長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ

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よし、これで勝てる!

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 その一報は最速かつ正確に戦場を駆け巡る。
 あるものは歓喜し、あるものは涙し、あるものは奮起した。

「弥生監理官補佐が闇落ちから脱却!! これより各地サポートを開始するとの事!!」

 これだけで理解されてしまうキズナの帰還。
 そして……

「一時はどうなるかと思った。ブレーキが無くなったらこの国終わるぞ」

 すっかり全盛期の容姿を取り戻し、戦場の要となったアルベルトが胸をなでおろす。
 
「……生きてたんですね陛下」
「禁忌武装舐めんな、なあ?『ロザリア』」
『ジャージタイム延びる、もうやらない』

 部隊の再編を繰り返しても繰り返してもなぜか同じ部隊になる酒場で働く娘が心配な隊長騎士さん、部下の安全『は』完璧に守り切った。
 陛下? 何それ美味しいの?

「ちっ」
「……舌打ち。俺が悪いんだがもうこの隊長クビにしていい?」

 だばだばと滂沱の涙を流さんばかりにアルベルトが嘆く。
 しかし、そんな場合ではなかった。

 弥生の支援砲火と言う名の八つ当たりで相当な数のディーヴァが一掃されている。
 それどころか……。

「共有!! 敵軍増援停止!! 増援停止!」

 とうとう……あれだけ斬っても殴っても、壊し続けてきたにも拘らず減る気配が見えなかったディーヴァの群れが終わりを見せたのだ。

「早い所弱点を見つけなければ……」
「もう隠す気ないよね!? お前、さっき避難用の穴から俺を当たり前のように蹴りだして盾で押し出したよな!?」

 こっちはしばらく後を引きそうだが他の関係ない騎士たちにとっては明るい知らせだ。
 特に団長であるバステトの気苦労と言ったら半端では無い。

 ぎゃあぎゃあとかなり遠くでディーヴァの残骸を観客に騒ぐ部下と上司を視界に収めながら、部隊を指揮し続けてきたのだから。

「俺が引退したいよ全く……おい、誰も死んで無いな?」

 本音を垣間見せてはいるものの、真剣なまなざしで隣の副団長に確認する。
 彼も頬を軽く切ったり、どこかの監理官補佐のぶちかましたミサイルの炎に髪の毛の先を焦がされつつもまだまだ元気。当然! とバステトに頷き返す。

「じゃあ最終ラウンドだ! 慰霊碑の予算は取る気がないとオルトリンデ監理官もクロウ宰相も断言した! 書類に判を押すのが面倒だから死ぬな!! 良いなお前たち!!」

 書類に、と言うのがウェイランドらしい所だ。
 特に隊長クラスになって現在は統括ギルドに出向している者にとっては実に心に響く。
 
 ――おおおお!!

「よし、編成を変える。空挺騎士団に上空からの戦闘支援の要請! 可能なものはアーマードを許可する!! 掃討を開始せよ!!」

 ここまで来たら後は維持と根性が残っている騎士団たちの本領発揮。
 高い防御力を誇る近衛騎士団だからこそだ。

「国内にディーヴァ侵入! フレアベル様、マリアベル様がパッションとか言ってて敵最深部で暴れているせいです!!」
「クロウ宰相に何とかしろと通達! オルトリンデ監理官もそろそろ暴れたいだろう!」

 そもそもウザインデス家は戦力として数えていない。
 むしろ勝手に大型の敵をつぶして回ってくれている、利用しない手はなかった。

「秘書部所属! 戦車が合流を要請してます!」
「左舷の部隊に回せ! 右舷はアルベルト陛下が居る!!」

 次々と陣形を立て直し、臨機応変に現状への対処を終えていくバステト。
 
「こ……」
「こ?」
 
 それでも言葉に詰まる副団長の報告に首をかしげる。
 
「国内に蜘蛛が大量発生!! ディーヴァを……食べてるそうです」
「……無視しろ、どうせ秘書部だ」
「はい……ですね」

 特に傷だらけの蜘蛛がなんかすごい勢いで暴れていた。そんな報告もいらないのだ。

「後は……むこうか」

 かなり遠く、キズナが敵を引き付けようとして向かった西側の空に浮かぶ敵。
 すでにオルトリンデからは厄介な敵の親玉だと聞いている。
 しかし、バステトには手出しができない。
 魔法に対する耐性が必要な上、一撃で鉄の塊を斬るほどの技量が必要では……

