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日下部家
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「これで、私の勝ちですね……」
半ばから折れた刀身をアークの鼻先に突き付けて弥生は宣言する。
「大人しく……従って下さい」
地面に大の字になったアークの身体は綺麗なままだった。
正確には身体のスペアを自動的に魔法で入れ替え、全身くまなく数回はボロボロにされている。
しかし……完膚なきまでに破壊されたのは……。
「あ……う」
明るい朝日の中で、胡乱気な眼差しを天に向けるアークはもはや意味のある言葉を発しなかった。
負けた、ありとあらゆる人類の中で最強として作られた英雄はたった一人の少女に本体である剣を折られ……肉体を破壊され……その存在意義を壊される。
「……桜花さん、カタリナさん。アークを拘束してもらえますか? 念のため身体を凍らせてください」
しばらくアークの反応を見守っていた弥生が桜花とカタリナに頼んだ。
二人ともゆっくり頷いてアークのそばまで歩いてくるが、アークは何の反応も返さない。
ただただ桜花とカタリナの拘束を受け入れ、その場に座る様に凍らされた。
「お疲れさん、身体は平気か?」
もういいだろうとキズナが弥生に声をかける。
肩で息をして、額に汗を浮かべて……銃と刀を握る手の平からは血が滴っていた。
普段扱い慣れてないものをあれだけ振るったのだ……マメがつぶれて出血しているのは容易に想像がつく。
「へへ、手が痛いや……キズナや洞爺おじいちゃん……すごいね」
「一人で倒しちまいやがって……お前の方がよっぽどすげえよ。ほら手を出せ……消毒と包帯だ」
そう言って消毒液のボトルと新品の包帯を取り出すキズナに、弥生は素直に銃と刀を地面に置いて手を出した。
「見事につぶれてるな。少し痛いが我慢しろよ」
ぐい、と弥生の右手首を掴んだキズナが口でボトルのキャップを開けてバシャバシャとかける。
「ひぎゃああああ!?」
「動くな馬鹿、包帯巻けねえよ」
涙目で絶叫する弥生をけらけらと笑いながら、キズナは手際良く手当てを進めた。
「まさか俺がお前の手当てをする日が来るとは……長生きするもんだな」
「一つしか違わないのに何言ってるの……いたいぃぃぃ」
「ほれ、左手もだ」
むんずと弥生が逃げないように手首をつかみ、反対側の手も消毒と包帯による圧迫止血。
再び喚く弥生がなんだかおかしかった。
「ううう……キズナ酷い、もうちょっと優しく……っていうかフィンさんに魔法で治してもらえばよかったのに!!」
「そりゃ無理だ。どんだけ空の穴を力技で開いたままにしてると思ってんだ?」
実際、大分小さくなったとはいえその次元の穴を開けたままにしている零士もさすがに疲れるという事で、フィヨルギュンがサポートを申し出ていた。
「あ、そっか……アリスさんとクロノスさんは?」
「もうすぐ来る。何でも自分の母親もこの場所に飛ばされてたらしい……迎えに行ってる」
「分かった……じゃあ、後始末をしようか」
「そうだな、その前に大ボスから伝言。近衛騎士団並びに空挺騎士、統括ギルド員に至るまで死者ゼロ。けが人は多数だが……誰一人お前の命令破ってないってよ」
その言葉に、アークがほんの少しだけ瞳の光を取り戻す。
「だれ、も……死んで、ない?」
呆然とつぶやくその言葉に、キズナが面倒くさそうに答えた。
「死者ゼロだ。お前、全敗してんぞ?」
三万もの武器や兵器を用意して、ただ一人の死者も出せない。
