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一日目! 昼!
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「これはすごいですね」
「こんなに精密に大きさを合わせて削り出せるもんなんですね……私のナイフも一本買っていきたいです」
ケインとベクタが目を輝かせて見ているのは騎士団に武器を卸している武器工房、事前にエルフの国と協議を重ねてある程度見学する場所は決まっている。
その一つが初日は武器工房だった。
受付には普段は顔を出すことが少ない武器工房の鍛冶を取り仕切る親方がいて、二人が手に取る武器の説明を一つ一つ丁寧に対応してくれていた。
「まさかドワーフではなく、同じエルフの方が工房主とは思いませんでした」
そう、ここの工房が選ばれた理由の一つとして親方がエルフだという点が挙げられる。
幼少期にこのウェイランドに移住し、鍛冶のイロハを学んだ彼は金髪碧眼で細身と言う職人にしては珍しい体躯でありながら今では騎士団御用達の武器屋にまで上り詰めていた。
普段は真っ黒になったシャツと作業服ですすだらけの顔をしているが、今日は同胞が尋ねるという事できちんと身なりを整えている。しかし、その手は鍛冶に携わる者特有の熱くなった皮膚と金槌のタコが彼を熟練の職人と裏付けていた。
「まあ、良く言われますが。この国じゃそうは珍しくもありません……確かにドワーフの方が多いですが人族の方も良い武器を作ってくれますよ」
「そうなんですかぁ……」
キラキラした目でナイフを見ていくケインが感嘆の声を上げる。
その様子に気を良くしたのか、親方が一本のナイフをケインに見せた。
「これは珍しい材質のナイフなんです。魔石の粉を練りこんだ鋼を鍛えてみました……波紋が綺麗でしょう?」
ケインが受け取り、光にかざすと波打つ湖面のような波紋がまるで水面を見ているかのような気分になる。
「随分と薄いですが……折れませんか?」
隣で見ていたベクタがその刃の薄さに言及する。
「そう思うでしょう? 貸してください」
素直にケインが親方にナイフを返すと、親方が腰に付けた金槌をナイフの横腹に重いっきち打ち付ける!
――ぎぃぃぃいいん…………
「わあっ!?」
ケインがとっさに耳を塞ぐほど、劈く様な音が工房に響き渡ったがそれだけで……ナイフは傷一つついていない。
「と、とんでもない強度ですね」
目を丸くするベクタがナイフに顔を近づけて確認するも、金槌が当たった後すら残っていなかった。
「この強度のおかげで護身用や日常品の包丁にも使えそうな目途が立ちました。今申請中ですけどどんな塩梅ですか? 弥生さん」
自由に見てほしいと入り口の所で休憩していた弥生達に声がかかる。
弥生も親方の方に歩み寄り、ナイフの件について回答した。
「魔石の粉の比率とか公開しちゃうって話でしたよね。今鍛冶ギルドが通達準備中ですから一月程度で受理されると思いますよ」
弥生の言葉にケインとベクタは驚く。
「こ、公開? こんなにもすごい技術を!?」
「ええ、公開しますよ」
本来であれば自らの秘密とする方が工房はもうかるだろう、しかしウェイランドはちょっと違う。
「真似できるならその程度の技術、配合比率も材質も全て公開しますが……多分、難しいと思うので」
「皆が頭抱えてましたよね~、同じようにやっても出来上がったのが素手で折れちゃうほど脆くなっちゃうって」
「その段階まで来たのなら後はコツ一つ、と言ったところですかね? 早くて来年くらいにはできる人が何人か出てくるでしょう」
そう、カタログスペックだけ出しても全然同じように再現できる技術ではない。
それなりの技量を有した者だけがその結果にたどり着くのだ。
「言われてみれば……」
自国に戻った留学生もが作ったベアリングは綺麗に回るが、他の鍛冶師が真似しても同じように動くものは半年たった今でも一個しか出来上がっていない。
「何よりこの鋼の命名権を貰えるのはうれしいですからね」
そう、その技術を公開する代わりに得られるのは完成品の名前を付けられるという栄誉だ。
「エルフ鋼、でしたよね? 他に類似の名前が無いので多分このまま通ると思いますよ」
