この周辺にはそんな文明の利器は存在しない。僕の視界の先、見渡す限りの景色は木々や草花と行った自然の様相を呈している。
僕がどこにいるかと聞かれれば、こう答えよう。山だ。それも山頂付近とかじゃなくて、まだ登り始めた途中、序盤も序盤と言ってもいいくらいの位置にいるのである。
どうしてこんな場所にいるのかと言えば、答えは簡単。登山をしているからだ。そうとしか言いようがない。それ以外に説明のしようがないのだから仕方がないではないか。ちなみに今は休憩中だけど……。
さて、なぜこんなことになったのかと言うと……話は数日前に遡ることになる。
******
「あ、あのっ! 如月さん、僕とどこか遊びに行ってください!!」
数日前の放課後。僕はお礼がしたいと言って、何でも言ってくれていいと告げた如月さんに対して、勇気を出してそう口にした。
そしてそれを言った直後、僕は顔から火が出るんじゃないかというくらいの恥ずかしさに襲われた。
うわぁぁぁぁ!! やっぱり言うんじゃ無かったぁぁぁ!!
心の中で絶叫しながら頭を抱える僕だったが、もう言ってしまったものはどうしようもない。ならば後は野となれ山となれの精神で突き進むのみ。僕は腹を括って彼女の返答を待つことにした。
「……」
一方の如月さんは無表情のまま黙ってこちらを見つめていた。何を考えているのか全く読めないけど、少なくとも怒っているような様子はなかった。なので僕はそのまま沈黙に耐え続けることにする。
すると数秒後、彼女は静かに口を開いた。
「どこに行きたいの?」
「へっ?」
想定外の言葉に思わず変な声を上げてしまうが、彼女は気にした様子もなく言葉を続けた。
「遊びに行くんでしょ? どこに行くつもりなの?」
まさか行き先を聞かれるとは思っておらず、一瞬言葉に詰まるも、慌てて口を開く。
「え、えっと……それは、その……」
改めて考えると、何を言えばいいのか分からない。確かに遊びに行けたらいいとは思っていたけれど、具体的にどこに行きたいとかは特に考えていなかったのだ。だから咄嗟に思い浮かんだ場所を口にするしかなかった。
「ち、近くのショッピングモールにでも、行こうかなって……」
そうして出てきた場所はモブ子さんたちの会話の中で出てきた場所だった。
そこは郊外にある大型の複合施設で距離はあるけれども、バスが走っている為、それほど時間を掛けずに行ける場所だ。
建物内部には様々な施設があり、商業施設だけでなく、映画館もあればゲームセンターもあるし、カラオケもある。またアミューズメントパークもあり、ボウリング場やバッティングセンターがあったりと、スポーツを楽しむこともできるようになっている。
つまりは娯楽施設として充実した施設であるということだ。休日には大勢の人が押し寄せて来る人気のスポットでもある。
だからこそ、如月さんでも楽しめる場所があるだろうと踏んで、僕はそうした提案をしたのだけど……
「え、嫌だけど」
「……えっ?」
予想に反して彼女はあっさりと拒絶の意思を示したのだった。あれ? 何でもいいって言ってたよね? おかしいな?
「ど、どうして……?」
予想外の反応に戸惑っていると、彼女は淡々とした口調で理由を話し始めた。
「私、人混み嫌い」
その一言を聞いて、僕は内心で肩を落とした。まぁ、でも、考えてみれば当然の話かもしれない。
人付き合いが嫌いで、今も他の大勢の生徒と帰るタイミングを合わせたくないという理由で彼女はここにいるのだから、その発言は至極真っ当なものなのだろう。
「そっか……ごめんね」
「別にいい」
僕は素直に謝罪の言葉を口にしたけど、彼女は相変わらず素っ気ない感じで返事をした。しかし、これはいつもの事なので特に気にはしない。
それよりも僕は別のことを考えていた。次に如月さんへ提案する場所についてだ。
正直なところ、どこがいいのかなんてまるで分からない。彼女の興味うんぬん以前に、人混みを避けなければいけないという制約まで付いてしまっている。
そうなると選択肢はかなり限られてくるのではないだろうか?
「あっ。じゃあ、水族館とかは?」
とりあえず、思いついたことを言ってみる僕。水族館はこの辺りからだと場所的に遠いけれども、静かで落ち着いた雰囲気のある場所だ。それなら如月さんもお気に召す―――かと思ったけど、彼女はあまり乗り気ではないようだ。
「遠いから、嫌」
「うっ……」
どうやら目的地が遠すぎることがお気に召さないらしい。あれ、何でも……? しかし、だからと言って他に思いつくところもないので、僕は必死に考える。そして閃く。
「じゃ、じゃあ、遊園地は? 近くの遊園地なら、それほど混んでいないから、きっと大丈夫だよ!」
我ながら悪くない案だと思ったんだ。これなら人混みを避けることができるだろうし、アトラクションにも乗れるし、何よりデートっぽい感じになるんじゃないだろうか? そんな期待を込めての提案だったけど―――
「好きじゃないから、嫌」
僕の提案は一瞬で切り捨てられてしまい、再び考え直すことになってしまった。あの、ごめんなさい……何でもいいとか、難しくないですかね……。
しかし、こう何度も否定をされてしまっては打つ手が無くなってしまう。というより、これ以上の考えが思いつかなかった。
そうやって僕は頭を悩ませながら、とうとう最終手段を行使することにした。あまりこんな手を使いたくはなかったけど、こうも検討違いな意見しか出てこない以上、踏み切るしかなかった。
それは―――
「じゃあ、如月さんは……どこへ行きたい、かな?」
そう、相手に丸投げしてしまうことだった。だって、仕方ないじゃない。僕にはもう何も思いつかないんだからさ!
「……」
そして僕が投げ掛けた言葉に、如月さんは何も答えずにいた。無言のまま視線を僕じゃなく景色に向けており、時折ではあるけど前髪を指先で弄んでいる。
その姿からは何を考えているのか全く分からなかったけれど、しばらくするとゆっくりとこちらに視線を向けてきた。それからしばらくの間見つめ合う形になり、やがて彼女は静かに口を開いた。
「どこでもいいの?」
その問いに僕は頷くことで答える。すると彼女は続けてこう言った。
「高いところでも?」
その言葉にも僕は頷いて答える。すると彼女はしばらく間を置いてから答えた。
「分かった」
如月さんはそう口にしてから頷くと、フェンスの向こう側、眼下に広がる校庭やその奥にある街の景色よりも遠くを見据えるように視線を移す。
それから彼女は満を持してこう僕に行ってきたのだった。
「じゃあ、山に行きたい」
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