数も駄目、力でも負け……完全に。
アークは壊れた。
「零士さん、フィンさん、これから帰還希望の人達が到着します。その人たちが通ったらもう維持の必要は無いので……それまでお願いします」
「ああ、良いよ。それに、僕らは帰る気が無いからさ……レヴィヤタンの子たちがパンデモニウムの自爆装置を起動させた後、戻ってきたらあっちの穴は塞ぐつもりだ……」
「そうなんですか?」
パンデモニウムを自爆させるのは元々零士の計画である。
アレを元に第二、第三のアークを作られては困るから。
弥生はてっきり桜花とカタリナは元の時代に戻ると思っていたが……アークの拘束を終えた二人が近づいてきて弥生に告げる。
「今更戻ってもね……お父様とお母様がいるならこっちの方が快適なの」
「私は御姉様のそばに……」
それが結論らしい。
「儂らもここに残る。向こうに戻るのはアリスとクロノスだけじゃ」
洞爺達も弥生が戦っている間にそれぞれどうするか決めていた。
特に秘書部は生活基盤がすでにできている。
「という訳で、これからもよろしくねぇ。弥生」
にゃっはっはーとエキドナが手を振りながら笑う、そして……
「いやあ、ありがとうね零士さん。手間が省けたよ」
「ん? いやぁ、うちの妻がついでに持って行っただけだから気にしないで良いよ。大事な物だったんじゃないのかい?」
「いいのいいの、ああする必要があるのさ」
何やら零士と親しそうに話し始める。
何をしていたのか気になる弥生が首を傾げると、エキドナがすぐに教えてくれた。
「僕のスペアの身体を桜花の時代に置いて来たのさ。零士さんの奥さんに持って行ってもらってね」
「なんでまた……部品取りしたりとか記念に残したって良いのに」
「はっはー、そうすると困る人が居るんでね。悪いようにはならないから気にしない気にしない」
そう言って上機嫌にアルマジロに戻っていくエキドナ。
一体だれが困るのか、新たな疑問が浮かぶ弥生だが……不意に飛竜の翼の音が聞こえてきて、そちらに顔を向けると明るくなってきた空に飛竜の影が4つ見えてきた。
「あれかな? アリスさん達」
「……数合わねえな?」
確かに、キズナの言う通りアリス達であれば二匹で良いはずだ。
オルトリンデか誰かがついて来たのだろうかと弥生が目を凝らすと……一匹の飛竜が急に速度を上げた。
その飛竜には二人乗っているように見える。
その二人はしきりにこちらに向かって手を振ってきていた。
「誰だろ?」
手を額にかざしてキズナと弥生が目を凝らしていると、タオルと飲み物を持って真司と文香が声をかけてくる。
「ねえちゃん、お疲れ様。タオル濡らして来たよ」
「おねーちゃん! 格好良かったよ。お水持ってきたの!」
そんな二人も弥生とキズナの様子に気づいて視線を追う……。
「文香、見える?」
「うーん、見えない」
しばらく4人でそれを見守っていると……。
――んじ!!
――よい!!
「あ? 白い髪なんて統括ギルドに居たか?」
カーゴパンツに突っ込んでいた単眼鏡を取り出し、キズナが見たまんま三人に問いかける。
「ねえ、あれって……」
「あの声……」
「あにゃ?」
飛竜の手綱を打ち鳴らし、徐々に鮮明になってきた乗り手の髪の毛は……まるで雪のように真っ白で……
「なんかお前に似てねぇかあの女」
キズナのその一言が決め手だった。
「「「お母さん!!」」」
「へ?」
周りにいた楓や牡丹、片づけをしている夜音や糸子、キョトンとするエキドナ達の声にも応えず……一心不乱に飛竜に向かってばたばたと三人が駆けだす。
――母さん! あの子たちだ!! 間違いない!!
――弥生!! 真司! 文香!!
