長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ

文字の大きさ
上 下
208 / 255

魔物大発生

しおりを挟む
「弥生、遅くなってすみません。資料を探してました」

 すでに統括ギルドの秘書室には秘書部全員と真司、文香も合流してオルトリンデを待っていた。
 正面上座にはオルトリンデが座る椅子が、その隣にはすでに弥生が神妙な顔つきで肘を机に置いている。普段であればにぎやかなメンバーが、この時ばかりは沈黙を保ちオルトリンデと弥生の言葉を待っていた。

「大丈夫、まだ時間はあるから。クロウ宰相とアルベルト陛下はどれくらいでこれそう?」
「今すぐ来ます。飲み物の用意は?」
「メイドーずの皆が用意してくれてるよ。オルちゃん何飲む?」

 糸子とカタリナと牡丹はカートに何種類かの飲み物とグラスを用意して控えている。
 それを見てオルトリンデは小首をかしげて答えた。

「そうですねぇ。ワインと行きたい所ですが紅茶ですかね、今は」

 オルトリンデの言葉に弥生の表情が和らぐ、先触れで用件だけは紙に書いて渡していたのだが彼女は動じない。それどころか。

「何を深刻そうな顔をしてるんです? あなた達がそんな感じだなんて……明日は魔物が降るんですかね?」

 とことこと、その場にいる全員を見ながら……いつもの様にオルトリンデは微笑みながら弥生の隣へ行く。そして、本来なら自分が座る椅子の前に立つと……

「弥生、席が逆です。変わってください」
「うん?」

 そう言ってオルトリンデは胸ポケットからあるものを取り出す。
 それは綺麗な白金で作られた……刀と銃、そこに翼のモチーフが刻まれた小さな小さなバッジ。

「現時刻をもってあなたを監理官補佐とします。そしてこの案件、最初に気づいたのはあなた達秘書部ですからね……あなた達の見解を聞いて初めて対応が決まります。バックアップは任せなさい弥生……この厄災は皆で片づけますよ!」

 本来であれば弥生の研修が終わって初めて渡そうと思っていたもの。
 それでも、オルトリンデは今渡すべきだと判断した。

「……へへ、この間の仕返しかな? オルちゃん」
「小さいのは胸だけにしてください。レア中のレアケースです。経験値としては私が監理官になった時と変わりませんからねぇ」
「そう言う事にしておこうか。じゃあ……」

 椅子から立ち上がり、弥生はオルトリンデに向き合う。
 その眼差しは真剣で若干の緊張も見て取れた。しかし、弥生の手は震えずオルトリンデの差し出した手の上にあるバッジを取って……ゆっくりと秘書官のバッジを外し、新しい白金のバッジをつける。

「……元が地味ですから映えますね、バッジ」
「二個めの仕事はギルドの制服の刷新だね!! その通り過ぎて文句も返せない!?」
「ふふ、ふふふ……そうそう、それでいいんです。では、弥生監理官補佐。議長を務めなさい、書記は私がとります」

 陣頭指揮を執るのであればその人物に求められるのは冷静さである。
 ちょうどいいストレスと少しのユーモア。そのバランスは現場へとたやすく伝播するからだ。

「うん!」

 いつもの、とまでは行かないが弥生の顔に笑顔が戻る。

「すまない、遅れた」

 ちょうどその時、クロウ宰相とアルベルト国王が秘書室に入ってきた。
 それぞれ必要と思われる重鎮を引き連れてだ……その中には空挺騎士団、近衛騎士団の団長や魔法士ギルドのギルド長、建築ギルドの親方衆をまとめているドワーフもいる。

「大丈夫ですよ。皆も何か飲む?」

 思ったより多くの人が来たので追加の机と椅子を真司とエキドナが取りに行って、部屋一杯に会議場が再設営された。

「ではオルトリンデ……じゃなく弥生、状況を」

 アルベルト国王が全員の準備ができたのを確認して弥生を促す。
 
「はい、まずは……結論から言います。魔物の大発生スタンビートが発生しました」

 わかっていたとしても場がざわつく、しかし……それも一瞬。
 弥生の言葉を聞き漏らすまいとすぐに落ち着いていく。

「根拠と今わかっている状況を桜花さんから話してもらいます。桜花さん、お願いします」

 話を振られた桜花は白衣を翻して椅子から立ち上がる。

「おっけー、EIMS……スクリーンモード。プレゼン資料『A1』を表示」

 桜花の足元に置いてあるアタッシュケースが勝手に開き、丁度全員が見やすい位置に円筒形のスクリーンとなって浮遊する。
 全方位のモニターのようなものだがかなり鮮明でそれぞれ見やすいようになっていた。
 そこにはいくつかの図が表示され、注釈が←と共に記されている。

「そこに書かれているのはウェイランドを中心とした地図、その赤い点が私の私物である警報装置みたいな物の場所……Nって書かれている方向が北、つまりこの円がウェイランドの城壁で、黒い点が北門の場所を示しているわ」

