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エルフの国からこんにちは
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「ここが……ウェイランド」
広々とした草原の先にそびえ立つ質実剛健を形にした城壁が異彩を放つ。
のどかな周囲に似合わぬその姿の中は、この北の大陸で唯一無二の鍛冶国家。その内部は様々な人種が共に暮らし、その技術を高める学術都市としても知られる。
起源は三十年前の魔物大発生の悲劇を二度と産まないために最前線で食い止めるために作られた国家。
「ケイン様……これは想像よりも大きいですね……」
ウェイランドの南にある港町から二日、ウェイランドの騎士に護衛され南の大陸にあるエルフの国から初めて出てきた二人のエルフは圧倒されていた。
一人はエルフの国の第三皇子、ケインと呼ばれる金髪で緑色の瞳を持つ小柄な男性、細かい装飾がされた絹のブラウスと黄緑色のズボンをはいてその上から旅用のなめし皮の外套を羽織っている。
「ベクタ……兄様が言ってた10倍はすごいね」
「さすがは鍛冶国家と名乗るだけの事はあります」
もう一人は背の高い青年でエルフの特徴である金髪と碧眼を持つベクタと呼ばれるエルフの騎士。動きやすいように土色のシャツとズボンを身に着けた上に金属で補強された軽鎧を着こんでいる。
彼の得意な武器である弓も背中に背負い、主と同じようにぽかんと口を開けてウェイランドに魅入っていた。
「5日間滞在しますが……半分も見て回れないですねこれは」
ぶっちゃけ暇を持て余しそうだ、と考えていたベクタだが見て回るだけで5日間が終わってしまいそうな大きさに軽く眩暈を覚える。
そんな二人を見て護衛の騎士たちが笑い。一人が彼らに声をかける。
「安心してください、移動には飛竜と……当国の統括ギルド秘書官が用意した特別な乗り……物? をご用意してますのでいろいろと見て回る時間は十分に取れると思いますよ」
今回は王族の来訪とあってウェイランドでも指折りの騎士たちが選ばれていた。
主に対応するのが青い兜をかぶった近衛騎士団のバステト団長、イストの兄である。彼が選ばれた理由は単純に強いから、もう一つはその立場とはかけ離れた人付き合いの良さだ。
「特別な乗りもの? 馬車……ですか?」
新しい機構をつけた馬車のノウハウはエルフの国にも伝わっている。
特に最近留学から戻った学生が持ち帰った馬車の車輪の軸についての技術はケインも知っていた。
金属の玉を輪っかの中に入れた『ベアリング』は様々な分野に活用できると鍛冶屋が騒ぐと同時に、その精密さに頭を悩ませていたのはつい半年ほど前の話。
「ははは……まあ、見てからのお楽しみですな。驚くとは思いますよ? 自分も初めて見た時は思わず療養所へ駆け込みましたから」
「そうなんだ……楽しみだねベクタ」
低い声で力なく笑うバステトに対して満面の笑顔でベクタに話しかけるケインの笑顔はまぶしかった。
「弥生殿……これを見てひっこめてくれると良いのだが」
ぼそりと誰にも聞こえないような小さな声でつぶやくバステト。
いい加減一年近く弥生があの国のあちらこちらでにぎやかに動き回るのを見ているウェイランドの皆さんは慣れている。
しかし、今だにミルテアリアやベルトリアの交易商人や国のお使いできている公務員さんは偶にそれを目撃して混乱する事があった。
その上司であるオルトリンデは諦めているのか『慣れてください。私は慣れました』と平然と言い切っちゃうんだもん。改善の目途はついてない。
「どうなされた? バステト殿」
そんなバステトに気づいたベクタが声をかけてくる。
「あ、ああ! いえ? なんでも、さあ! 今日はこの辺で野営としましょう。おい、お前たち。設営だ」
誤魔化すように部下に指示を出すバステトの様子にベクタはあっけにとられる。