はっきりとその姿が見えてくると、飛竜はさらに速度を上げた。
長い白髪に目じりが上がった猫目、全身に革製の防具を身に着けて腰にはゲームでよく見る鉄の三本爪を下げている女性。
黒髪で背の高い、とろんとした感じの眼に黒い服。
その背中に大きな西洋弓を担いで大きく手を振っている。
「お父さんもいる!!」
「お母さん髪が白いよ!!」
飛竜は弥生達の元までひとっとびの距離まで来ると、翼を打ち鳴らし風を受けて減速を始めた。
手の痛みも忘れて弥生はぶんぶんと走りながら手を振る。
「お母さん!! お父さん!!」
ここしばらく夢で逢えなかった。
それでも……あの姿を忘れた事は無かった。
「弥生!」
近くまで来ると夜ノ華はひらりと飛竜から飛び降りて、慌てて後ろに乗る幸太郎が飛竜の手綱をキャッチして引く。
「おかあさん!」
落ちてきた夜ノ華を弥生はしっかり正面から抱き留める。
急いできたのだろう、汗のにおいがした。
ほっそりした記憶の母の身体が思ったよりもしっかりしていて、きっと大変な事があったんだろうと予測がつく。
「びっくりしたぁ! え、弥生こんなに力強いの!?」
まさか抱き留められると思ってなかった夜ノ華が声を上げた。
怒られたこともあった、喧嘩したことだってある。
でも、変わらず……安心する声。
「夜ノ華!! ひどいじゃないか!!」
ばさりと飛竜が気をきかせて真司と文香のそばにゆっくりと降りる。
「良いじゃない、三年ぶりなのよ!」
優しく髪の毛に指を通す夜ノ華の手の感触に、もう弥生は我慢できなかった。
「おかあ、さん」
腕を離して母の顔を見る弥生の顔がくしゃっとゆがむ。
「ただいま、お帰り? どっちかしら」
にぱっと満面の笑みで、夜ノ華は三年ぶりの娘の顔を眺める。
背丈は変わらない、ほんの少しやせたかも……しっかりとした革のワンピースとこげ茶色のベスト。
両手はぎゅっと握りしめられて、血が滲む包帯を巻いていた。
「わ、かんない……どっち、だろ」
地面に落ちる涙の跡が、どんどんどんどん増えていく。
「ごめんね、遅くなっちゃった」
「だい、じょうぶ……ちゃんと、私……ちゃんと頑張った。真司とね文香も……お手伝いして、くれて……」
「うん……うん!」
「友達も……いっぱい、助けてくれて……上手くできない時もあったけど」
「弥生」
「うん」
ぽん、と夜ノ華が弥生の頭に手を置く。
「よく頑張ったわね。ありがとう」
「……うん!!」
そこから弥生はあんまり覚えていない。
なんかしばらく泣きまくってた。
でも……
弥生が数年ぶりに望んだ「ただいま」は、とてもとても暖かかった。
半ばから折れた刀身をアークの鼻先に突き付けて弥生は宣言する。
「大人しく……従って下さい」
地面に大の字になったアークの身体は綺麗なままだった。
正確には身体のスペアを自動的に魔法で入れ替え、全身くまなく数回はボロボロにされている。
しかし……完膚なきまでに破壊されたのは……。
「あ……う」
明るい朝日の中で、胡乱気な眼差しを天に向けるアークはもはや意味のある言葉を発しなかった。
負けた、ありとあらゆる人類の中で最強として作られた英雄はたった一人の少女に本体である剣を折られ……肉体を破壊され……その存在意義を壊される。
「……桜花さん、カタリナさん。アークを拘束してもらえますか? 念のため身体を凍らせてください」
しばらくアークの反応を見守っていた弥生が桜花とカタリナに頼んだ。
二人ともゆっくり頷いてアークのそばまで歩いてくるが、アークは何の反応も返さない。
ただただ桜花とカタリナの拘束を受け入れ、その場に座る様に凍らされた。
「お疲れさん、身体は平気か?」
もういいだろうとキズナが弥生に声をかける。
肩で息をして、額に汗を浮かべて……銃と刀を握る手の平からは血が滴っていた。
普段扱い慣れてないものをあれだけ振るったのだ……マメがつぶれて出血しているのは容易に想像がつく。
「へへ、手が痛いや……キズナや洞爺おじいちゃん……すごいね」
「一人で倒しちまいやがって……お前の方がよっぽどすげえよ。ほら手を出せ……消毒と包帯だ」
そう言って消毒液のボトルと新品の包帯を取り出すキズナに、弥生は素直に銃と刀を地面に置いて手を出した。
「見事につぶれてるな。少し痛いが我慢しろよ」
ぐい、と弥生の右手首を掴んだキズナが口でボトルのキャップを開けてバシャバシャとかける。
「ひぎゃああああ!?」
