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1章
律儀に彼女との約束を守った僕は、その彼女におざなりにされました
しおりを挟むそしてあの昼休みから時間が経ち、今は午後の授業を受けている最中だ。と言っても、授業の内容は全く頭に入ってこないんだけどね。何故なら、先程からずっと頭の中で彼女の言葉がぐるぐると回っているからだ。
『今日の放課後、またここに来て』
『その時になれば分かるよ』
『来たら分かるから』
頭の中に蘇ってくるのは昼休みの時に言われた如月さんの言葉の数々で、その言葉が脳裏から離れずにいるのである。そのせいで授業に集中することが出来ず、こうして授業中だというのに上の空になっているというわけなのだ。
一体どんな用事があるんだろう? 屋上に呼び出して、何をするつもりなんだろう? 考えれば考えるほど、疑問が溢れてきて止まらない。
でも、僕は如月さんじゃない。彼女のことは好きだけれども、彼女の考えることは僕みたいな凡庸な人間には理解が出来ない。
だから、どれだけ考えたところで答えが出ることはないので、無駄なことだということは分かっているつもりだけど、それでもついつい考えてしまう自分がいることもまた事実である。
そして、酷く思い起こされるのは如月さんが発したあの言葉。
『絶対に嫌』
『……私はそういうのやらないから』
メールやら、チャットアプリの話題を出した途端、不機嫌になった彼女を思い出すだけで背筋が凍るような感覚が襲ってくる。
如月さんと交わした会話は少ないけれど、今まで聞いた中でも一番感情がこもっていたように思う。いや、間違いなくそうだと言えるだろう。それほどまでに彼女の言葉には重みがあったように感じられたんだ。
何故あそこまで頑なに拒否したのか? その理由については結局分からずじまいだけれど、きっとそこには何か特別な理由があるのかもしれない。そうでなければあんなにもはっきりと断らないだろうから。
しかし、残念ながら僕には思い当たる節が全くない。いや、それどころか彼女と関わり合いになること自体、これまであまり無かったのだから、知る由も無いというのが正直なところだろうか。
だからこそ、今ここでいくら考えたところで答えは出ないだろうし、そもそも正解があるのかも分からない。結局のところ、今の僕に出来る事はただ待つことだけなのだろうね。
そんなことを考えていたらいつの間にか時間が過ぎていて、気づけば放課後になっていたらしく、先生が帰りのホームルームを始めていた。先生の話を聞き流しながらぼんやりと窓の外を眺めると、空は茜色に染まり始めており、日暮れが近いことを知らせていた。
そうして僕が黄昏れている間にホームルームが終わり、クラスの皆が帰宅の準備をし始める中、僕は席を立って教室を出ることにした。理由はもちろん屋上に向かうためだ。
ちなみにだけど、僕が教室を出る頃には如月さんの姿は既に無く、恐らく先に屋上に向かったのだろうと思う。
目的とする場所は同じというのに、如月さんには僕と一緒に行くという考えはないようだ。まぁ、付き合うことになったとはいえ、僕はあくまで偽装の恋人役であり、本物の彼氏ではないのだから当然といえば当然なのだろうけど。
僕は如月さんに恋しているが、彼女にとって僕は鳥よけと同じ存在なのだから、気遣う必要性も無いのかもしれない。いわばお掃除ロボットやペッパーくんとかと一緒で、誰かから役割を与えられた存在に過ぎないということなのである。
そう考えるとなんだか悲しくなってくるけれど、仕方ないことなのかもしれない。いくら僕がどう想ってもそれは片想いでしかなく、如月さんには届かない想いなのだから。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、あっという間に目的地に到着することが出来た。今日の昼休みにも、昨日の放課後にも訪れたこの屋上という場所。
僕が階段を登りきってドアを開けると、外からの風が校舎内に吹き込み、同時に夕日が差し込んできて思わず目を細めてしまう。それからゆっくりと目を開けると、昨日と同様に屋上のフェンスの傍に誰かが立っている。そこに立っていたのはやはり如月さんであった。
彼女はドアの開いた音に反応してこちらを向くと、無表情のまま僕の近くに歩み寄ってきた。僕はそんな彼女を見つめながら、ごくりと生唾を飲み込んだ。
如月さんは今、何を考えているだろうか。怒っているのか、呆れているのか、それとも何とも思っていないのか。彼女の表情からは読み取ることが出来ない。それ故に、これから彼女が何を言い出すのか想像もつかないのだ。
それに加えて、数時間前のあの気まずい空気感がまだ僕の中に残っているせいか、緊張からか喉が渇いてくるのを感じてしまい、一度咳払いをして気持ちを落ち着かせることにする。
しかし、そんな僕を他所に如月さんは相変わらず感情の読めない表情でこちらを見つめたまま動こうとしない。そんな彼女を前にして僕は少し居心地の悪さを感じながらも声を掛けた。
「お、遅れて、ごめん」
「……遅れて?」
僕が謝罪の言葉を口にしながら頭を下げると、それを聞き取った如月さんが不思議そうに呟いた。その声色には怒気のような感情は含まれておらず、どちらかというと純粋な疑問に近いような印象を受けるものだった。
そこでようやく顔を上げた僕は改めて如月さんの様子を窺うことにしたのだけれど、やはりその表情からは何も感じ取れず、何を考えているのかさっぱり分からなかった。
「?」
僕が何も言わずに見つめていると、如月さんは小首を傾げて不思議そうな顔をするだけだった。それを見て僕は確信した。どうやら如月さんは怒ってはいないらしい。
むしろ、普段と変わらない様子のようにも感じられるくらいだ。そのことに内心ほっと胸を撫で下ろした。とりあえずこのまま黙っていても埒が明かないので話を進めることにしようと思い、僕は口を開くことにした。
「あ、あのさ……それで、今日は何の用件なのかな……?」
恐る恐るそう問いかける僕に対して、如月さんは表情を変えないまま静かに口を開いた。
「あっち」
そう言って指さしたのは、屋上の隅にあたる空間。ちょうど僕が立っている出入り口からは死角となって見えない場所だ。僕はその場所が何なのか全く見当がつかなかったのだけど、如月さんはそれ以上何も言わない。
「えっと……」
僕が困惑したままその場で立ち尽くしていると、痺れを切らしたのか如月さんから声が掛かる。
「あっち行って」
「……へ?」
突然そう言われて一瞬思考が停止してしまったものの、すぐに気を取り直して再び問い掛けてみることにしてみた。
「ど、どうして?」
しかし、彼女は何も答えない。ただじっと僕の方を見つめてくるだけだ。
「あ、あの……」
「あっち行って」
「え、でも……そっちって、何も無いんじゃ」
「いいから」
如月さんはそれだけ言うと、もうこれ以上話すことは無いと言わんばかりに口を閉ざしてしまった。どうやら僕に拒否権は無いらしい。
僕は仕方なく言われた通りの場所に向かって歩き出した。そこは別に何かがある訳でもなく、ただの殺風景な場所でしかない。本当にここに何の用があるのだろうか。
「き、如月さん。ここで、その……何を?」
「……」
「如月さん……?」
「ここにいて」
「え?」
「私が呼ぶまで、ここから動かないで」
「それってどういう―――」
僕が最後まで言い終わる前に、彼女はさっさと踵を返して歩き出してしまう。そしてそのまま一度も振り返ることなく僕の視界から消えていってしまった。
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