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英雄の目論見
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ありえなかった。
眉唾物と信じていた完全適合体質の人間が存在していた。
しかも、よりによってアークが遺伝子操作で生み出した自分用の角ではないか。なんでここにと言うより、なんでこんな幼女が完璧に適合している?
ほんの戯れに作ったが人間の形態に留まれない上に拒絶されて一度は自爆したものだ。
「何世代か経たせいか拒絶反応が鈍ったんだろうなぁ。くひっ、あの角さえあれば今までの僕の角なんて鍵の代わりでいいや」
どうせあんなものと適合して融合を果たした以上、文香は人間のカテゴリーから逸脱せざるを得なくなる。浸食されていずれ人間以外の姿へと変わるだろうと深海に沈む宇宙を駆けていた戦艦の中で、アークはぼやく。
何年放置されていたかわからないが予備電源はかろうじて残されていて非常用の機能だけは維持されていた。
偶然この宇宙戦艦を見た時は歓喜したものだ。しかし、同時にだいぶ萎える。朽ち果てる寸前どころか自力での航行は夢のまた夢と言わざるを得ないほど破損していた。
「ほんっとう、鍵が無いと自己再生プログラムも碌に稼働しやしない……このペースだと何世紀かかる事やら……僕が老化しない体質じゃなかったらただの鉄屑だよこんなもの」
ぽいっと手元に持っていたコンソールを目の前に置いてある机に放り投げる。
そこには流線的なフォルムを持つクジラのような図形と、8割以上に紅い警告灯がついた機体の状況報告が表示されていた。
「まあ、それ以上に……弥生ちゃんかぁ。面白くなってきたかな」
攫われて救出された直後、何を考えたのか自分と話したいなんてどうかしている。
確かに大事に遊ぶつもりだったがそれ以上の価値を彼女はアークに示した。それと言うのも……
「この僕相手に説教でもなく淡々と質問攻め……まるであの間宮零士、パンデモニウムの艦長みたいな事をしてくるなんて興味深くなっちゃったじゃないか」
理解できない、間宮零士の時も意図が読めなくて結局我慢の限界を迎えたアークがついつい銃を撃ってしまった。そのせいで長年騙し通せていた精鋭部隊レヴィヤタンの面々が疑問を持ち、ついには離反するきっかけを作ってしまう。
その時の事が今でもアークには悔やまれる。まさか当時のあの部隊の隊長こそが自分の子孫を残すに足る人物だと……十年以上後に判明するのだから。
「でも、僕は今回ちゃあんと最後まで相手ができた。これって成長だよね? ガンマちゃん」
空気の抜けるような自動ドアの開閉音と共に、規則正しい靴音がアークの背後まで続く。
この戦艦の中で生きているのは彼と彼女のみだ。
「質問の意図が理解できません」
「だろうね、以前の僕を知らないもんねぇ……」
ついさっきまでアークの端末が居た弥生達を誘拐して戦っていた遺跡はもう破棄してもよかった。
その理由が彼女である。
「ベータの最終通信記録が届きました。眼を通されますか?」
そう言って彼女が差し出して来た手にはアークが放り投げたコンソールと同型のものが握られている。もらうよ、とそれを受け取るアークの表情が曇った。
「噓でしょ……直径にして7センチまで収束された高圧レーザー砲で駆動機関部を精密狙撃……あのちびちゃん、そんなものまで扱うのか」
8歳の幼女だと思って相対すると対艦狙撃砲と同じレベルの遠距離攻撃が飛んでくる。
つまりはそう言う事だとコンソールに書いてあった。
「パンデモニウム級の磁場障壁で逸らせるかどうかという直進性と火器管制システムの予測が出ています」