「動くな馬鹿、包帯巻けねえよ」
涙目で絶叫する弥生をけらけらと笑いながら、キズナは手際良く手当てを進めた。
「まさか俺がお前の手当てをする日が来るとは……長生きするもんだな」
「一つしか違わないのに何言ってるの……いたいぃぃぃ」
「ほれ、左手もだ」
むんずと弥生が逃げないように手首をつかみ、反対側の手も消毒と包帯による圧迫止血。
再び喚く弥生がなんだかおかしかった。
「ううう……キズナ酷い、もうちょっと優しく……っていうかフィンさんに魔法で治してもらえばよかったのに!!」
「そりゃ無理だ。どんだけ空の穴を力技で開いたままにしてると思ってんだ?」
実際、大分小さくなったとはいえその次元の穴を開けたままにしている零士もさすがに疲れるという事で、フィヨルギュンがサポートを申し出ていた。
「あ、そっか……アリスさんとクロノスさんは?」
「もうすぐ来る。何でも自分の母親もこの場所に飛ばされてたらしい……迎えに行ってる」
「分かった……じゃあ、後始末をしようか」
「そうだな、その前に大ボスから伝言。近衛騎士団並びに空挺騎士、統括ギルド員に至るまで死者ゼロ。けが人は多数だが……誰一人お前の命令破ってないってよ」
その言葉に、アークがほんの少しだけ瞳の光を取り戻す。
「だれ、も……死んで、ない?」
呆然とつぶやくその言葉に、キズナが面倒くさそうに答えた。
「死者ゼロだ。お前、全敗してんぞ?」
三万もの武器や兵器を用意して、ただ一人の死者も出せない。
数も駄目、力でも負け……完全に。
アークは壊れた。
「零士さん、フィンさん、これから帰還希望の人達が到着します。その人たちが通ったらもう維持の必要は無いので……それまでお願いします」
「ああ、良いよ。それに、僕らは帰る気が無いからさ……レヴィヤタンの子たちがパンデモニウムの自爆装置を起動させた後、戻ってきたらあっちの穴は塞ぐつもりだ……」
「そうなんですか?」
パンデモニウムを自爆させるのは元々零士の計画である。
アレを元に第二、第三のアークを作られては困るから。
弥生はてっきり桜花とカタリナは元の時代に戻ると思っていたが……アークの拘束を終えた二人が近づいてきて弥生に告げる。
「今更戻ってもね……お父様とお母様がいるならこっちの方が快適なの」
「私は御姉様のそばに……」
それが結論らしい。
「儂らもここに残る。向こうに戻るのはアリスとクロノスだけじゃ」
洞爺達も弥生が戦っている間にそれぞれどうするか決めていた。
特に秘書部は生活基盤がすでにできている。
「という訳で、これからもよろしくねぇ。弥生」
にゃっはっはーとエキドナが手を振りながら笑う、そして……
「いやあ、ありがとうね零士さん。手間が省けたよ」
「ん? いやぁ、うちの妻がついでに持って行っただけだから気にしないで良いよ。大事な物だったんじゃないのかい?」
「いいのいいの、ああする必要があるのさ」
何やら零士と親しそうに話し始める。
何をしていたのか気になる弥生が首を傾げると、エキドナがすぐに教えてくれた。
「僕のスペアの身体を桜花の時代に置いて来たのさ。零士さんの奥さんに持って行ってもらってね」
「なんでまた……部品取りしたりとか記念に残したって良いのに」
「はっはー、そうすると困る人が居るんでね。悪いようにはならないから気にしない気にしない」
そう言って上機嫌にアルマジロに戻っていくエキドナ。
一体だれが困るのか、新たな疑問が浮かぶ弥生だが……不意に飛竜の翼の音が聞こえてきて、そちらに顔を向けると明るくなってきた空に飛竜の影が4つ見えてきた。
「あれかな? アリスさん達」
「……数合わねえな?」
確かに、キズナの言う通りアリス達であれば二匹で良いはずだ。
オルトリンデか誰かがついて来たのだろうかと弥生が目を凝らすと……一匹の飛竜が急に速度を上げた。
その飛竜には二人乗っているように見える。
その二人はしきりにこちらに向かって手を振ってきていた。
「誰だろ?」
手を額にかざしてキズナと弥生が目を凝らしていると、タオルと飲み物を持って真司と文香が声をかけてくる。
「ねえちゃん、お疲れ様。タオル濡らして来たよ」
「おねーちゃん! 格好良かったよ。お水持ってきたの!」
そんな二人も弥生とキズナの様子に気づいて視線を追う……。
「文香、見える?」
「うーん、見えない」
しばらく4人でそれを見守っていると……。
――んじ!!
