長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ

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再び貴女はクビです。

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「弥生、まずはお疲れ様でした」

 オルトリンデは満足そうに笑みを浮かべ、自分の執務室……おそらく統括ギルドが発足して以来最も多く過ごしたであろう部屋で弥生をねぎらった。

「オルちゃんもお疲れ様だよ。最近地震が多いなーとは思ったけど……いきなりだったよね」
「天災なんてそんなもんです。普段から避難訓練をしておいたおかげで怪我人もいませんでしたから」
「おおっと? 私怪我したよ???」
「あなたはただ単にギルドに戻って来たに転んでたんこぶ作っただけじゃないですか」
「えええぇ」

 もちろん弥生も冗談で言っているが、この規模の地震で怪我人が居なかったのは普段の備えと国営機関がしっかりと有事に対応できている事の証明だ。
 
「さて、と。今日呼び立てたのは他でもありません……」
「うん?」

 今日は午後から文香や浩太が通うギルド内の学校で進級式がある。
 その担任も務めるオルトリンデも実は忙しい。本題を終わらせて他の教員と準備を始めなければいけないのだ。

「貴女、クビです」
「…………はい!?」

 目をまん丸くして弥生が素っ頓狂な声を上げる。
 そりゃあそうだろう、ねぎらわれた直後にクビ宣告なんだもん。

「前もこんなことありましたねぇ」
「一年で二度も上司にクビ勧告されるなんて私何したの!?」
「え? なんか昨日、職権乱用して部下を脱がせようとしたとキズナから報告が」
「健康診断!! 健康診断だから!!」
「いやまあ、知ってますが」
「私のクビ勧告で遊ばないで!?」

 なんだか久しぶりなやり取りにオルトリンデが笑う。
 一年経っても変わらずにぎやかな弥生の様子は生活の一部にもなっていた。だからこそ、その決断をしたのだ。

「いやあ、今回こそは本当にあなたはクビです」
「ひぃ!? まさか勝手に地下通路とか作ってるのバレた!?」
「ちょっと待て! それは知らない!? あなた本当に懲罰でクビになりますよ!?」
「よかった、それはバレてなかった」

 穏やかな弥生の笑み、そんなに知られたくなかったのか!? とオルトリンデが焦る。
 
「ま、まあ……その他は置いといて……貴女、ウェイランドに永住しませんか?」
「ふえ? そのつもりだけど?」
「ふむ……じゃあ問題なくクビでいいですね」
「ごめん、何をさせようとしているのオルちゃん」

 流石にこの段になると弥生もいつもの軽口ではないと分かったのか、首をかしげながら応接用ソファーに座る。

「いやなに、2~3年……研修に行ってきてください。全国各地」
「研修?」
「ええ、これからのためにいろんな国のいろんな状況を知識として吸収して来てください。旅費は気にしなくていいですよ」
「き、急だね」
「まあ、今日はあなたに説明するだけですから明日から行けとかそう言う事じゃないですよ」

 つまりオルトリンデはその間秘書官から外すつもりだという事だ。
 確かに数年単位なら一度秘書官からは外す必要があるだろう。なるほどね、と弥生が理解して考え込む。

「いつから?」
「早くても緑の季節の王城見学会の後からです」
「そっか……」
「ちなみに、この研修は拒否することも可能です。猶予は一月、しっかり考えて答えてください」
「そうなの?」
「貴女の場合、真司と文香の保護者ですからね。特に文香はまだ初等部ですし」

 おそらく、その場合は真司と文香がある程度独り立ちしたらまたオルトリンデから話されるのだろう。

「いってきても良いんじゃないかな? おねーさんはそう思うけどねぇ」

 不意に会話に割り込んできたのはエキドナだった。
 樫の木でできたドアを開けて監理官室に入って来た、もちろん許可は得ている。

「エキドナさん、どうして」
「オルトリンデに頼まれたんだよ。もし、弥生が行くという判断をしたら……その間真司と文香の身元引受人となってくれないかって」
「こら、それは弥生が引き受けたら話す事になってたでしょう? まったく貴女は」
「はいはい、ごめんごめんっと……そういう訳さ。その条件ならどう?」
「うーん……」

 そうであれば大分事情も変わった。しかし、即断はできない。

「一か月はいらないけど……数日だけ考えさせてもらえるかな? ちなみに私のやっていたことは誰がやるの?」
「私以外に貴女のポジションが務まるとでも? ふふ、管理官兼秘書官ですね」
「……それはそれで帰ってきたらオルちゃんが死んでいそうな」
「……期間限定と言う魔法の言葉で乗り切ります。それに、それが終わったら私監理官辞めますし」
「はあ!?」
「ちょっとまってオルトリンデ! 僕もそれは初耳だ!?」

