長女は家族を養いたい! ~凍死から始まるお仕事冒険記~

灰色サレナ

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事故案件:いやこの人駄目だってぇぇ!? 前編

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それは三日目の出来事だった。
 何気ないケインの一言、それは単純明快な希望。

「釣りがしてみたいです!」

 エルフの国の釣りは騎士が巡回ついでにやる事、そんな程度の物なので積極的に釣りをする事は本来無い。そもそもエルフの国の地域は山岳地帯で家畜などを育ててるので食肉は豊富だしお米がとれる。さらに言えば行商人が干物などと交換してくれるのであえて釣りをして魚を食べる者もほとんどなかった。
 
「釣りぃ???」

 本日の護衛、キズナがものすごく嫌そうな顔でケインの座るソファーへ目を向けると……キラキラした眼差しで自分を見つめていた。

「昨日、ベクタがエキドナさんと手合わせした時に聞いたらキズナさんの方が腕がいいって!!」
「ん? ああ……それはそうなんだけど。なんで釣り?」
「実は……私、弓も剣も苦手で……釣りに行ったことが無いんです」

 そう、誰しも得意不得意があるので敢えて苦手な事をケインにさせようとはだれも思っておらず。遠出の時もしっかり保存食が用意されていた。
 しかし、今回のウェイランド訪問の際、近衛騎士団が遠くの魔物を格好良く弓で仕留めたり護衛のベクタが空を飛ぶ獲物を一撃で射落とすのを見て……自分たちの手でご飯を調達するのがちょっと格好いい!! と興味が再燃したのだ。

「へえ……真司、今日の予定って替えがきくのか?」

 のんびりとお出かけの準備を進めていた真司にキズナが問いかける。
 迎賓館の外出記録簿にみんなの名前を書いていた手を止めて、真司が手帳を確認した。

「えーっと。今日は北門から出てピクニックだから……そのついでで良いんじゃない?」
「そっか、今日だったか……」

 先日被害のあった北門をちょうど建築ギルドがノルトの民と合同で修復中、それを見に行くのが本来の目的になっていたけど……時間が余るのは分かっていた。

「じゃあ、少し北の街道に足を延ばして川で釣りでもするか」

 その程度であれば日程にも何の問題も無い。

「ついでにあったかくなってきたから猪豚も出てくるんじゃない? 牡丹鍋食べたい」
「ふむ……釣ってる間に出てくりゃまとめて狩っちまうのもありだな」

 鍋、確かにそれは良い。くたくたに煮た野菜と歯ごたえのあるお肉が一緒に食べれて身体も温まる。何より弥生や楓、洞爺がやたらとこだわりが強くおいしい物が出来上がるからだ。
 しばらく顎に手を当ててキズナが思案する、予定外の行動だが問題は無いかどうか。
 そんなキズナを期待の眼差しで見守るケイン王子。

「フレアベルさんも来るし、危険は無いと思うよ? キズナ姉」

 そんなケインを見かねて真司が助け舟を出す。

「分かった、じゃあ行くか……途中で装備を変えていくから桜花の家に寄っていくけど良いよな?」
「はいっ!!」

 遠出をするつもりがなかったのでキズナが今持っているのは小太刀と拳銃のみ。
 それでも十分狩れるだろうが念のため遠距離の攻撃手段も持っておきたいと、カタリナのコレクションから数点借り受ける事にした。

「マリアベルさんの馬車が来たら行こうか。僕も杖と指輪を……釣り竿もかな」

 真司も偶に川でのんびり釣りをしているので何本か釣り竿は自前で持っている。
 文香も使えるように短い竿もあるのでケインに貸し出せるだろうと配慮してだ。

「やったぁ!」

 思いのほか大喜びされてキズナと真司が顔を見合わせて苦笑する。
 
「偶にはこんな日があっても良いか……俺ものんびりさせてもらおう」
「キズナ姉、僕と勝負する?」
「……なんだろうな。負けそうな気がするぜ、電撃とか川に放って総どりとか」
「……しないよ?」
「……やったら晩飯無しなお前」



 ◇◆―――◇◆―――◇◆―――◇◆―――◇◆



「良い天気ですわねぇ。国の外に出るなんて何年振りかしら!」
「そういやお前、家にいるとき拘束されてんだったよな」
「ですわー! ぶち破りますけど!」

 普段は外に出れないように部屋の窓には格子がされ、寝ている間に使用人に腕と足を鋼鉄の拘束具で縛られドアは堅牢な鉛製で施錠までしているのだが……まあ、毎回マリアベルさん普通に出てきちゃう。

