criminal×lawbreaker(クリミナル・ロウブレイカー)

灰色サレナ

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6:腐敗の一旦

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「警察の情報通りね……アンダーテイカー、出番よ」

 咥えたばこに火をつけて、ふう、と一吹き……紫煙を車の窓に吹きかけて無線機に声をかける。

『そっちから何人見えるか教えてくれるかい?』
「7人」

 サーモカメラを覗き込んでマリアは応えた。

『おや? 対象は一人じゃないのかい?』
「一人倒れたまま体温が下がってる……襲われたみたい」

 明らかに青い人影が先ほどから微動だにしていない。
 周りの犯人たちも死体から金目の物を探っているようだ。

『あらら、運が悪い連中だねぇ。殺しちまったのかい?』
「……やっぱあんたは良いわ。あたし一人で良い」
『そうかい……ま、ごろつき程度は自分で何とかしな』

 マリアは車のカギをひねってエンジンを止める。
 辺りはまだ薄暗く、肌を刺す寒さが厳しい。
 車の社内灯をつけてマリアは後部座席に身を乗り出す、そこには封鎖専用のロープや回転灯、発煙筒がごちゃごちゃと軒を連ねている。

「アンダーテイカー、入り口だけ掘って」
『いいさね、あんな机と椅子のバリケードなんて一堀りで済むさ』
「掘ったら防衛、逃げる奴が居たら始末しなさい……」
『今日の仕事は楽でいいねぇ』

 ――ぶつっ

 準備に専念するためマリアは一方的にアンダーテイカーとの通信を切った。
 ほどなくして大きめの工具箱くらいの鋼鉄製の箱が顔を出す。
 その箱のハンドルを引っ張り出してナンバーロックを外す。

「さて、と……」

 その中に収められているのはウレタンスポンジをくりぬいた中に鎮座する45口径のセミオートマチック拳銃。
 見た目こそ何の変哲もない銃だが、あちこちに擦り傷や塗装剥げがある使い込まれた銃だ。

「これを使う日が来たわ」

 手慣れた様子で銃の安全装置を確認し、腰のホルスターに突っ込む。
 箱の中に並べられた弾倉は丁寧に足や腕の弾帯に配置して、最後に中敷きになっている板を取り外し……大振りのナイフを一振り、腰のガンベルトに差した。

「落ち着け私……クリミナルは必要悪。仕方なく『使っている』だけ」

 その言葉をマリアは心に刻む。
 気を抜くと自分がアンダーテイカーたちと同じ側に立って居るんじゃないかと錯覚するから。

「……任務確認、ロウブレイカーの確保もしくは……殺処分」

 かちゃりとベルトに繋いだポーチから端末を取り出す。

「これより任務開始」

 勢いよく車のドアを開けて、降り注ぐ雨粒の中……マリアは人殺しに向かった。



 ◇◆―――◇◆―――◇◆―――◇◆



「おい、本当に金を持ってねぇのか? 一体どうなってる」

 スーツ姿の中年男性の死体を乱暴に探りながら、金髪の少女は悪態をつく。
 娼婦のふりをして暗がりに誘い込んだ後、仲間が襲い金品を奪ういつもの作業だったのに……今日に限ってマネーカードはおろか財布すら見つからないのだ。

「しらねぇよ。くそっ、殺しちまいやがって……捨てんのも金がかかるんだぞ!!」

 リーダー格の青年は持っているペットボトルを少女に投げつける。
 中身が半分ほど残ったそれは少女の額に当たり、うめき声が上がった。

「あたいのせいじゃない、本当にこいつあたいとヤルのに300ドル出すって見せてきたんだから!!」
「じゃあなんで見つからねぇんだよ!! バッグも何も持ってねぇのに!!」

 周りの5人も見るからにはずれを引いたと、いらだちが隠せない。
 全員年は若い少年たちで流行りのパーカーやジーンズを履いて、手には粗悪なつくりの銃やナイフ、釘を刺したバットなどをぶら下げていた。

「おい、この女マジで使えねぇ。どうなってんだよ……」

 サングラスをかけて少年の一人が左手のバットを地面にたたきつける。

「信じてよ! あたいだってこいつが金持ってなきゃ薬が買えないんだって!」
「くそ、探せ。時計か何かうっぱらって次の獲物探すぞ」

 仕方なく少年の一人が中年男性のスーツを乱暴に脱がせ、ズボンをナイフで引き裂く。
 この町でポケットに財布を入れて歩くのは盗んでくださいと宣言しているほどに治安は悪い。