ガンマと呼ばれた女性は抑揚無く事実だけを述べる。その結果についての知識はアークに弄ばれた際に脳の代わりに脊髄につなげられた小型PC内から得た。
「あっそ、どうせこの艦も浮上すらできないんだからどうしようもないね。鉢合わせたら逃げるしかないや」
さすがの再生力を持つアークでも防ぎようがない。
当たりながら自己再生をして感知外に逃れる位しか思いつかなかった。これだったらベルトリア共和国で遊ばないでさっさと全員殺しておけばよかったと不貞腐れる。
「エネルギー切れを狙うのが得策と判断します」
「それまでに何回死ねばいいのさ僕。痛いとか感じる暇すらないんだよあの問答無用砲」
「では処理しますか?」
「ん? それはつまんないから却下。それに」
「それに?」
「あの秘書官、弥生ちゃんと約束したからさあ……待ってるよ、って」
そう、英雄たるアークは約束をした。
今度はこちらからと宣言した弥生に対して、待つ……と。
「それに、君の改造もまだ楽しめるからねぇ……くひひ、次は何処を取り換えようか? 頭の造形を維持したまま中身を機械にするのは面白いなぁ。記憶も意識も壊れられないようにしてあるとはいえ……次はどんな悲鳴が聞けるのかなぁ?」
唯一、あの洞窟奥深くで生き延びたのはクワイエットの妹だけではなかった。
三人だけ、アークの遊びに耐えた……いや。耐えられてしまった女性がいた。
視覚や失った四肢を機械と置き換え、思考だけを保ってしまったアルファ。
頭部を生きたまま生体部品にされ、感覚を遮断されても意識を手放せなかったのっぺらぼうのベータ。
その外見を維持したまま骨や脳を機械化され、アークの意志一つで感情を弄ばれるガンマ。
「この艦内にはまだまだ君に合う服や装備がいっぱいあるから、しばらく遊ぼうか? 可愛いガンマ」
にちゃり、とおぞましく嗤うアークを見てもガンマは指先一つ震わせられずに直視するしかない。
心の中で泣き叫び、みっともなく蹲りたくとも……彼女は終われなかった。
はやく、次の玩具が見つからない限りは。
眉唾物と信じていた完全適合体質の人間が存在していた。
しかも、よりによってアークが遺伝子操作で生み出した自分用の角ではないか。なんでここにと言うより、なんでこんな幼女が完璧に適合している?
ほんの戯れに作ったが人間の形態に留まれない上に拒絶されて一度は自爆したものだ。
「何世代か経たせいか拒絶反応が鈍ったんだろうなぁ。くひっ、あの角さえあれば今までの僕の角なんて鍵の代わりでいいや」
どうせあんなものと適合して融合を果たした以上、文香は人間のカテゴリーから逸脱せざるを得なくなる。浸食されていずれ人間以外の姿へと変わるだろうと深海に沈む宇宙を駆けていた戦艦の中で、アークはぼやく。
何年放置されていたかわからないが予備電源はかろうじて残されていて非常用の機能だけは維持されていた。
偶然この宇宙戦艦を見た時は歓喜したものだ。しかし、同時にだいぶ萎える。朽ち果てる寸前どころか自力での航行は夢のまた夢と言わざるを得ないほど破損していた。
「ほんっとう、鍵が無いと自己再生プログラムも碌に稼働しやしない……このペースだと何世紀かかる事やら……僕が老化しない体質じゃなかったらただの鉄屑だよこんなもの」
ぽいっと手元に持っていたコンソールを目の前に置いてある机に放り投げる。
そこには流線的なフォルムを持つクジラのような図形と、8割以上に紅い警告灯がついた機体の状況報告が表示されていた。
「まあ、それ以上に……弥生ちゃんかぁ。面白くなってきたかな」
攫われて救出された直後、何を考えたのか自分と話したいなんてどうかしている。
確かに大事に遊ぶつもりだったがそれ以上の価値を彼女はアークに示した。それと言うのも……
「この僕相手に説教でもなく淡々と質問攻め……まるであの間宮零士、パンデモニウムの艦長みたいな事をしてくるなんて興味深くなっちゃったじゃないか」