 桜花の説明に合わせて画面には〇などのハイライトがついていて、真司にもわかりやすく描かれていた。アルベルトや騎士団長達も感心すると同時に私物でこんなに広い範囲を警戒していたのかと、桜花の技量と物量に若干引いていたりする。

「何が書いてあるかは分かったわね。じゃあここから説明……本日朝方北門から北海にかけて設置した警戒装置が全滅したわ。数は50、いずれも重火器による遠距離狙撃で壊されたと思う……クロウさん、狙撃砲を持ってる国とか相手に心当たりは?」

 話を振られたクロウ宰相がアルベルトに目配せして、発言の許可を求めた。
 アルベルトも一つ頷き、クロウが答える。

「一つだけ、アークが潜伏していると思われる北海の海峡に沈んでいる……航空宇宙戦艦、ニルヴァーナの兵器開発プラントで製造は可能かと」
「私、その戦艦を知らないんだけど……どれくらい詳しい?」
「そうですね、当時のスペックは単独で大気圏、宇宙空間の航行が可能。主戦力としての武装はされていませんが……上陸強襲用に兵器開発プラントを装備しています。三十年前の魔物の大発生スタンビートはこの兵器開発プラント製と言う結論です」

 そう、クロウ、オルトリンデ、アルベルトは三十年前に魔物の大発生スタンビートを鎮圧するために、最前線で戦い……その後にクロウはオルトリンデとアルベルトにだけは自分の出自、その時の魔物の正体についての推論を話していた。

「そっか、オルトリンデ監理官が持ってきた資料がその時のって訳ね……見せてもらったんだけど不味いわね……この三十年で再生産されていたら今度来るのは骨董品じゃなくて新品ね」
「そうなります……近代兵器に対しては城壁もあまり効果的ではないかもしえません」
「じゃあ結論、無人兵器がこの国を襲うわ。猶予は今日を含めて二日……かな」

 たった二日、残された時間は実質一日半、36時間……その分かりやすい試算は全員に伝わる。

「こっからは僕も説明に参戦するよ。無人兵器……まあ、今回の話に合わせるなら魔物の主戦力はディーヴァと呼ばれる人型の魔物だと思うよ。ニルヴァーナが搭載している兵器リストに載ってるから共有するね。桜花」
「ありがと。で、そいつどれくらい強いの?」
「うーん、素手でレンガの壁を殴り壊せて剣が通りにくい鋼鉄の身体と、すごい身軽……ウェイランドの城壁をよじ登れると思う。ついでに言えばしつこい」

 それを聞いて騎士団の二人が顔をしかめる。
 そもそも魔物の侵入経路を制限するために築いた城壁が、目隠しになってしまう恐れに気づいたのだ。

「弥生、この国の人口と戦力は?」
「非戦闘員が12万人、戦闘員は騎士団が主体で空挺騎士団が300人、近衛騎士団が4000人、冒険者ギルド所属の700人、探索者ギルド所属の400人、魔法士ギルドは70人……後、秘書部。合わせて5500人くらい?」
「エキドナ、クロウ……兵器製造プラントの保有限界は?」
「ディーヴァ2万体、中型多脚機動戦車4000体、中型航空戦闘機4000機、残り2000が……大型制圧兵器の計、三万だ」
「火薬とかも艦内で成分生成してるから海底の資材で作り放題だろうねぇ。どう思う? 弥生」

 5500対30000……火を見るより明らかな戦力差である。
 これには全員が閉口してしまった。

「これは逃げるが勝ち……とも言えないなぁ」

 ウェイランドの騎士は強い、洞爺達も強い、しかし……物量差だけは何ともし難い。
 このまま相手がまっすぐ来るならベルトリアとミルテアリアに逃げるのもありだが……

「そうね、多分進路的にはまっすぐ一番近い生体反応目指してるだろうから。逃げても追われるだけよ。むしろここで止めないと戦線が真横に広がるだけだと思うわ」
「つまり……このウェイランドで応戦して三万の戦力全てを潰さないと駄目だという事か」

 かなり絶望的な戦いを強いられたものである。

「オルちゃん、非戦闘員……国の住人だけでもどこかに逃がせられないかな?」
「南しかないでしょうね。エルフの国まで渡るには船で海峡を渡らねばなりませんが……商用の船を総出にしても一回で数千人運べるかどうか」
「そっか……じゃあ、戦うかぁ」

 頭をガシガシと掻いて弥生が決断した。
 
「勝算はあるんですか?」
「うう~ん、なんとも言えないけど……逃げても死ぬだけだよ。やれるだけやろう」

 確かにその通り、迎え撃たなければ全滅は免れないだろう。

「では弥生、儂らの配置を決めるがいい」

 黙して語らず、会議が始まって以降ずっと目をつむり説明を聞いていた洞爺が口を開く。
 その目は普段の温厚で穏やかな洞爺の物ではなく……触れれば斬れる刃物のごとき剣呑な眼差しだった。