 であればどこかに隠している可能性があった。

 しばらく冷たくなった死体を探っていると……

「おい、この野郎……シャツの内側に薬と金が縫い付けてある」

 雨に濡れて透けた白いワイシャツの一部がやたらと白いのに疑問を持ち、街灯の光にかざしたら紙幣とパックに包まれた粉が透けて見える。

「は!? おい、てめえ……まさか売人ひっかけたんじゃねぇのか!?」

 わざわざそんなところに隠す一般人はいない、つまりそう言う事だ。

「そんな……見た事ない奴だよこんな成りの良い売人!」
「金持ち専用の奴かもな……やべぇぞ。結構持ってやがる」

 まさかとスーツの裏地も割いてみたら丁寧に小分けされたパックに、数量と覚せい剤の名前が暗号で書かれているのがびっしりとつまっている。

「薬と金をとってこの場で焼こう、ばれたら殺されるぞ俺たち」

 青ざめたリーダー格の青年が落ち着かない様子で周りの少年たちに指示を飛ばした。
 しかし、少年達もそれに従っていいのか迷っている。
 
 これだけ持ち歩いているという事はこれから顧客と会う可能性が高い、時間に現れなければすぐに追われるのは目に見えていた。

「そ、そいつが誘ってミスったんだからそいつ殺してここに捨てようぜ! 俺らは悪くねぇ!!」

 一人が少女に矛先を向けて、5発しか入らない銃で狙いをつける。

「あ、あたいを!? 次からどうするんだよ!! 男を釣るのにてめえのケツでも差し出すのかよ!!」
「う、うるせえ! ヤク漬けの女なんか探せば何人でもいる! なあ、そうしようぜ皆!」

 確かに、女に罪を着せて自分らが逃げれば追われなくて済むかもしれない。
 その条件として目の前にある薬と金は手に入らないが……命は助かる。

「……そうするか。おい、そいつ捕まえとけ」
「あんた! あたいの腹でガキ作っておいて見捨てるつもりかよ!」
「知らねぇよ! 勝手にはらんだんだろうが!!」

 血走る眼付きで青年は少女を殴りつけた。
 そもそも少女も裏切り防止でわざとそうした……誤算だったのはそれくらいでどうにかなる良心を誰も持っていない事だけ。

「くそっ!」

 少女は踵を返して路地の向こうへ逃げ出そうとする。
 近くの廃校から持ち出した机やいすのバリケードで防がれた向こうは建物の隙間を通るしかない、小柄な自分ならともかく男ではなかなか追うのは難しい。

 そう判断しての事だが……。

「追え! 撃っても良い!」

 6人の男に追われて足元もぬかるんでいて……女はすぐに捕まる。

「くそっ! 離せ……離せよ!! お前ら何度も身体で世話してやっただろう!?」
「黙って死体と寝てろよビッチが……」

 少年の一人が拳を振り上げ、少女の頭を殴りつける。
 硬く握られた拳が痛むが少女の頭も涙がにじむほどの衝撃と……裏切られた悔しさが顔に現れていた。

「てめえがひっかける男を間違ったんだ……馬鹿が」

 銃を持った少年が、外さない様に少女のこめかみに銃口を突き付けて引き金を引く。

 ――タァン!

 どさり、と糸が切れたように脱力した少女の身体が地面落ちた。
 涙と血に染まる顔はその場にいるすべての少年を恨むかのように瞳は濁り、見開かれている。

「畜生……ついてねぇ。警察が来る前にずらかるぞ!」

 リーダー格の青年が少女の遺体を中年男性の所まで引きずり、乱暴に積み重ねた。

「その銃をよこせ、自殺した様に見せるんだ」

 撃った少年から密造銃を受け取り、中年男性の眉間に一発発砲。
 そのまま少女の右手に銃を握らせて服をナイフで乱暴に破り、下着も剥いだ……これで娼婦に乱暴しようとして返り討ちに会った無様な客。
 そんな構図に仕立てた。

「行くぞ……」

 薬と金はもったいないが、手を出せばその分リスクが跳ね上がる。
 後ろ髪惹かれる思いで視線を外し、大通りへ続く路地へと向かおうとしたその時……

 ――せーの

 少女が逃げようとしたバリケードの奥から、低めの女の声が響く。

「なんだ?」

 最後尾にいた釘バットの少年が振り返った。

「どうした?」

 手ぶらの少年もそんな彼に気づいて立ち止まる。
 次の瞬間、バリケードがけたたましい破砕音と共に少年たちを飲み込んだ。

「採寸の時間だよ、坊や」

 にやりと口をゆがませる葬儀屋が言い放つ。
 そんな拘束服に身を包むアンダーテイカーの脇をすり抜け、防弾服と雨よけのフード付きコートを身に着けたマリアが飛び込む。
 唐突な乱入者に反応が遅れた6人は、成す術も無くマリアに全員射殺されたのだった。



 ◇◆―――◇◆―――◇◆―――◇◆



「随分丁寧じゃないか、一人一発……必中とはなかなかやるねぇ。マスター様」
「突入の時にバリケード開けた時にちょうど射線に並んだからね。楽だったわ」
「楽、ねぇ……最初のドジは何だったんだい? マスター様」
「……その、緊張してて」
「あたしの報酬、減っちまうのは困るから一日一ヘマしておくれ」