「バステト殿、しばしば遠い目をしてるんですが……なんなんでしょうね?」
「え? さあ……僕にもわかんない」
至極真っ当なエルフの国の来訪者をよそに、何かを忘れようとてきぱき動くウェイランドの騎士たち。その心中は全員一致していた。
――どうか、秘書部が国交をめちゃくちゃにしませんように。
と。
「そういえば……ケイン様のお見合い相手の話の時もなんか変な慌て方でしたが」
そりゃそうだろう。
確かに文香はあの弥生の妹だが、目立つ姉と不憫な兄と違い……いつも満面の笑みで楽しそうに暮らしていた。誰とでも仲良く過ごしあのウザインデス家の当主、フレアベルですら文香の前では過度なパッションの迸りを控えさせる天使。そんな認識………………だった。
「きっとサプライズで紹介したいんだよ。仲良くなれるかな?」
にっこにこの笑顔、護りたい。
しかし、現実は無常だ……今や文香さん……いや、文香様は国内最強のバチュンの女王なのである。
あの笑顔の愛嬌の裏には最強の火力が秘められているのをウェイランドの民は知っていた。
しかも手加減完璧なのだ。
髪の毛チリチリから問答無用に焼失まで自由自在。
「ええ、もちろん仲良くなれますとも。事前に聞いている範囲ですがとても可愛らしく優しい友達思いの女の子だと聞いておりますし、あの新鋭気鋭の秘書官の妹さんだそうですからね」
間違ってないだけに否定しづれぇ……と騎士たちの伏せられた顔にテロップが浮かぶ。
「一緒に遊べるのが楽しみだね」
純粋無垢なケイン王子、その表情は確かに文香と通じるものがあるのですぐに仲良くなるだろう。
良心の塊であると同時に国の問題児の集団でもある秘書部でなければ……こんな胃の痛みに付き合わなくて済む騎士の皆さん。
ウェイランドでは桜花の作る胃薬が闇で売買されるほど外交のお供として珍重される。
「……マジで、頼むぞ、弥生秘書官」
バステトが終始兜を脱がないのは、ケインとベクタの純真を目の当たりにして気苦労から眉根が寄るのを隠すためだった……。
来訪まで、あと一日。
広々とした草原の先にそびえ立つ質実剛健を形にした城壁が異彩を放つ。
のどかな周囲に似合わぬその姿の中は、この北の大陸で唯一無二の鍛冶国家。その内部は様々な人種が共に暮らし、その技術を高める学術都市としても知られる。
起源は三十年前の魔物大発生の悲劇を二度と産まないために最前線で食い止めるために作られた国家。
「ケイン様……これは想像よりも大きいですね……」
ウェイランドの南にある港町から二日、ウェイランドの騎士に護衛され南の大陸にあるエルフの国から初めて出てきた二人のエルフは圧倒されていた。
一人はエルフの国の第三皇子、ケインと呼ばれる金髪で緑色の瞳を持つ小柄な男性、細かい装飾がされた絹のブラウスと黄緑色のズボンをはいてその上から旅用のなめし皮の外套を羽織っている。
「ベクタ……兄様が言ってた10倍はすごいね」
「さすがは鍛冶国家と名乗るだけの事はあります」
もう一人は背の高い青年でエルフの特徴である金髪と碧眼を持つベクタと呼ばれるエルフの騎士。動きやすいように土色のシャツとズボンを身に着けた上に金属で補強された軽鎧を着こんでいる。
彼の得意な武器である弓も背中に背負い、主と同じようにぽかんと口を開けてウェイランドに魅入っていた。
「5日間滞在しますが……半分も見て回れないですねこれは」
ぶっちゃけ暇を持て余しそうだ、と考えていたベクタだが見て回るだけで5日間が終わってしまいそうな大きさに軽く眩暈を覚える。
そんな二人を見て護衛の騎士たちが笑い。一人が彼らに声をかける。
「安心してください、移動には飛竜と……当国の統括ギルド秘書官が用意した特別な乗り……物? をご用意してますのでいろいろと見て回る時間は十分に取れると思いますよ」
今回は王族の来訪とあってウェイランドでも指折りの騎士たちが選ばれていた。
