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3:マリオネットマスター

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「約束だからね。今この場で私は誰も殺さない」

 白い椅子にドカリと座り、脚を組むアンダーテイカーが自ら壁の拘束具をつけろと両手を広げる。

「わかった、看守。手錠を」
「はい……」

 チタン製の手錠と足かせを運び、一つ一つ丁寧に鍵をかけて鎖を壁のホルダーにかける。
 その間アンダーテイカーは面白そうに笑い、時折……舌なめずりをして看守をからかった。

「次は……許さないからねぇ?」

 そう、彼が配膳を間違えた看守……カイに気絶から起こされて今に至る。

「大変、申し訳ありませんでした」

 不承不承に頭を下げる看守に見せつける様に下着をさらし、アンダーテイカーが笑った。

「そこのマリオネットマスターに感謝するんだね……ふふ」
「もういいか? 予定が狂ったが……」

 頃合いを見てカイが声をかける。
 アンダーテイカーもこくりと頷き、看守を退室させた。

「少しごはんを多めにくれた礼さ。腹が減らない内に済ませようじゃないか」
「わかった……彼女を呼んでくる」
「ああ、カイ……一つ聞きたいんだけどいいかい?」
「……今日は良く尋ねられる日だな。なんだ?」
「『入荷』の『量』、増やせるかい?」
「断る」

 カイは即答する。
 その断固たる態度にアンダーテイカーはさらに口角を上げた。

「良い答えだ。カイ……じゃあ、真面目にお勤めしようかねぇ」

 くっくっく、とくぐもった笑い声をあげるアンダーテイカー。
 
「すぐ戻る」

 カイはそんな彼女に声をかけ、アンダーテイカーの収監室のドアから顔を出し……部屋の外で待機しているマリアを呼び入れる。

「マリオネットマスター、マリア・神守かみもり。入ります!」

 ぎろり、とアンダーテイカーを睨みながらマリアは肩に力を籠めて威圧的に見えるよう大股で入室してきた。
 そんな様子をアンダーテイカーは薄笑いを浮かべながら、カイは額に手を当てて呆れる様に見守る。

「アンダーテイカー。今からでも後日にするか?」
「いいさ、約束は守る。あたしの中の決まりだ……それが例え明日死ぬ馬鹿でもね」

 そのやり取りにさらに怒りのボルテージを上げるマリア。
 ずっと我慢していたが……いつその堪忍袋の緒が切れるかカイは冷や冷やしていた。

「マリア、命令だ……今すぐ俺の許可があるまで口を閉じろ」
「嫌です!」

 …………アンダーテイカーですらもこの発言には驚いたのか笑い声が止まる。

「……今何と言った?」
「嫌です!」
「繰り返せと言った覚えはない」
「聞こえておられないようなので!」

 マリアは我慢ができなかった。
 もう限界だった。

 なぜカイはアンダーテイカーに……犯罪者にそんなに気を遣うのだ?
 相手は人殺し、もしくはそれ以上の罪科を持つのに。

「……アンダーテイカー。俺の都合だ、別日にしたい」
「……」
「アンダーテイカー?」

 まったくしゃべらなくなったアンダーテイカーの様子に、カイの血の気が引く。
 しかし、頭に血が上ったマリアは怒涛の様に言葉を吐き出した。

「こいつは!! 自分の家族を殺し、証拠隠滅のために食べた異常者です! 味をしめた後、こいつが何人殺したのかも知っています!! 82人!! そんな奴に配慮など必要ありません!」

 はあ、はあ……と肩で息をして。
 ぎりり、と音が鳴り響く。

「退室しろ、マリア……今日は無理だ」
「カイ、ちょっと私が話そう……気が変わった」
「……アンダーテイカー、それは」
「殺さない、約束は守る」
「……わかった」

 たっぷり数分、マリアの呼吸が整うまでアンダーテイカーは待った。
 
「さて、気は済んだかい? マリオネットマスターさん」

 部屋の温度が、下がる。
 空調は変わらず動いていて……快適な温度に保たれているはずの部屋が……カイが身震いするほどに。

「ひっ」

 マリアはアンダーテイカーの前髪が揺れるのに合わせて、ちらりと覗く瞳を見て小さな声を漏らす。

「お前に教える事がある」

 青く澄んだ瞳が濁っていった。

「あたしが殺した人数は……122人、食べた人数も同じ数だ……二度と、間違えるな。良いな?」 
「ひ……」
「お前、肉付きが良いから……これでも我慢してやってるのさ。先輩の左目の様になりたくないだろう? ほら」