弥生が微笑みながら親方に伝える、過去には一文字違いの名前で詐欺を働くつもりもなかったのに結果的にそうなってしまったという困った事例もあるので統括ギルドも慎重だ。
「エルフ……鋼」
この美しい鋼が種族の名前を関する事にベクタとケインが顔を見合わせる。
「工房主様、ぜひ一振り売ってはくれないだろうか? 国王陛下に献上したい」
ベクタが親方に申し出ると、親方は快活に笑って一度奥へ引っ込む。
すぐに戻って来た親方の手には……
「そういうと思って、作ってありますよ。お鍋とお玉と包丁の三点セット」
「「へ?」」
ナイフじゃないの!? とケインとベクタの口がぽかんと開く。
「まだ申請降りてないんで武器は作れないんで……代わりに調理器具なら有りますよ」
「申し訳ありません、ケイン様、ベクタ様。決まりなので今はこれでご容赦を……その代わりウェイランドにはエルフの国へのエルフ鋼製の物品の交易計画を考えています」
流石に何でもかんでも良しとはいかない。とは言えケインにとっては得難いお土産だ。
「感謝いたします。弥生秘書官殿」
「いえいえ、では……そろそろお昼の時間ですし昼食に行きましょうか? 私の妹、文香も向こうに行っておりますのでお会いできるかと」
「もうそんな時間に……わかりました。よろしくお願いいたします」
ではこちらへ、と弥生が先導し親方が見送る。
工房の外では朝に迎えに来た馬車が居るはずだが……いつの間にかどこかへ行ってしまっていた。まさか歩いて? とケインとベクタが顔を見合わせると……。
「せっかくですので、当国の空を堪能しながら向かいましょう」
にこにことほほ笑む弥生がぱん! と手を打つと。
――きしゃああ!
「うあっ!?」
数匹の飛竜が工房の屋根から一声鳴いて降りてきた。
…………一匹だけ『はんせいちゅう、おやつ抜き』と書かれた黒板を首からぶら下げているが。
「大人しい子達ですので安心してお乗りください。ベガ、アルタイル、よろしくね? ジェミニは私」
ぎゃうぎゃうと弥生の言葉に従って三人の足元へ歩いていき、居りやすいように翼をたたんで伏せる。ケインたちから見てもわかるくらい、飛竜たちの眼は澄んでいて穏やかだった。
「よ、よろしく」
「世話になります」
その日の空はケインたちにとって一生忘れられないものとなるのは数分後の事だ。
「こんなに精密に大きさを合わせて削り出せるもんなんですね……私のナイフも一本買っていきたいです」
ケインとベクタが目を輝かせて見ているのは騎士団に武器を卸している武器工房、事前にエルフの国と協議を重ねてある程度見学する場所は決まっている。
その一つが初日は武器工房だった。
受付には普段は顔を出すことが少ない武器工房の鍛冶を取り仕切る親方がいて、二人が手に取る武器の説明を一つ一つ丁寧に対応してくれていた。
「まさかドワーフではなく、同じエルフの方が工房主とは思いませんでした」
そう、ここの工房が選ばれた理由の一つとして親方がエルフだという点が挙げられる。
幼少期にこのウェイランドに移住し、鍛冶のイロハを学んだ彼は金髪碧眼で細身と言う職人にしては珍しい体躯でありながら今では騎士団御用達の武器屋にまで上り詰めていた。
普段は真っ黒になったシャツと作業服ですすだらけの顔をしているが、今日は同胞が尋ねるという事できちんと身なりを整えている。しかし、その手は鍛冶に携わる者特有の熱くなった皮膚と金槌のタコが彼を熟練の職人と裏付けていた。
「まあ、良く言われますが。この国じゃそうは珍しくもありません……確かにドワーフの方が多いですが人族の方も良い武器を作ってくれますよ」
「そうなんですかぁ……」
キラキラした目でナイフを見ていくケインが感嘆の声を上げる。
その様子に気を良くしたのか、親方が一本のナイフをケインに見せた。
「これは珍しい材質のナイフなんです。魔石の粉を練りこんだ鋼を鍛えてみました……波紋が綺麗でしょう?」
ケインが受け取り、光にかざすと波打つ湖面のような波紋がまるで水面を見ているかのような気分になる。
「随分と薄いですが……折れませんか?」
隣で見ていたベクタがその刃の薄さに言及する。
「そう思うでしょう? 貸してください」
素直にケインが親方にナイフを返すと、親方が腰に付けた金槌をナイフの横腹に重いっきち打ち付ける!