「頼むぞ秘書部……」

 自分にできる事だけ、まずはやり遂げる。
 大人としての責務を果たすため、指揮を執り、戦いに身を投じるバステトはどこかの陛下よりよっぽど格好良かった。

「また酒場のミクちゃんと酒を飲みたい所だ」
「可愛いっすよね。あの子」
「ああ、今度休暇を取って旅行に行くんだ……二人でな」
「……奥さん知ってるんすか?」

 遠い目をするバステト……現在奥さんはミルテアリアの実家へ帰り。別居中だったりする。




 ◆◇―――◆◇―――◆◇―――◆◇




「え、キズナってノーパンなの?」
「……お前、どんな聞き間違いしたらそうなるんだよ!? 履いてるよ!! 黒だよ!!」

 ノートパソコンの話をしてる時に、空耳した弥生が投げた爆弾をしっかりキャッチしてさらに油を注いだキズナ。
 いたたまれないのはこの場で唯一の男の子、真司君だった。

「アカシア、ノイズキャンセリングで二人の会話だけ消せない?」
『否定、そのような機能は持ち合わせていません』
「だよね……何が悲しくて姉たちのパンツ事情聴かなきゃいけないんだよ僕……」

 急ごしらえに近くに放棄されていた馬車の幌を剥ぎ取り、運搬用のカーゴにして弥生曰く……『おもちゃ』を積み込んでいく三人と一台。

「ほら、やっぱりお前のせいで真司の性癖歪んでんじゃねぇのか?」
「私? そんなわけないじゃん。牡丹さんのせいだって」

 汚い擦り付けあいにも耳を貸さず、動けるものに、私はなりたい。

「それにしても、なんか蜘蛛多くない?」
「あ、それ糸子さんが本気出したから」
「呼びましたぁ?」

 しゅるしゅると糸を垂らして降りてくる完全蜘蛛化した糸子さん。
 蜘蛛の口でどうやって流暢にしゃべってるのか分からないが……いつも通りのほんわかした雰囲気の声に真司が和む。

「お疲れ様です」
「よう、世話かけてる」
「いえいえ~暇なので荷物運び。お手伝いしますよ~」

 それは願ってもない申し出だった。
 運搬中にガタゴト揺れて落ちたら困るとジェノサイドを呼ぼうと思ったが……ディーヴァを狩れと送り出してしまっている。
 キズナの蜘蛛もさっきその身を挺して命を散らしてしまっていた。

「あ……そうだ。糸子、すまねぇ……俺が預かっていた二匹……」
「? あの子たちどうかしたんですか?」
「さっき俺を護って……」
「そこにいますけど?」
「あん?」

 わしゃわしゃと髪の毛を手でかき回すキズナの鼻先に、二匹の蜘蛛が転がり落ちてくる。
 
「……おい」

 やべ! バレたと言わんばかりにわしゃわしゃと慌てる二匹。

「それ、脱皮じゃないですかぁ? ちょっと大きくなってますし」
「蜘蛛って脱皮するのか?」
「しますよ? ほら」

 ぺりぺりと自分の皮を脱ぎ捨ててぽい。

「……とりあえずもろもろ後だ。働けお前ら、荷物の固定だ!」

 びしっと前脚を上げておりていく二匹をジト目で見送るキズナ。

「良かったね。キズナ」
「ああ、だが後で説教だ」

 ここまで、ウェイランドの犠牲者……0人。
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