レベルダウン先は包丁希望の妖刀旅話

灰色サレナ

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6:……いい加減、動こうよ。ね? お願いだから

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「……確かに先月から連絡が取れないんだよね。あの子」

 アラサーOL、そのままのイメージであるカナタの師匠のお姉さん。
 札幌の中心部、札幌駅の近くにそびえるオフィスビルで働く彼女は一階のカフェでカナタとお昼ご飯を食べていた。
 サンドイッチ専門店が開いているだけあってランチの種類は豊富である。

「電話したんですけど。5回とも無反応なので……どっかに旅に行ったのかなーって」

 ゆでたエビとアボガドをふんだんに挟んで香味ソースをたっぷりと塗ったサンドイッチに舌鼓を打ちながら、カナタはお姉さんに事情を話す。
 とはいってもソードの事を正直素直に話すわけにはいかなくて、掻い摘んで厄介な刀を扱わざるを得なくなった。とだけ説明。

「旅なら良いけど、ぶっ倒れてたりしないかしら?」
「それもありそうなんですよね~。師匠、刀を打ち始めるとご飯とか食べないですから……」
「そうね……誰に似たのやら」
「とりあえず、僕の電話番号取っておいてくれてると思ってないので……連絡が付いたら僕に電話するように言ってもらえます? 念のため僕の電話番号とSNSのアカウントです」

 一枚の紙にカナタは直接連絡が可能な連絡先を数個書いて彼女に渡す。

「わかったわ、どうせ夏には名古屋の実家に戻るし……その時でよければついでにあの子の工房にも寄ってあげる」

 それを受け取って彼女はバックの中から手帳を取り出し、表紙のポケットに挟み込んだ。

「ありがとうございます。じゃあ、私はこれで……」
「ええ、会えてうれしかったわカナタちゃん。そういえばこれからどこへ行くの?」
「函館です。蟹を食べてから青森に渡ろうかと」

 幸い旅費については師匠のカードのおかげでまったく困ることは無い、そもそもこの課題と言うか修行の旅は師匠の思い付きが発端だ。
 浮世離れした師匠にとって大金はただの数字でしかない。

「全国各地の刃物を見て回るって大変ね……まあ、お金はあの子の口座にめちゃくちゃあるだろうし気楽にいってらっしゃい。可愛いんだから変なのに捕まらないようにね?」
「えへへ、可愛いです? 僕」

 ――かわいい!? ごはっ!! ぶふぉ!

「それにしても、あの子に弟子ができたと聞いた時はどうなる事かと思ったけど……案外相性が良かったみたいで安心したわ」
「僕も最初拉致された時は何が起こるのかと思いましたよ」

 ――しかし、良い匂いがするな! 吾輩も堪能したい! カナタ! 小さくなるからどうにかならんか?

「……どうしたの? すごい顔して」

 店内に鳴り響く濁声、その発生源はカナタの背負っていたリュックの隣に立てかけている図面運搬用の黒い筒からだった。
 当然店内に鍛冶師なんてカナタ一人しかおらず、無視すれば問題ないのであるが……。

 ――はっ!? 吾輩もしかして直刀故、ワンチャンステーキナイフとかでまかり通るのではないか!! カナタカナタ!! 立ち食いのステーキ屋に行きたいぞ!! おーい!! 返事位してくれ!! 

「いいえ、なんでもないです」

 ニッコリ笑顔を返すカナタの背中は汗でびっしょりになりそうであった。

「そう? なんかこう……黙れこの野郎、って感じの顔だったけど」
「まさかぁ!(師匠の家系、すげぇ勘が良いんですけど!?)」

 思いのほか大きな声が出てしまって、周りの席の客がカナタを見るが……本人はそれどころではない。

 ――カナタ!! 頼むから早く出してくれ、息が詰まる!

 カナタは何にも事情を理解してないソードの声に泣きたくなりそうな表情を浮かべる。

「変な子ね、まあ……あの子の弟子なら少し変わっててもおかしくないか」
「ひ、酷いじゃないですかぁ」
「ふふ、冗談よ冗談。おっと、今日は昼過ぎから会議があるの……ここのお会計は私が払っておくからゆっくり食べて行ってね。カナタちゃん」

 手早く手荷物を纏めて伝票を手に取り、颯爽と仕事に戻る彼女にカナタはお礼を言って見送った。
 その間もなごやかなカフェのBGMをかき消すような声はさらに大きさを増している。
 手早く残りのバケットサンドを胃の中に収めて席から立ち上がった。

「さて、行くかな」

 この二日で自分にしか聞こえない状況にも慣れてきてしまったカナタが、少し乱暴に図面運搬用の筒を肩に背負う。

 そんなカナタを道で通り過ぎる男の子が「ロケットランチャーだ! かっけぇ!!」などと指差して来たときなど、ソードが何故か得意気なのも腹が立つ。
 何せお昼寝や深夜以外はずーーーーーーーーっとしゃべりっぱなしなのだこの陽キャな妖刀は。

「……(一回、人気のない所で踏んづけよう。そう決めた)」

 とにもかくにもこれで師への連絡はできる限りの手を打った。
 後は……

「函館から津軽かぁ……先ずは『津軽打刃物(つがるうちはもの)』ね」

 元々、ソードと会わなくても向かうつもりだった最初の目的地にようやくカナタは向かう事ができる。
 電源の入っていないワイヤレスイヤホンを耳につけ、お店を出る。
 まあ、その前に奇妙な相棒を静かにさせる方法を一刻も早く見つけなければいけない。
 そうじゃないと気が散って仕方がないのだ。

「津軽か、リンゴがうまいと聞く……楽しみだな」
「頼むから、外では静かにしてよ……僕の耳が持たない……」
「む……そういえば目新しくて随分と喋ってしまってたな……すまぬ」
「お店の中で人と会う時ぐらいでは静かにしてよね。僕だけしか聞こえてないんだから」

 一度、札幌駅の中でソードに頼んで最大声量で大騒ぎしてみてもらった。
 案の定だがカナタ一人にしか聞こえないので、一人だけ鼓膜をどうにかしてしまいそうになる始末。
 
「あい、わかった……まあ時期に慣れるだろう。あまりにも刺激的での吾輩もはしゃぎすぎた。しばらく黙ろう」
「はいはい、その言葉何度目かな。行くよ、ソード」
「うむ、行こうぞ」

 丁度店内のBGMも切り替わるタイミングで、軽快でアップテンポな曲に変調されたアニメの主題歌が流れ始める。

「まあ、函館から青森まではフェリーだから静かになるだろうね」
「なんでじゃ?」

 どうやらソードは気づいていない事にカナタは気づく。
 とてもとても悪い笑顔で歌う様に告げた。

「フェリーはね? 海を渡るんだよ? ソード君」
「そりゃあたりま……え。え? あ、あああああああああ!!」
「そう、しっかりきっかり密閉しないといくら妖刀とは言え……んふふ」
「ひ、飛行機!! 飛行機と言う手があるじゃろ!?」
「ざんねん、金属探知機でソードはもちこめませーん。今の世の中規制の嵐で見つかると没収アンドスクラップ一直線!!」
「何と妖刀に厳しい世の中だ!? 基本的人権は守られるべきだろう!?」
「そもそも無機物でしょ、ソード……」

 やいのやいのと……はたから見ると金髪メガネでおさげ髪の美少女が、山のような荷物を背負いながら上機嫌に誰かと電話で話してるような光景は嫌が応にも目立つ。
 そのことに本人が気づくまで、注目を集めながら札幌の名所である時計台の前を進んでいくのだった。
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