理解できない、間宮零士の時も意図が読めなくて結局我慢の限界を迎えたアークがついつい銃を撃ってしまった。そのせいで長年騙し通せていた精鋭部隊レヴィヤタンの面々が疑問を持ち、ついには離反するきっかけを作ってしまう。
その時の事が今でもアークには悔やまれる。まさか当時のあの部隊の隊長こそが自分の子孫を残すに足る人物だと……十年以上後に判明するのだから。
「でも、僕は今回ちゃあんと最後まで相手ができた。これって成長だよね? ガンマちゃん」
空気の抜けるような自動ドアの開閉音と共に、規則正しい靴音がアークの背後まで続く。
この戦艦の中で生きているのは彼と彼女のみだ。
「質問の意図が理解できません」
「だろうね、以前の僕を知らないもんねぇ……」
ついさっきまでアークの端末が居た弥生達を誘拐して戦っていた遺跡はもう破棄してもよかった。
その理由が彼女である。
「ベータの最終通信記録が届きました。眼を通されますか?」
そう言って彼女が差し出して来た手にはアークが放り投げたコンソールと同型のものが握られている。もらうよ、とそれを受け取るアークの表情が曇った。
「噓でしょ……直径にして7センチまで収束された高圧レーザー砲で駆動機関部を精密狙撃……あのちびちゃん、そんなものまで扱うのか」
8歳の幼女だと思って相対すると対艦狙撃砲と同じレベルの遠距離攻撃が飛んでくる。
つまりはそう言う事だとコンソールに書いてあった。
「パンデモニウム級の磁場障壁で逸らせるかどうかという直進性と火器管制システムの予測が出ています」
ガンマと呼ばれた女性は抑揚無く事実だけを述べる。その結果についての知識はアークに弄ばれた際に脳の代わりに脊髄につなげられた小型PC内から得た。
「あっそ、どうせこの艦も浮上すらできないんだからどうしようもないね。鉢合わせたら逃げるしかないや」
さすがの再生力を持つアークでも防ぎようがない。
当たりながら自己再生をして感知外に逃れる位しか思いつかなかった。これだったらベルトリア共和国で遊ばないでさっさと全員殺しておけばよかったと不貞腐れる。
「エネルギー切れを狙うのが得策と判断します」
「それまでに何回死ねばいいのさ僕。痛いとか感じる暇すらないんだよあの問答無用砲」
「では処理しますか?」
「ん? それはつまんないから却下。それに」
「それに?」
「あの秘書官、弥生ちゃんと約束したからさあ……待ってるよ、って」
そう、英雄たるアークは約束をした。
今度はこちらからと宣言した弥生に対して、待つ……と。
「それに、君の改造もまだ楽しめるからねぇ……くひひ、次は何処を取り換えようか? 頭の造形を維持したまま中身を機械にするのは面白いなぁ。記憶も意識も壊れられないようにしてあるとはいえ……次はどんな悲鳴が聞けるのかなぁ?」
唯一、あの洞窟奥深くで生き延びたのはクワイエットの妹だけではなかった。
三人だけ、アークの遊びに耐えた……いや。耐えられてしまった女性がいた。
視覚や失った四肢を機械と置き換え、思考だけを保ってしまったアルファ。
頭部を生きたまま生体部品にされ、感覚を遮断されても意識を手放せなかったのっぺらぼうのベータ。
その外見を維持したまま骨や脳を機械化され、アークの意志一つで感情を弄ばれるガンマ。
「この艦内にはまだまだ君に合う服や装備がいっぱいあるから、しばらく遊ぼうか? 可愛いガンマ」
にちゃり、とおぞましく嗤うアークを見てもガンマは指先一つ震わせられずに直視するしかない。
心の中で泣き叫び、みっともなく蹲りたくとも……彼女は終われなかった。
はやく、次の玩具が見つからない限りは。
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