 しれっと言い切ったオルトリンデにエキドナと弥生が詰め寄る。
 
「いい加減30年もやってるんですから辞め時ですよ?」
「うぇぇ? だからって……誰が監理官になるのさ」
「目の前にいるじゃないですか。次の監理官」

 そう言ってオルトリンデが眼差しを送るのは、ぽかんとする弥生。
 つまり、この研修とは……

「顔見せ……」
「それがわかってるなら話が早いです。ついでにエルフの国のケイン王女に先行納品の防具とか持って行ってもらいますけどね」

 卒業試験、のようなものだ。
 
「で、できるかな?」
「はいこれ、ギルド内のアンケートと各ギルドのギルド長の承認書類です」

 どさっとオルトリンデが机から取り出した書類の束はウェイランドの各ギルドの長が署名した次期監理官の推薦状、そして統括ギルドの職員全員からのアンケートの結果だ。

「……弥生かオルトリンデの名前だね……レンとか書いてる人も居るけど」

 パラパラと斜め読みしても明らかに弥生の名前は多い。
 
「えええぇ、もう……こんなの出されたら断れないよぉ」
「それだけ貴女が頑張った証です。まあ、こう言う事ですので……先ずは貴女の永住、言質がとれたので良しとしましょうかね」
「あ! オルちゃん……それが目的!?」
「ふっふっふ、当たり前じゃないですか……政治には駆け引きが必要なんです。まだまだですね、弥生」

 まったく、どこまで弥生を育て上げるつもりなのかとエキドナが心の中で嘆息する。
 しかし、まだまだ弥生には若さゆえの無鉄砲さもあった。それをサポートする役割に回ろうとオルトリンデが考えているのは間違いない。
 しかし、まあ……愉しそうなオルトリンデの顔を見て好きにやらせるかと窓の外を見る。

「……おんや?」

 そのエキドナの視界、右上の方に紅い点が点灯した。

「またキズナがフレアベルとでも遭遇したのかな? いい加減慣れればいいのに」

 自分の事を棚に上げて妹のSOS信号の通知を確認しようと思ったら……

「!?」

 その通知には『音声応答待機中』……IDは『アルマジロ』そう表示されていた。

「オルトリンデ! 弥生! ごめん! ちょっと急用ができた!!」

 監理官室の窓を開けてこの辺で一番高い王城の天辺へと走り出す。

「あ! こら!」
「いってらっしゃーい!」

 遠ざかる二人の声、高さを上げるほどに強くなる信号。

「見つけた! やっとかよ氷雨ひさめ! ほむら!!」

 思わず顔がほころぶ。
 桜花のおかげで全周囲センサーがかなり広範囲に強化された甲斐があった。
 まだまだはるか遠く、南の……

「なんでエルフの国の辺り……まさかアルマジロで海超える気かな」

 エキドナ達の脚にして住居の装甲車は水陸両用、十分なバッテリーさえあれば太平洋くらいは何とか超えられる。何とかなるか……それ位の判断はできると信じたい。

「どっかで補給できたみたいだね。良きかな良きかな……僕の本体も……お? あれ?」

 王城の天辺に到達したエキドナが南を向いて家族の事に意識を向けていたのだが……ちょうど反対側。北の方から妙な反応があった……。

「この反応……なんだろね? 位置情報を拾ってる???」

 拡張されたセンサーはかろうじてその信号を拾っているが……弱すぎて途切れ途切れだ。

「記録だけ残して桜花に後で解析してもらうか。それよりキズナだ……」

 まずは妹へ家族の情報を伝えねばと妹の所在を探す。
 待ちわびた合流をするために。



 ―― 昨日、地震の直後 ――

「おわっと!! 今のはびっくりした!! 地震かぁ……ガンマ。無事かい?」
「はい……」

 ウェイランドで起きた地震よりも強い地震に晒されていたのはアークの方だった。
 震源地も近くいまだ船体がきしむ音が止まないでいる。

「地震予知の機能は……まだ死んでるんだっけね。まったく、これだからポンコツは……エンジンの修理は?」
「兵器製造プラントを破棄しましたので順調に、早ければ10日間ほどで再稼働する予定です」
「プラント破棄したの?」
「はい、予備電力を8割以上使用しているので」
「…………まあ良いか。どうしようかな、反応炉で時空間を超えるのは良いとして……やっぱりあの弥生ちゃんは気になるよなぁ……自分からくるって言ってたけど」

 弥生の宣言を律儀に信じているが、当の本人が全く来る気が無いとは知らないアークさん。
 せっせと深海に沈む宇宙戦艦の修理中である。

「…………多分無理ではないでしょうか?」
「へ? なんで?」
「いえ、ここは深いので」
「ああ、そんなのあの元魔王の女が居れば何とでもなるさ。ほらほら、さっさともどるもどる」

 ここでガンマは嘘をついた。
 その嘘が、アークを狂気に駆り立てる事を期待して。
 ただそれが……国一つ丸ごと滅びる事すらガンマは気にしない。どうせすべて滅びる事が願いなのだから。

 破棄された兵器製造プラントには修復歴があった。
 三十年前、水圧で隔壁が破損したと……それ以降失われた戦力は少しづつ、少しづつ新たに補充されていた。
 水で完全に水没したらしく当時の戦力はすべて破棄されている。
 数千年単位で保管されていた当時の兵器はいずれも経年劣化が酷かったが……今回廃棄したプラントはこの三十年で新たに補充された3万機の無人兵器が満載されていた。

「全部、消えればいい」

 自分だけ不幸になるなんて、そんな我慢はできなかった。
 アークから逃げる様に自らに課せられた反応炉の修理をしながら……彼女は滅びの時を待ちわびる。
 道連れと共に。
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