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閑話 雪女とぬらりひょん
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「女将さん、これはもう詰んでるんじゃないかなぁと僕は思うんだよね。あっはっは」
「やってしまいました……」
「まあ、状況が状況だしね。潮の満ち引きで沖に流されただけだし、いつか陸につけると思うよ……何年かかるかわかんないけどね」
「ううう……」
今いるのは多分太平洋の何処か、東西南北どこを見ても広がるのは空だけだった。
そんな所に日本では知らぬ者が居ないほど有名な妖怪、東北地方の山奥に住まうはずの雪女と他人の家に勝手に上がっては酒を飲み悪態をつくことで有名なぬらりひょんは漂流している。
とは言え有名だったのは遠い昔、女将さんと呼ばれた青髪の女性は雪の結晶の柄がついた着物に身を包む雪中花と言う旅館の女将として鬼塚雪菜と名乗っており、ぬらりひょんは少し大きめの作務衣に身を包む無精ひげの中年男性として旅館の使用人をしていた……のだが、常人にはたとえ会話をしていても疑問を持たれることは無いのでそのまま『ぬらり』と名乗ってた。
そんな二人は数日前、奇妙な機械に追い掛け回される金髪の少女と角の生えた男性の一向に出くわして逃げ回るうちに海へとたどり着く。
これ幸いにと雪女の力で海水をしっかり凍らせて身を隠していたのだが……睡魔に負けて寝ている間に現在の状況へと誘われてしまったのだ。
「ま、今の時期は冬だから潮の流れに乗れてれば……東に陸地が見えると思うよ? 岩手かどっかに」
「だと良いんですけど、別の海流に乗ってたら私たちアメリカとかそっちに流されちゃうんじゃないですか?」
「その時はその時さ、どうせ当てもないしねぇ……案外付喪神の子たちは大陸渡って向こうにいるかもしれないよ。前向きにいこうじゃないか」
「そうですねぇ……なんとなーく北海道辺りに夜音ちゃんっぽい気配があるんですけど。どうしようもないですしね」
ほけぇ……としか言いようのない気の抜けた顔で雪菜は北海道の方角へ顔を向ける。
たれ目でどこかほんわかした雰囲気が雪女のイメージとはどこかちぐはぐだが、長年接客業を経験したが故だろう。
「僕は寧ろ栃木の方にお仲間が眠ってそうなんだけど……迎えには行けそうもないねぇ」
ぼさぼさの髪を手で撫でつけて視線をさまよわせるぬらり、このままだと期待していた所を通り過ぎてしまうので会いに行くのは次の機会にするしかないとあきらめる。
「車か何かがあっても私たち運転できないですからねぇ」
「夜音君や糸子君が居ればいいんだけど……ま、気長に行こう。僕ら以外にも目が覚めて探してくれてると思うし」
「そうですねぇ……それにしてもいい天気ですねぇ」
ぽかぽか陽気という訳ではないが、日差しが温かく感じられる。
本来であれば由緒正しき雪女と言う怪異は溶けてしまう事も覚悟しなければいけないのだが……
「へっぷし!」
「雪菜君、花粉症大丈夫?」
「花がずびずびしますぅぅ……」
「大変だねぇ、それにいくら暖かいとはいえ海の上じゃ夜は寒いし……また風邪をひかれちゃうと僕は困るなぁ」
花粉症でなおかつ夜風に晒されただけで風邪をひくという。なんとも雪女らしからぬ体質であった。
「温泉ありませんかねぇ……へぷち! あったかいお鍋とお汁粉が食べたいですぅ……チーズフォンデュでも良いです」
「あっはっはーここ二百年くらい食べてないよね。寝てたからだけど」
どんぶらこっこと太平洋を漂流する二人はそれから三日間、お刺身と良く分からない海草で食いつなぎ。とある島に流れ着いた。
「ベッドとかありませんかねぇ?」
曲がりなりにも妖怪とは言えさすがに氷の上で三日間寝るのは身体が限界で、雪菜の自慢の長い髪もぼさぼさである。
元々頓着しないぬらりの方がむしろ普段通りなのは理不尽に思う雪菜だった。
とは言え、とりあえず陸地にたどり着き。これ以上漂流しなくていい事とお魚以外が食べれそうなほど木が生い茂る森を目の前に、雪菜の瞳が光る。果物でもあればうれしいな! と無警戒に森に入った瞬間。
とすっ!
