長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ

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かくて戦端は落とされり

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 すっかり風が温かくなり、普段であれば街道は草木が揺れて商人が行きかい。旅人や冒険者が魔物狩りと銘打ってちょっと珍しい山菜を収集したり、外壁の外で衛兵が非番の者を集めてバーベキューなどをしている光景が見られる……はずだった。

 それが今は……

「先頭を目視で確認……距離700、ディーヴァです」

 ウェイランドの北門から先、北海に至る道までは基本的に起伏が少なく緩やかな丘が広がっていた。その一番奥の丘の当たりにぽつんと小さな黒い点が見える。

 それを双眼鏡でウェイランドの宰相、クロウが捉えた。最初は点にしか見えないが徐々にそれは横に広がり……線となっていく。

「来たか……オルトリンデに信号を上げてくれクロウ。開戦だ」
「分かりました」

 双眼鏡を降ろし、クロウが信号弾を装填した銃を空に向けて引き金を引く。

 ――ポンッ! 

 気の抜けた音と共に弾丸が上空へ煙の尾を曳いて……紅い煙で出来た花が空に咲いた。

「さて、まずはノルトの民が……」

 ――ピピピッ、ピーピー
 
 早速クロウの持っている携帯端末が弥生の出した合図を受けて鳴り響く。
 ここまでは予定通りだ、そして北門の城壁の内側から次々と丸いバレーボール大の砲弾が弧を描いてディーヴァの方へ飛んでいった。

「さあ、どうなる」
 
 戦闘用の鎧……現役時代にお世話になった革製の軽鎧を鍛冶職人が邪神竜の鱗で改造したものを着こんでいるアルベルトがその球の行方を目で追う。
 見事な物でこの球を投げているのはウェイランドに住むノルトの民、今回手を上げてくれた40名の方々だ。最初は投石機を加工して使う予定だったが、弥生と桜花がそれだと弾着前に対応される恐れがあるとして音の出ない、なおかつ飛距離が出る方法として採用したのである。

「本当に警戒していないですね……撃ち落とす気配がない」

 クロウが呆けたように双眼鏡で敵を観察すると、ゆるゆるとした動きで砲弾が落ちてくる場所を避ける様子が見える。本来であれば遠距離からの対空砲火が始まるはずなのに爆弾だと認識されていない様だ。

「音がしないからな……大砲とかだともっと直線の軌道だし、音もすごい」
「確かに……アレはただの飛来物とだけしか認識されてませんね」

 ついでに言えば、弥生の小細工も生きている。
 最初に投げる砲弾には砂利と泥を混ぜて薄くコーティングされていたりした。そのためディーヴァも投石か何かだと判断して弾着地点を避けるだけの判断しかできなかったのだ。

「弾着まで、2……1……」

 クロウがその光景を視界に収めながらカウントする。
 投擲された爆弾の球がディーヴァの群れの先頭に、吸い込まれるように落ちていき……。

 閃光が瞬いた。

 一斉に着弾した40個の爆薬は一個当たり、TNT換算と言う爆弾の威力を示すもので言えば3キロ相当。鉄骨のビルでも倒壊するレベルの物だったりする。
 そんなものが投げ入れられれば、衝撃だって相当なもので……
 
「!! 陛下! 伏せてください!!」

 思いのほか強力な閃光と空に舞い上がるディーヴァの身体、それを見てクロウがアルベルトを押し倒すように地に転がり伏せる。

「なにを!?」

 アルベルトへの答えはすぐに帰ってきた。
 地面を舐めるように大気の壁が衝撃と音を伴って放射状に迫る。その勢いに二人は伏せてもなお、土ごと引っぺがされて城門に吹っ飛ばされた。凄まじい勢いで身体が叩かれるような音に二人とも耳がやられて音が消え、何が何だかわからないまま激突する。

「がはっ!!」
「ぐっ!!」

 視界がやたらと薄暗く、耳鳴りが酷い……相当な勢いでぶつかったのだろう背中がじんじんと痛むし息もしづらい。そんな中、クロウは何とか衛兵用の通用口を見つけて城壁の中へもぐりこむ。
 鍛えてるだけあってアルベルトも混乱しつつもクロウに続いて……

「ドアを閉めて!!」

 耳が効かないので声も張り上げるしかないクロウがジェスチャーも交えて、ドアを閉めるようにアルベルトへ怒鳴る。その切り取られた視界の空にはすでに第二射の爆弾が飛んでいた。

「何が景気づけの花火だ!! 戦う前に死ぬところだ!!」

 ようやくなんで吹っ飛ばされたのか理解したアルベルトが悪態をつきながらドアを乱暴にしめる。
 頑丈な樫の木のドアがけたたましい音を立てて外と中を隔てた。
 そこには……目を回す連絡員が数名転がっている。

「お前たちも災難だな……くそ、これじゃ投げきるまで外には配置できん訳だ」

 もしかしたら弥生はこれを見越して近衛騎士や洞爺達を巨大な門の内側で布陣を敷いて、開門と同時に作戦を決行させると言い出したのでは? とアルベルトが連絡員を介抱しながら想像する。

 大当たりである。

「何がコンポジション爆薬ですよ……だ、何か細工してる!! 陛下、耳を塞いで口を半開きにして伏せて下さい!! まだあと4回来ます!!」

 言うが早いかクロウはさっさと床に伏せた。
 それを見てアルベルトも先ほどクロウがしていたように連絡員に覆いかぶさるように庇う。

 それでも……

 肌をびりびりと音が叩き、城門自体も揺れている。そんな二人の目の前には天井から少量だが、さらさらと埃やら砂が落ちてきていた。

「と、とんでもない物を温厚なノルトの民に投げさせるなぁぁぁ!!」
「これだけで多脚戦車、少しでも壊れてくれませんかねぇ……」

 アルベルトの心の叫びは誰の耳にも届かないまま破壊の波はそれから数度、その身を揺らすのだった。
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