 べろん、と口を開けて舌を出すアンダーテイカーの下の上には。
 白い欠片が乗っていた。

「大事に取っておいてるんだ。腹が減るから……こうなるぞ?」

 ――ぞくり

 背筋の怖気でマリアの息が止まる。
 目を逸らしたくてもその暗い青に引き寄せられるように……どんどん、どんどん……。

「悪党を、目の前にしたのは初めてなのか?」

 ぐりん、と首を動かし見上げる様にマリアを眺めるアンダーテイカー。
 低いアンダーテイカーの声に抑揚は無く、ただただマリアを物として……食料として品定めする視線に……彼女は気づいてしまった。
 息が止まり、まるでアンダーテイカーの口の中に自分の心臓が食いちぎられる姿が……見えた気がする。
 
「ようこそ、台所へ」

 アンダーテイカーがさらにマリアへ重圧をかけると……

「あ……」

 ――しょろろ……

 何かが流れる音に、アンダーテイカーが笑う。 
 少しづつ……マリアの足元に広がる水たまり……短く浅い呼吸が連続して……安定しない。

「アンダー……テイカー」

 カイですらも、その重圧に声を出すのがやっとでマリアをその場から遠ざける事が出来なかった。
 しかも性質が悪い事におそらく監視カメラからはただただマリアが怯えているようにしか見えないだろう。

「せっかく、立ち回りがうまい先輩がいるんだ。言うこと位は聞いた方が良い」

 くくく、とアンダーテイカーは重圧を霧散させた。
 それと同時にマリアは膝から崩れ落ちる様にぱしゃん、と自ら作った水たまりにへたり込む。

「カイ、他を当たりな。こんな美味そうな食い物目の前にぶら下げるな……腹が減る」
「……わかった。部屋はクラリスに清掃を頼む……良いか?」
「良いよぉ、対価はあたしが払おう」
「……自分が持つ、悪かった」
「……じゃあそれでいい。清掃が終わったら起こしておくれ」

 それっきり、アンダーテイカーは首を下し健やかな寝息を立て始めた。
 ……夕方になって、彼女が目覚めると書置きがテーブルに置かれている。

『面談の報酬として昼食、夕食のタイミングは自由とする』

 意外と綺麗なカイの筆跡でそれは書いてあった。

「ふあ……おお、綺麗だねぇ。でも、やっぱり私の服まで剥ぎ取りやがった……全裸で寝るのは困る」
 
 仕方なく、替えの服をベッドの下から出そうと立ち上がるが……

 ――じゃら

 拘束が解かれていない。

「……なぜ?」

 どうやって服を脱がせたのか理解できなかった。
 結局、監視カメラに向かい服とご飯を要求する羽目になったアンダーテイカー。
 
「やれやれ、寝ている間に何かされてやしないかね?」

 自分の身体をあちこち触りながら愚痴る。
 数分後、女性の看守がアンダーテイカーの拘束を解いて服を渡してくれた。

「食事の事はカイから聞いてます。お持ちしますか?」
「ああ、頼むよ……夕食分も一緒でいい。腹が減った」
「……はい」
「安心しなよ、今日は誰も殺さない。カイに聞いたろう?」
「ええ」

 もぞもぞとTシャツとショーツを身に着けるアンダーテイカーは服の中に潜っている髪の毛を、両手で逃がして笑う。
 その様子に看守は胸をなでおろして踵を返す。

「殺さないで一部だけ食うかもしれないけどね?」

 その背にいたずら心が湧いてからかってみた。

「ひいっ!」
「冗談さ……そんなにあたし、怖いかね?」
「し、失礼します!」

 ばたばたと小走りで退室する看守を見送る。

「さて、今晩は何かな? 新しいマスターが決まらないとそろそろ我慢できなくなるなぁ」

 そういう意味では、マリアの件は残念だった。
 とりあえず一回くらいは言う事を聞いても良かったが……あれだけはっきりと自分に、いや……クリミナルに嫌悪感丸出しでは最初の出撃の際にクリミナルに殺されてしまうだろう。