雪菜の鼻先を掠めて一本の矢が木に刺さる。
「ひあっ!? ぬらりさん!! や! 矢です!!」
「見たらわかるよ女将さん、それにしても危ないねぇ……あ、罠だこれ。良かったね女将さん。人が居そうだ……」
雪菜の足元にかがんでぬらりが地面を見ると、木と木の間に張られている細い紐。
どうやらこれがどこかに矢の発射装置とつながっているようだ。魔物対策なのか食料調達のためかはわからないが、誰かが仕掛けたものだろう。
「びっくりしましたぁ……」
胸をなでおろす雪菜。ちょっと赤くなった鼻の頭を氷を出して冷やしながら森の奥を見ると、草木ががさがさと不自然に揺れている。
どうやら罠が発動すると解るようになっているらしく、一直線に雪菜とぬらりの方へ向かってきた。
――ゴクリ
とりあえず声をかけた方が良いのだろうか? それともいったん逃げるべきなのだろうかと雪菜が緊張に喉を乾かす間に、何かはあと十メートルほどまでに迫る。
「すいませーん、迷子なんだけど食べるもの恵んでくれるかなぁ?」
そんな雪菜の隣でぬらりが緊張感の欠片もない声を投げた。
「生憎果物しかないけどそれで良ければ食べる?」
がさり、と背丈ほどの草をかき分けて現れたのは身長130センチほどの金髪の幼女だった。
上質な革のドレスを身に纏い、肩に青いリスのような動物を乗せた……間違っても草木をかき分けて出てくるはずのなさそうな綺麗な娘だった。
「そりゃ助かるよ。こっちの綺麗なお姉さんは果物大好きでね。僕はぬらり、君は?」
実はぬらりひょんの能力は『そこにいて当たり前』と認識させるもの。
一度その能力にとらわれれば長年の友人の様に気安い間柄として対応せざるを得ないのだ。
もちろん目の前の幼女も例にもれず、素直に自己紹介をする。
「アリス、アリス・マイスター……こっちの青いリスはクロノス。よろしくぬらり」
「……ねえ、アリス。僕の眷属なのになんで君は当たり前のようにこの人の能力にとらわれちゃうのかな?」
「え?」
「はい!?」
これには多分全種類の妖怪を知っているはずの二人の妖怪もびっくりである。
唐突に、アリスの肩に乗ったクロノスがしゃべり始めた。
「やってしまいました……」
「まあ、状況が状況だしね。潮の満ち引きで沖に流されただけだし、いつか陸につけると思うよ……何年かかるかわかんないけどね」
「ううう……」
今いるのは多分太平洋の何処か、東西南北どこを見ても広がるのは空だけだった。
そんな所に日本では知らぬ者が居ないほど有名な妖怪、東北地方の山奥に住まうはずの雪女と他人の家に勝手に上がっては酒を飲み悪態をつくことで有名なぬらりひょんは漂流している。
とは言え有名だったのは遠い昔、女将さんと呼ばれた青髪の女性は雪の結晶の柄がついた着物に身を包む雪中花と言う旅館の女将として鬼塚雪菜と名乗っており、ぬらりひょんは少し大きめの作務衣に身を包む無精ひげの中年男性として旅館の使用人をしていた……のだが、常人にはたとえ会話をしていても疑問を持たれることは無いのでそのまま『ぬらり』と名乗ってた。
そんな二人は数日前、奇妙な機械に追い掛け回される金髪の少女と角の生えた男性の一向に出くわして逃げ回るうちに海へとたどり着く。
これ幸いにと雪女の力で海水をしっかり凍らせて身を隠していたのだが……睡魔に負けて寝ている間に現在の状況へと誘われてしまったのだ。
「ま、今の時期は冬だから潮の流れに乗れてれば……東に陸地が見えると思うよ? 岩手かどっかに」
「だと良いんですけど、別の海流に乗ってたら私たちアメリカとかそっちに流されちゃうんじゃないですか?」
「その時はその時さ、どうせ当てもないしねぇ……案外付喪神の子たちは大陸渡って向こうにいるかもしれないよ。前向きにいこうじゃないか」
「そうですねぇ……なんとなーく北海道辺りに夜音ちゃんっぽい気配があるんですけど。どうしようもないですしね」
ほけぇ……としか言いようのない気の抜けた顔で雪菜は北海道の方角へ顔を向ける。
たれ目でどこかほんわかした雰囲気が雪女のイメージとはどこかちぐはぐだが、長年接客業を経験したが故だろう。
