長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ

文字の大きさ
上 下
207 / 255

終わる日常

しおりを挟む
 ウェイランドの東西南北に通っている基幹道路。
 その西側に向かう道路をキズナとジェノサイドに乗った弥生が歩いていた。

「ええと、今日は西区の加工実習施設の修理立ち合い……だけか。これなら午前中には終わるかなぁ……キズナ、何か買いたいものある?」
「ん? ああ……小麦粉と卵と砂糖……後は何が居るんだっけな?」
「何を作るの?」

 ジェノサイドの上からのんびり歩いているキズナに声をかける弥生。その顔には疑問符が浮かんでいた。そんな弥生にキズナは少し言いにくそうに視線を泳がせて、ぽつりと答える。

「今晩クッキー作ろうか……な、と」
「ほえ?」
「クッキーだ、クッキー……」
「キズナって、クッキー作れるの?」
「作れない……あの、そのだな……教えて、くれ。弥生」

 顔を真っ赤にしてぶっきらぼうだがキズナが弥生的に可愛く萌えるお願いをしてきた。あまりにもと言えばあまりにもな唐突な友人の言葉に弥生の目が輝く!

「良いよ!! もう手取り足取り教えるが!? 何このかわいい生き物!!」
「だよなぁ!? そうなると思った!! くそっ!! 文香にすりゃよかった!!」
「くっふぅ! そんなこと言わないで! ちゃんと教えるから!!」

 鼻血でも出そうな位に興奮しながら弥生は親指を立ててキズナに宣言する。
 自分の判断にかなり自信が無くなったキズナがジト目で弥生に釘を刺しておく。

「お前、言いふらかしたら拷問整体の刑に処すからな?」
「そ、それは嫌だなぁ。まあ、真面目な話なんでクッキー?」

 言うてみ言うてみ、とキズナを促す弥生さん。
 表情は真面目だがキズナの視界の外にある足先はぴこぴこと犬のしっぽみたいに揺れていた。

「あー……昔、パパが大怪我した時があってな。闇医者んところにしばらく住んでた時期があってよ……二週間くらいパパが起きてこなくて不安になってたんだよな俺。そしたら姉貴とママがどこからかクッキーの材料持ってきて焼いてくれたんだよ。そしたらさ……パパが『あ? 開店の時間か?』って起きてきた。それ以来なんかあった時はクッキーになってさ」
「そっかそっか、氷雨さんと焔さんが来たらお祝いにキズナタンはクッキーを焼いてあげたいんだね!? デュフ!!」
「……気持ち悪いのが隠しきれてねぇぞ。次期監理官」

 ニタニタと不気味な笑みだが、本人これでも真面目なのだから性質が悪い。
 
「酷いなぁ、で……どんなクッキー?」
「はあ、まあいい……ええとなぁ、でいあま……でぃあな??? あれ?」
「ディアマンクッキーね。固めて切るやつでしょ?」
「そうそれ!! 砂糖をまぶしてた」
「ほいほい……んじゃあ帰りに買っていこうか」

 幸い西区画は農産品とか日用品が豊富にそろえられている。クッキーの材料位すぐに見つかるだろう。仕事自体も立ち会うだけだし、その間にキズナに買い出しに行ってもらっても良い。

「おう、つっても……見てるだけってのは暇だけどな」
「キズナにとっては退屈だもんね。ふぅむ……お爺ちゃんか牡丹さん連れてくればよかったか」
「ん? 別に嫌いじゃねぇよ。なんつったらいいんだ???」

 弥生としてはキズナが手持無沙汰なのだろうと思っての言葉だが、少々違った。
 キズナからしてみるとこんなのんびりした時間が続くことがなかったので、どういったらいいかわからなかっただけだ。

「ああ、そうだ……。だ」

 こんな時、父親なら何というだろうとキズナが考えた末に紡いだ言葉。
 それはこの世界に来るまでは得難い平穏、常に視線に敏感で居続け……聞こえる物音に即座に反応し……笑顔で交わした約束の数秒後には裏切りを疑い……。

 この珍妙な秘書官と出会い……姉と再会し。いつからだろう? ゆっくりと闇の中でも眠れるようになっただろう? 視線を気にしないで買い物ができただろう?

 ――他人に笑えるようになっただろう?

「そっか、じゃあ今度から戦技盤とかカードゲームでも持ち運ぼうかな?」
「遠慮するぜ、お前にはどうやっても勝てねぇんだもん。姉貴より強いんじゃねぇの?」
「エキドナさんとは5分5分だね!! 今度こそ勝ち越して見せる」

 隣に家族以外の誰かが居るのが、当たり前になっただろう?

「マジで? 人外極まれりだ……ちょっと離れて歩くぞ? 一緒にされちゃたまったもんじゃねぇ」
「キズナが言う!? 戦闘機とタイマン勝負してたってカタリナさんから聞いたよ!? お爺ちゃんじゃあるまいし!!」
「爺さん……人外カテゴリーかよ」

 そんな日常を、許されると思うようになったのだろうか?

 ――ビィーー! ビィーー!

 桜花のおかげで修理されたキズナの携帯端末が、そんな緩やかな日々を引き裂く呼び鈴を鳴らす。

「あん? これから仕事だってのに……」

 ポケットから取り出したキズナが、その端末に表示されている文字を見て固まった。
 
「どうしたのキズナ? フレアベルさんがまた新人さんにトラウマでも……」

 何事かと弥生もジェノサイドから降りてキズナの手元を覗き込む。そこに表示されていたのは……

『全天候センサー、北配置分全滅。データから敵対勢力の襲撃と判断、緊急招集コード発動』

「これって……桜花さんの設置しているセンサーの事……だよね?」
「ああ、東西南北に50づつ設置してる……」

 そのセンサーはエキドナとキズナが桜花、カタリナから共有された警戒網でもある。
 一機当たりの間隔もそれなりに開いていて、どこのセンサーが壊れたのかはすぐに共有される仕組みだ。それが一気に50機も壊れたとなると……。

「戻ろう、キズナ……」
「おう、お前ら……洞爺の爺さんと真司の所に行ってこいつを渡せ」

 自分の髪の毛の中に潜んでいた蜘蛛達に、キズナは手書きで『統括ギルド、秘書室に集合。緊急事態』と書いた紙を数枚渡す。これを見れば洞爺達は分かるはずだ。

「夜音ちゃんと糸子さんはジェノサイド、伝えてくれる?」

 こくん、とジェノサイドが弥生の言葉に答えて一鳴きする。
 これで物陰とかにいる糸子の眷属の蜘蛛が伝えてくれる……らしい。

「これで全員か? ジェミニは?」
「大丈夫、中庭でレンちゃんと何かしてたはず」
「よし、戻るぞ……って何してんだ?」

 ギルドに向かうのであれば東に向かうはずなのだが、弥生はジェノサイドに乗ったまま元々向かう方向……西へ動き出す。

「私が居ないと着工できないから、それだけ伝えてすぐ戻るよ!」
「わかった! ジェノサイド! 頼んだぞ!!」

 たしかに、仕事を放りだすのは良くない。
 どうせ歩いて数分、ジェノサイドが本気で走ればすぐに言って帰ってこれる。

 ジェノサイドもキズナの言葉に答える様に片足を振り上げてくるくると回した。

「ったく……何が起こってるってんだ一体」

 踵を返すキズナの視界に移るのどかなウェイランドは、いつもと変わらない。
 それがこれからも、とは限らなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...