「カイに一発やらせる代わりに出撃……だめだ、アイツ交渉通じない……」

 はあ、とため息をついて。
 万が一、億が一、またマリアが来るような事があったら下手に出てやるか……そこまで考えていた時。
 ドアがノックされる。

 ――こんこん

「どうぞぉ……」

 準備していてくれたのかやたらと速い。 
 
「失礼します……」

 かちゃ、と小さな音を立ててドアが開く。
 
「……(なんか聞いた事のある声だね?)」

 一人のメイドが、トレーを片手に入って来た……金髪、黒眼の女の子が顔を真っ赤にして……。

「しょ、しょくひ」
「食費はゼロよ。税金で食べさせてもらってるから」

 ……別な意味でもメイドの顔が真っ赤に染まり、頬が膨らむ。

「……ご飯です」
「諦めたらそこで終わり、漫画だったかしら?」

 確か日本と言う国の漫画だった気がした。
 割とアンダーテイカーは読書が好きなのでいろいろ読み漁っている。

「……」

 とうとう無言で、少し乱暴に食事トレーがテーブルに置かれた。

「どうぞ……」

 ほかほかのご飯、みそ汁、納豆……豆腐のステーキ……香ばしい醤油の匂い。
 アンダーテイカーの好物ばかりだった。

「どういう風の吹きまわし?」

 ここまであからさまに優遇されると疑いたくなるのは誰でも当たり前。
 必死で羞恥と怒りを我慢するマリアに、アンダーテイカーは静かに問いかける……その方は震えており……珍しい事に声を上げるのを堪えていた。

「罰よ……早く食べなさい。配膳から下膳までがノルマなのよ」

 おそらくここのクリミナルに借りたメイド服、それこそカイのパートナーでこの部屋の掃除をしてくれたクラリスだろう。
 まったく胸の部分が足りてなく、ぶかぶかなのがさらに笑いを誘った。

「なるほどね……まあ、しっかり絞られて当然。ここの決まりを知った上で、カイの様に立ち回り方を理解できなければ明日には墓の下よ……」
「……」
「本音と建て前、きちんと学べば……そうね。少なくとも明日までは生きられる」
「……さっきは、悪かったわ。頭に血が上って先輩の言う事を聞かなかった」
「で、なぜメイド服を?」
「く、クラリスがここを掃除する代わりに。この姿で今日一日勤務するという契約を……」
「……くはっ!! もう駄目、最高だわクラリス! お前は笑いのセンスがある!!」

 げらげらとお腹を抱えて笑い出すアンダーテイカー。
 おそらくカイの気づかいと説教が一定の成果を見せて、マリアは頭を冷やしたのだろう。
 十分に賢い、それがわかった後は喜劇でしかない。

「ぐっ!!」

 抗弁したいが、全職員の知れ渡る恥部をさらした挙句にこんな格好で給仕をしている時点で……耐えるしかないのだ。

「その姿に免じて、さっきの件は許してやろう。そうだな、ちょっとこい……」

 手招きするアンダーテイカーに無言で近寄るマリア、次の瞬間。
 不意にアンダーテーカーはマリアの手を取った。

「!?」
「あーん」

 ――ぱくん

「ひ!」

 ぬるりとした舌の感触、チクチクと触る鋭角の歯……そして生暖かい湿り気……たっぷり十秒間。
 アンダーテイカーはマリアの少ししょっぱい汗の味を楽しんだ。

「怖いか?」

 ぎょろり、と舐めるような目線をマリアに向けると真っ青な顔で耐えている。

「正解だ。あたしはこのままお前を……文字通り食べる事ができるが……しない」

 ゆっくりと、アンダーテイカーはマリアの指から口を放した。
 
「だがそれは、今日だからだ。朝に目を覚まして、周りを見渡して白以外の何かがあれば殺してもいい。白しか見つけられなければ今日は殺さない。そういう『遊び』だ」
「あそ、び?」
「そうだ、あたし達はお前ら小綺麗な『人間』ではない。世間の決まりの一つも守れない……『悪党』だ。だから自分で決める。簡単な事だろう?」
「……」
「いい顔をしている。その顔は好きだ」