――ぎぃぃぃいいん…………
「わあっ!?」
ケインがとっさに耳を塞ぐほど、劈く様な音が工房に響き渡ったがそれだけで……ナイフは傷一つついていない。
「と、とんでもない強度ですね」
目を丸くするベクタがナイフに顔を近づけて確認するも、金槌が当たった後すら残っていなかった。
「この強度のおかげで護身用や日常品の包丁にも使えそうな目途が立ちました。今申請中ですけどどんな塩梅ですか? 弥生さん」
自由に見てほしいと入り口の所で休憩していた弥生達に声がかかる。
弥生も親方の方に歩み寄り、ナイフの件について回答した。
「魔石の粉の比率とか公開しちゃうって話でしたよね。今鍛冶ギルドが通達準備中ですから一月程度で受理されると思いますよ」
弥生の言葉にケインとベクタは驚く。
「こ、公開? こんなにもすごい技術を!?」
「ええ、公開しますよ」
本来であれば自らの秘密とする方が工房はもうかるだろう、しかしウェイランドはちょっと違う。
「真似できるならその程度の技術、配合比率も材質も全て公開しますが……多分、難しいと思うので」
「皆が頭抱えてましたよね~、同じようにやっても出来上がったのが素手で折れちゃうほど脆くなっちゃうって」
「その段階まで来たのなら後はコツ一つ、と言ったところですかね? 早くて来年くらいにはできる人が何人か出てくるでしょう」
そう、カタログスペックだけ出しても全然同じように再現できる技術ではない。
それなりの技量を有した者だけがその結果にたどり着くのだ。
「言われてみれば……」
自国に戻った留学生もが作ったベアリングは綺麗に回るが、他の鍛冶師が真似しても同じように動くものは半年たった今でも一個しか出来上がっていない。
「何よりこの鋼の命名権を貰えるのはうれしいですからね」
そう、その技術を公開する代わりに得られるのは完成品の名前を付けられるという栄誉だ。
「エルフ鋼、でしたよね? 他に類似の名前が無いので多分このまま通ると思いますよ」
弥生が微笑みながら親方に伝える、過去には一文字違いの名前で詐欺を働くつもりもなかったのに結果的にそうなってしまったという困った事例もあるので統括ギルドも慎重だ。
「エルフ……鋼」
この美しい鋼が種族の名前を関する事にベクタとケインが顔を見合わせる。
「工房主様、ぜひ一振り売ってはくれないだろうか? 国王陛下に献上したい」
ベクタが親方に申し出ると、親方は快活に笑って一度奥へ引っ込む。
すぐに戻って来た親方の手には……
「そういうと思って、作ってありますよ。お鍋とお玉と包丁の三点セット」
「「へ?」」
ナイフじゃないの!? とケインとベクタの口がぽかんと開く。
「まだ申請降りてないんで武器は作れないんで……代わりに調理器具なら有りますよ」
「申し訳ありません、ケイン様、ベクタ様。決まりなので今はこれでご容赦を……その代わりウェイランドにはエルフの国へのエルフ鋼製の物品の交易計画を考えています」
流石に何でもかんでも良しとはいかない。とは言えケインにとっては得難いお土産だ。
「感謝いたします。弥生秘書官殿」
「いえいえ、では……そろそろお昼の時間ですし昼食に行きましょうか? 私の妹、文香も向こうに行っておりますのでお会いできるかと」
「もうそんな時間に……わかりました。よろしくお願いいたします」
ではこちらへ、と弥生が先導し親方が見送る。
工房の外では朝に迎えに来た馬車が居るはずだが……いつの間にかどこかへ行ってしまっていた。まさか歩いて? とケインとベクタが顔を見合わせると……。
「せっかくですので、当国の空を堪能しながら向かいましょう」
にこにことほほ笑む弥生がぱん! と手を打つと。
――きしゃああ!
「うあっ!?」
数匹の飛竜が工房の屋根から一声鳴いて降りてきた。
…………一匹だけ『はんせいちゅう、おやつ抜き』と書かれた黒板を首からぶら下げているが。
「大人しい子達ですので安心してお乗りください。ベガ、アルタイル、よろしくね? ジェミニは私」
ぎゃうぎゃうと弥生の言葉に従って三人の足元へ歩いていき、居りやすいように翼をたたんで伏せる。ケインたちから見てもわかるくらい、飛竜たちの眼は澄んでいて穏やかだった。
「よ、よろしく」
「世話になります」
その日の空はケインたちにとって一生忘れられないものとなるのは数分後の事だ。
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