 とは言えさすがに国外に出る事は無いので、今いる北の街道沿いにある大きめの川も初めて見た。釣りも初体験なのでちょっとテンション高めだ。

「今回は姉ちゃんの委任状あったから出してもらえたけど、衛兵さん怯えてたね……」
「あの……貴族なんですよね? あの方」

 見た目もしぐさも満点なのだが……なぜか国民のほとんどに恐れられているというか怯えられている。フリフリの紅いドレスも真っ白な日傘を見ただけで避けていくのであった。

「気にしなくていいよ……知らなくていい事は知らない方がいいんだ。強さだけは本物だから」
「なんで目が死んでるんですか!? 真司さん!!」

 指先がプルプルと震える真司を見て、ケインが混乱する。
 しかし、そんな状態でも真司の声だけは平たんに喋れてるもんだから不気味そのものだった。

「心も死んでるよ?」
「キズナさぁん!! 真司さんが変です!!」

 だめだ、自分の手に負えないと判断して釣り竿を用意するキズナに助けを求めるが……キズナの反応は淡泊そのもの。

「いつもの事だ」
「おいたわしや……真司様」
「おい、元凶……目元拭ったハンカチに隠れてるが口元嗤ってんぞ」

 以前の事件を思い出したのかマリアベルがふるふると震えながら笑みを深める。
 
「……何となくマリアベルさんが原因だってわかりました」
「深く聞くなよ。真司が死ぬ……心だけ」
「はい……」

 この時点ではきっと真司がマリアベルに告白でもしてフラれたのだろうとケインは思っているが……本当の理由を自身で体験する事になるとは思いもしていないケインだった。

「さあ、釣りするぞ……真司。戻ってこい」
「え? うん! さあ釣るぞ!!」
「……マリアベル、良いか。大人しくしろよ???」
「キズナ、ここではっちゃけたら弥生に一生出てこれない牢を作られてしまいますわ」
「お前が真顔になる位やばい物作れるのか……うちのボス」

 釣りの準備を整え終わったキズナが組み立て式の木の椅子を並べる。
 
「あら、ずいぶん便利な物をお持ちになってきたんですね? 見た事ありませんわ」
「弥生が作って家に置いてあったのを持ってきた。本当は来客用らしいけどな」
「そうなんですのね」

 試しにマリアベルが座ってみるとぎしりと椅子の可動部が鳴った後、しっかりと固定されて……座り心地も悪くなかった。

「良いですわねこれ……発注したら作ってくれませんかしら」
「建築ギルドにでも聞いてみろ。あまりの木材で作ってくれる」
「そうしますわ。で……これはどうするんですの?」

 釣り竿を手に取り、不思議そうに眺めるマリアベル。
 
「……釣り、した事ないのか?」
「ありませんわよ?」
「真司、おしえて……」
「僕!! ケイン王子に教えるので忙しいので!! ので!!」
「……マリアベル、その糸の先に針がついてるだろう? そこに餌になる虫や疑似餌をつけて川に降ろす。後は待つだけでいい」
「待つだけですの?」
「待つだけだ」

 身も蓋も無いが……魚のアタリに合わせて竿を引くなどは言葉で伝えてもなかなか実践できるわけもない。
 うまく食いついたら引け、と適当に説明して川に糸を垂らしてからキズナはマリアベルに竿を手渡す。

「こんなので釣れるんですのね」
「ああ、偶にゴミも釣れることがあるから定期的に竿を上げろよ」
「分かりましたわ!」
「じゃあ俺も釣るか……久しぶりだな」

 手早く餌の虫を針につけて竿をしならせ川の真ん中あたりに針を届けた。
 
「手慣れてますわね」
「ああ、自分で釣らねぇと晩飯抜きになる事が良くあったからな」
「あらまあ……旅って大変ですのね」
「それはそれで気楽……おい、ひいてんぞ!?」

 まだ投げ入れて数分も経っていないのにマリアベルの竿がみしみしと軋みながら引っ張られる。
 そもそも腕力お化けのマリアベルがあらまあと竿を支えているが……明らかに引きが大きすぎた。

「ひけっ! 大物だ!!」

 そんなキズナの声に、のほほんと釣りを始めていたケインと真司も集まってくる。

「どっせいですわ!!」

 ――だぱぁぁ!!

 この時、竿が弥生謹製の頑丈な物でなければと……後に真司は語る。
 水面から現れた黒髪で、全裸の、筋肉の塊が……魚をくわえて宙を舞う姿は……ただただ……訳が分からなかった。誰一人。
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