主に対応するのが青い兜をかぶった近衛騎士団のバステト団長、イストの兄である。彼が選ばれた理由は単純に強いから、もう一つはその立場とはかけ離れた人付き合いの良さだ。
「特別な乗りもの? 馬車……ですか?」
新しい機構をつけた馬車のノウハウはエルフの国にも伝わっている。
特に最近留学から戻った学生が持ち帰った馬車の車輪の軸についての技術はケインも知っていた。
金属の玉を輪っかの中に入れた『ベアリング』は様々な分野に活用できると鍛冶屋が騒ぐと同時に、その精密さに頭を悩ませていたのはつい半年ほど前の話。
「ははは……まあ、見てからのお楽しみですな。驚くとは思いますよ? 自分も初めて見た時は思わず療養所へ駆け込みましたから」
「そうなんだ……楽しみだねベクタ」
低い声で力なく笑うバステトに対して満面の笑顔でベクタに話しかけるケインの笑顔はまぶしかった。
「弥生殿……これを見てひっこめてくれると良いのだが」
ぼそりと誰にも聞こえないような小さな声でつぶやくバステト。
いい加減一年近く弥生があの国のあちらこちらでにぎやかに動き回るのを見ているウェイランドの皆さんは慣れている。
しかし、今だにミルテアリアやベルトリアの交易商人や国のお使いできている公務員さんは偶にそれを目撃して混乱する事があった。
その上司であるオルトリンデは諦めているのか『慣れてください。私は慣れました』と平然と言い切っちゃうんだもん。改善の目途はついてない。
「どうなされた? バステト殿」
そんなバステトに気づいたベクタが声をかけてくる。
「あ、ああ! いえ? なんでも、さあ! 今日はこの辺で野営としましょう。おい、お前たち。設営だ」
誤魔化すように部下に指示を出すバステトの様子にベクタはあっけにとられる。
「バステト殿、しばしば遠い目をしてるんですが……なんなんでしょうね?」
「え? さあ……僕にもわかんない」
至極真っ当なエルフの国の来訪者をよそに、何かを忘れようとてきぱき動くウェイランドの騎士たち。その心中は全員一致していた。
――どうか、秘書部が国交をめちゃくちゃにしませんように。
と。
「そういえば……ケイン様のお見合い相手の話の時もなんか変な慌て方でしたが」
そりゃそうだろう。
確かに文香はあの弥生の妹だが、目立つ姉と不憫な兄と違い……いつも満面の笑みで楽しそうに暮らしていた。誰とでも仲良く過ごしあのウザインデス家の当主、フレアベルですら文香の前では過度なパッションの迸りを控えさせる天使。そんな認識………………だった。
「きっとサプライズで紹介したいんだよ。仲良くなれるかな?」
にっこにこの笑顔、護りたい。
しかし、現実は無常だ……今や文香さん……いや、文香様は国内最強のバチュンの女王なのである。
あの笑顔の愛嬌の裏には最強の火力が秘められているのをウェイランドの民は知っていた。
しかも手加減完璧なのだ。
髪の毛チリチリから問答無用に焼失まで自由自在。
「ええ、もちろん仲良くなれますとも。事前に聞いている範囲ですがとても可愛らしく優しい友達思いの女の子だと聞いておりますし、あの新鋭気鋭の秘書官の妹さんだそうですからね」
間違ってないだけに否定しづれぇ……と騎士たちの伏せられた顔にテロップが浮かぶ。
「一緒に遊べるのが楽しみだね」
純粋無垢なケイン王子、その表情は確かに文香と通じるものがあるのですぐに仲良くなるだろう。
良心の塊であると同時に国の問題児の集団でもある秘書部でなければ……こんな胃の痛みに付き合わなくて済む騎士の皆さん。
ウェイランドでは桜花の作る胃薬が闇で売買されるほど外交のお供として珍重される。
「……マジで、頼むぞ、弥生秘書官」
バステトが終始兜を脱がないのは、ケインとベクタの純真を目の当たりにして気苦労から眉根が寄るのを隠すためだった……。
来訪まで、あと一日。
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