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1章
超絶塩対応な彼女が素直になった瞬間、僕には彼女が天使に思えました
しおりを挟む校舎の中に戻った僕達はそのまま階段を下っていき、やがて一階まで辿り着くことが出来た。
校内は放課後なこともあってか、僕たちとすれ違う生徒はまばらといった感じだった。しかし、それでも遭遇することがなかったという訳じゃない。
如月さんに手を掴まれ、一方的に引かれる僕の姿を見た生徒は、もれなく目を丸くして驚いたような表情を浮かべていた。けど、僕にはそれを訂正するだけの余裕はなかった。ただただ如月さんに全てを委ねて歩くだけだった。
そして昇降口付近まで辿り着くと、如月さんは掴んでいた僕の手を離した。それからくるりとこちらに振り返り、僕の顔をじっと見つめてきた。
「ねえ」
「は、はい」
唐突に声を掛けられたことで、僕はビクリと体を震わせてしまった。そんな僕に構わず、彼女は続けて言葉を紡いでいく。
「何ですぐに来なかったの?」
「そ、その……すみません……」
「謝らなくていいから。答えて」
戸惑いながらも僕がそう謝ると、彼女はいつもと変わらぬ淡々とした様子でそう言った。僕の私見にはなるけども、そこには怒りや呆れといった感情は見受けられないように思える。
かといって、好意的な様子でもない。ただ如月さんは淡々と事実確認を行うかのように、僕へ問い掛けてきているように感じられたのだ。だからこそ余計に彼女の考えが読めなかったりするのだが。
「……」
「黙ってないで、答えて」
何も答えない僕に対して待てなくなったのか、若干不機嫌そうにしながら催促してくる如月さん。彼女の特徴的で切れ長な目付きも相まって、その視線はとても鋭く見えた。
僕は慌てて思考を巡らせた後、正直に答えることにした。如月さんに対して変に誤魔化したところで、それは意味はないと思ったから。
自身を防衛する手立ては彼女にとっては悪手になりえる。他人に興味が無く、他人を顧みない彼女に対して、自己防衛なんて意味をなさない。むしろ、下手に誤魔化す方が逆効果になってしまうかもしれないのだから。
だから、僕は包み隠さずに全てを話すことに決めたんだ。それが彼女に対する誠意だと思ったから。
「……ごめんなさい。ちょっと迷ってしまって」
「迷う? ……何に?」
不思議そうに首を傾げる彼女。そんな姿も可愛らしいと思ってしまい、思わず見惚れてしまいそうになるが、今はそういう場面ではないので自重することにした。
「いや、その……何て言うのかな……本当にこれで合ってるのかなって思っちゃって……」
「どういう意味?」
上手く言葉がまとまらない僕の言葉に疑問符を浮かべる如月さん。そんな彼女に向けて、僕はこう続けた。
「つまり、ええと……如月さんが本当に僕を呼んでいるのか、その判断がつかなかったというか……なんというか……」
自分でも何を言っているんだろうと思いながら話していたからか、言葉尻に近づくにつれてどんどん声が小さくなっていったように思う。その証拠に、途中から彼女の顔をまともに見ることが出来なくなっていたし。
しかし、それでも何とか言いたいことを伝えることは出来たと思う。後は彼女がどう反応するか次第だけど……大丈夫だろうか? 恐る恐るといった感じに顔を上げると、何故か彼女は呆れたような表情をしていた。
「ふぅん」
一言呟いた後、彼女は静かに溜め息を吐いた後、ゆっくりと口を開いた。
「……要するに、合図に気が付かなかった?」
「あ、うん……ごめん……」
彼女の指摘に対し、申し訳なさそうに謝罪をする僕。それに対して彼女は首を横に振って答えた。
「別に、謝らなくていい。そういうの、求めてない」
バッサリと言い捨てる彼女に苦笑しつつもホッと胸を撫で下ろす僕。とりあえず許してもらえたみたいで良かったよ。下手したらこのまま怒られるんじゃないかってヒヤヒヤしてたからね。
そんな風に安堵していると、不意に彼女がこんなことを言い出したのだ。
「あのさ」
「ん?」
僕は首を傾げて聞き返すと、彼女は真っ直ぐにこちらを見ながらこう言ったのだ。
「……ありがと」
「……え?」
一瞬何を言われたのか分からず、僕は間の抜けた声を出してしまっていた。すると、彼女はもう一度同じことを言ってきたのだ。今度はちゃんと聞き取れるようにはっきりとした口調で。
「……だから、ありがと。彼氏役のお礼」
少し照れた表情をしながら、如月さんはそう告げる。ぶっきらぼうな口調ではあったが、その言葉からは感謝の念のようなものが感じられたような気がした。
「あ、いや……どう、いたしまして……」
突然のことに困惑しながらも、どうにか返事を返した僕だったが、内心とても驚いていた。まさかお礼を言われるとは思っていなかったから。
しかし同時に嬉しくもあった。普段あまり感情を表に出すことのない如月さんが、こうして自分の意思をハッキリ伝えてくれたのだ。しかも僕に対してである。その事実が嬉しくて仕方がなかったのだ。
「どうしたの?」
僕が呆けていたからなのか、怪訝そうな表情でこちらを見てくる如月さん。そんな彼女に向けて、僕は咄嗟に言い訳を口にする。
「あ、いや、その、如月さんからお礼を言うとは思わなかったから、つい驚いてしまったというか……あはは……」
僕がそう言うと、如月さんはジト目で僕を見つめながらこう口にした。
「私がお礼、言ってはいけない?」
「い、いえ! そんなことはありません!」
「なら、いい」
僕の答えに満足したのか、如月さんはそれ以上追及してこなかった。そんな彼女の態度にホッとしたのも束の間、彼女は再び口を開いてこう言った。
「じゃあ、明日もよろしく」
「え……?」
いきなりの申し出に僕は呆気に取られてしまう。そんな僕の反応を見た彼女は小首を傾げながら尋ねてきた。
「何か問題でもある?」
「え? あ、いや……問題はないんだけど……」
彼女の問い掛けに曖昧な返事しか返せなかった僕。というのも、今の彼女の発言の意図が掴めなかったからである。
明日もよろしくということはつまり、今回のような告白される場面にまた連れていかれるということなのだろうか。
「えっと……それってどういうこと……?」
だから、僕は思い切って如月さんに尋ねてみることにした。すると、彼女は表情を変えずに淡々とした様子で説明してくれた。
「言葉通りの意味」
簡潔すぎる言葉に僕は戸惑うしかなかった。一体どういう意味なんだろう? 言葉の意味は分かるけども意図が読めないっていうかなんていうか……とにかくそんな感じだった。
その真意を問い質したいという衝動に駆られたが、しかし、それを言葉にすることは出来なかった。何故ならば―――
「ばいばい」
そう言って小さく手を振り、踵を返して去っていく彼女を止めることが出来なかったからだ。呼び止める隙すら与えてもらえなかったのである。
そうして一人取り残された僕はその場で立ち尽くすことしか出来なかったのだった。僕は去っていく如月さんの後ろ姿を眺めながら、こんなことを思っていた。
去り際の如月さん……すっごく可愛かったなぁ。
小さく手を振る彼女の姿を、僕は心の中のメモリーへ永遠に保存することを決意した瞬間であった。
そして、それ以外の細かなことなんてどうでもよくなっていた。僕は明日に待ち受けている困難を全て忘れ、高揚感に包まれながら帰路につくことになったのだった。
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