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1章
彼女の頼みを受け入れる僕、僕の提案を拒絶する彼女
しおりを挟む「それで、その……僕をここに呼んだ理由って何かな?」
気を取り直して用件を聞くことにすると、彼女はこくりと頷いてから口を開いた。
「今日の放課後なんだけど、空いてる?」
唐突にそう言われて首を傾げる僕だったけど、特に予定も無いので素直に答えを返すことにする。
「うん、そうだね。一応は空いているかな」
「じゃあ、ちょっと付き合って」
僕が予定が無いことを伝えると、如月さんは有無を言わさずにそう言いきったのだった。それはまるで決定事項であるかのように堂々とした物言いだったので、僕は面食らうしかなかったのである。
「別にいいけど……付き合うって、どこに?」
「ここ」
「えっ?」
「放課後、またここに来て」
戸惑う僕を置いてけぼりにして、彼女は淡々とそう告げる。しかし、また屋上へ来ることはいいとして、一体何のためにここへ呼ぶのか。その目的がどうにも分からない。今ここで話せないことなのだろうか?
様々な憶測が頭の中を駆け巡っていくけれど、どれもこれも推測に過ぎない。結局のところ、いくら考えたところで答えは出ないままだし、それなら直接聞いてみるのが一番早いだろうと思う。というわけで、早速尋ねてみることにしよう。
「えっと……具体的には、何をするのかな?」
僕がそう尋ねると、彼女はジッとこちらを見つめたまま黙り込んでしまった。その瞳からは何の感情も読み取ることができず、何を考えているのか全く想像できない。だけどそれでもなお見つめ続けていると、ようやく口を開いてくれた。
「その時になれば分かるよ」
しかし返ってきた言葉はそれだけで、結局肝心なところは教えてくれなかった。
「え、えっと……」
「来れば分かるから」
それだけでは何も掴めないので、もう一度聞こうと僕はしたのだけれど、その前に遮られてしまった。それ以上のことを説明をするつもりは無さそうだ。
こうなったらもう聞くだけ無駄というものだろう。無理に聞こうとすれば、如月さんの機嫌を損ねる可能性があるかもしれないし、ならばここは大人しく従うしかなさそうだね。まぁ、別に断る理由もないからいいんだけどさ。
「分かったよ」
僕がそう言うと、彼女は無言のまま首を縦に振って頷いた。どうやら納得してくれたようだ。それから如月さんの用事が済んだからなのか、そのまま彼女は口を閉ざしてしまって黙りこくってしまった。
え? 用件ってこれだけだったの? これだけの為に僕、屋上まで呼び出されたってこと? いや、流石にそんなことはないよね?
何か他に理由があるはずだと信じたいところなんだけど……とはいえ、彼女が何も言わない以上、これ以上追及することも出来ない。
なので、そうした考えから僕と如月さんとの間に、しばらく沈黙の時間が流れることになるのだけど、その間ずっと無言というのは正直言って気まずい。
なので何か話題は無いものかと考えを巡らせていると、そこで僕はふとあることを思い出した。
「そ、そういえばさ!」
僕が急に大きな声を出したからか、如月さんは驚いた様子で目を丸くしてこちらを見た後、不思議そうに首を傾げてみせた。そんな彼女に向かって僕は続けて言う。
「さっき送ってくれたメールのことで、気になったことがあるんだけど……」
「……何?」
相変わらず表情に変化はないものの、その声は心なしか少し冷たく感じる気がする。けど、それに引いてしまっていてはいつまで経っても話が進まないし、意を決して僕は尋ねたいと思っていたことを彼女に尋ねることにした。
「如月さんって、その……チャットのアプリは入れてたりする?」
「……どうしてそんなこと訊くの?」
やはりというべきか、彼女の反応は芳しくなく冷たいままだ。しかも質問の内容が悪かったのか、更に機嫌が悪くなってしまったような気がする。
ど、どうしよう……この空気感……しかしだからと言って今更引き下がるわけにも行かないので、僕はなんとか言葉を振り絞ることにした。
「えっと……ほら、チャットアプリってメールとかよりも早く返信出来たり、スタンプ機能もあって気軽にやり取りできるから便利だからさ。だから、もし如月さんが良ければなんだけど、IDを教えてくれないかなって思っ――」
「嫌」
「え」
「絶対に嫌」
僕が言い終わる前に食い気味に拒絶されてしまった。取り付く島もないとはまさにこのことだろう。僕はそれ以上何も言えなくなってしまい、ただただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかったのだった。
そして僕が黙ってしまうと、再び二人の間に沈黙が流れ始めることになった。聞こえるのは風の音と時折吹く強い風の音のみ。そんな中で先に口を開いたのは意外にも如月さんの方であった。
「……私はそういうのやらないから」
そう言ってぷいっとそっぽを向く彼女を見て思う。ああ、やっぱりダメだったか――と。
なんとなく予想できていた結果ではあったけど、実際にそうなると残念な気持ちになってしまうものだ。
とは言え、これは仕方がないことでもあるのだから諦めるしかないのだろう。なので僕はこれ以上彼女を困らせないようにしようと思い、早々に話を切り上げることに決めるのだった。
「そ、そっか……ごめんね、変なこと聞いて」
僕が謝罪の言葉を口にするけど、如月さんはそれに何も応えなかった。そっぽを向いたまま、何の反応も示さないのだ。どうやら相当怒らせてしまったらしい。
そしてまた、僕と如月さんとの間に無言の時間が流れていくことになる。その静寂が余計に気まずさを助長させていくものだから堪らない。
どうにかしたいところだけど、原因を作った張本人である僕に出来ることなんて何一つ無いわけで……どうしたものかと考えていたら、校舎に取り付けられたスピーカーからチャイムの音が鳴り響き、昼休みの終わりを告げるのだった。
そしてそれにいち早く反応をしたのは如月さんの方だった。彼女は僕の横を抜けていき、出入り口の前まで行くとくるりとこちらを振り返って言った。
「放課後、忘れないでね」
それだけ言うと、さっさとその場を後にして教室へと戻って行ってしまった。僕は彼女がいなくなってからしばらくその場に立ち尽くしていたけれど、やがて我に帰ると慌てて彼女の後を追うようにして教室に戻っていくのだった。
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