「うん、じゃあ……」

 ウェイランド防衛線の本会議が今、始まる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった〜

霞杏檎
ファンタジー
祝【コミカライズ決定】!! 「使えん者はいらん……よって、正式にお前には戦力外通告を申し立てる。即刻、このギルドから立ち去って貰おう!! 」 回復術士なのにギルド内で雑用係に成り下がっていたフールは自身が専属で働いていたギルドから、何も活躍がないと言う理由で戦力外通告を受けて、追放されてしまう。 フールは回復術士でありながら自己主張の低さ、そして『単体回復魔法しか使えない』と言う能力上の理由からギルドメンバーからは舐められ、S級ギルドパーティのリーダーであるダレンからも馬鹿にされる存在だった。 しかし、奴らは知らない、フールが【魔力無限】の能力を持っていることを…… 途方に暮れている道中で見つけたダンジョン。そこで傷ついた”ケモ耳銀髪美少女”セシリアを助けたことによって彼女はフールの能力を知ることになる。 フールに助けてもらったセシリアはフールの事を気に入り、パーティの前衛として共に冒険することを決めるのであった。 フールとセシリアは共にダンジョン攻略をしながら自由に生きていくことを始めた一方で、フールのダンジョン攻略の噂を聞いたギルドをはじめ、ダレンはフールを引き戻そうとするが、フールの意思が変わることはなかった…… これは雑用係に成り下がった【最強】回復術士フールと"ケモ耳美少女"達が『伝説』のパーティだと語られるまでを描いた冒険の物語である! (160話で完結予定) 元タイトル 「雑用係の回復術士、【魔力無限】なのに専属ギルドから戦力外通告を受けて追放される〜でも、ケモ耳少女とエルフでダンジョン攻略始めたら『伝説』になった。噂を聞いたギルドが戻ってこいと言ってるがお断りします〜」

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

リリゼットの学園生活 〜 聖魔法?我が家では誰でも使えますよ?

あくの
ファンタジー
 15になって領地の修道院から王立ディアーヌ学園、通称『学園』に通うことになったリリゼット。 加護細工の家系のドルバック伯爵家の娘として他家の令嬢達と交流開始するも世間知らずのリリゼットは令嬢との会話についていけない。 また姉と婚約者の破天荒な行動からリリゼットも同じなのかと学園の男子生徒が近寄ってくる。 長女気質のダンテス公爵家の長女リーゼはそんなリリゼットの危うさを危惧しており…。 リリゼットは楽しい学園生活を全うできるのか?!

異世界で美少女『攻略』スキルでハーレム目指します。嫁のために命懸けてたらいつの間にか最強に!?雷撃魔法と聖剣で俺TUEEEもできて最高です。

真心糸
ファンタジー
☆カクヨムにて、200万PV、ブクマ6500達成!☆ 【あらすじ】 どこにでもいるサラリーマンの主人公は、突如光り出した自宅のPCから異世界に転生することになる。 神様は言った。 「あなたはこれから別の世界に転生します。キャラクター設定を行ってください」 現世になんの未練もない主人公は、その状況をすんなり受け入れ、神様らしき人物の指示に従うことにした。 神様曰く、好きな外見を設定して、有効なポイントの範囲内でチートスキルを授けてくれるとのことだ。 それはいい。じゃあ、理想のイケメンになって、美少女ハーレムが作れるようなスキルを取得しよう。 あと、できれば俺TUEEEもしたいなぁ。 そう考えた主人公は、欲望のままにキャラ設定を行った。 そして彼は、剣と魔法がある異世界に「ライ・ミカヅチ」として転生することになる。 ライが取得したチートスキルのうち、最も興味深いのは『攻略』というスキルだ。 この攻略スキルは、好みの美少女を全世界から検索できるのはもちろんのこと、その子の好感度が上がるようなイベントを予見してアドバイスまでしてくれるという優れモノらしい。 さっそく攻略スキルを使ってみると、前世では見たことないような美少女に出会うことができ、このタイミングでこんなセリフを囁くと好感度が上がるよ、なんてアドバイスまでしてくれた。 そして、その通りに行動すると、めちゃくちゃモテたのだ。 チートスキルの効果を実感したライは、冒険者となって俺TUEEEを楽しみながら、理想のハーレムを作ることを人生の目標に決める。 しかし、出会う美少女たちは皆、なにかしらの逆境に苦しんでいて、ライはそんな彼女たちに全力で救いの手を差し伸べる。 もちろん、攻略スキルを使って。 もちろん、救ったあとはハーレムに入ってもらう。 下心全開なのに、正義感があって、熱い心を持つ男ライ・ミカヅチ。 これは、そんな主人公が、異世界を全力で生き抜き、たくさんの美少女を助ける物語。 【他サイトでの掲載状況】 本作は、カクヨム様、小説家になろう様でも掲載しています。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

処理中です...