 マリアの突入はあっという間に成功した。
 アンダーテイカーも感嘆の声を上げるほどマリアは拳銃の扱いに手慣れていて、射撃も精度が高い。
 それに……

「こんなに思い切り良く殺せるとは思ってなかったよ。警告ぐらいしたらどうだい? 警官志望」

 憮然とした表情でマリアはアンダーテイカーの皮肉を突き放す。
 
「躊躇してたらこっちがやられるでしょうが」
「正解だ、その通りだねぇ。しかし……まあ、今回に限っちゃあ。あたしが出る幕は無かったさね」
「そうね……ほとんど、なんていうか素人みたいな感じ」
「実際そうだろうねぇ、密造銃にナイフ……ごろつきよりマシ程度の連中だ。ロウブレイカーもピンキリだからね……今回はガキが多い」
 
 こつん、とアンダーテイカーはつま先で釘バットを小突いた。
 その先には左目を銃で撃たれて後頭部から中身をまき散らす、黒髪の少年が転がっている。

「この辺を根城にしている美人局ってこいつらか……仲間割れ?」

 マリアは中年男性に覆いかぶさるように倒れた少女の姿から推測した。
 
「そもそも今回の出動は新聞社のお偉いさんに麻薬を降ろしている売人だろう? 狙いは」
「そうなんだけどね……どうなってんのかしら?」
「ひっひ……大方、ガキを買おうとしたら不意打ちで殺された間抜けの様だ。ロウブレイカー、と言えば聞こえは良いが……小悪党だね」
「良く分かるわね」
「あたしも腹が減った時、ヤらせる代わりに喰ってたのさ」

 聞かなきゃよかった。
 マリアが頭を抱える。

 とは言え任務自体は完了、他に仲間も居なさそうなのでマリアは端末を操作してトイボックスに連絡を入れた。
 端末のコール音が数回なった所で、声がスピーカーから聞こえる。

『終わったか?』
「こちらマリア・神守。制圧完了……対象一名は死亡、対象を殺害したロウブレイカー7名を現場判断で射殺しました。仲間割れで1人はすでに殺されてましたが」
『分かった。アンダーテイカーがやったのか?』
「いえ、私が射殺しました。対象外の報酬は認められませんので」
『……まあいい、使った弾丸数と報告書を提出しろ。警官に引き継いだら戻れ』
「了解、交信終わります」

 端末を操作してマリアは連絡を終えた。
 そんな彼女の肩にアンダーテイカーがぽん、と手を置く。

「なに?」

 ぞくりとする悪寒を必死でこらえながら、振り向くとアンダーテイカーが憮然とした顔で中年の顔を顎で示す。

「見な、こいつの顔……見た事ある顔じゃないかい?」
「え?」

 倒れて殺された中年の顔をマリアはのぞき込む、雨と泥で汚れたその顔は……見覚えが無かった。

「誰これ」
「……新聞見てないのかねぇ? この町の警察署長補佐だよこいつ……昨日の新聞に載ってた」
「……そんなまさか」
「情報のリーク元、警察だって言ってたんじゃなかったかねぇ?」
 
 確かに警察からの情報でこの時間に麻薬の密売人が通るとは聴いている。
 もし、アンダーテイカーの言う通りだとしたら……

「口封じ?」
「そう考えるのが妥当だねぇ。薬は肉が不味くなるから今回はロハで良いさ……わざわざ不味い物を口にするほど悪食ではないのさ。あたしは」

 そう言いながらアンダーテイカーは落ちていたスーツを手に取り、マリアに投げる。

「ずいぶん上等な薬だ。密売人がさばける代物じゃないさね……」
「……腐ってる」
「ひっひっひ……そう思えるんならまだあんたはマトモだね。マスター様」
「カイ先輩に相談して追及する」
「無駄だと思うけどねぇ……!? 伏せなっ!!」

 からかうように笑うアンダーテイカーが素早くマリアの頭を押さえて伏せさせた。
 一瞬、アンダーテイカーの背に走った何かがそうさせる。

 油断なく暗い路地を見渡し、油断なくスコップを構えるアンダーテイカーにマリアは困惑しつつも周りを確認したが……誰も居ない。

「……様子見かねぇ?」

 三十秒ほど、そのまま構えてたアンダーテイカーが力を抜く。

「何があったの?」
「さあねぇ? 熱烈なファンに心当たりはあるかい?」
「ない……」
「じゃあ……さっさと離れた方がよさそうだねぇ。警察はまだかい?」
「……もうすぐ」

 そのまま五分もしない内に数名の警官がフラッシュライトと拳銃を構えながら、マリアとアンダーテイカーに合流する。
 それまでアンダーテイカーは一点を見つめて微動だにせず、マリアは緊張しながら周りを警戒して警察に現場を引きついだ。

 中年の正体には一切触れずに……
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