――よい!!
「あ? 白い髪なんて統括ギルドに居たか?」
カーゴパンツに突っ込んでいた単眼鏡を取り出し、キズナが見たまんま三人に問いかける。
「ねえ、あれって……」
「あの声……」
「あにゃ?」
飛竜の手綱を打ち鳴らし、徐々に鮮明になってきた乗り手の髪の毛は……まるで雪のように真っ白で……
「なんかお前に似てねぇかあの女」
キズナのその一言が決め手だった。
「「「お母さん!!」」」
「へ?」
周りにいた楓や牡丹、片づけをしている夜音や糸子、キョトンとするエキドナ達の声にも応えず……一心不乱に飛竜に向かってばたばたと三人が駆けだす。
――母さん! あの子たちだ!! 間違いない!!
――弥生!! 真司! 文香!!
はっきりとその姿が見えてくると、飛竜はさらに速度を上げた。
長い白髪に目じりが上がった猫目、全身に革製の防具を身に着けて腰にはゲームでよく見る鉄の三本爪を下げている女性。
黒髪で背の高い、とろんとした感じの眼に黒い服。
その背中に大きな西洋弓を担いで大きく手を振っている。
「お父さんもいる!!」
「お母さん髪が白いよ!!」
飛竜は弥生達の元までひとっとびの距離まで来ると、翼を打ち鳴らし風を受けて減速を始めた。
手の痛みも忘れて弥生はぶんぶんと走りながら手を振る。
「お母さん!! お父さん!!」
ここしばらく夢で逢えなかった。
それでも……あの姿を忘れた事は無かった。
「弥生!」
近くまで来ると夜ノ華はひらりと飛竜から飛び降りて、慌てて後ろに乗る幸太郎が飛竜の手綱をキャッチして引く。
「おかあさん!」
落ちてきた夜ノ華を弥生はしっかり正面から抱き留める。
急いできたのだろう、汗のにおいがした。
ほっそりした記憶の母の身体が思ったよりもしっかりしていて、きっと大変な事があったんだろうと予測がつく。
「びっくりしたぁ! え、弥生こんなに力強いの!?」
まさか抱き留められると思ってなかった夜ノ華が声を上げた。
怒られたこともあった、喧嘩したことだってある。
でも、変わらず……安心する声。
「夜ノ華!! ひどいじゃないか!!」
ばさりと飛竜が気をきかせて真司と文香のそばにゆっくりと降りる。
「良いじゃない、三年ぶりなのよ!」
優しく髪の毛に指を通す夜ノ華の手の感触に、もう弥生は我慢できなかった。
「おかあ、さん」
腕を離して母の顔を見る弥生の顔がくしゃっとゆがむ。
「ただいま、お帰り? どっちかしら」
にぱっと満面の笑みで、夜ノ華は三年ぶりの娘の顔を眺める。
背丈は変わらない、ほんの少しやせたかも……しっかりとした革のワンピースとこげ茶色のベスト。
両手はぎゅっと握りしめられて、血が滲む包帯を巻いていた。
「わ、かんない……どっち、だろ」
地面に落ちる涙の跡が、どんどんどんどん増えていく。
「ごめんね、遅くなっちゃった」
「だい、じょうぶ……ちゃんと、私……ちゃんと頑張った。真司とね文香も……お手伝いして、くれて……」
「うん……うん!」
「友達も……いっぱい、助けてくれて……上手くできない時もあったけど」
「弥生」
「うん」
ぽん、と夜ノ華が弥生の頭に手を置く。
「よく頑張ったわね。ありがとう」
「……うん!!」
そこから弥生はあんまり覚えていない。
なんかしばらく泣きまくってた。
でも……
弥生が数年ぶりに望んだ「ただいま」は、とてもとても暖かかった。
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