「僕は寧ろ栃木の方にお仲間が眠ってそうなんだけど……迎えには行けそうもないねぇ」
ぼさぼさの髪を手で撫でつけて視線をさまよわせるぬらり、このままだと期待していた所を通り過ぎてしまうので会いに行くのは次の機会にするしかないとあきらめる。
「車か何かがあっても私たち運転できないですからねぇ」
「夜音君や糸子君が居ればいいんだけど……ま、気長に行こう。僕ら以外にも目が覚めて探してくれてると思うし」
「そうですねぇ……それにしてもいい天気ですねぇ」
ぽかぽか陽気という訳ではないが、日差しが温かく感じられる。
本来であれば由緒正しき雪女と言う怪異は溶けてしまう事も覚悟しなければいけないのだが……
「へっぷし!」
「雪菜君、花粉症大丈夫?」
「花がずびずびしますぅぅ……」
「大変だねぇ、それにいくら暖かいとはいえ海の上じゃ夜は寒いし……また風邪をひかれちゃうと僕は困るなぁ」
花粉症でなおかつ夜風に晒されただけで風邪をひくという。なんとも雪女らしからぬ体質であった。
「温泉ありませんかねぇ……へぷち! あったかいお鍋とお汁粉が食べたいですぅ……チーズフォンデュでも良いです」
「あっはっはーここ二百年くらい食べてないよね。寝てたからだけど」
どんぶらこっこと太平洋を漂流する二人はそれから三日間、お刺身と良く分からない海草で食いつなぎ。とある島に流れ着いた。
「ベッドとかありませんかねぇ?」
曲がりなりにも妖怪とは言えさすがに氷の上で三日間寝るのは身体が限界で、雪菜の自慢の長い髪もぼさぼさである。
元々頓着しないぬらりの方がむしろ普段通りなのは理不尽に思う雪菜だった。
とは言え、とりあえず陸地にたどり着き。これ以上漂流しなくていい事とお魚以外が食べれそうなほど木が生い茂る森を目の前に、雪菜の瞳が光る。果物でもあればうれしいな! と無警戒に森に入った瞬間。
とすっ!
雪菜の鼻先を掠めて一本の矢が木に刺さる。
「ひあっ!? ぬらりさん!! や! 矢です!!」
「見たらわかるよ女将さん、それにしても危ないねぇ……あ、罠だこれ。良かったね女将さん。人が居そうだ……」
雪菜の足元にかがんでぬらりが地面を見ると、木と木の間に張られている細い紐。
どうやらこれがどこかに矢の発射装置とつながっているようだ。魔物対策なのか食料調達のためかはわからないが、誰かが仕掛けたものだろう。
「びっくりしましたぁ……」
胸をなでおろす雪菜。ちょっと赤くなった鼻の頭を氷を出して冷やしながら森の奥を見ると、草木ががさがさと不自然に揺れている。
どうやら罠が発動すると解るようになっているらしく、一直線に雪菜とぬらりの方へ向かってきた。
――ゴクリ
とりあえず声をかけた方が良いのだろうか? それともいったん逃げるべきなのだろうかと雪菜が緊張に喉を乾かす間に、何かはあと十メートルほどまでに迫る。
「すいませーん、迷子なんだけど食べるもの恵んでくれるかなぁ?」
そんな雪菜の隣でぬらりが緊張感の欠片もない声を投げた。
「生憎果物しかないけどそれで良ければ食べる?」
がさり、と背丈ほどの草をかき分けて現れたのは身長130センチほどの金髪の幼女だった。
上質な革のドレスを身に纏い、肩に青いリスのような動物を乗せた……間違っても草木をかき分けて出てくるはずのなさそうな綺麗な娘だった。
「そりゃ助かるよ。こっちの綺麗なお姉さんは果物大好きでね。僕はぬらり、君は?」
実はぬらりひょんの能力は『そこにいて当たり前』と認識させるもの。
一度その能力にとらわれれば長年の友人の様に気安い間柄として対応せざるを得ないのだ。
もちろん目の前の幼女も例にもれず、素直に自己紹介をする。
「アリス、アリス・マイスター……こっちの青いリスはクロノス。よろしくぬらり」
「……ねえ、アリス。僕の眷属なのになんで君は当たり前のようにこの人の能力にとらわれちゃうのかな?」
「え?」
「はい!?」
これには多分全種類の妖怪を知っているはずの二人の妖怪もびっくりである。
唐突に、アリスの肩に乗ったクロノスがしゃべり始めた。
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