 不満、理解、嫌悪、肯定……
 それらが入り混じる複雑な顔。

「それに『侵されない』様にトイボックスで決められた決まりが……お前らマリオネットマスターの三原則だ。人として生きるための……反転しないための、な?」
「あ……」
「なるほど、カイが気に入るわけだ……理想も高い。あたしは嫌いだがね」

 手を放し、アンダーテイカーは少し冷め始めてきた食事に手を付ける。
 
「……ありがとう」
「……? なにが?」
「教えてくれて……」
「…………何を言っている? ただ単にあたしは猫舌だからからかっただけだ」
「……こ、の」

 実に美味しそうに平らげていくアンダーテイカーの食べっぷりを見る限り、本当にマリアに説教などするつもりはなかったのだろう。
 がつがつと……丁寧に、ご飯粒の一つも残さず食べ切った。

「一つ教えてやろう。あたしはベジタリアンだ……覚えておけ」

 ――カラン

 白い食器トレーは綺麗に空になる。
 アンダーテイカーは幸せそうに息を吐いて、マリアに目線で合図した。

「?」
「下膳までがノルマなのだろう?」

 ちょんちょん、と指でトレーを指すアンダーテイカーのしぐさに……はっ、としてマリアは思い出したかのようにトレーを下げる。
 
「気を付ける事だ、あたし程度に飲まれるようじゃマリオネットマスターとしては長く生きられない。ここの職員共の様に隠れて生きるしかなくなる。その点……カイならこう言うだろう」
「?」
「根性は合格だ。おもらしは不合格だ」
「~~~っ!!!???」

 さっさと出ていけ、手でそう追い立ててアンダーテイカーはくるりとベットに寝そべった。
 
「失礼、しました!」

 ――ばぁん!
 
 勢いよく閉められた部屋のドア、遠ざかる靴音にアンダーテイカーは笑いが止まらない。
 とはいえ……。

「腹は満たされたが……これで寝ては太るか?」

 何かいい運動でもないかと真っ白な天井を見上げると……。
 けたたましいサイレンと共に、館内放送が流れる。

『西区でロウブレイカーによる強盗殺人事件が進行中。当直のマリオネットマスター及び担当クリミナルの出撃要請、繰り返す……』
「ひひっ……ちょうどいい。マリア……あんたは合格だよ。運も実力の内だからな」

 むくりと起き上がり、壁のモニターへ向かうアンダーテイカー。
 そのモニターの右下にある突起を押し込む。

『なんだ? いまから出撃……』
「一人、手が空いてるマスターがいるだろう? 今日は運がいい……意味は分かるな?」
『……確認する。そのまま待て』
「ああ、待とうじゃないか」

 くるりとモニターに背を向け、サイレンの音が鳴りやむと……

『アンダーテイカー、報酬の提示を』
「報酬は相手の身体の一部をいただく」
『マスター到着後、拘束服の装備を許可する。手順は……』
「くっふっふ……新人なんだろう? あたしが手取り足取り教えてやろうじゃないか」
『……おい! 本当に大丈夫なんだろうな!?』

 モニターの向こう側で怒鳴る声、おそらく仏頂面の男とまだメイド服姿の新人が根拠もなく向こうを騒がせているのだろう。

「さっさと来るんだね。気が変わらない内に」
『わかった、ロウブレイカーの中に『ネームド』がいる。気をつけろ』
「へえ? だれだい?」
『……『コンクヴィト』だ』
「……これはまた、珍しいやつが出てきたね」

 そう言いつつも、アンダーテイカーは揺るがない。

「まあいいさ、死人になればだれもが棺に入るだけ……今日がそいつの命日だ」

 ギラリと覗く歯がまるで月の様に半円に並んだ。
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